師走のクロイツニュースから

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闇がなければ光はなかった
闇は光の母
・・・
人間は母の胎内の闇から生まれ
ふるさとの闇へと帰ってゆく

つかの間の光によって
世界の限りない美しさを知り

こころとからだにひそむ宇宙を
目が休む夜に夢見る
・・・
光を孕み光を育む
その愛を忘れてはならない
谷川俊太郎「闇は光りの母」より抜粋 


 

クロイツ+今月のおすすめ


メルヘン・ソロ オイリュトミー舞台

三枚の札コ
世界でいちばんきれいな声
ソロ発表~シュタイナーフォルムによる
オイリュトミー講座
~メルヘンの登場人物になって

2018年2月18日(日)14:30(開場14:00)
イーブルなごや ホール 地下鉄東別院 
オイリュトミーあかね塾
詳細はこちら

 

 

 

 



英国バッチセンターに認定されている日本で唯一の正規のプログラ
2018年のBIEP東海地方での開催日程のご案内

BIEPレベル1
1/12~ 岐阜6回金曜クラス  カナル 会場:可児市親子カフェ
2/17~ 愛知6回土曜クラス  ハート 会場:名古屋市 ハート
3/10.11 愛知2日間(土日)   クロイツ 会場:名古屋市 ハート

BIEPレベル2 
   
2018/2/3.4(土日2日間) 会場: Heart (ハート)      
お問合せ・お申し込みは  (社)バッチホリスティック研究会


冬至、クリスマス、聖夜の闇に生まれた清らかな光を内に抱き、私たちはまもなく年の瀬を渡ります。この一年、大きなトピックスがあった人も、なかった人も、皆等しく、未来は現在に、現在は過去に、過去は未来へとつながっていきます。時のタクトは均等に打たれていても、ある記憶は何度も巻き戻され、強化され、またあるものは先送りされ、忘れ去られたりするものだというのは、本当に興味深いことです。

今年7月、イギリスからの帰国途中、成田で国内線に乗り換えて名古屋へ向かったときのことです。夕映えが名残惜しそうに消えていく黄昏、町々や道路に明かりが灯り、眼下に青く浮かぶ富士山が見えました。突然、温かいものが私の中に流れ込み、素直にこの国が大好きだと思いました。そしてそれは、この地に生きる人々をも指していました。セントレアが近づき、機体が降下を始めると、イメージはさらに明確になり、家族や友人、仲間など一人ひとりの顔が浮かんできました。何とも言えない充足感に包まれて、これが「愛」と名付けられたものなのだと、深く悟りました。気づいたのはもう一つ、その日常にはなかった、上空から世界を見下ろすという視座のちがいです。

冒頭の谷川さんの詩の中に、「光がなければ眼はなかった/眼は光りの子ども//目に見えるものが隠している/目に見えぬもの」という一節があります。見えているのに何も見ていないことや、思い込みや癖で見えなくなっているものがいっぱいあることは、わかってはいても、立ち位置を変えたり、全体を見渡すパースペクティブな視野はなかなか得られません。

そんなときの心強い味方は、他者の視点です。これまでBFRP東海では毎月、読書会やレメディ研究部で、グループで読み合ったり、話し合ったりすることを続けていますが、それこそ、参加する人の数だけある視点の違いにハッとしたり、経験や知識を越えた新鮮なまなざしにはどれほど鼓舞されることでしょう。

そんなところから、今秋、読書会が11巡目に入ったのを機会に、第1章から自分なりの読み方を記録しておこうと思いました。またレメディ研究部で取り上げた植物に関しても、その時々、初心に立ち返って私のレメディ観を書いていきます。一巡りする頃にはまた違う宝探しができるかもしれませんが、よかったらぜひお付き合いください。

ブログ
12月のバッチフラワー マスタード
なんじ自身を癒せ 第2章

12月25日から1月5日までの聖十二夜では、毎夜見る夢で新たな一年を占いますが、私は見た夢をすぐに忘れてしまうので、これまでに十二夜すべての夢を書き留められたことがありません。今回はどうかしら。ともあれ眠りの前後、微睡みの時をいつも以上に丁寧に過ごし、欲望から希望へと、ゆっくりとまた着実に歩んでいきたいものです。

すべての人のうちに宿った光が、尊く厳かなものでありますように。クリスマスの祝福が皆さま一人ひとりの上にありますように。今年一年、ありがとうございました。新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。中村かをる

  * * *
最後まで読んでくださり有難うございました。愛と感謝をこめて。

このメールはクロイツにご縁のある方、BIEPを学ばれている方にお送りしています

配信不要、アドレス変更の場合はご遠慮なくご一報ください

 

クロイツ 中村かをる
* * *
愛知県日進市岩崎町石兼56-72

Tel/Fax:0561-72-9612  info@kreuz7.com

KREUZ+ https://kreuz7.com

12月のバッチフラワーレメディ

マスタード

蝶々♪ 蝶々♪ ツマキチョウ(♂)がやってきた!

マスタード

カテゴリー 現実への無関心

英名 Mustard 
学名 Sinapis Arvensis 
和名 ノハラガラシ
キーワード  理由のない、深い憂鬱感

 

憂うつな気分や、時には絶望的な気分さえが、まるで冷たい暗い雲のように覆い被さり、人生の光や喜びを隠してしまうように感じる人のためのものです。何故、ふさぎ込むのかその理由が分からず、説明することができないこともあります。このような状況下では、幸せそうに振舞ったり、楽しそうにすることはほとんど不可能です。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


今月のレメディ研究部のテーマはマスタード。太平洋側ではあまり実感がないものの、昼が短く、闇が最も深くなる冬至の頃に、光輝くマスタード(からし菜)を取り上げるのは、なかなか興味深いことです。日本では春、菜の花畑が話題になることはあっても、マスタードはあまり聞きません。でもイギリスではこんな風景に出会えます(この画像はドーセット州)。私が野原に広がるマスタードを初めて見たのは、ヨークシャーでした。ロンドン・キングスクロス駅から北へ向かう列車に乗り、1時間もしないうちに車窓を流れていく、まるで金色のパッチワーク!! 青空の下、陽の光を集めてまばゆく輝いていたマスタードとの出会いでした。その年のヨークの夏は遅く、6月半ばというのに、寒さに我慢できず、厚手のカーディガンを買ったことを覚えています。

 

この画像は、娘が通っていたボーディングスクール(ヨーク)の敷地内に広がっていたマスタード。当時、日本人の留学生はほとんどいない北の地に、12歳で渡った彼女はブリストルの大学へ行くまでの6年間をここで過ごしています。小学校卒業と同時に親元を離れ、見たこともない国の、おぼつかない英語での生活には、驚きや喜びとともに、どれほどの苦労があったことか。いくら守られた環境とはいえ、そこで積み重ねられた彼女の「時」を思うと、誇らしくもちょっと胸が痛みます。マスタードが咲く季節、彼女はどんな思いでその風景を眺めたかしら。案外、覚えていないかも。(笑)

 

緯度の高いイギリスの冬は、極端に日照時間が少なくなります。だからでしょうか。イギリスの季節性鬱はよく知られています。世界中どこに住んでも、お天気に気分が左右されるのは同じでしょうけれど、クリスマスの頃ともなれば、朝9時頃にやっと白々とし、3時にはとっぷり日が暮れてしまう。しかも一日中どんよりして、雨もしとしと。イギリス人がいかに太陽を求め、天気に神経質なのかが窺えようというものです。(冬はマスタードが必要かも?)バッチ国際教育プログラムの中でも、雨が降ってがっかりとか、お天気に失望、なんて練習問題が盛んに出てくるので、これ作ったの、イギリス人だよね。と笑い話にさえなっているくらいです。

  

人間の成長にとって、闇の経験を避けることはできません。それは私たちが生きている間、眠りと目覚めが必要なのと似ています。マスタードは「理由の分からない憂鬱感」に陥った時に使うレメディですが、理由が分からなくても使えるところが優れものです。何故そうなのかよくわからないけど、なんだか不安(アスペン)、なんだか憂鬱(マスタード)というようなことは、誰にでもあることだからです。

 

とはいっても、きっと本当に原因がないわけではないでしょう。ただ目の前にひどい怪我をしている人がいたら、なぜこんなことになったのか、誰がどうしたのか、怪我の詳細を細々と聞いたり調べたりする前に、まずは傷の手当てをすることが先決です。それは応急手当。ムードに合わせてレメディを飲むのと、ちょっと似ています。でも応急手当だけで終わらないところがバッチフラワーレメディのより優れたところなのです。

 

私には、マスタードを飲んで、ふと、闇の中に光を見いだしたような経験があります。それは遠隔介護に疲れ果てていた時のことでした。疲れすぎていて、現実に対応できないオリーブだったかもしれませんが、疲労困憊というのとも微妙に違います。具体的な原因が見当たらないのに、どうしようもなく気分が落ち込んで手も足も出ないという、まさにマスタードの気分でした。

 

母が逝き、一人残った父は90歳を越えていました。自宅と実家との距離は高速を飛ばして車で2時間半。時として父の体調その他もろもろ、予測もつかないイベントが起こっては駆けつける、ということもしばしばありました。父は老いてはいましたが、いつも身綺麗にして自立した人でしたから、介護が苦痛だったり、大変だったわけではありません。それでも私は知らず知らずのうちに、かなり無理をしていたようです。

 

マスタードを飲んでいるうちに、ふと、「まぁいいや、無理しないでおこう」という言葉が口をついて出ました。それから、あらっ、私って無理してたんだ、と気づきました。そして一筋の光が射すように、私の中に小さな疑問が生まれ、まるで芋づるのように次々と疑問がわいてきたのです。なぜ私は無理をするのかな? 無理しているのはいい子でいたいから? いい子ってどんな子? 誰が私に期待してる? なぜ認められることに価値を持ってしまうのだろう?と。そしてさらに、「無意識にそう思っていたけれど、それが私の癖ならば、それを知っていよう。知っているのと、知らないのとは違う。癖があってもいいじゃないか、それが私、とも思えるようになりました。ただホッコリして癒された、だけでは終わらない、癒しの本質がそこにはあります。自分を変えたいとか、これまでの自分を否定するのではなく、ありのままを自分を知る、認識すること。真の癒しはそこから始まります。

 

マスタードの状態になって、すっかり暗雲に閉ざされてしまったら、それは次のステージに向かう準備ができたサインです。なぜなら、闇は光りの母、闇の中でこそ光が、眠りの中でこそ目覚めがあるのですから。マスタードの気分になったら、静かに自分を見つめ、自分自身とそれまでの人生の流れを信頼していきましょう。私の中から新たな「私」が生まれてくるかもしれません。

 

アブラナ科の基本数は4であり、花弁数は4である。花の姿が十字状であるのでキリスト教の十字架を連想させ、キリスト教圏では意味のある仲間である(属の学名は十字:クルスの意味)。北半球に多く、特に地中海沿岸地帯から西アジアにかけて多くの種が分布している。多くの種が秋に芽生え、冬はロゼットで過ごし、春に開花する。このようなライフサイクルは地中海地方の夏期の乾燥と冬季の温暖多雨という気候条件に適応したものである。

岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科 植物生態研究室(波田研)

 

上記サイトで見ると、大根、白菜やキャベツ、小松菜に水菜、ブロッコリーも、皆4弁の花をつけています。私たちが日常的に食卓にのせている野菜の多くが4弁の花~十字架を咲かせているだなんて、植物の命をいただくことに、神的な恩恵を感じます。たとえそれがこじつけだとしても、ちょっと素敵ではありませんか。秋分から冬至に向かって、さらに闇は濃くなり、深みを増していきますが、マスタードが指し示す光への確かな憧れは、闇に光が誕生するクリスマスと不思議に符合します。

ウェールズのワイルドローズ
ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ

10月のバッチフラワーレメディ ハニーサックル

11月のバッチフラワーレメディ ワイルドローズ


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

「なんじ自身を癒せ」第2章

第1章はこちら

 

12月5日、2017年最後の読書会が終わりました。

昨日までは予定だったものが、こうして一つ一つ、

事実となり、過去になっていくのを、

ちょっと不思議な気持ちで眺めています。

 

ゆったりと流れていた時の流れが

年の瀬が近づくと、

音を立てて速度が上がる気がします。

今年も一年、「なんじ自身を癒せ」を

1章ずつ読み進めることができました。

ご一緒してくださった皆さま、ありがとう。

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第2章   まず病気の性質を理解するための真理、「5つの大原則」を確認するところから始まりますが、参加メンバーによって、毎回フォーカスされる箇所が微妙にちがうのはとても興味深いことです。以前は通り過ぎてしまっていた箇所に線が引かれ、回を重ねるごとに線が増え、いつの間にか線だらけになっているページもあります。グループで読むことは、なんとまあ、一人で読むのとは別のよさがあることでしょう。

第1の原則

身体は「魂」の地上における神殿ですが、そのもっとも小さな反映でしかありません

 

バッチは出発点として、まず人間の構成要素を明らかにしています。人間は物質的な身体だけの存在ではなく、その本質は「魂」であり、それは永遠の不死なる高次の自己、その神性の反映として見ることができるのが私たち各々の身体だというわけです。私たちはその身体を持ち、人間として地上に生きているとして、魂と身体はどのような関係をもっているのでしょう。

 

第2の原則

「魂」は私たちにそうさせるためには、どんな環境と状況が最善であるかを知っていて、その目的に最もふさわしい生命の枝に私たちを配置するのです。

 

このくだりは「人生を引受ける」という視点がとっても好き。渡辺和子シスターの著書『置かれた場所で咲きなさい』に通じます。まず人間の根本は魂で、その反映である身体を持って生きる私たちの、自分が「自分」だと思っているのは、低次の自己、人格(パーソナリティ)と呼ばれるものだとしています。

 

人間はその魂の願いから、あらゆる知識や経験を通して、自分に欠けている美徳を発達させ、より完成に近づくために必要な条件を満たす、最もふさわしい場所に自分を生まれさせるというわけです。それには、先に生まれている人たちとの関係も出てくるのですが、とにかく、時代や地域、環境、そして親を選んで生まれてくるということになります。どんな人のどんな人生にも困難はつきものですから、私たち一人ひとり、進化を担って自分の意志で困難な環境さえ選んで生まれてきたとしたら、私たちの魂はとても崇高で勇敢だということです。

 

第3の原則

私たちが人生だと思っている地上での短い旅は、私たちの進化の過程の中の一瞬...学校での一日のようなもの...

 

不死であり無限の魂が、その願いを叶えるために必要な、生命の枝に自分を配置し、それを現実化するのに見合った身体に宿って人間となったにもかかわらず、その人生は魂のレベルから見ればほんの一瞬だというわけです。その一瞬かもしれない人生のために、私たちはこれほど苦悩し、懸命になり、時に物理的成功や評価に一喜一憂します。それは決して悪いことではないし、そこを通らないと育たない、その先に行けないものがあるのだとも理解できます。バッチ博士の人間観として、魂や人格を「行為」へとつなぐ身体は、人生の旅に必要な一時的な乗り物、仕事をするための道具ですから、不滅の魂は、課題を果たすために、何度も何度も生まれ変わり、その都度、別の器、別の乗り物である身体を使って生きるということになるわけです。

 

第4の原則

「魂」と人格が調和している限り、すべてが喜びと平安であり、幸福と健康である。

 

逆を言えば、魂の声に耳を閉ざし、人格の求めるまま世俗的な欲望に浸ったり、他者の干渉に屈する生き方をしたりすれば、やがて不調和が起こって、幸福や健康から遠ざかるということです。第1章P5・L6で、病気は「魂」と「心」との葛藤の結果 と述べていますから、「人格」とは、心と身体によって合成されたものと理解していいかもしれません。では魂の命じる仕事とは何でしょう。バッチはどんな仕事、どんな職業であってもそこには貴賤がなく、ただそれが、魂の命じる仕事であるかどうかがポイントだと述べています。つまり仕事によって、求められる資質や徳目は異なりますから、自分の人生の学びに必要な仕事をしているなら、それは正しいことになります。でも結局のところ、どんな仕事からでも、自分が人生の意味や目的を持って生きている限り、どこからでも学ぶことはできるようにも思えます。。

 

第5の原則

万物のユニティ…一体性 不可分に結びついていること、すなわち愛

 

現代風に言えば、ワンネスとか絆、この世のあらゆるものに愛が宿っており、すべては一つのものから出て一つに戻っていくという考え方です。そこには、変容、メタモルフォーゼが前提とされていると思われます。つながろう、つながっていたいということ自体がすでに愛であって、自分自身に、また他者に対するどんな行為も全体に影響を及ぼす。一部が不完全である限り、完全にはなりえないとうことです。他者の痛みは、自分の痛みではないというのは歴然とした事実ですが、それでも分かりたい、寄り添いたいと思うのは、哀しいほどの愛ではないでしょうか。

 

 

 

以上、5つの原則を前提として、病気に繋がっていく葛藤をもたらす誤りを2つ挙げています。

 

1.魂と人格の断絶、自分自身が、魂の目的と意味を理解せず、従わないこと。

2.関係性において残酷さや裁きなど、全体「ユニティ」に反する行為。

 

バッチは「ユニティ」を、太陽とその光線を比喩に美しく描いています。一人ひとりがその輝きを見失わず、全体の完全性に向かって努力を惜しまないことは、現代を生きる私たちにとって、重要な課題に思えます。なぜなら、物質的な成果が尊ばれる社会では、個々が自立し自然に分断につながっていくからです。だからこそ、意識的に、自分にとっての正しいことは、別の人にとって正しいとは限らない、というパースペクティブな視点を理解し、持ち続けることが、新たな一体性に繋がっていくように思えるのです。

 

病気はそれ自体では恵みです。病気の目的は「魂」の「神的な」意志に人格を連れ戻すことです。またそうだからこそ、病気は防ぐことも、避けることもできることが分かります。

 

バッチは、人間を魂、心(人格)、身体と3つの観方で捉え、身体に現れてくる病の根源に至ろうとしています。そのために、近代医学を修め、ホリスティック医療の道に進み、免疫学、ホメオパシー、そして最終的にバッチフラワーによって、心のバランスを整えるためのツールを探し求め、完成させたわけです。病に対する考え方は、諸説あると思いますし、それは人それぞれでいいと思いますが、私はこの考え方が好きです。

 

上記はバッチの人間観を図にしてみました。高次の自我の火花としての魂、一度きりの人生を生きるための一度きりの身体、それをつなぐ心~その能力は思考、感情、意志、まるでバッチフラワーの太陽法でレメディを作っているみたいです。

定点観察から学ぶこと

2017年秋、第18回目の植物観察会では、朝から結構な降りになりましたが、それでも中止の報せが入らないので、このタイミングでは雨天決行?今年最後の観察会なのに残念だなと思いながら集合場所に行くと、みんなが何の疑いもなく集まっていたのが、なんとも可笑しかったです。歩き出す頃には雨も上がりました。傘はステッキに。

 

紅葉シーズンのせいか、園内は珍しく混んでいます。どこを見ても綾なす錦、上も下も圧巻の紅葉だらけ。

 

2014年春から始まったこの定点観察もまるっと4年。その間、バッチフラワーは学んだものの、レメディになっている植物をほとんど見たことがないと言っていた多くのメンバーはちょっとした植物博士。特にこの会のリーダーは、ルート確認から植物の状態の下見、事前事後の連絡までを綿密にこなし、いつからか信頼と愛を込めて「隊長」と呼ばれるほどになりました。そして実際の観察を裏付ける知識と探究心と植物愛溢れる「ボタキチ(ボタニカルきちがい)」たちのバックアップもあって、参加する一人ひとりが出会い発見する植物の姿とかたち。

みんなスゴイよ スゴ過ぎる!!

 


そもそも、「定点観察をするといいよ」と教わったのは東山植物園の案内をしてくれているボランティアの方からでした。なるほど、それはいい!となり、以来、同じ場所にある同じ植物~樹木を一定の視点を持って継続的に観察し続けているというわけです。バッチファンの私たちなので、基本的にバッチフラワーの植物(近隣種)が中心ですが、年に6回、スケッチをしたり写真を撮ったり、文章で残し記録をとったあと、まず同じ植物グループでシェアをして気付きを共有、そして全体でシェアリングという一連の流れです。視点を定めることでしか見えないものがあり、ある種の法則を理解すると、逆に視点を変える柔軟さも育まれるような気がします。


私たちの定点観察の場所のひとつ「東海の森」ブナの森。美しい木陰を作っていたビーチも今ではすっかり色づいて、間もなく寒々とした冬木立になります。ビーチが好むのはもっと寒い地域。移植されまだ十分ではないからか、ビーチのドングリは今年も見つけることができませんでした。いつかどこか、大きなブナの森に行ってみたいです。

同じく「東海の森」のカラマツの林で。今年は黄金色のラーチをキャッチ!!!今秋、私は蓼科で沢山のラーチを観てきましたが、ここ東山植物園では気候も違うし、タイミングがずれるのか、これまで一度もラーチの黄葉に出会うことができませんでした。ところがこの辺り一面、金色に燃え立つよう。皆、歓声をあげてラーチを褒め讃えました。


この脇枝は2年にわたって観察中のビーチ、芽鱗痕をみると、こんなに細いのに、4年、5年と経てきた年数が分かります。今年はずいぶん伸びました。

こちらも観察中のチェストナットバッド~トチノキの冬芽。飴状の樹脂に守られ太陽にピカピカ光ります。寒い間はじっと耐え、ある日突然目覚めます。


 

冬芽を観察するのは、ちょっとした秘密を解き明かす楽しみがあります。葉や花のような派手なところはありませんが、樹木によって形も大きさも異なり、それが夏の間から既に準備されてきたこと、芽吹きの時を想像するだけでも、夢が膨らむようなうきうきした気分になります。上の画像を見ても、ビーチとホワイトチェストナットの冬芽はずいぶん違います。ビーチは細い紡錘形をして、脇芽もいっぱい出ていますが、チェストナットのほうは立派な頂芽がひとつ、そびえたつ弾丸のようです。そして飴状のべとべとした樹脂で包まれているのです。つまり水飴状の樹脂は、その瞬間が来るまで、寄ってくる外敵からしっかりと冬芽を保護していることが分かります。バッチフラワー中に、新芽を使ったレメディがひとつだけありますが、それがこのホワイトチェストナットのつぼみ、チェストナットバッドです。

 

いつの年の定点観察だったか、スケッチをしているうちに、蕾が柔らかくなり、畳んだ羽のような葉が起き上がってきた姿を見て感動したことがあります。このレメディの指標は「経験から学べない、何度も同じ過ちを繰り返す」というもので、「現実への無関心」に分類されていますが、改めて指標との関係からみると、なかなか興味深いことが分かります。私たちの行動には、無意識に同じパターンを繰り返していることがあります。それがたとえ苦痛であっても、結果が変わらないことであっても、そこには馴れというか、安心感があります。また時には何らかの目的をもって、あえてその輪から出ないと決めていることもあるでしょう。それは自ら成長を拒んでいるような状況ですが、タイミングってとても大事。躓きの石をどけることができるのは、自分しかないということをこのレメディは教えてくれています。春が来たら、硬い蕾がほどけるように、勇気を出して、脱皮して前に進もう! あなたにはすべての可能性があると、チェストナットバッドは教えてくれているようです。


 

2017年のBFRP東海主催の植物観察会はこれにて終了。

次回は2018年春です。その時にはぜひご一緒しましょう。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

詳細はBFRP東海のウェブサイト

お問合せはbach38tokai@yahoo.co.jp 

(「植物観察会隊長」嶋崎)まで

 

 

みたび蓼科


二度あることは三度ある。 ほんとう!?

 

恥ずかしけど、またしても来てしまいました。

今度は娘と「茅野」駅で待ち合わせ。この駅に来たのはいつのことか。数十年前、当時は小さな駅だったのに、今では文化施設も併設されたすっきりした駅舎になっていて、時の経過を実感。驚いたのは風景が違ったこと。当たり前?ここから八ヶ岳が見えるってしらなかった! 

茅野駅から八ヶ岳が見える

くねくねとヴィーナスラインを昇りながら、あれこれ話していると、お互いの記憶の在処が全く違っているのが明らかになってきます。36歳違いの母娘。風景が同じに見えるわけはありません。子らの幼い日を懐かしむばかりの私に比べ、末子の娘はまだ赤ちゃん、写真を通しての記憶しかなく、逆に大人になってからの友人たちとの記憶の方が強烈らしい。母のノスタルジーはあえなく打ち砕かれることとなりました。前回は紅葉真っ盛りだった蓼科湖も初冬の黄昏はひっそりと。茂っていた時には気づかなかったヤドリギがぽつんと浮かんでいました。

桜の木にもヤドリギがつくって初めて知った

蓼科湖の畔、葉を落とした桜にヤドリギ


 

案内された部屋はひと月前より大きな部屋。(前回は一人でしたからね)部屋に続く廊下の壁には天皇陛下御一家をはじめ、皇族方ご滞在の写真が並んでいました。そうそう、この部屋です。友人と10年前に泊まったのは。出窓の下にベンチがついて、窓からはハイジの庭が見下ろせます。この風景、最高! 室内は木のぬくもり、大げさでない上品なしつらえが、とても居心地がいい。

ホテルハイジのスタンダードツインルーム

洗面所のシンクは二つもあるのに、この部屋のサイズにしてはベッドは小さめ。極め付きはチェストの中に収められて外から見えなくなっているTV。日本のホテルでは部屋のサイズに関係なく、大きなTVモニターが据えられていることがほとんどなのに、どおりですっきり。


 

何と、当夜の宿泊客は私たちだけだったのです。

 

これはまさしく貸し切り・・・いいの?

落葉に覆われた露天風呂への小道

冬木立に囲まれた露天風呂では

鳥の声、渓を流れる川音が響き渡っていました。

シェフお任せのフレンチディナーのオードヴル、自家製生ハムと大王イワナ、添えられた色とりどりのメレンゲが可愛い



10月の初めと終わり、そして11月の終わり、この秋、合計3度も訪ねることとなった御射鹿池。こんなきれいな青い空はないというほど美しく晴れた今日の朝、冬ざれていく風景には、きりりとした美しさと寂寥があり、水面に映る太陽の輝きになぜかしら胸が熱くなります。ひと月前とは打って変わってひっそりとして、訪れる人もまばら。

 

東山魁夷の絵「緑響く」のような深い緑と出会うには、これから半年ほど待たねばなりません。次にここに来るのはいつかしら。

山々よ、木々よ、さぁ、お眠りなさい。

 


11月のバッチフラワーレメディ

ワイルドローズ

ワイルドローズ

カテゴリー 現実への無関心

英名 Wild Rose
学名 Rosa Canina
和名 カニナバラ 野バラ
キーワード  あきらめ 無気力

はっきりとした十分な理由もなしに、自分の周りで起こる事柄に対して諦めの気持ちを持っていて、生活を当り障りなく過ごし、物事をそのまま受け入れて、物事を良くしたり、何か楽しいことを見つけたりという努力はしません。そして、不平を言うこともなく、人生における戦いを放棄してしまっています。Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


 

英国バッチセンターでレメディが作られている、ネルソンバッチのトレードマークにもなっているワイルドローズ。バッチフラワーの中では、もっとも大きな花(直径5㎝程度)で、こんなに愛らしく優しい花姿をしているのに、その指標は「人生に対する熱意や興味のなさ」という、なかなか厳しい状態を表しています。バッチの『なんじ自身を癒せ』の第七章では、ワイルドローズを彷彿とさせる描写が何度か出てきますが、退屈でいること、諦めてしまうこと、人生は単に果たすべき義務ではないにも関わらず、まるでそのように生きてしまうこと。そんな状態が続いたら、当然病気に罹りやすくなるでしょう。バッチ博士は医師でしたから、診療をしつつ、そういった傾向を持っている人々と病むことの関連性に気づいたのかもしれません。

 


 

自分がイメージする「人生の完璧な絵」を、固定すること自体、実際にはありえないことですが、私たちはどこかでそういった幻想を求めて生きているようにも思います。それは私たちを努力や挑戦に向かわせ、夢を語り、向上心などにつながる肯定的な力になることもあれば、逆に挫折感や不安や恐怖心を生み、葛藤へと向かわせることもあるでしょう。

 

人は誰でも、何かを諦め手放し、あるいは受容し選択して今に至っているのですが、自分の土台となる生まれてきた時代や環境、家族、きょうだいの順番、性別などは、基本的に変えることは不可能であり困難です。けれどそこに困難さを感じるからこそ、人生の問いが生まれ、思わぬ展開~成長へ導かれていく可能性もうまれてくるのです。

 

私自身、周囲と自分との違いを意識し始めた、おそらく9歳前後から、感情にバリエーションが出てきたように記憶しています。なぜあんなに怯えたのか、それがどこから来るのか、それをどう表したらいいのか、感情の基軸、土台を形成しているのは、いったい何だろうと探っていくうちに出会った本が『愛着障害ー子ども時代を引きずる人々』岡田尊司(光文社新書2011)でした。

 

ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ
ウェールズのワイルドローズ

現実への無関心のカテゴリーに入っているレメディ群は、ワイルドローズに限らず、行為との関係において、意志の在処を観ることでより明確になります。今を生きられない、今ここにいない、というのは、一時的に疲れすぎていたり、心が何かに囚われていたりしても起こり得ますが、長期的に現実を眠らせてしまうには、それなりの理由があるはずです。

 

「愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格の最も土台の部分を形造っている。人はそれぞれ特有の愛着スタイルをもっていて、どういう愛着スタイルをもつかにより、対人関係や愛情生活だけではなく、仕事の仕方や人生の対する姿勢までも大きく左右されるのである(『愛着障害』より)」

 

ワイルドローズに該当するのは、回避型とよばれる愛着スタイルだと思われます。人見知りが始まる生後半年から1歳半の間(臨界期)が愛着形成にとって最も重要な期間とのことですが、その時期にどれだけ安定した愛着形成ー養育者(主として母)と強い絆ーが育まれたかによって、その後の人生は大きく左右されるよです。つまりこの世は安心できる場所で、周囲の人は自分の助けになってくれると信じられるという感覚が育つかどうかの基盤が、こんな早期に出来上がるのだとしたら、自分の子育ては大丈夫だったかしらと、ヒヤッとさせられます。

 

ワイルドローズの無気力や無関心、人生の放棄が、すべて愛着という切り口だけで説明できるわけではありませんし、どんなに安定した愛着スタイルの持ち主であっても、生まれてこの方、諦めたり無気力になったりしたことは一度もない、という人はいないでしょう。誰もがその状況になり得ますし、特に無自覚でいることも多いから、気づかないで通り過ぎていることはいっぱいあるはずです。

 

私が自分のワイルドローズを意識したのは、他者の「老い」を自分に投影した時でした。説明のしようのない悲しみと怒りと諦めの気分に閉ざされたあと、猛烈な無力感、疲労感が私を襲いました。もちろん私はバッチ使いですから、朝の習慣としてムードレメディを選び、オリーブやホーンビームを飲みました。でも全く疲れがとれないのです。そこでやっと、ワイルドローズ?と気づいたわけです。驚いたことに飲んですぐに効果を感じました。朝、それまでと違って背筋がすっきりと伸びた感じがあり、ピントが合った時のように物事がクリアに見えました。ずぶずぶと泥の中に身を沈めていたような疲労感が、跡形もなく消えていたのです。

 

実感としてワイルドローズの状態に陥ると、心身がこれほどダメージを受けるということは、新たな発見でした。『なんじ自身を癒せ』の第七章に書かれているように、病への耐性が著しく落ちていく予感がありました。ワイルドローズの使い方として、生育歴にトラウマを抱える人にはスターオブベツレヘムとともに、現実逃避や体調不良にはまり込む時にはアグリモニーもいいかもしれません。また愛着障害の不安定型の人にはチコリーもきっと役立つでしょう。無意識の中に埋もれているワイルドローズを意識化することによって、生への意欲は甦り、日々の細やかな出来事に喜びを見いだすことにつながるのではないかと思っています。人はどんなにワイルドローズに陥ろうとも、どんな時でも越えていくことができるということも。

 

 BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ワイルドローズをさらに読む

こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

ワイルドローズ

 この時は受容とあきらめの違いに注目していました。

霜月のクロイツニュースから

ウェブ版で見る場合はこちら

風が冷たくなりました。
一雨ごとに、冬が近づいてきます。
ごきげんいかがですか?
10月のクロイツニュースに
奥蓼科の御射鹿池に行ったことを書きましたが
その3週間後、再び蓼科を訪れることになり、
10年も行かなかった場所にひと月に2回も!

初めての土地、懐かしい場所
当たり前のように歩いて来たけれど
ふと気づけば
自分の回りの風景も、出会う人も
ずっと前からの約束だったかもしれません。
(後半に続く)   

 

クロイツ+今月のおすすめ

(社)バイオグラフィーワーク・ジャパン

バイオグラフィーワーカー養成

ファウンデーションコース

名古屋週末コース12期生募集のご案内

対象:自分の人生に学ぶ姿勢のある方
   社会、教育、医療の諸分野に関わる方
   あるいは関心のある方
   28歳以上(以下の方はご相談ください) 
期間:前期3モジュール 2018年1月~11月
会場:ウィルあいち 
コースリーダー:中村かをる    

 

 


BFRP東海は、東海地方で活動する
バッチ財団登録プラクティショナーたちのネットワークです
詳細は BFRP東海のHPブログ等ご参照のうえ
問合せ・申込みは各企画の担当者名を書いて、BFRP東海メール bach38tokai@yahoo.co.jp へお送りください

第19回 レメディ研究部(対象:BIEPレベル3以上)
日時 11/21(火)10:00~12:00
場所: 日進市岩崎公民館 2F和室
参加費:300円 今回のテーマは「ワイルドローズ」
担当:田中美帆子(要予約)

第18回 植物観察会(対象:どなたでも)
日時:11/29(水)10:30~14:30
場所: 名古屋市東山動植物園 植物園エリア
参加費:各自入園料500円を払い入園
持物:スケッチブック・色鉛筆・お弁当・ピクニックシート、ルーペ
担当:嶋崎真由美(要予約)

第88回 バッチの読書会(対象:どなたでも)
「なんじ自身を癒せ 第2章」(11R)
日時:12/5(火)10:00~12:00
会場: 岩崎公民館2階 和室
参加費:500円 (当日集めます)
持物:バッチの遺産、マイドリンク、お菓子など
担当:岩田千亜紀(要予約)
読書会後 もう一つのバッチセンターツアー報告会 対象:レベル3以上

バッチのおしゃべりランチ会(対象:どなたでも)
日時:12/11(月)12:30~14:00ごろまで
場所: SALONE DE MK  瑞穂区内方町1-29-2
参加費:各自の飲食代のみ
担当:井神七子(要予約)

英国バッチセンターに認定されている日本で唯一の正規のプログラム
BIEPレベル1 
現在愛知・岐阜で開催中のPTTコースをもって年内の開催は終了です。    
       2018年の開催予定が決まり次第お知らせいたします。
BIEPレベル2 名古屋開催のご案内

       2018/2/3.4(土日2日間) 会場: Heart (ハート)      
お問合せ・お申し込みは  (社)バッチホリスティック研究会

旅心に誘われて、急に何度も蓼科に行くことになったのは本当に不思議。
長いこと閉まったままの箱のふたを開けたみたいに、いろんな思い出も飛び出してきます。
こんなふうに道がついてしまっては、私はいつか長野か山梨に行ってしまうんだろうか。
実は間もなく3度目の蓼科行きも計画中。どう考えても行き過ぎでしょ、私。(苦笑)

そういえば、なんでこうなったんだろうと思う場所のひとつに福岡があります。
事の起こりは全く別のきっかけでした。修学旅行で一度行ったきりで縁のない九州でしたが、
40年ぶりに訪ねたとたん、その数週間後、
今度はバイオグラフィーワークの連続講座のために行くことになり、
そのまま6年間、乗りかかった船とばかり定期便のように通いました。
あの展開はなかなかドラマチックでした。
それにしても最初の福岡行きは、そのあとに続く道のために、
ドアを叩きに行った?
それとも勇気という飛び石を置きに行ったのかしら?
ずっと前から約束をしていたように、大人になってからの私を育んでくれた
大切な人々との出会いの土地、それが福岡です。

現在の私は、自分で調整さえしたら誰に許可を得る必要もなく、
行きたいと思うところへ出かけていくことができます。
ある年齢域にいる、特に女性の多くは、自分のためだけに、
1人で出かけることなど考えもつかない人も多いでしょう。
けれど自分の方向性を探るうちに、どうしてもしたいこと、
行きたいところが見つかったら、今の自分にはこれが必要と、
声を上げることに罪悪感を持たないでほしいと思います。
ほしいものはほしいと言いましょう。それは正しいことだからです。
でも、正しいからこそ伝え方の練習は必要、
どんなに正しくても主観的なことである限り、
それを正しく伝えるには練習が必要なのです。

ところで、この日曜日、フォルメンと花の幾何まんだらの講座に参加しました。
とても興味深い内容で、心底楽しんでいたはずなのに、
描きながら私は段々落ち着かない気分になりました。
なぜかというとコンパスと定規での作図が、気分よくきっちり嵌らないのです。
実際には大した問題ではありません。
けれど私の中に隠れている、「正しく」したいボタンが押されてしまったのかもしれません。
バイオグラフィーワークではしょっちゅう絵を描きますが、
その時にはついぞ味わうことのない感情です。
私は自分が思うようにできないと不機嫌になる、ある意味、とても子どもっぽい、
負けん気の強い人間であることを思い出しました。
現在の私は「ほぼいつもほがらか」ですが、
わくわくと描いているにもかかわらず、
不機嫌になっている自分を発見して軽くショックを受けました。
コンパスと定規という学校のツールを手にしたせいかもしれません。
こんな私は久しぶり。
そういえば、ずっと「勝気なかをるちゃん」と言われていましたっけ。
多分、本当のところは今も変らないでしょうけれど、
負けるが勝ちの滋味も覚え、不機嫌になることはほとんどなかっただけに、
なかなか貴重な経験でした。

花の幾何まんだらは、帰宅後、気分一新、
正五角形のクラブアップル、ワイルドローズ、
正六角形のスターオブベツレヘムを
「わたし」が満足するまでさせてあげましたから、
今はすっかりゴキゲンです。

まもなく「十二星座と人間・世界」の開催です。
遠く近く瞬く星々が集まるように、たくさんのお申込みありがとうございました。
星の語る言葉に耳を傾ける晩秋の一日、皆様とご一緒できることを楽しみにしています。

寒さが募る一週間になりそうです。くれぐれも暖かくしてお過ごしください。
中村かをる
  * * *
最後まで読んでくださり有難うございました。愛と感謝をこめて。

このメールはクロイツにご縁のある方、BIEPを学ばれている方にお送りしています

配信不要、アドレス変更の場合はご遠慮なくご一報ください

 

クロイツ 中村かをる
* * *
愛知県日進市岩崎町石兼56-72

Tel/Fax:0561-72-9612  info@kreuz7.com

KREUZ+ https://kreuz7.com

「なんじ自身を癒せ」第1章

2009年7月にスタートしたバッチの遺産「なんじ自身を癒せ」の読書会が、87回目を迎えた今日、2017年11月10日に、11巡目の第1章を読むことになりました。当時レベル1を終えたばかり、10人足らずのメンバーで始めた読書会でしたが、メンバーが入れ代り立ち代りしながらも、やがてその中から何人ものプラクティショナーが生まれ、新たな牽引力となって、今では主催もその名の通り、BFRP(バッチ財団登録プラクティショナー)東海となりました。そのBFRP東海の背骨となっているのがこの読書会です。

 

 レベル1の授業では、エドワード・バッチが遺した2つの著作「なんじ自身を癒せ」と「12ヒーラーとその他のレメディ」を通して、その世界観に触れますが、コースが終わってもこんなふうにしつこく読むには、それなりの理由があるはずです。この小冊子のどこにそんな魅力があるのでしょう。

 

1930年、当時ロンドンで成功した医師の一人であったバッチ博士が、診療や研究を通して辿り着いたのが、古くはヒポクラテス、そしてパラケルスス、ハーネマンへと続く、ホリスティックな流れを汲む人間観でした。『なんじ自身を癒せ』の表紙を開くと、冒頭には「病気の真の原因と治癒の説明」と書かれています。今では心身のストレスが、様々な病気の引き金になったり、悪化させたりすることは、よく知られていますが、「癒しを自分で助けることができるのではないかと思い、病気の根本の原因を自分の内部に探そうと悩んでおられる方々の手引きになることが、ささやかな望みです」と書かれた文章から、時間に追われ、結果を急ぐ私たち現代人が、束の間の癒しを求めて右往左往するイメージが既にあったのかと問いたくなります。

 

発刊は85年余り以前ですが、その間も今も、医学の進歩はとどまることがありません。それによって多くの命も救われてきたことでしょう。その観点からみれば、バッチの言葉は医学的ではないかもしれません。けれど興味深いことに、バッチ博士が行きついた健康観は、古びるどころか現代のメンタルヘルス、セルフケア、セルフヘルプを先取りして、自己発見や自己認識~セルフアウェアネス~を高めていく上で、もっとも予防医学に即しているのではないかと思えます。医療の専門家ではない、ごく普通の生活者である私たち一人ひとりだからこそ、誰でもできること~つまり、自分の健康に責任を持ち、かけがえのない「私」を丁寧に生きていくことだと確信するのです。

 

11巡目に入ったことを機会に「なんじ自身を癒せ」を、これまでよりちょっとだけ真面目に読んでみようかな、というのが私の新たな試みです。お付き合いいただけたらうれしいです。

 

 なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第1章

日本には「病は気から」という古くからの言い伝えがありますが、シンプルに捉えたらバッチ博士の健康観はこれに通じるものだと思います。それは「病気の起源は物質的なものではない」と言っていることから理解できます。では気から始まったはずの病ですが、医学の世界では「病気を身体内に局限することによって......強力な病気恐怖症を生み出し、病気の力を途方もなく増大させてしまい…」とあります。たとえば、病気とまではいかなくても、ちょっとした不調や、不具合が生じると、私は猛烈に「よくなりたい!」と思います。同時にあれこれ不安や怯えすら覚え、余計調子が悪くなることもあります。まさしく気は病を促進すると言ってもいいくらいです。胸に手を当てて振り返ると、その前後にはかなり無理をしていたとか、自分をないがしろにしていた、なんてことを思い出します。だから身体と心はつながっているし、「心は騙せても、身体は正直」なんていう言葉も出てくるわけです。

 

バッチ博士は医師でしたから、人間が心身ともに健康に生きることを強く願っていました。第1章にはまず病気の本質について述べられると同時に、その大前提となるバッチの人間観についても、はっきり明記されています。それは「人間」を、見える世界としての物質的「身体」と、見えない世界における「魂」、その二つの領域をつなぐ「心」の3つに分け、「病気とは「魂」と「心」との葛藤が、身体の中に生み出した最終的な結果であり、深く長く活動してきたいろいろな力が作り出した最終産物です」と考えました。ですから私たちが健康に生きるには、「魂」と「心」が葛藤しなくてもいいようにする必要があるというわけです。それって一体どうすればいいのでしょう?

 

バッチは「心は身体よりもずっと明確に病気の兆候とその進行をよく物語る」と言っています。では「心」って何?という問いが出てきます。(下記の図を参照)心の働きを考えてみると、心もまた3つに分けることができます。まず見える世界と強く結びついているのが「意志、行為」です。そして見えない世界に通じるのが「思考」、その真ん中にあって両方をつなぐのが「感情」ですが、それらは分かちがたく結びつきながらも、ある時はどれかが優位に立ったり、またある時は眠らせてしまったりしながら、いつもいつも動いているはずです。私自身の日常でも、思考、感情、意志が全く統制されないでバラバラに動いてしまうこともありますし、義務感や評価を求めて行動する時には明らかに感情をごまかしていることがあります。いやだなあ~と思いながら、これはするべきでしょ、とか、ここで投げ出したら無責任、評価下がるよ、なんて、気持ちをなだめ、頭で身体に命令をするわけです。そして時には感情を凍らせて動かなくさせることだってやってのけたりするのです。つまり自分の感情は、自分から無視されている、今どきで言うと、セルフネグレクトってやつですね。なんとまあ、危ういことでしょう。

 

では、病気になっちゃったらどうするの?病気をどうとらえたらいいの?と言いたくなるわけですが、バッチはこう述べています。

 

「簡潔に言わせてもらえば、病気は、見たところとても残酷ですが、それ自体は有益なもので、私たちのためになります。もしそれを正しく解釈すれば、私たちは病気に導かれて、自分の非常に重要な過ちに気づくことになります。もし的確に対処すれば、病気はそうした過ちを取り去る原因になりますし、私たちを前にも増して健康にし、人間として大きく成長させてくれるでしょう。」

 

そうは言ってもね。というところでしょうか。気持ちに余裕があれば、こう考えることもできるでしょう。けれど症状に自分が苦しんでいる時、私を含めほとんどの人は困惑し混乱し、気分の悪さや不快感の中に閉ざされてしまいます。本当に病気は残酷です。だからこそ...

 

「前兆となる症状を理解し、その意味を読み取ることができる人であれば、もし適切な霊的・精神的な矯正手段を講じれば。病気は発病にいたる前に防止され、または初期段階で食い止められるかもしれません。」

 

つまり未病の状態の時から、自分の心の声に耳を澄ますレッスンが必要になるようです。食生活や生活のリズムなど実際的なことに心配りをすることはもちろんですが、バッチ流にいえば、自分の魂の命に則って生きるということが最も重要になるというわけです。でも、魂の目的ともなると、ちょっとわかりにくいし、すぐに答えは出せません。でもすごいことに身体の不調は、そういう時にこそ、導き手になってくれるということなのでしょう。こう書きながら、でもでもと、様々な問いが浮かんできます。それの答えは、第2章以降をお楽しみに、ということになるでしょうか。

 

どんな場合でも、どんな厳しい状態でも、絶望する必要はありません。なぜならその人がまだ肉体的に生きるのを許されているということは、支配している「魂」は希望を捨てていないことを示しているからです。

 

これって病気という範疇にとどまらず、すべてに言えることですね。

 

エドワード・バッチの人生を見る

バッチホリスティック研究会主催、バッチフラワーシンポジウム2012での発表

中村かをる「個と全体の成長を目指して」から

からまつの林を過ぎて

北原白秋の詩、「落葉松」をはじめて知ったのは多分小学4、5年生の頃、5歳年上の姉が口ずさんでいたのを聞いたときだったと思います。思春期と呼ぶにはまだ幼い心にも、この詩が持つ寂寥感が迫って、漠然と、大人になるということは決してバラ色だけではないんだなと思ったものです。落葉松ってどんな木なんだろう。普通、松は常緑だけど落葉するのかな…。その後、40年も経ってから、晩秋の上高地で、この詩のイメージそのままの風景に出会いました。そしてその数年後、バッチフラワーのレメディの中に、西洋落葉松(ラーチ)があることを知ります。ある夏、イギリス湖水地方の河畔を歩いていた時、ふと指が明るい緑色をしたやさしい感触の枝に触れました。これは!?と思い、木の名前を尋ねるとラーチという答えが返ってきました。その時、初めてバッチフラワーの「ラーチ」と北原白秋の「落葉松」が結びつきました。

 

バッチフラワーのラーチは、「失意と絶望」に分類されているレメディで、自分が人より劣っていると感じ、自分の能力に自信が持てない時や、失敗を恐れるあまり、チャレンジを諦めてしまうような場合に使います。常緑がほとんどの針葉樹の中にあって、ラーチは冬(困難)が来る前に、さっさと諦めて葉を落としてしまう、というクオリティは、まさにラーチ、自信の欠如を表しているようで興味深いです。

 

白秋が「落葉松」の構想を得たのは、大正10年軽井沢、初夏の星野温泉に滞在中、朝夕の散策時に、からまつの芽吹きに感銘を受けたと聞きます。けれど詩を読んで浮かんでくる風景は、芽吹き時というよりは、むしろ晩秋、諦念のイメージです。もちろん人によって感じ方は違うでしょうけれど。ただ、侘び寂びというか、色味の少ない渋めな七節目までと比べて、最後の八節に、静かな芽吹きを感じるのは私だけかしら。

 

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

芽吹きというものは、うれしいけど泣きたいみたいな切なさがあります。ラーチの芽吹きは、そんな中でも特別です。特に雌花の仄赤さに、こころ揺すぶられない人はいないでしょう。傷つきやすい繊細なラーチは、失敗することで自信を失い、それによって挑戦や冒険から遠ざかろうとしますが、白秋はこの作品を書いたとき、ちょうど第2ムーンノード(37歳前後)を迎えていました。ムーンノードには、多くの人が人生の目的や意味を問い、方向転換などを余儀なくされます。当時、すでに白秋は一定の評価を得ていたと思われますが、「落葉松」は白秋のその後の詩作に向け、重要な位置を占める作品となったようです。「山川に山がはの音/からまつにからまつのかぜ」 吾唯知足~向上心とか、よりよくなろうとか、評価されたいとか、何かを成したいという意識は、決して悪いことではありませんが、自分のその時の限界を受容できる人こそが、限界を広げていく、超えていける可能性を持っていると思わずにおれません。ちなみに白秋は57歳(第3ムーンノード前後)でこの世を去っています。バイオグラフィーワーカーの視点で見ると、これもまた興味深いです。

落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる、ただ心より心へと伝ふべし。また知らむ。その風はそのささやきは、また我が心の心のささやきなるを、読者よ、これらは声に出して歌ふべききはのものにあらず、ただ韻(ひびき)を韻とし、匂を匂とせよ。

北原白秋「落葉松」前文

『水墨集』アルス発行(大正12年)

落葉松   

           北原白秋

   一

からまつの林を過ぎて

からまつをしみじみと見き。

からまつはさびしかりけり。

たびゆくはさびしかりけり。

 

   二

からまつの林を出でて、

からまつの林に入りぬ。

からまつの林に入りて、

また細く道はつづけり。

 

   三

からまつの林の奥も

わが通る道はありけり。

霧雨のかかる道なり。

山風のかよふ道なり。

 

   四

からまつの林の道は

われのみか、ひともかよひぬ。

ほそぼそと通ふ道なり。

さびさびといそぐ道なり。

 

   五

からまつの林を過ぎて、

ゆゑえしらず歩みひそめつ。

からまつはさびしかりけり、

からまつとささやきにけり。

 

   六

からまつの林を出でて、

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

からまつのまたそのうへに。

 

   七

からまつの林の雨は

さびしけどいよよしづけし。

かんこ鳥鳴けるのみなる。

からまつの濡るるのみなる。

 

   八

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

『日本現代詩体系 第四巻』河出書房(昭和25年)

 


イギリス湖水地方で、初めてラーチに出会った河畔

ホテルハイジ 蓼科ふたたび

晩秋のホテルハイジ
広い庭の隅にある可愛いキャビン
ホテルハイジのディナー、オードブル

自家製スモークサーモンのムース、信濃雪鱒、大王イワナ、ウイキョウのババロア

不思議なことがあるものです。

 

秋のクロイツニュースに、奥蓼科の御射鹿池に行ったと書いたことから、古い友人夫妻からなかば強引に(笑)誘われ、それにまんまと乗っかって再び来てしまいました。しかも10年前、彼女と一緒に泊まったホテルハイジに。

 

10年ぶりの蓼科が、なぜ1か月に2回も!?

 

ホテルハイジは旧皇族、伯爵家の東伏見家の別荘を当主が1975年にホテルとして開放。当時日本はバブルがはじける前、一億総中流意識にみんなが浮かれてた?そう、夢を見ていた時代だったかもしれませんが、それでもホテルハイジの格調の高さは別格でした。皇族方をはじめとして、海外のVIPも宿泊されるようで…。小さい子たちを抱えた身では、ティータイムを楽しむのが関の山。庭に点在する可愛い小屋は子どもたちの格好の遊び場でした。今も変わらずきれいに手入れをされていました。懐かしい~

 

ハイジにはシングルはないので、一番小さなツインを選びましたが、その部屋はチロル家具で統一されている可愛い部屋です。10年前に泊った時は出窓の下にベンチのついた奥行きのある部屋でしたが、今回、一人で泊まるにはこじんまりとしてちょうどいい。木立に囲まれた露天風呂で一息ついてフレンチを堪能した後はおしゃべりに花が咲き、瞬く間に夜は更けていきました。


 

翌朝早く目が覚めたので、15分ほど下ったところにある蓼科湖まで朝の散歩に出かけました。雲海の向こうに南アルプスの峰々がのぞき、まばゆい日の光が木々の彩りをさらに鮮やかに照らします。気温は1度、吐く息も凍りそう。湖面には朝もやが立ち込めています。この幻想的な風景が見られたのも早朝だからこそでしょう。逆光の中に紅葉が浮かび上がります。


 

蓼科湖がこんなに美しいのだから、あの御射鹿池もさぞやと期待に胸は膨らみつつ、車を走らせます。(運転は私ではありませんが)

ところが、観光バスが何台もいて、人の多さにびっくり。肝心の池は先週末の台風のせいか、静謐さのかけらもありません。時を経ず2度来たからこそわかる、その違い。すべてに通じる「時」があるということを。


御射鹿池から、カラマツ林を抜けて横谷観音へ。10年前、友人とこの場所に来た時、大滝神社という古びた神社にお参りをしました。黒曜石の祠に続く急勾配の参道は階段もなく何度も滑りそうになりましたが、けれどその参道の両側に広がる林から、風が吹くたびにカラマツの葉が、サラサラと音をたてて、黄金の雨のように降り注ぐのです。友人と私はその音に聴き入りました。あの瞬間、あの世とこの世は一つになり、夢を見ているようでした。

 

ところが、ここでも期待は裏切られます。今ではすっかり整備され鳥居も立派になり、参道にはちゃんと階段もできています。随分、雰囲気変っちゃったね。

 

階段を数段上がってすぐに何やら異臭がすることに気付きました。これって何? どうやら枕木の防腐剤の臭いのようです。う~~たまらん、仕方がないとは言え、すごすごと階段を下りる私たちでした。

 

さぁて、「時」を学んだ私の蓼科行き

二度あることは三度ある? かも。


横谷観音の展望台から臨む風景

10月のバッチフラワーレメディ

ハニーサックル

ハニーサックル

カテゴリー 現実への無関心

英名 Honey Succkle
学名 Lonicera Caprifolium
和名 スイカズラ、忍冬
キーワード  過去に浸っている

 

過去の中、例えばとても幸せだった時のことや失った友達との記憶や実現しなかった野心の中に生きる人のためのものです。これらの人は過去に経験したような幸せが二度と訪れるとは考えません

 Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より

 

郷愁という言葉がぴったりくる私の10月、毎年必ず巡ってくる10月10日は夫の命日、1997年のことでした。その年の秋は、ありえないほど安定した快晴が続いていました。おりしも運動会シーズン、末娘の小学校最後の運動会はそんな美しい空気の澄んだ秋の一日でした。午前の競技が終わり、友達家族数人と一緒に校舎の脇で持ち寄ったお弁当を広げ、車座になって食べているところに携帯のベルが鳴りました。病院から夫の容体急変の呼び出しでした。ふと、手元においていたカメラの望遠レンズがころころと転がってセメントの通路の上でカチンと冷たい音を立てました。関係ないのに、なぜこんなことを覚えているのかしら。


 

組体操だけはどうしても見てほしいと言っていた娘の願いも空しく、ゴメン、なるべく早く連絡するねと、私は小学校を後にしました。亡くなる数日前のことでしたが、その頃、何度もこんなことが繰り返されていました。当時の私は無我夢中でしたからわかりませんでしたが、旅立つ日の近いことが、医師にはわかっていたのでしょう。

 

あの頃の不安や苦しみ、辛かったこと、悲しかったこと、そんな思いとごちゃ混ぜになって、金木犀の香り、子どもたちの歓声、砂ぼこり、首筋に光っていた汗の玉、細い三つ編み、青いミカン、泣きたいような青空、いくつもの断片的なシーンが甦ります。あんなに強く揺さぶられたことはなかったのに、今となってはなぜか美しい。

 

ハニーサックルの指標にあるように、昔を懐かしむ気持ちには、夢のようなぼかしのフィルターがかかるかもしれません。それは時間という魔術のなせる技か、辛かったことに対して、自分が頑張ったことを認めたい気持ちもあるのでしょう。お年寄りが過ぎ去った過去を懐かしみ、何度も何度も繰り返すのは、自分の生きた証を話すことで整理するという、意味ある行為なのかもしれません。

 

ハニーサックルは過去の出来事に良くも悪くもとらわれて、そのために現実に集中できない人、過去に住み続けている人のためのものです。例えばペットロス、ホームシックなどはその例でしょう。経験を消化しきれず、現在に生きることができない時、ハニーサックル以外にもチェストナットバッドや、新たなステージへと踏み出す決意を応援するウォルナット、また悲しみの中にとどまろうとする背景には、忘れてしまうことへの罪悪感(パイン)があるのかもしれません。ショックやトラウマのスターオブベツレヘムや恨みがましい気持ちのウィローなど、ハニーサックルのフィルターに隠れている感情に合わせたレメディも、同時に使うことも効果的でしょう。

 

私たちの過去の経験は、現在を通って未来へと続いているわけですが、伸びたハニーサックルの枝が垂れて地に着くと、そこから発根し、新しいハニーサックルが生まれます。過去(親木)→現在(着地)→未来(新しい木)という流れは、ハニーサックルのポジティブなメッセージそのもののですね。

画像はすべて英国バッチセンターの庭に咲くハニーサックル、咲き始めは白かった内部が、受粉すると黄変します。夜に開花が始まるというのも眠りや過去とのつながりを連想させ、何ともノスタルジックです。バッチセンターの建物の扉の前には古いハニーサックルの木があります。この木はバッチ博士が住む前からあったと言われています。

 

以前のブログ~パーソナルノートで、

月のリズムでバッチフラワー

という実践報告を書いていた時期があります。レメディの最後のウィローから順番に、新月から満月へ、満月からへというリズムで1種ずつ、約1か月で2種類のレメディを体験していくわけです。で、半分近くの18種目まできたところで風邪を引いたか、飽きてしまったか(^^ゞ 途中で終わってしまいました。その心残りもあって、再度書き出したというわけです。でも今度はBFRP東海のレメディ研究部のテーマに沿ってレメディを取り上げて行こうと思います。マニアックな深遠な世界へあなたもぜひどうぞ。参加はレベル3以上ですが、読むのは誰でもOKよ! 

BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ハニーサックルでさらに読む


秋のクロイツニュースから

ウェブ版で見る場合はこちら

秋風に誘われるように、ふと思い立ち
東山魁夷の「緑響く」の
絵のモチーフとして有名な、奥蓼科、
御射鹿池(みしゃかいけ)に出かけました。
中央道に入ると、間もなく雨が降り出し
蓼科の山道を走る頃には霧で何も見えず、
やっとの思いで宿に到着。    
一晩中、降り続いた雨も朝方には上がりました。
雨音かと思っていたら、宿の真横には大きな滝!    
早起きして、池のほとりに出かけると
紅葉した木々が水面に...(後に続く)   


 クロイツ+今月のおすすめ

ジュピター東海主催   
十二星座と人間・世界
星々のことばで謎をとく―
丹羽 敏雄津田塾大学名誉教授)
日 時
:2017年11月23日
(木・祝)
    第1部 10:30~12
:30
    第2部 14:00~16:00

会 場:ウィルあいち 会議室6
参加費:5000円
持 物:各自のホロスコープ 筆記用具
※現在キャンセル待ちです<(_ _)>  
詳細はこちら 



クロイツのカレンダーから

 BFRP東海は、東海地方で活動する
バッチ財団登録プラクティショナーたちのネットワークです
詳細は BFRP東海のHP ブログ等ご参照のうえ
問合せ・申込みは各企画の担当者名を書いて、
BFRP東海メール
bach38tokai@yahoo.co.jp へお送りください

 

第18回 レメディ研究部(対象:BIEPレベル3以上)
日時:10/17(火)10:00~12:00
場所:日進市岩崎公民館 2F和室
参加費:300円 今回のテーマは「ハニーサックル」
担当:田中美帆子(要予約)

 

★バッチフラワーカフェ オープン!   

日時:10/26(木)10:00~15:00

場所:SALONE DI MK カフェ&ワインバー&ギャラリー

カフェの飲食代に500円追加で、バッチフラワー体験ができます。

名古屋市瑞穂区内方町1-29-2 

担当:牧野宏江 (予約不要、どなたでもお気軽にどうぞ)


第17回 植物観察会(対象:どなたでも)

日時:10/31(火)10:30~14:30
場所:名古屋市東山動植物園 植物園エリア
参加費:各自入園料500円を払い入園
持物:スケッチブック・色鉛筆・お弁当・ピクニックシート、ルーペ
担当:嶋崎真由美(要予約)

 

バッチのおしゃべりランチ会(対象:どなたでも)
日時:11/6(月)12:30~14:00ごろまで
場所: 自然の薬箱 2階カフェ&キッチン
参加費:各自の飲食代のみ
担当:井神七子(要予約)

第87回 バッチの読書会(対象:どなたでも)
「なんじ自身を癒せ 第1章」(11R)

日時:11/10(金)10:00~12:00
会場:岩崎公民館2階 和室
参加費:500円 (当日集めます)
持物:バッチの遺産、マイドリンク、お菓子など
担当:岩田千亜紀(要予約)

BIEPレベル3、プラクティショナーコースの名古屋開催のご案内
過去3か月以前にレベル2までを修了された方が対象です。

4日間の学びを通して、国際登録の可能なプロフェッショナルとしての知識と実践を学びます。

英国バッチセンターに認定されている、日本で唯一、世界共通の正規のプログラムです。
レベル3 2017/11/3-6(4日間) 会場:ウィルあいち
お問合せ・お申し込みは  (社)バッチホリスティック研究会


10月の声を聞いて、矢も楯もたまらなくなり、ひとり奥蓼科に車を走らせました。目指すは御射鹿池~蓼科は私の家族にとって思い出深い地です。かれこれ30年ほど前になりますが、子どもたちが幼いころ、夏を過ごすのは決まって蓼科の山荘でした。諏訪インターで下りて、久しぶりに走るビーナスラインも、見覚えのある信号も、懐かしさで胸がいっぱいになります。数年前、御射鹿池を見たいと地図を調べた時、それが蓼科にあることを知って驚きました。なんだ、こんなに近くだったのか。あの頃、知っていたなら、と思わないでもありませんが、こうして一人で訪ねてみようと思えるのも、記憶の糸を手繰り寄せるように、蓼科という場所に近しい気持ちがあったからでしょう。

「ため池百選」に選ばれているこの池は、強酸性で魚は生息できず、水底に酸性水を好むチャツボミゴケが繁茂していることから、木々が水面に美しく映るのだとウィキペディアには書かれています。その朝は風もそよがず、水面は静謐そのもの、まるで一枚の鏡のようです。周辺はフェンスでぐるりと囲まれており、池に近づくことはできませんが、その分、美しさは保たれるのかもしれません。白樺、落葉松、秋の深まりとともに、水面は紅葉を映しさらに華やぐことでしょう。魁夷さんはこの辺りで「緑響く」を描いたのかしら、と思しきベストポジションには、三脚を据え、カメラを構えた人が数名。車のナンバーを見ると大阪、千葉、岐阜...平日の朝の5時半、なぜ人はこうも美しい風景に引き寄せられるのかしら。

バイオグラフィーワークでは、自分の人生の軌跡をもとに、テーマに沿って絵を描いたり粘土を使ったりしながら、記憶の一場面を切り取りつつ、そのつながりをみていきます。そこに現れる風景は、決して美しいとか、壮大とか、心地いい場面ばかりではありません。けれど、私たちの記憶の海の底から、泡のように浮かび上がってくる風景を越えた向こうにある懐かしさは、御射鹿池が持つ静謐さにあるのかもしれません。

今日のバッチの読書会は、10巡目の最終章、8章でした。そこにはちょうどこの御射鹿池を表しているかのようなくだりが出てきます。穏やかな湖のような心、さざ波すら立たず、どんな出来事も、どんな環境も、どんな他の人格も、いかなる状況でも、その湖を波立たせることはできない...安らぎの原風景は、きっと誰の中にもある、平安を愛するこころなのでしょう。

それでは皆様、秋の夜長をお風邪など召しませんように。
 

  * * *

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クロイツ 中村かをる
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2017秋の植物観察会

紅葉にはまだ早く、ちょっと華やかさに欠けるこの時期の植物園ですが、BFRP東海の2017年秋の植物観察会がスタートしました。今回で16回目を迎えます。

 

前夜から、スマホでお天気を何度も確認、リュックにスケッチブックと色鉛筆を入れたり出したり、朝になったら、おにぎりと水筒をもって…とワクワクしすぎて眠れない。 

 

にもかかわらず、結局遅刻してしまう私ってなんでしょ。15分遅れでみんなに追いつきました。これくらいの時間差なら、まだみんなほとんど動かず、植物園門に近い「オーク」の前にいることは分かってます。あんなに雌花がたくさんあったのに、ドングリはわずか、2個、3個。あゝ、もっと広々とした場所に移してあげたい。

オークの和名はオウシュウナラです。オークといえば樫(カシ)とずっと思っていましたが、調べているうちに、樫というのは常緑樹で、オークは落葉樹、つまりナラなんですって。


 宿根草園では、秋の七草、ススキに萩、シュウメイギクなど、たおやかな花に混じって、白花曼殊沙華が群生していました。赤い彼岸花~リコリスと同種です。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華(ひがんばな)
けふも手折りに來たわいな。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數(かず)

 

GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな、
ひとつ摘(つ)んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故(なし)泣くろ、
何時(いつ)まで取つても曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華、
(こは)や、赤しや、まだ七つ。

          北原白秋「曼殊沙華」


東海の森には、アサギマダラが好むフジバカマがたくさん植えられています。まだ今はホンの少ししか開花していませんが、10/8には、ここでマーキング調査が行われるらしい。


 

今日は蒸し暑く、蚊もスズメバチもたくさん、飛んでいました。虫たちも来るべき冬に向けて忙しそうです。いつもなら、東海の森でおにぎりを食べ、ビートにラーチ、パインやチェストナットなどをスケッチするのですが、予定を変更して、花畑のほうに移動することに決めました。春から観察しているトチノキの小枝を横目で見ながら、次くるときはしっかりスケッチするね、と声をかけながら。


今回のスケッチのテーマに、私はスィートチェストナット(クリ)を選びました。少し離れたところから、樹形全体を眺め、近くによって枝ぶりや葉の形状を詳しく見ます。バッチ博士は、スィートチェストナットを、「苦痛が余りにも大きく、耐えがたいと感じられるときのためのものです。…眼前に崩壊や破滅以外の何ものもないように見える時のためのレメディです」と記しています。イガイガに包まれた大きな丸い実をいくつも付けて豊かさを感じますが、樹木の形姿全体、また葉の広がり方を見ると、上昇するよりも、大地に引っ張られる下降するエネルギーを感じます。今回、対照的だったのは、オリーブをスケッチしたグループのシェアでした。若々しい滑らかな樹肌、剪定されたところから幾つも上昇する枝を出し、復活、再生のエネルギーが溢れている。樹木のスケッチを通して、バッチフラワーレメディの指標を学び直したような観察会となりました。


 

次回の植物観察会、深まる秋をご一緒しましょ。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

第17回植物観察会

10/31(火)10:30~

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。

初秋のクロイツニュースから

ウェブ版で見る場合はこちら

日差しが和らいで
空気が澄んでくると
遠くの音がよく聞こえます

吹き抜ける風に乗って
どこかから人の声
揺れる梢、鳥のさえずり    
嘘みたい
もう秋になりました

お元気ですか?    

 

クロイツのおすすめ

 第12回 バッチフラワーシンポジウム
 
 老年学のすすめ
    と バッチフラワー

~親を見守る眼差し、自分の将来~
日時:2017年10月22日(日)13:00~17:00
会場:アットビジネスセンター渋谷東口駅前503
    
主催(社)バッチホリスティック研究会

 

 



クロイツのカレンダーから

 

 

 

BFRP東海は、東海地方で活動する
バッチ財団登録プラクティショナーたちのネットワークです
詳細は BFRP東海のHP ブログ等ご参照のうえ
問合せ・申込みは各企画の担当者名を書いて、
BFRP東海メール
bach38tokai@yahoo.co.jp へお送りください
 

第85回 バッチの読書会(対象:どなたでも)
「なんじ自身を癒せ 第7章」

日時:9/15(火)10:00~12:00
会場:岩崎公民館2階 和室
参加費:500円 (当日集めます)
持物:バッチの遺産、マイドリンク、お菓子など
 ※読書会後 英国研修報告会へと続きます
担当:岩田千亜紀(要予約)

第17回 レメディ研究部(対象:BIEPレベル3以上)
日時 9/19(火)10:00~12:00
場所:日進市岩崎公民館 2F和室
参加費:300円 今回のテーマは「パイン」
担当:田中美帆子(要予約)

第16回 植物観察会(対象:どなたでも)
日時:9/27(水)10:30~14:30
場所:名古屋市東山動植物園 植物園エリア
参加費:各自入園料500円を払い入園
持物:スケッチブック・色鉛筆・お弁当・ピクニックシート、ルーペ
担当:嶋崎真由美(要予約)

バッチのおしゃべりランチ会(対象:どなたでも)
日時:10/2(月)12:30~14:00ごろまで
場所: 自然の薬箱 2階カフェ&キッチン
参加費:各自の飲食代のみ
担当:井神七子(要予約)

 

11月23日に予定しているジュピター東海の『12星座と人間』の企画には、早々と、受付はまだですか?先に予約できますか?など、たくさんのお問い合わせをいただきうれしい悲鳴を上げております

講師としてお迎えする丹羽敏雄さんは、そのひと月前の10月22日、東京のバッチフラワーシンポジウム2017でもお話をされます。今年のシンポジウムのテーマは「老年学のすすめとバッチフラワー」~親を見守る眼差し、自分の将来~。私自身、親の介護の際に家族全体でバッチフラワーを多用して、その真価に目覚めたところがありますから、このテーマは待ってました!!と言いたい。また丹羽さんの著書『シュタイナーの老年学』は、私の愛読書のトップ10に入ります。

行く道は帰る道

年上の方とお話しているとき、まど・みちおさんの詩のように、今の私の地平からでは見えないものが、見えているのだな、と思うことがよくあります。そんなことができる長生きって素晴らしい。幾つになっても、探究心や好奇心を忘れないでいられたら、それこそが、永遠なる魂の若さなのかもしれません。

シンポジウムでのプログラムは以下の通り

「アンチエイジングの虚構」林真一郎
「シュタイナーの老年学~老いて観える人生の秘密」丹羽敏雄
「青年期の心の教育とバッチフラワーレメディ」神村有紀
「バッチフラワーの老年学~汝自身を知れ~」林サオダ

どのテーマも興味深いですね。
皆さま、東京でお会いしましょう。
そして、そのあとにはぜひ『12星座と人間』にお出かけくださいね。

ところで、バイオグラフィーワーカー・ジュピターのメンバーは、たまたまかもしれませんが、なぜか乙女座だらけ。加えて山羊座も多くて「地」の人ばかり。これってどんな意味があるのでしょう。ちなみに、私の回り、東海のメンバーには、不思議と蟹座、魚座、蠍座が多く、よくいえばしっとり、でもびしょびしょかも。私が「水」だから、水を引き寄せるのでしょうか?それにしても、BFRP東海の協同作業が、いつも柔軟、かつ結束が強いのは、ある種の水の要素が助けになっているのかもしれません。

とはいえ、どんなに仲間と一緒で居心地がよくても、それだけでは個と全体の成長にはつながりません。現に、火、風、水、土の4つのエレメントだけを見ても、偏りがあったりするわけです。でも偏りこそが、個性であり魅力。ただ偏りを魅力に変容させるには、きっと他者との関係、他者の力を活かしバランスをとる力が必要なのでしょう。

それでは皆様、夏のお疲れが出ませんよう、長くて美しい秋を楽しめますように。


 * * *

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バッチ博士が住んだ家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

かなりのミーハーを自認している私ですが、まさしくその通りです。住所を辿って訪ねたのは、1917年、バッチ博士31歳、ロンドン、ユニバーシティカレッジ病院で激務に追われていた頃の住まい Canonbury Square 42

 

当時のままかどうかは分かりませんが、目の前は小さな公園、木立の向こうに見える黒い扉がバッチのかつての住まい。扉の番号を確かめて公園からパチリ。

 

今からちょうど100年前、この家からバッチ博士は病院に通っていたことになります。1917年といえば、最初の妻、グィンドリンが亡くなり、バッチ博士は間もなくキティ・ライトと再婚します。

 

メゾニックホール内部

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

再婚後、居を移したのはこちら。瀟洒な住宅街、89 Calabria Rd です。前の家と同様、イズリントン地区ではありますけれど、半マイルほど北にあたり、病院から遠くなります。

 

バッチ博士、忙しいのに遠くなって大丈夫?

この転居から2か月後、バッチは生死をさまようことになるのですが...。

 

こちらも黒い扉、左側の家です。家を見ていると中から人が出てきました。慌てて何気ない素振りをする自分が可笑しい。

 

同じ並びの、数件離れた家では改築の真っ最中。外観は全く変わらず、中身だけごっそり取りかえです。日本では家の寿命は短く、同じ土地に住んでいても新築~つまり人は変わらず、家が変わりますが、ここイギリスでは、家は変わらず人が入れ代わるというわけです。とても美しい住宅街ですが、これらの建物はすべて100年以上前からあったということですものね。

 

念願のバッチ博士のロンドンの家も制覇(?)しました。2017年の夏、バッチ三昧の旅もそろそろ終わりです。

バッチ博士がキティと住んでいた家
カラブリア通り イズリントン

アガサ・クリスティの終の家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

聖書とシェークスピアの次に、世界中で愛読されているといわれる、ミステリーの女王アガサ・クリスティが、85歳の生涯を閉じたのは、ウォリングフォードの中心部から少しはずれたところにある、ウィンターブルック・ハウスでした。引っ越し大好き、数多くの家を同時に所有したクリスティですが、この家につけられたブループラークには、はっきりと「lived here1934-76」と記されています。

メゾニックホール内部

ウォリングフォードの町のサイトには、アガサ・クリスティが、町の名士みたいな感じで、誇らしく紹介されています。素敵なサイトだから見てみてね。バッチ博士も、ノラ・ウィークスと、この町にしばらく住んでいたようです。ノラが、とことこ隣村のソットウェルまで散歩に行って、その後、移り住むことになるマウントバーノンを見つけたのだとか。ノラさん、かなりの健脚ですね~

 

https://www.wallingford.co.uk/home

サイト内のVsterをクリックすると、アガサ・クリスティのページがあり、そこをまた入っていったら、なんと只今、9月8日から10日まで「アガサ・クリスティ ウィークエンド2017」を開催中とのこと。そう聞いても、行けないけど。

ウィンターブルック・ハウスで寛ぐアガサ・クリスティとマックス・マローワン 

かの有名な失踪事件の2年後、クリスティは14歳年下の考古学者マックス・マローワンと出会い再婚します。その後、ウォリングフォードに家を買ったのは、ロンドンにも出やすく、マックスがオックスフォードに通うにも便利、レディングまで出れば、ダートマスのグリーンウェイ・ハウスにも行きやすかったということだったのでしょう。それにしても、アガサ、あなたはもうこんなおばあちゃんだったのね


バッチとフリーメイソン

エドワード・バッチ博士がフラワーレメディのシステムを完成させた翌年の1936年、ウォリングフォードのメゾニックホールで催したフラワーレメディについての一般講演の記録が残っています。

 

私がまだBIEPの受講生だったころ、バッチ博士がフリーメイソンだったことを知って、少し驚きました。というのも、フリーメイソンって、なんだか怪しい秘密結社であるかのような印象があるでしょう。

 

でも、かのゲーテやシラー、モーツァルトやハイドンなど、名だたる芸術家をはじめ、米国歴代大統領など多くの著名人もメンバーだったことは知られていますし、ボーイスカウトとのつながりなどからは、健全な慈善団体という印象も受けます。

 

そもそも、中世から存在するフリーメイソンは「自由な石工」を意味し、大聖堂や城壁を設計、建築する人々の集まり、石工の職人組合だったことに端を発するといわれています。(諸説あり)それが、年月を経るうちに、王侯貴族や知識人が参加するようになり、中・上流階級のクラブ、社交の場、精神修行の場、友愛組織へと変化していったようです。

 

フリーメイソンの基本理念は、自由、平等、友愛、寛容、人道の5つ、「すべての人が同意することのできる宗教」に従って「真実で善良な人間」になることが求められている(吉村正和『フリーメイソン』講談社現代新書)と書かれています。 

フリーメイソン メゾニックホール

ウォリングフォード、メゾニックホール入口

メゾニックホール内部

ホール内部


 

バッチ博士がフリーメイソンに入会したのは1918年、第一次世界大戦も終わりに近づいた32歳の時でした。その前年、彼は大きな試練に見舞われます。妻の死、再婚、そして病に倒れ手術、余命3カ月と宣告を受けます。ところが、人生の仕事に邁進するうちに不死鳥の如く甦り健康を取り戻していきます。そうした経験とフリーメイソン入会とは、何か関係があるのでしょうか。

 

一人の人間として、バッチが抱えていた葛藤なども含め、バッチ博士の著書『汝自身を癒せ』の中に描かれている世界観や健康観を貫いている、古代と近代、神秘と科学、見えない世界と見える世界をつなぐホリスティックな視点が、バッチ博士の人生を辿るうちに、さらに浮かび上がってくるようです。

 

講演をしたのは、儀式をするホールではなく、おそらくこちらでしょう、と案内してくれたのが、右のホールです。舞台の青い幕を開けるとフリーメイソンのコンパスとマークが大きく描かれていました。しかも、このホールではバッチ博士ばかりか、この近所に住んでいたアガサ・クリスティが、作品の上演をしたのだとか。5分も歩けば家があるよ、という言葉に大興奮→クリスティの家

 

今も昔も、こういったホールは人が集まる場所。フリーメイソンのセンターが今やバランスボールのエクササイズの会場だなんて。

ウォリングフォード メゾニックセンター外観

バッチ三昧の旅5

バッチセンター2017

 私が初めてバッチセンターを訪れたのは、2007年の初秋のこと。当時、ストラウドに住んでいた二女と一緒でした。その静謐な佇まいは、それまで訪れたどの場所も霞むほどの衝撃を受けました。

 

 あれから何度訪ねたことでしょう。今では日本からのバッチセンターツアーに合わせ、東海や関西の仲間たちと、またロンドン在住の長女(バッチセンターでBFRP取得)とともに、2年毎に訪れるのが恒例となりました。


 毎回、ほぼ同時期に来ていますが。年毎に気温も違えば、微妙に花の時期もずれ、前回は満開だったのに、今回は少しだけとか、その反対のこともあります。確かこの辺に咲いていたはずなのに、全く違うところから出ていたりなどなど。

 2年前、ガーデナーが変ったばかりの庭は、意気消沈して見えましたが、今回はすっかり息を吹き返し、植物は驚くほど元気で丈高くなっていました。建物の奥にあるアスペンの木の前で。現在のガーデナー、アランさんのガーデンツアー。


 

バッチフラワーの学びの中で、欠かせないのはバッチ博士の宇宙観、人間観。1930年代、この場所でバッチ博士は、人間の心身の健康について思いを巡らし、フラワーレメディのシステムを完成させました。ここにいると「場」の力というものを感じないではおれません。知識や頭ではなく、感覚、さらにもっと奥深い精神性が見える形となって、この場に息づいていることをすべての人に味わってほしいと願っています。

 

 


あわせて読もう2年前のバッチセンターツアー

バッチセンター2015 バッチセンター2015の2

真夏のクロイツニュースから

あれよあれよという間に8月になりました。
はやくも立秋、暑中お見舞いから残暑お見舞いへ

先日、思いついて阿智村に行き
何となく夜のゴンドラに乗って、
標高1400メートルの星空を見てきました。
宿が貸してくれたマットの上に寝転がり、
ブランケットに包まってもまだ寒い。
夜風は冷たく、夜露がしっとりと降りてきます。
待つこと30分、一斉にあたりのライトが消されると
突然、浮かび上がる天の川、夏の大三角。
思わず知らず涙がこぼれます。
それにしても、折角の星の饗宴
ライトのみならず、マイクも消してほしかったなぁ

 


クロイツのおすすめ

「BIEPレベル1 名古屋2日間コース」
日程 2017/9/17-18日・月祝)10:00~17:30
会場 ウィルあいち
受講料 
38,000円(教材、消費税含)
バッチ国際教育プログラム(BIEP) は、バッチフラワーの創始者エドワード・バッチ博士から直接継承された教えを体系的に学ぶ世界共通のプログラムです。あなたも正規のコースで学んでみませんか?2日間でBIEPレベル1が取得できます。

名古屋レベル1*2日間コースへGO!



クロイツのカレンダーから
夏の名古屋オイリュトミー集中講座
名古屋オイリュトミーの会主催で、毎年夏と冬に開催しています。
初めての方もどうぞご参加ください。
日時:8/19-20(土日)10:00~12:00、13:30~15:30
会場:イーブル名古屋(地下鉄東別院徒歩2分)
講師:横山守文(オイリュトミスト)/ピアノ(鈴木里美)
参加費:1コマ3,000円、1日5,000円
持物:底の薄いシューズ、動きやすい服装(女性はフレヤースカート等)
お申込・お問合せ 090-1097-0230(鈴木)/kreuz706@gmail.com(中村)
.......★.......
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レメディ研究部(対象:BIEPレベル3以上)
日時 8/22(火)10:00~12:00
場所:日進市岩崎公民館 2F和室
参加費:300円
担当:田中美帆子(要予約)

バッチのおしゃべりランチ会
日時:9/4(月)12:30~14:00ごろまで
場所: 自然の薬箱 2階カフェ&キッチン
参加費:各自の飲食代のみ
担当:井神七子(要予約どなたでも参加できます

第85回 バッチの読書会
「なんじ自身を癒せ 第7章」
日時:9/15(金)10:00~12:00
会場:岩崎公民館2階 和室
参加費:500円 (当日集めます)
持物:バッチの遺産、マイドリンク、お弁当、お菓子など
担当:岩田千亜紀(要予約どなたでも参加できます

★読書会終了後、引き続き7月のバッチセンターツアーの
報告会があります。お楽しみに!
「バッチ三昧の旅」は ブログでぼちぼち更新中です。

アストロロジーライターのSayaさんによれば、占星術を意味するアストロロジーという言葉には「星の会話、星の言葉」という語源があるそうです。この夏、冒頭で書いた通り天上の星々に感激し、 前回のメールで取り上げた、タウマゼイン(存在驚愕)、存在することへの賛美、畏れを改めて実感した私は、以前から星読みに関心があり、いつか星の言葉が読めるようになりたいと思っています。最近では単なる星占い、またマニアックな西洋占星術の域を越えて、一億PVを誇る、大人気の星読みライター、石井ゆかりさんのような存在もあって、アストロロジーの世界もずいぶん裾野が広がりました。

 バイオグラフィーワークでは、人間に働きかける諸力として、惑星や12星座も学びに含まれますが、惑星に比べると12星座は~宇宙の真夜中~まだまだ未知の分野で、情報が決して多くありません。せめてオイリュトミーの、12星座は子音として動くことを足掛かりに探ってはみても、総合的に捉えるのは難しい。占星術は実際に宇宙を運行する星々、天文学がベースにあるわけですから、ここはひとつ占星術の基本を学ぼうと、ジュピター東海(バイオグラフィーワーカーの東海グループ)で話し合った結果、秋も深まる11月23日(木・祝)『12星座と人間』というテーマで、『星々と木々』『百合と薔薇』でおなじみの丹羽敏雄さんを招き、1日講座の計画を立てました。一人ひとり自分のホロスコープを手にしながら12星座に親しもうというわけです。
 星々を巡る旅をご一緒しませんか?ご案内は後日サイトにてお知らせします。

 今日は立秋、明日8日は水瓶座で満月が起こります。そしてお天気次第ですが、午前2時22分ごろから1時間ほど掛けて、月が欠ける部分月食が見られるそうです。また13日は、夏の夜空のハイライト、ペルセウス座流星群が見頃を迎えます。条件がよければ1時間に30個も!? 睡眠不足が続きそうです。とはいえ、今はその前に気になる台風5号、こうして書いている間も、時折、激しく雨が窓を叩きます。あちこちで雨風の被害が出ていますが、どうぞ大過なく通りすぎますように。

それでは皆様、名残の夏を健やかにお過ごしくださいませ。
* * *

最後まで読んでくださり有難うございました。愛と感謝をこめて。

 

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バッチ三昧の旅4

クリックハウエル界隈

ウェールズ2日目、見事に晴れました。清々しい風が川面を渡っていきます。見どころはいろいろあるものの、残された時間はわずか。タウンセンターのそばにある古城と、ミムラスがあったと記述があるクリックハウエルハイスクールのグランドを探してみます。

ハイスクールから、St.Edmund's Churchの塔を見る

木立に隠れて見えないけれど、眼下にはアスク川

クリックハウエルハイスクールは私立校ではなく、公立校です。ぐるりを山に囲まれて、こんな素晴らしい環境の中にあるなんて、なんと贅沢・・・。ここは国立公園ブリコン・ビーコンズの中に立地しているのですから景色がいいのは当たり前でした。

 

このあとは、クリックハウエル城へ。ドラゴン・インでサンデーランチを食べたら、ウェールズともさようならです。また来られるかな。

クリックハウエルキャッスル

一部を残すのみとなっている、クリックハウエルキャッスル。周辺にはワイルドフラワーガーデン、グラウンドやのどかな公園となっています。

古城の城砦の一部が通りの中に。

通りの名前はタワーストリート

タワーストリートにほど近いドラゴン・イン

ガーデン最高!お料理もおいしくてお値打ち。



あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

バッチ三昧の旅3

オークの木の下で

前回訪れた時、アスク川の対岸には入れませんでした。

遠目に、あの大きな木はなんだろう、と思っても

近づいて見ることができません。

ところが、幸運にも、今回はイベント会場の駐車場として

門が大きく開かれていました。

 

ヤッタァ~巨樹に向かって走り出したものの、

ゲッ! 気づけば足元は馬の糞だらけ!

草か糞かというほどの凄さです(苦笑)

 

こんなことで怯んでなるものか、顔を上げて走る私!

 綺麗な芝生に見えますが、実は糞まるけ。

それにしても、樹形が見えるっていいなあ。

日本では木が多すぎて樹形が見えないのが普通ですから。

―あの木は、オークでした―

立派な木には、称賛の言葉をかけよう。

なんて堂々としているの。素晴らしい。

聞かせてください。これまで何を見てきたのか。



あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

バッチ三昧の旅2

インパチエンス、見つけた!

アスク川のほとりへ

ウェールズ語らしいホテルの名前が発音できませんが

このリバーサイドレストランは、

アバガベニーとクリックハウエルの中間に位置し

移動に車がないと少々不便。

ハードネゴシエーターの我がツアコン娘は

どんどん交渉し、時間も金額も思いのまま。

 

チェックイン前だけど、部屋に案内され、荷物を置くと

私たちは再び7人乗りのタクシーを駆って

クリックハウエルのセンターへ。

 

インフォメーションセンターで地図をもらい、

てくてく歩いて川まで下ること10分足らず。

途中の生垣にクレマチスを見つけ、洒落た窓辺や

ドアを彩る薔薇や藤に歓声を上げながらやってきました

アスク川。

ここまで来ると、昨年、途中まで登って恐怖を味わった

テーブルマウンテンがすぐ近くに見えますが

騙されちゃいけない、目の錯覚です。

 

ウェールズで最古の石橋の上を車がどんどん通ります。

計算外だったのは、河岸の広場がイベント会場に!?

物珍しそうな視線を浴びつつ、7人の小人たち

(いや大人ですが)は、並んで川岸に沿って進みます。


 

ドキドキ ない? ない? 

あっ、あった~!!

光る水面に照り映えてインパチエンスが、

あちこちいっぱい、咲いているではありませんか。

あ~うれしい。

濃いピンクのインパチエンスに混じって

バッチフラワーレメディに使われているという

優しい藤色のインパチエンスも咲いています。

向こう岸にも、沼地の小道にも、

あ~~神様、ありがとう。


 

野生のインパチエンスは、これまでイギリスでは何度か見かけました。

デボンやコッツウォルズの小川のそばで、いずれも水辺に群生していて狂喜乱舞したものです。

けれど、このアスク川の岸辺に咲くインパチエンスは、私たちBFRPにとっては特別です。

何といっても、この場所で、このインパチエンスたちの先祖(?)が

インスピレーションとなったかもしれないのですから。


あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

バッチ三昧の旅1

ウェールズ再び

ロンドンからアバガベニーへ

1年前、アバガベニー(Abergavenny)へ向かった日は

EU離脱の可否を問う投票日で、イギリスは異様な興奮に包まれていました。あれから1年後、今もテロや火災などの渦中から抜け切れていないイギリスですが、今年も同じ季節に訪れることになりました。

 

南ウェールズ、アバガベニーからクリックハウエルを

流れるアスク川の畔は、かつてバッチ博士が何度も訪ね、バッチフラワーの源泉になった場所です。

 

エドワード・バッチの『オリジナルライティング』の中に挿入されているノラ・ウィークスのスケッチには、アスク川の岸辺、クリックハウエル橋のあたりにインパチエンスやミムラスの咲いている場所が描かれており、昨年その場所をしっかりと歩いているにも関わらず、その気配を感じられなかった私としては、今度はもうちょっと違う季節に来よう、と思っていたのでした。

 

けれど、今年は2年毎に催されているバッチセンターツアーの年、東海からも関西からも知った顔がイギリス・バッチセンターに集います。この機を逃してはみんなとウェールズに行くことは叶いません。昨年より10日ほど遅く、しかも今年のイギリスは暑い、きっと開花期を迎えているに違いない!

 

そう念じて、BFRP東海勢と関西勢、ツアコン役の長女に私の7人で野生のインパチエンスを見ようと、渡英2日目の早朝、ロンドン・パディントン駅に7人が集合、顔合わせもそこそこに、電車は西へ西へとひた走る。

 

ニューポートで乗り換えて約30分、アバガベニー到着。

とりあえず今夜の宿へ向かいましょう。

バス停で待つこと20分遅れ、

コトコトコト、バスがやってきました。

まもなくバスの窓外は、Brecon Beacons 国立公園らしい

壮大な風景が広がっています。

 

バスの運転手さんが、急にこちらに声をかけました。

どこのホテル? 長女が名前を告げて、しばらくすると、

ここで降りるといいよ、とバス停でもないところで

停まってくれました。

笑顔のお礼で、ぞろぞろ降りる私たち。

 

わ~~い!眼下にアスク川! 山並みの広がり!

リバービューの可愛いお部屋。興奮度数マックス!!!

 

何といっても素晴らしい眺め。レストランも美味しい。

昨年泊まったBears より、私はずっと気に入りました。

おまけに安い。

Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant

 

但しこの時のバス以外、移動はすべてタクシー

しかも7人乗りが確保できて、交通費も割安。

この辺りの交渉は、やはり優秀なツアコン(?)娘の

存在があって可能だったかも。つづく

アバゲベニー駅
窓の外に広がる壮大なウェールズの風景
ホテルの窓からの風景
Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant
Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant

あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

梅雨のクロイツニュースから

6月も終わりに近づきました。
2017年が明けたのはついこの間だったような気がするのに、
時の流れの早いこと。
「時」の使い手になりたいと願いつつ、
すっかり使われているのが日常です。

甲斐信枝さんの『雑草のくらし』に描かれている
空き地のスケールには、はるか遠く及びませんが、
クロイツの庭はさしずめ雑草の王国、
6月に入る頃には草の勢いは日に日に増して
今やもうお手上げ、草抜きではなく草刈りが必要です。
それでも木漏れ日の中で、
胸元まで伸びたヒメジョンの白い花が
ゆらゆらと揺れている様は、えも言えず美しく、
まぁいいか、という気になっています。
窓辺の向こうはコナラの木、
雨間に鳥のさえずりが聞こえてきます。

あまりにも有名で、今更の感がなくもないのですが、
谷川俊太郎さんの処女詩集『二十億光年の孤独』の集英社文庫(2008)に
収められている「自伝風の断片」のなかに、
父親である谷川徹三(哲学者)の
「妙に記憶に残っていること(昭和34年)」という一文があります。

「…その時私は、そういう気質に俊太郎が生まれついたことを、
なかば嬉しく、なかば気がかりに思って、それを母親に話したものだった。…」 
当時5,6歳だった俊太郎さんが、庭で急にジダンダを踏んで泣きだしたので、
どうしたかと見たら、犬にちょっかいを出されたカマキリがかわいそうで、
何とかしてと訴えており、それで犬を追っ払ったらすぐに泣き止んだ。…
大人になったあとも、家の中に入ってきた蟻やハエ、クモさえも殺さず、
家の外にそっと出していた、と続きます。
 
このくだりを読んで、私はふと、まど・みちおさんを思い出しました。
そして二人の非凡なる詩人に共通していたのが
「いきているもの」に対する眼差し、
その根底にある「驚異(タウマゼイン)」だったことに、
激しく胸を打たれました。

タウマゼイン(驚異、驚愕)というギリシャ語は、ウィキペディアに出ている例を出すと
「 ふと空を見上げた時、そこに無数の星々を見る。何とはなしに、こんなことを考える。
「この星々はいったいどこから来たのか、この世界はどこまで広がっているんだろうか、
この広い宇宙の中で、なぜ私はここにいるのだろうか、そもそもなぜこういう世界があるのだろうか」
こうしたことを問うた時、そしてそこに自分の知的理解の及ばない問題があると気づいた時、
人はある種の「驚異」を覚える。こうした驚異のことを、哲学者たちはタウマゼインと呼んできた。

哲学も化学も文学も、すべて驚き「A」「ああ!?」から始まったのかも?

ここでいう驚きは、単に珍奇なこと、未知への好奇心や興味を指すのではありません。
もっと本質的で根源的な「存在することに対する驚き」です。
まど・みちおさんの詩には、その「存在驚愕」が、分かりやすい言葉で、たくさん出てきます。
かつて、朝日新聞の天声人語で取り上げられて一躍有名になった、
「ぼくが ここに」は、その代表かも知れませんが、
それ以外にも「カ」とか「木」とか、動物、植物を問わず、
それらの詩を貫いているのは、存在することへの畏敬の念です。

《りんごが ひとつ/ここに ある/ほかには/なんにも ない//
ああ ここで/あることと/ないことが/まぶしいように/ぴったりだ/》「りんご」

今、世界中で起きている天災、人災、争い、複雑に絡み合った問題や困難等々、
それらは見方を変えれば、多くの犠牲を払いつつも、
私たちを成長へと導くものかもしれません。
そしてそのほとんどは遠くの出来事であり、我が身に降りかからない限り、
真剣に向き合うことも少ないのです。
来週半ば、EU離脱、続発するテロ、火災等々、熱波に揺れるイギリスに出かけます。
日常のロンドンは下の画像に見られるように、6月には稀な暑さの中、
子どもたちがボートの練習に励む風景もありのどかですが、
当然周囲からは、大丈夫?という声がかかります。
けれどそこは恐怖や不安ではなく、
畏敬の念、タウマゼインという言葉を思い出しながら、
異国を旅してこようと思います。そのご報告はまたブログで。
皆さま、どうぞよい時をお過ごしください。
蟹座新月の日に

初夏のクロイツニュースから

5月、まばゆいばかりの新緑、木々の梢は、高みへと伸び、私たちの眼差しを空に誘います。普段、空を見上げることの少ない人も、この季節ばかりは、ついつい遠くを眺めてしまうのではないかしら。
 GWに娘たちがイギリスの自然遺産、ジュラシック・コーストを訪れたと、青い海の画像が届きました。冬並みの寒さと曇天が続いていたにも関わらず、奇跡的に晴れたのだそう。
こんな深い青を見ると、谷川俊太郎さんではないですが、あゝ、ふるさとは海のかなた、なんて言葉が浮かんできます。周辺ではアンモナイトの化石がいっぱい見つかるのだとか。三畳紀やジュラ紀に生きた首長竜や爬虫類を想像しつつ、春から夏へ、桜、藤、栃、栴檀(せんだん)など、梢を彩る花を透かして見る空に、「我がふるさとは空のかなた」などとつぶやいてみたりしています。

目が覚めた時、ふいに、言葉とかイメージが浮かんでくることってありませんか?

私は、毎日じゃないけれど、割とあります。
決して夢の続きなどではなく、突然、ふっと、です。
眠っている間に、見えない世界で、お叱りを受けたり、励まされたりしているのか、
コトンと何かが落ちてきたように答えが出たり、
思ってもみなかったアイディアが浮かんだり、覚悟が決まったりします。
日程を決めかねているような時に「月を使え~」なんて聞こえてくるわけです。
かなり、あやしい話しですけれど、これホントです。

それで、私の「今朝のお告げ」(笑) は、
なぜか「セントーリー」という植物の名前でした。
その言葉に目覚め、微睡みながら、
それは「余裕がある」ってことだ、とぼんやり考えました。

バッチフラワーで、セントーリーと言えば、
「親切で優しく他者に尽くす気持ちが強すぎて、
自分のニーズを無視しているうちに、人の言いなりになってしまう」
ネガティブな状態を指します。

私は横になったまま、朦朧とした頭で、
相手を優先させることは、自分は切羽詰まっていない、
いいよ、と受容できるのなら、それは余裕ってものだなあ、と
とりとめもなく、思いを巡らしていました。
だからといって、いつもというわけにはいかない。
常に他者を優先していたら、相手の成長の機会を奪うことになるし
なによりも、自分で自分を虐めていることになる。
そう、献身の気持ちは持ちつつ、適切な自己主張がポイント!

そこまで来たとき、急にハッと覚醒しました。
え!?なんで、セントーリーなの?と、自分に問いました。
はて、今の私って、何か、言いたいことが言えないでいたかしら?

さしあたって、思い当たることはありません。

でも、まだ形を取ってはいないけれど
私の無意識の海の中から浮かび上がる泡のように、
何かが声を上げようとしているのかもしれません。

誰にでもあることだと思うけれど
たとえば、先送りしていること、
たとえば、諦めていること、
たとえば、状況を見過ぎていること、
たとえば、本来の目的から外れている責任や義務など、

ゆっくりと考えてみなければなりません。
振り返り、自分への問いを立て、ゆっくりと考えてみましょう。

何せ、これはお告げなのですから ね。
それでは、また!

下の画像はセントーリー(Centaury)
リンドウ科 シマセンブリ属 和名ベニバナセンブリ

ブラームスはお好き?

私が初めてブラームスという名前を知ったのは、多分、母が歌う子守歌からだったと思う。当時にしては珍しく西洋音楽好きだった母は、毎夜、子守歌を歌ってくれたが、それが日本の子守歌ではなく、シューベルト、ブラームス、モーツァルトなどなどだった。私はモーツァルトの子守歌の、♪~月は窓から~銀のひかりを~そそぐこの夜~♪、というところが特に好きで、しつこくリクエストをしたものだ。

 

1954年、フランス実存主義の影響を色濃く持つフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」が、弱冠18歳の若さで世界的なベストセラーとなった。その5年後に書かれたのが、「ブラームスはお好き?」だった。中学生になっていた私は、なぜ、モーツァルトではなく、ブラームスなのだろう、と思いながら、むさぼるように読んだ。

 

それから何年経っただろう。1977年の春、サンフランシスコのオペラハウスで、アシュケナージ指揮のブラームスを聴く機会があった。ワクワクしていたのも束の間、演奏が始まると間もなく気分が悪くなり、もう聴くどころではなかった。ブラームスを聴く時は事前の食事をしてはいけない。気をつけようと思った。それにしても、もったいないことをしたものだ。

 

木曜日、豊田あげつまクリニックのホール、ノバリウムで、県芸の教授陣による「ブラームス室内楽の夕べ」のコンサートがあった。デュメイのCDを聴いて好きになった、ヴァイオリンソナタ第1番と、あまり知らないピアノ四重奏曲第2番だ。渋い...なんてカッコいいプログラムだろう。そうそうたる演奏者たちの奏でる響き、円熟、重厚、軽妙洒脱~教授、准教授ともなれば、後進の指導が大きな仕事であろう彼らが、表現者だけで生きていただろう若かった頃とは、おそらく違う世界を見せてくれている、なんて贅沢な至福の時間だろう。。。

参りました。

 

ブラームスはお好き?

もし、特別にお好きじゃなくても、

ぜひどうぞ。

 

ブラームス室内楽全曲演奏プロジェクト

2017/5/23(火)18:45

ザ・コンサートホール 名古屋伏見

フランソワーズ・サガン(1935-2004)

富裕な家庭の第3子(末子)としてフランスに生まれる。18歳のデビュー作で世界的名声とともに巨額の富を得る。莫大な収入を得たものの浪費も激しく、 酒、たばこの他、自動車事故で重症を負った時の痛み止めのモルヒネから麻薬中毒となり逮捕されたこともある。

 

ユーミンの「セシルの休日」に出てくるセシルは、サガンの「悲しみよこんにちは」に出てくる主人公の女の子、ということを知ったのは、ずいぶん後の話しです。


アガサ・クリスティーを訪ねる旅(3)

トーキィー アガサの生まれ故郷

先月、ミス・マープルのセントメアリーミード村はどこに?ということで、その候補の一つとしてあげられている「妖精の住む村、コッキントン」について書きましたが、そこへ向かうバスが出ているのが「イギリスのリヴィエラ」と称される海辺の町、トーキィーです。

 

トー(tor)は とがった岩山、キィー(quay)は波止場、河岸のことで、アガサは、アメリカ人の資産家の父と、その義理の従妹にあたるイギリス人の母の間の第三子として誕生します。引っ越し好きで家を買うのが大好きだったアガサですが、トーキィーにある「アッシュフィールド」と名付けられたその家を、生涯を通して「我が家」と呼んだそうです。

 

「スリーピング・マーダー」、「エンドハウスの怪事件」、「書斎の死体」などで登場する、インペリアル・ホテルは、海を見下ろす小高い丘の上にあり、だらだら続く長い坂道を登っていくと、眼下に広がる海がキラキラと光り、行き交う船も美しく、いかにもリゾートという感じがします。インペリアルホテル(作中ではマジェスティックホテル)のバルコニーのテーブルで、ミス・マープル、またはポアロとヘイスティングの気分で、海を見ながら、優雅なランチタイムです。

アガサ・クリスティゆかりの場所につけられているアガサ・マイル

 

またしても、雨の植物園

今年の春はやっぱり不安定、3回目の植物観察会(4/26)はまたしても雨になり、今度こそ中止になりました。でも、クラブアップルも気になるし、オーク(ヨーロッパナラ)の開花が、今を逃すと観られないかもと思い、大雨を覚悟して出かけました。で、オークの前にいくと、同じ思いに駆られた3人が集合(笑) 来てよかった! 

 

頂芽から勢いよく葉っぱが吹き出して、雄花も雌花も咲き始めです。こんなのを見せてもらえるなんて、うれしい!ありがとう

 

シュッシュッと音を立てているみたいに一気に目覚めました。まるでマジック!

 

 


オークの雄花と雌花

 

柔らかな若葉の縁は仄かに赤みを含んでいます。雄花は尾状花序で垂れ下がるように咲き、風の吹くに任せて、大量の花粉を飛ばすのです。雌花は痛々しいほど赤くて小さくて上向きです。花粉を上手に受け取れますように




私たちの定点観察では、歩くルートをほとんど変えず、順番に丁寧に見ていきますが、今日ばかりは、雨がひどくならないうちに、クラブアップルを先に見ることにしました。開花すると真っ白なのに、蕾や咲き初めは薄紅です。美味しいのでしょうか、虫食いが目立ちます。



雨がだんだん激しくなってきました。もう帰る、とは誰も言わず、いつものように、立ちどまり、観察し、話しかけては、歩きます。「雨の日もいいね」と言いながら。バイン(葡萄)、ハニーサックル、みんな蕾が膨らみはじめました。

 

池のそばのアスペンの花はどんなだろう。花が咲いている様子ですが、木が高いのと、建物の屋根に邪魔をされてよく見えません。ところが、ふと地面を見ると、花が一杯落ちているではありませんか! アスペンの花を見るのは初めて。

バッチフラワーのアスペンの画像では、ちょっと不気味な印象を抱いていたのですが、ここのアスペンの花は白くてふわっふわの綿毛のようです。


東海の森に入ると、雨のせいか、よりひっそりとしています。冬の間は、葉を落として明るかったブナの森も、もうこんなに繁ってきました。これからさらに緑陰も深まっていくことでしょう。私がずっと観察しているブナの小枝、去年は一年間、全く様子を変えなかったのに、今年は、葉を出していたので、びっくりしました。今年は変化が楽しめそうです。雨脚が強くなり、スケッチできるような状況ではありませんが、次回に期待をつなぎます。もう、カメラを構えることもできないほどのひどい降り。それでもいつものコースをずぶ濡れになりながら楽しそうに歩く3人でした。あ~~寒い、何か温かいものを食べに行こう!!


 

次回の植物観察会は、きっと晴れる! ぜひスケッチブックをもってご一緒しましょう。

第15回植物観察会

5/17(水)10:30

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。

4月のクロイツニュースから

4月、いつものメール配信からメルマガへの切り替え作業が手間取り、クロイツニュースのお届けが遅くなりました。皆さま、ごきげんいかがでいらっしゃいますか? この辺りでは桜も咲き終わり、芽吹きの季節となりました。痛々しいほどの新芽が、日に日に普通の若葉になっていくのを見ると、その鮮度を留められないことに、なんだか切ない思いがしてなりません。生きているものは、みな移ろっていくのは当たり前のことですが、生命が溢れる春ほど、それを感じさせられるときはないのかもしれません。ホリーの花に蜂が集まり、スターオブベツレヘムの花も開き始めました。植物たちとともに、春をしばらくとどめ、楽しみたいものです。 

4月、新生活が始まった方も多いことでしょう。引っ越しを重ねていると、自然に身の回りの取捨選択がされていきますが、私のように同じ場所に30年以上も住んでいると、いつしかどっさり、暮らしの澱のようなものが溜まっていきます。家族が増えては、またやがて減っていくプロセスで、その都度、整理整頓をしていかねば、決して片付かないわけです。とはいえ、独立していった子どもたちの、物置部屋みたいなところもあって、一家を抱合している実家のような存在は、私個人だけでは決めきれないものも多く、なかなかすっきりとはいきません。

私自身、整理が嫌いなわけじゃないですが、正直に言うと、断捨離を掲げることにはちょっと抵抗があります。無駄も捨てがたい。無駄があってこそ、味があろうというもの。箪笥の肥しには安心感があるし、捨てられないメモ書きも、時には重要な意味があるかもしれない。働かないアリ理論なんてものもあるじゃないですか、というようなことを考えていたある日、ここ何年か、折にふれ、思い出そうとして出てこない言葉がありました。それは「回心」、確かメタなんとかって言うんだったよなあ、とおぼろげな記憶を辿っても、どうしても出てこなかったものが、ふと会話の中に入ってきて、それが糸口になってググってみたところ、「メタノイア」という言葉だと分かりました。ああ、すっきり。

その翌日のことです。毎日使っているファイルの引出しに、古い手帳が入っているのに気づき、何気なくしおり紐の挟んであるところを開けてみたら、な、な、なんということでしょう。そこには 私の字で、「メタノイア 回心 ギリシャ語」と書いてあるではありませんか!

それは2000年の手帳でした。私ったら、17年前の手帳をいつも使うところに入れていた、かつ、しつこく思いだそうとしていたことになります。今でこそすぐに答えは得られそうですが、17年前のことですから、その過程ではググるという言葉も発想もなかったのです。それにしても興味深いのは、答えが分かった途端に、それまで隠してあった答案用紙が、ひらりと出てきたみたいな感じです。いったい誰が隠して、誰が出したの?と思わず聞きたくなります。もちろん、この手帳を処分していたら、この面白さは味わえませんでしたけれど。

4月、何か新しいことを始めたくなる季節でもあります。自分の身辺を見回して、捨てるもよし、まだまだとそばに置いておくのもよし、すべてそれらにはベストなタイミングがあって、その「時」を捉えることの方が重要な気がします。

アガサ・クリスティーを訪ねる旅(2)

ミス・マープルの住む村?

バッチホリスティック研究会では、2年毎にプラクティショナーを対象にバッチセンターツアーが行われています。私は今年も参加予定です。これまで何度か個人的にも訪れていますけれど、なんといってもこのツアーのいいところは、バッチセンターのレクチャールームでジュディ・ハワードさんやステファン・ボールさんと親しくお話ができ、実際にガーデンを歩きながら、植物やレメディのお話が聞けること。バッチも通ったパブ、レッドライオンで食事をしたり、お墓参りをしたり、最後に講演をした隣町にあるメゾニックホールを訪ねたり、とお馴染みのコースでも、やはり毎回違う印象を受けて楽しめます。

 

ソットウェルの隣町は、ご存知アガサ・クリスティが最晩年を過ごしたウォリングフォードです。2年前にバッチセンターを訪ねた際もここのB&Bに泊ったので、ぜひ、クリスティの家を訪ねようと計画を練っていたのですが、実行に及ばず。今度こそ、彼女の終の棲家ウィンターブルック・ハウスを覗いてみたいなあと密かに思案中。

 

以前、デボンを訪ねた際、どうしても行ってみたいと思っていたところに「コッキントン村」があります。アガサ・クリスティのミステリーに登場する主人公にはエルキュール・ポアロとミス・マープルがいますが、この村は、ミス・マープルが住むセント・メアリー・ミード村のモデル候補の一つになっているところだとか。トーキーの海沿いのバス停で、直通のバスに乗ると、あっという間に両側から生い茂る緑のトンネルの中に迷い込み、パッと開けたら別世界。そこはおとぎの国です。イギリスの村々は、だいたいどこもかしこも美しいのですが、なかでもここ、コッキントン村は「超」を10個くらいつけたくなるほど素敵です。

 

下の画像を見てください。可愛いでしょう。ずっと時が止まっていたかのような、妖精の国に迷い込んだみたいな錯覚にめまいが起きそうです。 大きなお屋敷は、コッキントンコート、アガサの幼少時代には村の領主のお屋敷だったとか。中に入るとクラフトセンターやギャラリーになっています。日陰でアイスクリームを食べ、素敵なカードを買いました。かやぶき屋根の家々、大きな樹木、11世紀に建てられたという古いコッキントン教会。スィートチェストナットやオークの巨木もあり、歩いているだけで胸の奥まできれいな空気に満たされそう。平井杏子著「アガサ・クリスティを訪ねる旅」がなかったらこの場所には来れませんでした。お目にかかったことはないですが、平井さんにはよくぞ書いてくださったと感謝、感謝。

 

このコッキントン村を偲ばせる作品として

平井さんは「牧師館の殺人」、「鏡は横にひび割れて」「動く指」などを挙げています。

読みたくなっちゃいますね。またトーキーや、ダートムア―に関しても書いてみたいです。

関連ブログ アガサ・クリスティーを訪ねる旅 

 

雨の植物園

オークの冬芽

2017年春の植物観察会の2回目は、あいにくの雨になりましたが、先発隊情報によれば、チェリープラムが満開とのこと。これは何としてでも会いに行こう。

 

前日は20度まで上がったというのに、一気に気温も下がり、寒いことこの上なし。傘を持つ手が凍えるので手袋持参です。 

 

スケッチは諦め、いつものルートを、いつもの植物たちに声をかけながら歩きます。前回来たのが3月上旬でしたからほぼ3週間ぶり。オークやホワイトチェストナットは、見た目はほとんど変化がありませんが、なにやら、もぞもぞしているのが伝わってきます。

花畑のほぼ中央に立つ1本のチェリープラムは満開~散り初め。東寄りに2本並んでいるチェリープラムは葉っぱが花と一緒に出てくる種ですが、こちらは蕾がまだいっぱいついています。それにしても花の裏側までちゃんと五角形で美しいこと。誰がこんな風に設計したのでしょうね。

植物園内には、あちこちに屋根付きの休憩所があります。私たちが必ず歩く、「BFRP」東海の森のルートにもドングリ広場やロックガーデンには、そんな場所があります。そこでスケッチをしたり、お弁当を食べたりするのですが、雨宿りもかねておにぎりを食べ始めると、どこかから、ジョウビタキがすぐそばまで何度もやってきました。雨の降りしきる中、可愛い姿とさえずりに心なごみます。いつもは気付かないで通り過ぎていたアカシデ(ホーンビームの近隣種)が、驚くほどたくさんの花を咲かせていました。若葉が出そろう前の今が、花の見ごろです。エルムの花に負けず劣らず地味ではありますけれど。

からし菜(マスタード)も大きくなりました。花も咲き始めています。右は3週間前。次に来る時は花盛り!

3月上旬のからし菜(マスタード)



 

次の植物観察会は、春もたけなわ

スケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第15回植物観察会

4/26(水)10:30 名古屋市東山植物園に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

ハルニレ(エルム)の花

 

今、仲間うちでは、ハルニレ(エルム/オウシュウニレの近隣種)の開花の話題で持ちきりです。残念ながら東山植物園には観察できるようなハルニレがなく、名古屋大学構内とか、守山区の朝宮公園など、ラインやMLで、開花情報が回ってきて、それを読んでいるだけで、なんだかそわそわしています。このところ忙しくて東山植物園が精一杯の私のもとへ、ハルニレの小枝が届きました。もちろん花芽付きです。仕事の合間、夜な夜なデスクの前で、ルーペを覗いています。ハルニレは樹齢500年とも言われ、美しい樹形の堂々とした落葉高木です。秋に花が咲くアキニレ、ハルニレは春に花が咲きます。

ハルニレ エルム

札幌・北海道大学植物園のハルニレ


ハルニレの小枝が届いたのは3月初めのことです。朝、出かける前に赤紫の花芽をスケッチした後、夕方に戻ると、すっかり様子が変わっていて驚きました。その形や動きを言語化するのは、とても難しいのですが、まずは、見えるところで。

 

開花前の花芽は7ミリくらい、枝にくっついて束生、小さな球状をしています。筒状の花被、ひとつひとつに、花柱が2裂した白いモールのようなめしべと、細い花糸の先に赤褐色の葯を持ったおしべが4-5本入っています。軽く触れると白っぽい花粉が飛びました。

おしべが突き出たぶん、全体に少し大きくなりますが、それでも1センチに満たない大きさです。老眼の私には、ルーペなしに、めしべもおしべも見ることができません。そして、どんなに倍率の高いルーペを使ったとしても、外側はどこまで行っても外の世界。そこからどうやって植物の深みに入っていけるでしょうか。

 

「エピレマ」 ゲーテ

 

そうだ 自然の観察に際しては
「一と全」とに眼を注げ

内にあるものもなければ

外にあるものもない

内がそのまま外なのだ

さあ ためらわず掴みとれ

広く知られた聖き神秘を


さあ 眼をひらけ 真実の現象に

さあ たたえよう 真剣な戯れを

生きるものは「一」でなく

それはいつでも「多」からなる

こちらも北海道大学植物園のハルニレ、オイリュトミー仲間と訪れたからか、この時には木の回りをぐるぐる回り、踊り出したい気分でした。ニレは素早い動きのマーキュリーと関連付けられますから、その衝動はぴったりだったのかもしれません。巨樹のそばに行くと、なぜか笑えてきたり、崇高な気分になったりしますが、観察には、部分と全体を捉える眼差しとともに、自然に湧きおこるイメージも大切にする必要があるのでしょう。


新しい息吹の春に

オークの冬芽

今、仲間内ではハルニレ(エルムの近隣種)の開花が話題になっていて、そわそわしているところですが、恒例のBFRP東海の植物観察会が近づいてきました。

というわけで、今日はその下見です。今冬は鳥インフルのために動物園が一時閉園になっていた関係から、私の年間パスポートも、期限が2か月伸びました。それはちょっとうれしい。

 

まずは、植物園門から入ってすぐのところにあるオウシュウナラ(オーク)の冬芽にご挨拶。まだまだ固い。トップから見ると美しい五角形をしています。この芽がどんなふうに変化していくのか楽しみです。それにしてもこの場所は、巨大に成長するオークには全く似合いません。何とかしてよ。東山植物園~

フクジュソウの蕾は黒いって知ってました?毎年見ているはずなのに、私は初めて気づきました。積み重ねないと意識に残らないことってあるものです。葉っぱの間で黒く目立たなかった蕾が開くと、中は鮮やかな黄色!そのコントラストは見事です。まだ色味のほとんどない草むらでは、クロッカスがいい声で歌っていました。

 

宿根庭園の上にあるハニーサックル、昨年はバッサリやられて、勢いを失ったのかあまり伸びず、花もほんの少しで寂しい限りでした。どうしてここまで切り詰めてしまうんだろう。今年はどうか、このままそっとしておいてほしい。2年越しできっと沢山花を咲かせてくれるはず。

 

イギリスのバッチセンターにあるハニーサックルは、エドワード・バッチが住んでいた当時からあったとか。ということは、すでに80年以上の株ということになります。初めてバッチセンターを訪れた9月初旬、花が終わって透き通ったプルップルの赤い実をつけていました。東山植物園のハニーサックルは、バッチセンターのものに比べると、ちょっと小ぶりですが、日当たりがいいからでしょうか、長く花を咲かせて楽しませてくれます。今年はそのようでありますように。

「確か、この辺りにセンニンソウ(クレマチス)があったはず」と、その痕跡を求めて地べたにへばりつく仲間たち。次の季節が巡ってくれば、ちゃんと生えてきてくれますって!!ところで、我が家のクレマチスは1本は枯れたようになっていますが、もう1本は冬でも緑の葉を落とさずにいます。同じ種でも、環境によってまるで異なるのは、人間にも言えるかもしれません。東海の森の明るいブナ林(ビーチ)、芽吹きにはもう少し時間がかかりそうです。

トチノキ(ホワイトチェストナットの近隣種)の大きな頂芽。まるで銃弾のようです。芽鱗もはっきり見えていますが、まだ目覚めていないのか、水飴みたいな樹脂は少なくて余りべとつきません。数年前になりますが、初めて東山のトチノキを見て、その頂芽が樹脂でピカピカ光るということを知った時は感動しました。 葉痕は大きく、はっきり点々と維管束を見ることができます。西洋トチノキは、フランスではマロニエ(馬栗)と呼ばれますが、この葉痕はまるで馬の蹄鉄のようですね。昨冬に観察したトチノキの頂芽を、今春も継続してスケッチをする予定です。

写真に撮って、後からしげしげと眺めるのもいいのですが、スケッチにはスケッチにしかないよさがあります。上手には描けなくても、それはちっとも構わない(もちろん上手なほうが気持ちいいけど)。なぜなら描くことで、自分がその植物の中に入り込んでいけるから。直線的、曲線的、枝や葉にはそれぞれのリズムがあって、植物たちが、惜しげなく見せてくれる秘密に気付けるのは、スケッチ以外にはないのでは?と思うほどです。

イヌシデ(ホーンビームの近隣種)の種は、天使の羽がついているみたい。丸い種はモミジです。

落葉松(ラーチ近隣種)の芽吹きはこれからです。ドキドキするほど美しい雌花は、みんなの人気者

あと一か月もすれば、ここはカラシナ(マスタード)の黄色い花が一杯咲きます。これがマスタードってわかるのがエライでしょ!


 

春はスケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第13回植物観察会

3/9(木)10:30に名古屋市東山植物園に集合です。

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

エドワード・バッチの人生

 

BFRP東海主催の木曜会では、バッチフラワーの「七つのカテゴリー」に再挑戦したわけですが、そこで改めてバッチ博士の人生を概観したことは、前のブログにも書きました。

 

ある意味、ゴシップネタも交えながら、人間バッチに迫るというのは、別段、目新しいことではなかったのですが・・・。

 

シュタイナーの七年周期の呼吸のリズムで作ったメタモルフォーゼのチャートからは、彼が50歳で亡くなったことの意味さえ、解き明かされていくのが、非常に興味深いところでした。

 

1935年、フラワーレメディのヒーリングシステムを完成させたバッチ博士は、そのレメディ発見の途上、それまで12ヒーラーと4ヘルパー(7ヘルパー)と分けてきた考え方を、完全に手放します。そしてシンプルに38種類全体を「7つのカテゴリー」に分類しました。

 

私がプラクティショナーになり、実際にレメディを選ぶ際に、バッチ博士が最終的に提示した「七つのカテゴリー」はとても役立つ、というのが実感です。感情には様々なグラデーションとバリエーションがありますから、確かに分類すること、そのものが難しいのは仕方のないことです。

 

例えばゲンチアナのレメディが示す悲観的な傾向は、感情としては落胆とか失望という言葉で表現されますが、なぜその人がすぐに、起こった出来事や自分自身を疑ってしまうのか、というところに注目すると、このレメディが「失意と絶望」に分類されず、「内心の不確かさ」に分類されていることに、なるほど!と、納得します。こうしたレメディの区分けは、バッチ自身が医療従事者として、また一人の人間として、様々に困難を抱える人々を観察することから、導き出していったと思われます。

 

30代に入ってすぐ、一度、死線をさまよったエドワード・バッチは、自らの研究に没頭することで、健康を取り戻していきます。そして、近代医学からホメオパシー、バッチフラワーの発見へと歩を進めるたびに、それまでの名誉や地位、経済的な評価を惜しげもなく手放していきます。

 

健康に生きるということはどういうことなのか。病にはどんな意味があるのか。1人ひとりの人生の課題と目的とは?人はどう生きるのか?という、誰もが一度は抱く根源的な問いに対し、バッチは自らの生き方を通して、未病、予防医学の分野を拓き、未来の医療の方向性を指し示したと思われます。

バッチセンター

19歳のエドワード・バッチ(ウェールズで)

若々しい白いシャツが目に染みる!

バッチはその血筋にウェールズの流れを汲み、

ウェールズの土地、自然から

様々な直観を受けていたようです。

クローマーの浜辺でバッチとノラウィークス

バッチ博士が愛したクローマーの浜辺で。

左端がバッチ、一人おいてノラ・ウィークス

エドワード・バッチ「オリジナルライティング」

画像は「オリジナルライティング」から

 バッチ博士が、レメディを発見した、

ウェールズ・クリックハウエル、

ノラ・ウィークスが描いたスケッチも載っています。


バッチフラワー七つのカテゴリー

 

あと数日に迫ってきたBFRP東海の木曜会

~七つのカテゴリーを紐解く~の準備に

頭のてっぺんから湯気が出そうな毎日です。

(の割には、こうしてブログを書いてます)

 

バッチフラワーの七つのカテゴリーについては

昨秋の関西で、一度テーマにしていますが

今回の参加対象が、レベル3以上ということで、

マニアック度をさらに上げています(笑)

 

今回は、新たにエドワード・バッチの人生を、七年周期に基づいてチャートを作り、あれこれ展開しています。とはいえ如何せん、人生前半期の情報が少なすぎです。もっと個人的なこと、バッチさん、教えて!

 

ただ、人生の全体図を俯瞰して、「なるほど」と思うところがあります。それは人生の呼吸が、とてもはっきりしていることです。あゝ、今は吸い込んでるとき、今は吐き出すとき、というメリハリがあり、晩年には前倒ししたかのように、後半分の呼吸をきっちり使い、メタモルフォーゼを完成しています。

 

意味、わかる?

わからないよねえ(笑)

 

調べたいことがあり、急きょ、ロンドンの娘からバッチの「オリジナルライティング」を送ってもらいました。その中に、ノラ・ウィークスが描いたウェールズ、クリックハウエルのスケッチがあります。そこにはバッチ博士が初めてレメディの植物を見つけたアスク川の橋のたもとに、はっきりとポイントが示されているのですが...昨夏訪ねた時には、残念ながらそこに植物は見つけられませんでした。スケッチに描かれている道路は変わらなくても、植物は生きやすいところへ移っていったのかもしれません。あゝリベンジしたい、ウェールズ。

 

さて、七つのカテゴリーにどこまで迫れるか。

う~む、私よ、頑張りましょう。

クリックハウエル橋
バッチセンター
バッチセンター内部 古い器具も
バッチ博士お手製のチェアにあなたも座れます

イギリス、バッチセンター 

週日は、誰でも庭や内部をみることができます。


伊雑宮から横山展望台へ

 

朝早く出てきたおかげで、たっぷり時間を過ごしたはずなのにまだ1時過ぎ。このまま帰るのも惜しいので、伊勢道路から志摩方面に抜けて、別宮、伊雑宮まで足を延ばすことに。伊勢道路は志摩に抜ける近道ですが、結構くねくねと曲っており、事故を起こさないように注意深く走る必要があります。道の途中、恵利原には、天岩戸という風穴があり(以前は、湧き水を汲みに行ったことも)海に向かって走るといつも思うのですが、なんだか明るいのです。167号線から鳥羽方面に向かってあっという間に到着です。

 

森の中にひっそりと建つ伊雑宮(いざわのみや)。こじんまりしていますが、毎年6月に執り行われる「御田植式」は、日本三大田植祭のひとつに数えられています。TVでしか見たことはないものの、古式豊かで華やかなお田植えの祭式を実際に見てみたいものです。その折には、この別宮も人で溢れることでしょう。

伊雑宮
皇大神宮 別宮 伊雑宮
伊勢志摩 横山展望台

ここまで来たら、旅の終わりにふさわしい、横山展望台は目と鼻の先です。昨年開かれたG7伊勢志摩サミットの会場となった賢島も、この展望台から臨めます。リアス式海岸と真珠筏の織り成す美しさ、初めてこの場所を訪れた時は、言葉を失いました。

 

午後から雲が出てきました。海の色と空の色は呼応し合って鈍い灰色に。それでも時が止まったような静けさに胸を打たれます。この風景を目の奥に焼き付けて、名古屋へ戻りましょう。

伊勢志摩 横山展望台

いざ内宮へ

 

地域的に内宮は、実家から、少し距離がありましたから、外宮ほど頻繁に行くわけではありませんでした。けれど、他所から人が来ると、やはりスケールを誇る内宮を案内しないわけにはいきません。というわけで、私にとって内宮は、ちょっとよそ行きです。

 

今日は平日のまだ早朝、お正月や週末のような混雑もなく、楽々と目の前の駐車場に停めることができました。よかった!

 

さあ、宇治橋を渡りましょう。柔らかな感触の木の橋は、歩く音さえ吸い込まれていくようです。

神苑に入れば、遠くのびやかに森が広がる様子に、思わず深く息を吸い込みます。

 

五十鈴川御手洗の清流を眺めた後、玉砂利を踏みしめ厳かな気分で正殿へ。

皇大神宮 内宮 正殿
内宮 宇治橋

冬至には宇治橋の大鳥居の真正面から日の出が…

猿田彦神社 方位石=古殿地

この橋を渡れば非日常の世界


おはらい町とヤドリギ

 

私が小学校の頃、学校へ通う道の「ほとす川」の縁にはヤドリギをつけた木が何本も生えていました。

子ども心にヤドリギって、なんだか不思議、と思いつつ、当たり前のように見てきたのですが、アントロポゾフィー医学では、がんの治療にヤドリギ製剤を使うことを知ってからは、ヤドリギに出会う機会があまりないことを残念に思っていました。

 

ところが数年前、内宮にお参りした後、おはらい町にある赤福の店の川の向い側に、たくさんのヤドリギをつけた木が生えているのを見て、びっくり。

 

伊勢ってヤドリギが多いのかしら。だから今回も楽しみにしてきたのです。ほら、こんなに。

皇大神宮 内宮 正殿
内宮周辺
おはらい町 赤福

そろそろお昼時。それなら「すし九」で、てこねずしでしょ。これまで、家族と何回も来ていますが、お向かいで相席になった老年のご夫婦はやっぱり、地元の方。そう、地元の人が来るお店は美味しいと決まっています。「いつもは並ばなきゃいけないのに、今日は空いていて、あなた方、ラッキーですよ」とのこと。

 

お腹が一杯なのに「赤福」の前は素通りできません。香り高いほうじ茶と一緒にいただく、出来立ての赤福餅は格別です。おかげ横丁に入り、お土産に私の好きな「糸印煎餅」や海産物を購入し、ひろこさんは「豚捨」で伊勢肉を奮発!

店内で赤福の実演も見られます。美味しさ倍増

猿田彦さん

 

同行のひろこさんが、

猿田彦神社は絶対外せないということから、

やってきました。猿田彦さん。

 

この大神さまは

ものごとの最初に現れ、万事よい方向へ

「おみちびき」になるのだそうで

建築、方除け、災難除け、開運、事業発展、五穀豊穣、大漁満足など、みちひらきの御神徳で知られていると、案内書に書かれています。

 

なるほど、そういえばオレンジ色の猿田彦の交通安全のお札をつけた車を時折見かけます。

 

拝殿の正面に昔の神殿跡を印し、方角を刻んだ八角の石柱がありました。みちひらきの力がいただけると、みんな触っています。猿田彦さんには、至るところに八角形があるとのこと。へえ~そうなんだ。初めて知ったことばかり。

 

実は、ここを訪れたのは、もう40年以上前のこと。

それっきり、来なかったには、わけがあります。

 

まだ20代前半の頃、

1つ上の仲良しの従姉の結婚式がここでありました。

角隠しに正装の従姉の綺麗だったこと。

花嫁の控室で、従姉と盛り上がっていた私でしたが

いざお式が始まる段になって

「私の席はない」ということでした。

 

今なら、勿論、諸事情が分かりますが、

当時の私は、あまりのおバカさんだったので、

がっかりを飛び越え、泣きだしてしまいました。

「おめでたい席で涙なんて」と母の叱責を受け

思わず飛び出した私…その愚かしさ、

自分でも信じられません。

 

今も思い出すたび、胸が痛みます。

 

ごめんなさい、ごめんなさい

というしかありません。

猿田彦神社

みちひらきの大神 猿田彦神社

猿田彦神社 方位石=古殿地

八角形の石柱の回りには人だかり

佐瑠女神社はあめのうずめのみことが御祭神

あめのうずめのみことが御祭神の佐瑠女神社は、芸能の神様とのこと。なるほど華やか!!

 

次は内宮へ

 

 


伊勢は私の故郷

 

私は伊勢で生まれ育ったから、多分、富士山の麓や、京都などの観光地生まれの人も同じだと思うのですが、当たり前のところにいると、外から見るほど、ありがたみを感じることもなく、大人になって、いいね、と言われて初めて故郷を誇らしく思うようになりました。

 

でも、高校の頃、学校帰りに友人たちとよく歩いた

外宮の梅林は駐車場になり、勾玉池周辺は整備され、

綺麗になったものの、あの頃の佇まいは薄れ、

私の記憶の中の「外宮さん」とは少し違います。

(鳥居から一歩入れば、今も昔と同じ別世界ですが)

 

実家から外宮は徒歩圏内だったし

当時、高校も外宮のすぐそばだったから、

(今では高台に移転してしまったけれど)

外宮は私にとって、普段着の馴染み深い場所でした。

 

とはいえ、親が老いてからの伊勢は介護一色。

7年の間、数えきれないほど、伊勢と名古屋を

往復しましたが、伊勢だからといって

その地を楽しむ気持ちに到底なれませんでした。

そのあいだも、そのあとも。

 

外宮、内宮をはじめ、市内に点在する別宮の月夜見宮、月讀宮、倭姫、また遙宮の瀧原宮、伊雑宮等々、家族で、また友人たちと訪れたこと、そして、折々に遊んだ従姉妹たちのことが偲ばれます。

 

久しぶりだし、今年は

新しいまなざしでわが故郷を眺めてみようかな。

 

近年の遷宮やパワースポットブームなどで

伊勢神宮の人気は急上昇、 

下の画像は「三つ石」

外宮のパワースポットで有名です。

誰もいなかったので、大急ぎでパチリ。

人が来ては皆、手をかざしていきます。

う~む、あったかい!?

外宮 三つ石
パワースポット 外宮
クロイツでのバッチ国際教育プログラム

朝日が差し込む手水舎、せんぐう館の向こうには勾玉池

同行のひろこさん、御正宮ど真ん中に収まってます

伊勢神宮外宮 別宮多賀宮

別宮 多賀宮

1のつく日の朝には、神馬見参に出会えるかも

 

 


年の初めに思うこと

 

2017年は酉年

あちこちに「飛翔」、「羽ばたく」などという

鳥にまつわる言葉が書かれている。

 

BFRP東海御用達、名古屋市東山植物園の

動物園エリアが鳥インフルによって

12月から閉鎖になってしまった。

動物たちにとっては、

きっと静かなお正月に違いない。

 

思えば私は鳥が大好きだ。

外国航路に乗っていた叔父からお土産に

体長30センチ位のキボウシインコをもらい

「ワイワイ」と名付けて、肩に乗せたり話をしたり、

よく遊んでもらった!?

(物まねがとても上手で、私の名前はもちろんのこと、母そっくりの声音で、電話の応対などお手のもの)

今ではワシントン条約で規制されているので

あの頃のように簡単に手に入らないかもしれない。

 

私のワイワイは風切り羽を切られていて

室内程度しか飛べなかったけど、

翼を広げて飛翔する姿に、

強烈な憧れを持ってしまうのは

いったい、どこから来るのだろう。

 

フィギュアスケートのジャンプ、

バレエや、パラグライダー然り、

トンボや蝶々などなど、

私たちは重力を克服することに

とてつもなく魅力を感じているらしい。

 

それは、人間の身体を超える、ってことだから?

 

いつか、どこかで

飛んでいた、いや、浮遊していた

意識の名残か...

 

身体を持った人間の私たちは

しっかりと蹴ることのできる大地があってこそ

飛ぶことが可能になる。

 

さあ、私よ、しっかりと大地を蹴って歩こう。

今、在ることを味わいながら。

 

 

クロイツでのバッチ国際教育プログラム

水星のマーキュリーは翼の生えたブーツと帽子が目印

 


最後のPTT6回コース

 

新着情報にも書いたとおり、2017年から

愛知県の講師は2人体制となり

BIEP・PTT(6回)コースは、

牧野宏江新講師が担当し

私はレベル1の2日間コースだけを担当します。

 

奇しくも 2016年9月~10月に開催した

クロイツでのPTTコース

この期が、私にとっての

最後の6回コースとなりました。

 

8年間、このログハウスで、

たくさんの方々が学んでくださいました。

皆さん、本当にありがとう。

 

私の願いは、一人でも多くの人が

バッチフラワーという

比類のないツールを使って、

感情を観る方法を学ぶこと。

 

自分自身を癒す、

こんな強力なツールを使いこなせたら

人生はどれほど異なった局面が

見えてくることでしょう。

クロイツでのバッチ国際教育プログラム

講師が二人体制になるということは

自ずと開催回数が増えますから

ご不便をおかけすることもなくなります。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

2日間コース 2017/2/18-19 豊田市

6回コース  2017/3月、5月開講 名古屋市


晩秋の植物観察会2016

晩秋の植物観察会2016~東山植物園で

 今日はとても冷えます。背中のリュックの中には小さなおにぎりが二つ。白湯を入れた水筒、スケッチブックに鉛筆、カメラ、ポケットにはすぐに取り出せるよう愛用のルーペを入れて、今年最後の植物観察会で東山植物園へでかけました。いつものコースをBFRP東海のメンバーたちと一緒に、バッチフラワーの植物たちに挨拶しながら歩きます。ピークを過ぎたとはいえ、紅葉が美しく、人もたくさんでいつもより賑やか。と言っても、植物園は動物園エリアに比べると静かです。 

ヤナギを見に今日はビオトープも回ります。ヤナギも小さな冬芽を抱いています。水辺に生えているガマの穂を見つけ、夢中になって遊ぶ仲間たち。ちょっと触ると、急にふわっふわの綿毛が勢いよく飛び出してきて、風に乗ってぱあっと飛んでいきます。みんな代わる代わる池の中の足場まで入り、子どものように歓声を上げています。私も、私も!もっともっと!!あゝ、楽しかったね!!!

 

東海の森に入る手前に、奥池があります。ここは植物園内で最も大きな池です。その休憩所のそばに立つのはヤマナラシ~バッチフラワーのアスペンです。ほら、真ん中の黄葉している木です。アスペンは、葉柄が長く、ちょっとした風にもちらちら葉っぱを揺らすのが特徴。その姿が表す通り、不安に襲われて激しく揺すぶられるような時に使います。


 

 2016年秋の植物観察会は、9月、10月、11月と3回。9月は雨が続いたせいか、ブナの森はキノコが至るところに生えていて驚かされました。スケッチをしている顔と言い、足と言い、蚊が押し寄せて描いていられないほど。10月には季節の移行が顕れ始めたものの、まだ密やかでもあり、準備途上の冬芽の姿に、我が身を重ね合わせもしました。11月、紅葉も進み、葉を落としてすっきりと骨格だけになった木々は、より本質的にその姿を見せてくれます。葉がある時にはわからなかったことが、顕わになってきます。同時にそこで準備されている姿も。それにしても、準備しているのが見える時には、もうできている時なのです。となると、準備って、いったい、いつするのでしょう。

 

BFRP東海のブログで、11月の植物観察の詳細をご報告しています


特別な時間

「茨木のり子の人生と詩の世界~おんなのことば」を終えて

2015年11月、ちょうど1年前ですが、

あいちトリエンナーレ2016パートナーシップ事業に選ばれた、

dialog7の企画「茨木のり子の人生と詩の世界~おんなのことば」は、

名古屋での開催に続いて、2016年初夏の東海、そしてこの度の関東と、計6か所で行いました。   

 

当初はモリコロ基金を受けて、などと計画を立てていましたが

申請の相談会では、基金がなくてもできるね、と言われ、

結果は、あえなく沈没...そこでめげることもなく

さらに多くの協力を得て、無事に全行程を越えることができました。

 

ずっしりと重い、実りの時間

 

バイオグラフィーワークとポエトリーリーディングのコラボレーション

「dialog7」は、ここでひとつのピリオドです。

 

日頃、表現者として活動していない私が

茨木のり子さんだけではなく、自分自身と向き合う日々は、

振り返り、その折々の道すがらがすべて感謝の日々でした。

 

参加してくださった方々、支えてくださった方々、

皆様、本当にありがとうございました。

    

不思議なご縁で、関東最終日の会場は、たまたま茨木のり子さんの終の棲家の近くでした。

東伏見駅から南へ、下野谷遺跡公園を抜けてすぐのところ、書籍にも掲載されていた見覚えのある建物が。

住み手が居なくなって10年、表札もそのまま、紅白の山茶花が咲き、夏蜜柑がたわわに実っておりました。

 

安曇野のウォルナット

突然降ってわいたような話ですが、こういうことは案外よくあることで、とんとん拍子に話が決まって安曇野でバイオグラフィーワークをしてまいりました。その前に立ち寄ったのが諏訪の富士見高原。八ヶ岳南麓のこの辺りは、富士山と、南アルプスと八ヶ岳に囲まれた、それはそれは風景の美しいところです。この空気感はやはりここまで来ないと望めない。

 

 「山派?海派?」は、「犬派?猫派?」と同じくらい、質問によく出るものですが、伊勢志摩の海を背景に育った割に、私はいつからか山派になってしまいました。水のある風景にも惹きつけられるますが、清明な空気感はやはり山のものでしょう。 いいなあ~こんな風景が毎日見られるなんて。って、さらに水辺があれば最高!イギリスの湖水地方の風景。どう? 日本vsイギリス?


 

中央道から長野道へ入り、安曇野に移動

 

厳かな雰囲気の山荘

針葉樹の林の中に

まっすぐ伸びた長いテラス

 

雨の滴がつくる無数の水の輪

 

渡る風

 

枝のなる音

 

鳥の声  すべてが一幅の絵のようです

 

 

お昼ご飯は新そばを食べに。

有名なお店らしく、なんと1時間待ち。

こんな地方でもまるで都会並みです。

待ってる間に散策をすると… 

 

素晴らしい胡桃(ウォルナット)の木が

畑の隅にどど~んと立っておりました。

 

少し枯れかけた葉っぱの間に、

緑の実がいっぱい成っています。

柵など巡らされておりましたので、

あんまり派手にはそばに行けなかったのですが、

そういいながらずんずんと近くまで。


 

バッチフラワーのウォルナットは

とても便利なレメディで、私は大好き。

カテゴリーは

「人や周囲に敏感すぎて影響を受けやすい」

に分類されています。

別名「鎖の断ち手」と呼ばれていますが

強い他者のパーソナリティや、周囲のしがらみに

ついつい影響を受けてしまうとき、

転居、転勤、入学、卒業、就職、結婚、更年期などなど

人生の、また心身の、様々な移行の時を、

やさしく守り、変容を助けてくれるレメディです。

人の多いところへ出かけると

すぐに疲れる私には、必携のレメディ。

お世話になってます。

お~ぃ、ウォルナットや~い

今度は花が咲いてる頃に来たいよ~~~


移行の季節

秋の植物観察会2016~東山植物園で

 来る日も来る日も雨か曇り空~これではイギリス人じゃなくても、お天気でゴース(希望を失くした時に使うバッチのレメディ)になっちゃう、と笑い話ではなく本気で思うほどでしたが、ピンポイントで雨が上がったのはスゴイ!

 今日で9月も終わり、夏でもなく、秋でもない。そんな移行の季節の植物たちはどんな表情をしているのでしょうか?

 新旧取り混ぜて集まった10人で、いつものコースを植物に挨拶しながら回ります。先発隊のチェックの通り、春までは、雑草扱いだったクレマチスが、観察者(私たちのこと)が押し寄せたからか、「センニンソウ」と小さな白い名札をつけてもらっていました。よかったね、エッヘン!名前が付くとちょっと格上げした感じです。オークはドングリをいくつかつけていますが、剪定のきつかったハニーサックルはちょっと淋しい。

それにしても、なんだかさえないのはお天気のせい?

いまいちジミ~な雰囲気が植物園内に漂っています。これって移行期だから?

 

季節ごと、当たり前のように姿を変える植物。花から種に、種から花にメタモルフォーゼ!(すべてクレマチス)

子どもでも、乳歯と永久歯とが生え変わる頃とか、ツクツク背が伸びていくときとか、縦横のからだのバランスがちょっと変に整わない時期、可愛いんだけど、妙に不細工になったりします。私たち現代人は、できるだけピーク(若さ)の丘を長続きさせたい、って思っていますが、それってホントにいいのかな、と時々自問自答します。特に植物の変化を見ていると、人間だけが同じところに止まっていられるわけがない、と思うわけです。つまり宇宙と呼応するように、植物は季節のめぐりを知っていて、ちゃんと次の段階に移行していくけれど、人間は特別で、外見は若さを保ったまま、内的に成熟できる? のかな。いやあ、そうじゃないでしょ。内的にも成熟したくない人もいるかもしれないけれど、昨日より今日がよくなろうとするのが自然の摂理。そのために次の扉を開けるには、何かを手ばなすというのは、浦島太郎に限らず昔からのお約束。


 

 一番きれいな時っていつなんだろう。花が咲くころ?

そう、花が咲くとみんな目が惹かれる。きれいな色がパッと辺りを染めて、香りもして、虫を呼び寄せる。植物は様々な方法で次の世代につながっていくけれど、受粉した途端に、色も香りも目的を果たしたかのように収縮へ向かう。

 誰もが知っている、花の美しさは永遠じゃない。

 永遠じゃないからこそ、美しい。

 それも誰もが気づいていること。

 

 

 

 じゃあ、移行期って本当にさえないのかな。ただ、見る目がないってことなんじゃないかな。私の中にある、きれいの基準が、花とか若さとか可愛さとか、スマートさとか、そういったものしか認めていなかったら、当然見落としている「美」があるってことだもの。

 そう思っていたら、今回、素敵な発見が、スィートチェストナット(栗)をスケッチしていた仲間から、もたらされました。ほら、栗のイガの頭のところ、雌花の名残が見えるでしょ。雌花の下が栗の実!!そしてイガイガの形の美しいこと。まるで1本1本が木のようで、みんな、目をキラキラさせて見入りました。見る目があれば、世界はどんどん美しくなるのかも。

 

BFRP東海のブログで、植物観察の詳細をご報告しています


関西の仲間たち

 

2016年春、満開の桜が祝福するかのように

発足した「BFRP関西」、

秋の勉強会にも、呼んでいただきました。

ちょっと顔見知りになって、

親しさが増した関西の仲間たち。

BFRPからレベル1受講済みの方々を対象に

「七つのカテゴリーを紐解く」と題して

バッチフラワーの世界に

ゲーテ・シュタイナー的アプローチで迫ってみました。

 

どう迫ったか・・・その謎解きは

1930年代、エドワード・バッチが発見し、

人間の感情類型に基づいて作った7つのカテゴリー、

そこに込められたバッチの伝言をどうしたら、

正しく受け取れるのでしょうか。

愛知県でバッチ国際教育プログラムを担当しながら

このカテゴリーの謎解きこそが、

バッチをさらに興味深い世界へと誘ってくれる、

と、私は思っているのですけれど、

まだまだ奥は深く、今の段階では、言葉足らずの感があります。

そのもどかしさもありながらですが、

 

関西の仲間たちには、どんな風に伝わったかしら。

 

またお会いしましょう。地域は異なっていても同じ空の下、

バッチフラワーの使い手として、伝え手として

大人の自己成長を目指して、日々研鑽していきましょう。

 

ウェールズ~5

狭いと怖い、広くても怖い

行きも帰りも

草の生い茂る道なき道を、かき分けかき分け登ったところは、まだまだ中腹。ちょっと一息つきましょうと、周りを見渡せば、ヒルトップから流れてきたらしい清冽な湧き水。ここでもワイルドローズがいっぱい咲いています。

気持ちいい~~~~!!思わず万歳をしたくなるのはなぜ?

 

花はまだ咲いていませんがアグリモニーも、そしてホリーもたくさんありました。もうちょっと歩いてみようか、と言っても、道はもうありません。ただただ草むらを風の通り道に従って上るのみ。オークの林の手前に、まるで拒絶するかのように高い柵が・・・めげずによじ登り、しばらく歩いていると、雨がぽつぽつ落ちてきます。さっき大喜びで写真を撮り合った時に姿を現していた大きな黒雲が、みるみる広がり、雷も聞こえてきました。狭い道も怖かったけど、広いところはもっと怖い。二人とも急に恐怖にかられ、帰ろうと意見が一致。さっきの道を通るのは憂鬱だけど、でもそれが一番安全。ということで、致し方なくまたしても柵をよじ登り、草原を突っ切り、ワイルドローズに別れを告げて、再び叢に閉ざされた道なき道、しかも今度は下り坂。顔も身体も、ビシバシと草や枝に叩かれながら、それでも何とか麓に到達できました。あゝ、ほんと恐かった。ネトルにやられたらしく、肘のあたりがピリピリしびれています。 

道なき道を上ぼりきると、広々と開けた草原、風に吹かれて私は凧~~思わず歓喜のポーズ!

クリックハウエル ドラゴンインで

雨に濡れながらクリックハウエルへ、身体も冷えてしまってまずは熱い紅茶を一杯。パラソル越しにテーブルマウンテンが見えます。あんな遠いところまで、私たち行ったんだね。但し途中までだけど(^^ゞ

昨日も食事をしたドラゴンインは私たちが泊まったベアースからもすぐ近く。見晴らしのいいガーデンがあって宿泊もできるみたい。日本にいる時よりずっと紅茶が美味しいのはやはり水が違うからかしら


ウェールズの旅

ウェールズ~4

テーブルマウンテンへ

バッチ博士の軌跡

エドワード・バッチは1928年9月、のちにバッチフラワーと呼ばれることになる植物のまずは3種類、インパチエンス、ミムラス、クレマチスを、アバガベニ―とクリックハウエルの間を流れるアスク川のほとりで見つけました。当時、バッチ博士は、すでにバッチの七大ノソードと呼ばれる経口ワクチンを発見、その効果は絶大で、彼の名はイギリス国内だけでなく、アメリカをはじめ海外にまで轟き、彼の研究所には世界中の医師から標本が送られていたようです。けれどバッチ博士は、七大バクテリアに代る野草を見つけたいと考えていました。ウェールズヘの旅は、人々の健康を願うバッチにとって、やむにやまれる思いに駆り立てられたものだったのです。

 

今回のウェールズの旅は、バッチゆかりのアスク川周辺を歩くこと、もちろんレメディの植物と出会いたい期待はあるものの、事前の準備も中途半端でちょっと衝動的でした。どこへ行こうかと、クリックハウエルのインフォメーションに入ると、案内の女性は興味津々で何人か?と聞いてきます。日本人だというと、急に目を輝かせてここに始めてきた日本人だと言われ(そんなはずはない、と思いながらも)記念にノートに日本語で名前を書いてきました。

 

その彼女のおすすめはテーブルマウンテン。ここなら軽装備でも大丈夫、道には植物がたくさんあってラブリーとのこと。バッチはこの周辺でヘザーとロックウォーターも見つけています。それはひょっとすると、テーブルマウンテン辺りだったかも!? と、その気になって、1ポンドで地図を買うと、勇ましく歩きはじめました。フットパスの道しるべ、清らかな流れ、牧場、あちこちの花を眺めながら最初は調子よかったのですが、草が覆い繁って道はなくなる、前が見えないほどの植物で、これ、本当に道?これで大丈夫?と不安になりながら、坂道を登ること1時間。やっと広々とした草原に出た時には、心底ほっとしました。汗びっしょり。ふ~こわかった・・・ 

振りむけば、眼下にはクリックハウエルの町。思わず歓声をあげました。吹き抜ける風が気持ちいい!!

アスク川へ降りていく道で見つけたクレマチス。「おじいさんのあごひげ」と呼ばれるとおり、花が終わった後に出てくる種子の綿毛部分

FOOTPATH TO TABLE MOUNTAIN と書かれた標識。この矢印に従って歩いたのですが・・・

右端の大きな木はワイルドローズ。沢山花をつけていました。こんな大きなワイルドローズの木は初めてです

ワイルドローズの木の脇に小さな石段があり、それを乗り越えると草原に出ます。さやさやと風に揺れる草、バターカップの黄色い花、秋の終わりには、アグリモニーやヘザーも咲くことでしょう。ところどころにある大きな木はオーク。

それにしても、もうヒルトップだと思っていたのに、テーブルマウンテンの頂上は、まだまだ先(涙)


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~3

アスク川周辺

クリックハウエル橋

ホテルに荷物を置いて、お店が立ち並ぶハイストリートを

抜けると道はなだらかに下りはじめ、

ブリッジストリートに入ると急坂になって橋に出ます。

クリックハウエル橋は、ウェールズで最も長い石橋なんだそうです。今はその上を車がびゅんびゅんは知っています。一方から見ると橋梁のアーチは13なのに、もう一方から見ると12しかない、というのが特徴らしい。

 

アスク川の水は茶色に濁っていますが、悠々と白鳥が一羽

川沿いの道はオークやウィロー、アスペンがのびやかに枝を伸ばしています。けれど、バッチが見つけたという、ミムラスやインパチエンスの姿は見当たりません。やはり、あの頃の清明な流れは失われたのでしょう。それでも川べりの草むらには、ワイルドローズやバターカップ、アンジェリカなどが咲き乱れていました。


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~2

クリックハウエルへ

アバガベニーからクリックハウエルへ

 

アバガベニー(Abergavenny)のタウンセンターのバスターミナルから、クリックハウエルにはバスを利用。

近くに教会の塔が見えます。ゆっくり過ぎてゆく時間。バスを待つ人の中には子ども連れもいますが断然、高齢者が多い。

この人たち、もう投票行ったかなあ。

どっち入れたと思う?(長女との会話)

絶対、離脱派だよね。ここはウェールズ

まわりはほぼ白人です。

 

数十分遅れでも、当たり前のように何の断りもなく、やっと来たバスに乗り込むと、アバガベニーのメインロードを抜けて美しい緑の中を走り抜けます。道はぐんぐん上ってクリックハウエルに到着。

 

なぜここに?

1928年、アバガベニーからクリックハウエルを流れるアスク川沿いで、エドワード・バッチは初めて後にレメディとなる植物を見つけたとか。

 

ホテルに荷物を預け、身軽になったら

さっそく川に向かいましょう。

 

今夜の宿はホテルベアー1432年創立というからかなり古い。実は次女が数年前、このホテルに宿泊。美味しかったよ、という言葉につられたというわけです。

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿です

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿はホテルベアーです。

家並の間に、壁だけになった古城のタワーの一部が今も静かに建っています


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~1

アバガベニーで出会った木々

ロンドンからアバガベニーへ

アバガベニー(Abergavenny)へ向かう朝は

夜中から稲妻に大雨、おりしもBrexitの投票日。

すでに大荒れの予感。

カナル沿いの道で、雨に濡れながら

「Remain」の貼紙をしている人がいました。

この地域は残留派が多いところです。

 

この雨では投票の足が鈍るかもね、

地下鉄エンジェルからキングスクロスで乗換え

パディントン駅へ。

 

ロンドンから西へ向かう鉄道はパディントンから。

昨年バッチセンターへ行った時も

その前年にデボンへ行った時も

パディントン駅を利用したことを思い出しました。

 

パディントンからニューポートまで約2時間

そこで乗り換えて約30分でアバガベニーへ。

 

いつからか、雨は止み、駅を降りると山が見えます。

イギリスでは山を見たことがなかったので、

やはりここはウェールズ!!

アバガベニーはBrecon Beacons 国立公園の

南東に位置し、ウェールズの山々への拠点の町

駅を背に、右の道からタウンへ歩きはじめると、

目の前に大きなセイヨウトチノキとオークが

並んで立っておりました。

思わず、オオッ!と叫んで近寄る私。

立派~でもこれはほんの序奏。

トチノキの木肌は日本トチノキと全然違う、というか

樹齢によるものなのかしら。

かつて、ロックウォーターの泉があったかもしれない

ホーリーウェル通りも歩いてみましたが、その気配なし。

残念... なかなか美しい家並みが続きます。

Sugar Loaf(596m)ブレコン・ビーコンズ国立公園
Sugar Loaf(596m)ブレコン・ビーコンズ国立公園
駅のすぐそばにこんな立派なオークの木
駅のすぐそばにこんな立派なオークの木

ウェールズの旅 ・*

秋のPTTコース開催

今年の愛知県でのBIEPコースは、年明けにPTT6回コース、3月に2日間コースを開催したきりになっており、お問い合わせをいただくたびに、身の縮む思いで、申し訳ないを繰り返していたのですが、9月から10月にかけて25期の開催を計画しました。受講生の募集を開始します。受講をお考えの方、ぜひご検討ください。PTTコースは定員が少ないのですが、バッチフラワーをじっくり学ぶには、PTTコースは最高です! 久々にクロイツで開催するPTTコース、深まる季節、どんな方とご一緒できるかしら、と今から楽しみにしています。

 

第25期 バッチ国際教育プログラムレベル1 PTTコース

水曜日午前クラス 10:15~12:15 (毎回2時間×6回)

実施日 9/14,21,28 10/12,19,26 

講師  中村かをる BFRP BIEPレベル1(愛知県担当)

受講料 38,000円(教材費、消費税込み)

定員  5名(3名から開催)

会場  クロイツ

 

詳細は愛知開催のバッチ国際プログラムのページでご案内

ウェブ用フライヤーはこちら

 

PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします
PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします

予期せぬ出来事

子育てフェスタが終わって一段落

次に控えていることを考えていたからか、

昨夜からとてもハイパーになってしまった私、

睡眠時間が一気に減ります。

朝からテンションが上がり、仕事がはかどる!はかどる!

 

窓を開けることも、何か食べることも忘れて

夢中でPCに向かっていましたが

Hさんが出かけることもあって、作業を中止、

朝食をつくりはじめました。

 

朝のお決まりメニューは

まずはケールと林檎とバナナのスムージー、

キッチンの扉裏にある包丁入れから

ぺティナイフを取り出すと

パン切ナイフがひっかかって

アッと言う間もなく、垂直に私の足の上に!

 

イテテ・・・落ちたところが切れて出血・・・

あゝ、パン切ナイフで助かった!

大したことはありません。

まずはレスキューレメディを飲み、きれいにふき取った後

周辺にレスキュークリームを塗って絆創膏を貼ったら、

それでおしまい。一件落着となりました。

が、

もし逆だったら、と思うとぞっとします。

ぺティナイフの先端は鋭利です。

あの角度で落ちたのなら、きっと刺さりました。

好事魔多し。調子に乗ってるとき

案外、事故が起こりやすいものです。

 

そうそう、天使が私を蹴飛ばして足をすくったかも。

こんな時は無理は厳禁。

今朝は久しぶりに雨が降っています。

少し落ち着いて歩調を緩めましょう。

ほんと、ほんと、ありがとう。 


ありがとう!あいち子育てフェスタ

3年目の子育てフェスタ

BFRP東海 バッチフラワーの癒しの空間

今年で3年目となる子育てフェスタ。3年とも、いつもの会場のいつもの天井の高い大きな部屋が、私たちBFRP東海の場所です。入ってすぐの正面には、バッチフラワーレメディの棚を飾り、参考文献やリーフレットを並べます。そして色とりどりの元気なジニアが、訪れる人をお迎えしますが、実は毎年、この日のためにメンバーの家族が、畑で育ててくれているものです。年々花数が増えて立派になっています。向かって右側が15分間のミニレクチャーコーナー、その奥が20分間のミニコンサルコーナー、ここでは同時に4席をセッティング。そして最後に左側のボトリングのコーナーでマイボトルの出来上がり。改良に改良を重ねた予約システムのおかげで、混乱もなく2日間ともきれいに満員御礼。予定数を上回ってのご来場、ありがとうございました。

妖精がいそうね、と言っていただいた花いっぱいのバッチフラワーの会場
妖精がいそうね、と言っていただいた花いっぱいのバッチフラワーの会場

シュタイナー教育

あいち子育てフェスタの主催は、NPO法人ヴァルドルフうめの森こども園ですから、参加団体は基本的にシュタイナー教育関連の施設が中心です。うめの森こども園のほか、やまさと保育園、愛知シュタイナー学園小中学部、滋賀シュタイナー子ども園そら、あらはし館、名古屋シュタイナー土曜学校山里の森など、隣の画像は、山里の森の子どもたちのフィナーレでのコンサート、キンダーライアーのかそけき響きに、大勢の人が耳を傾けています。各団体のブースでは、シュタイナーらしい美しい作品の数々が大人気。あっという間に売り切れです。手作りの体験コーナーや、シュタイナー教育の体験授業、ライアーコンサートに人形劇、充実の食のマルシェでは、ヘルシーなお弁当に野菜や果物の実売も。


おつかれさまでした!

今年は心地よい風も通って、あまり暑くなかったのは幸いでした。

23日のスタッフは、レベル3受講生を含む14名、多少の入れ替わりがあって24日は13名でした。(2日間通しでのスタッフは、14名のBFRPと4名のレベル3受講生、合計18名)ここに至るまでの練習では、レベル1,2の受講生がクライアント役として参加協力。当日には、他のメンバーが家族や友人を連れて参加してくれたり、差し入れをもって応援に駆けつけてくれました。ボランティア料金のフェスタでは、物質的利益にはつながりませんが、この3年間の経験は最高の贈り物。みんなみんな、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。なんだかもう夏が終わったみたいな気分です。


カナルの住人

カナルいちの人気者は何といっても白鳥、今年は6羽も雛がかえり、道行く人は足を止めてカメラを構えます。白鳥用にパンを持ってくる人もいて、そうなると、水の上では嘴だけ白いクーツやカモ、小道には鳩にカラスに犬も集まってきて大騒動だ。

 

上空には時々カモメや大きなカナダがんも飛んできて

どうやら、白鳥のヒナを狙っているらしい。

愛らしいヒナたち
愛らしいヒナたち

 

ヒナはいつの間にか、3羽になりました。

首が大分伸びて、ちょっと白鳥らしくなっています。

 

お母さんの背中に乗っていた弱っちい子が

育ったなかったのか、それともカナダがんに奪われてしまったのか。こんなのどかなカナルの中でも

常に弱肉強食が繰り返されているのでしょう。

白鳥が怒ると、結構こわいです。

 


エンジェル・カナル周辺

 ヒースローから、電車を乗り継ぎ、地下鉄エンジェルに着いたのは夜の8時過ぎ。外へ出ると、午後3時くらいの明るさ。ロンドンの日没は9時半ごろ。空気はひんやり、風も心地よく気持ちがいい。1年ぶりのロンドン...。 長いフライトの後だから、身体を動かしたほうがいいね、とそのままゴロゴロとスーツケースを引いて、カナル沿いの道を、娘のフラットまで歩いていく。思ったほど歩きにくくない。

 家の窓には、REMAINの文字、イングランドの旗がなびいている。もうすぐ国民投票だもんね。そういえば夏至も近い。明るくて体内時計が狂いそう。明日からの予定は大まかに決めてあるけどまだ細かいことは全然調べていないし、とにかく眠い。今夜は早く眠ろう。

 

カナルボートが常駐する波止場。ロンドンプレイン(プラタナスの仲間)
カナルボートが常駐する波止場。ロンドンプレイン(プラタナスの仲間)
ノーザンライン・エンジェル駅のホームは広くて綺麗
ノーザンライン・エンジェル駅のホームは広くて綺麗
エンジェル駅から5分も歩けば、もうリージェンツカナル
エンジェル駅から5分も歩けば、もうリージェンツカナル

帰りました!

揺れるイギリスを映すかのように

いつも以上に不安定で。ころころ変わるお天気、

EU残留か離脱を問う国民投票では

スコットランドの時のように

結局は「残留」だったね、のはずが、

期待は裏切られ、どよめくロンドン、

やり場のない気持ちも晴れると

楽しみにしていたユーロカップでは

まさかのアイスランドに敗退。

 

世界で最もお金持ちといわれるイングランドチームが

パートタイマー選手さえいる

アイスランドチームに負けたとあっては

ますますがっくり。

窓に貼られたREMAINの文字もイングランドの国旗も

ひっそり姿を消しました。

 

そんな歴史的瞬間も、今のところは対岸の火事で

今回はウェールズへ

そして前回行けなかったキューガーデンへ。

毎度のことながらの歩いて歩いての植物三昧の旅。

で、あっという間に帰国となりました。

帰国便はフランクフルト乗継ぎで、初のロンドンシティ空港から。

コンパクトでビジネス仕様。まだ工事中のところもありましたが

市内からも近く便利な空港です。

初めてって、ちょっとドキドキしますね。 


行ってきます!

 

EU離脱か残留かで、揺れるイギリスに、

ドンピシャ国民投票めがけて、行ってきます。

といっても、決して

狙ったわけではありませんが。

 

おりしも6月のバイオグラフィーワークでは

鉄の女、マーガレット・サッチャーの

人生を取り上げたばかり。

彼女が、欧州寄りではではなかったのはなぜ?

案外イギリス人にとっては、普通のことなのかもしれません。

東洋人には、理解不能なところがありますが。

歴史的瞬間に立ち会うか?

 

ともあれ、今年の旅の目玉はウェールズ

バッチ博士が初めてレメディに相応する植物を

見つけたアスク川流域を訪ねます。

 

またぼちぼちと、旅のご報告をいたします。

 


2016初夏の東海ツアー*茨木のり子の人生と詩の世界

昨秋の「茨木のり子の人生と詩の世界」からスタートしたdialog7の企画も

いよいよ今週末の豊橋が最終ステージとなりました。

毎回、一期一会の化学変化が起こっているようです。

可児市では10代から70代まで、まさしく老若男女、様々な背景の方々が集まってくださり

人生の流れに深く頷かれる方、茨木のり子さんの詩に涙する方あり、

途中のボイスワークでも、皆さん、大きく手を振ったり、飛び上がったりと大活躍。

翌日曜日の各務原では、悩み多き子育て世代が中心。

胸打つ言葉の数々とともに、特別な時が流れていました。

 


ダウンロード
茨木のり子の人生と詩の世界
おんなのことば2016.pdf
PDFファイル 286.8 KB

春の植物観察会その2