クロイツ~四季の窓辺

2017年11月の窓辺

蓼科湖

11月の窓辺

今年も

たくさんの木々を見せてもらった。

 

ありがとう

 

芽吹き、茂らせ

花咲き、実を抱いて

鳥や虫の宿に、またいのちの糧になり

私たち、人のまなざしを集め

時には涼やかな木陰に憩わせて

 

いつしか

こんなに色づいて

落葉は、やがて大地に戻ります。

 

かのナルキッソスのように

水面に映るおのが姿に

うっとりすることもないだろうに

ほれぼれするのは人間ばかりで。

 

なんとまあ、

あっぱれなほどに

美しいこと。

 

 

今週のクロイツ(1)

もう台風は勘弁してねといいたい11月。

 

晴れても曇っても、たとえ暴風雨でも、空の高みではいつも変わらず

星々も太陽も月も存在し続けている。

私たち人間も、本質的な在り方には 同じことが言えるかもしれない。

 

けれど、そんなことに考えは及びもせず

日々、様々な影響にさらされてしまう。

 

でも、そんなわたしも ちょっとかわいいと思う。

 

一所懸命になることは、もちろん素晴らしいけれど

周りが見えなくなってしまうことも多い。

でも、本質や周りが見えるようになるには、

ドロドロやグダグダを通り過ぎなくてはいけないんだよ。

 

これを「経験」というのかもしれません。なんと、興味深い。

 

植物観察会で、2年越しのチェストナットバッドを見て

考えることしきり。

 

※チェストナットバッド(西洋トチノキの蕾)は、経験に学び、それを生かせない、

同じパターンを繰り返す傾向があるときに、気づきと打破をサポートしてくれるバッチフラワーレメディです

 

 

今週のクロイツ(2)

11月の連休中、ほぼ2年ぶりに名古屋でバッチのプラクティショナーコース、

レベル3・パート1(4日間の対面授業)が開催されました。

 

近年、カリキュラムがだんだん難しくなっているからか、私が受講したころに比べるとトントン拍子に進む人が減った気がします。みんな、ひと呼吸おいて受講するのかな。でも逆に人数が少ないということは、(グル―プダイナミクスは味わいにくいものの)素晴らしく濃厚でお得感満載.....いいなぁ......羨ましいような丁寧さで、3日間の対面事業が行われました。みんなが果敢に挑戦したロールプレイも、そばで見ていて滅茶苦茶面白かったです。そして4日目、無事試験が終了(結果は1か月後ですけれど)

BIEPはレベル1から始まり、レベル3(パート1~3)で終わりですが、今回のレベル3を見て、本当にプラクティショナーとしては、ここからが始まりなんだとよくわかりました。

 

それはちょうど自動車の運転免許を取るために、教習所に通い一定の勉強をし運転技術を学ぶ感じと似ています。すべてはそこからが始まり。

 

他者の苦悩や痛みに寄り添うために、レメディ(感情)のエキスパートになり、プラクティショナーとして、自在にレメディを使いこなすその日を、今から楽しみにしています。

 

今週のクロイツ(3)

豊川シュタイナー倶楽部主催の講座に参加して、久々にフォルメンに没頭してきました。

 

今を去る1987年、名古屋の地で定期的にオイリュトミーのクラスが開かれるようになったとき、当時、子安美知子さんの『ミュンヘンの小学生』で、シュタイナー教育に魅せられ、オイリュトミーなるものを体験したい、ぜひ子どもたちにも、と思っていた私でしたが、いざオイリュトミーを動いてみると、子どもに「させる」以前に、まず自分がやらなければ、と駆り立てられ、結局子どもにではなく、自分がすっかりオイリュトミーの虜になったわけです。

 

以来、延々とかつ細々と今に至っているわけですが、一時的に名古屋からオイリュトミーが消えた時期があり、その頃、現在のクロイツ(ログハウス)に有志が集まり、始まったのが名古屋フォルメンの会でした。1990年頃だったかなあ。自然消滅しましたが。

 

クッツリさんのドイツ語のテキストの試訳をもらって、それをもとに結構面白いメンバーが月1回集まっては、手探りで描いていました。白い大きな紙を前に、ちょっと緊張して、全身全霊で線を描く。何本も何本も、どこか遠くからやってきた水の流れの上に、落ちた桜の花びらが辿る軌跡のように...直線、曲線、波、交差、レム二スカート、ケルト文様...何という時間だったでしょう。そんな贅沢な時を重ねたことを思い出しながら、うっとりと夢中で描く私でした。

 

今回は、私にとっては新しい描き方でしたが、フォルムの持つ力を改めて感じつつ、すっかり忘れてしまっていても、運命の糸のように、ちゃんと過去は今に、そして未来へとつながっていることを実感したのです。

 

今週のクロイツ(4)

 あっという間に時間が経ちましたが この1週間の濃厚だったこと!

 

まずは「十二星座と人間・世界」には、たくさんのご参加ありがとうございました。
集う人々の姿は、遠く近く瞬くキラ星が一カ所にやって来たかと見紛うほどで、 私は軽い眩暈を覚えました。
なぜならそこにいる人々全員が、自分の生まれた瞬間のホロスコープを手にしていたからです。

 

アントロポゾフィーを背景にした星々の話しは雑誌などで垣間見る「星占い」の範疇に
当然、収まりきりませんから、 咀嚼にはかなり時間がかかります。
果てしない宇宙のその中で今、 ここにいることの意味、星々を通して、解き明かしていく
時の迷路や魂の故郷に思いを馳せながら自分のホロスコープを眺めれば、「自分らしい」と
いうことを紐解くには、なんとふさわしい切り口なのではないかしら、と思わずにおれません。

星の言葉に耳を傾けた翌日ルドンを目当てに岐阜へ。

そして、しつこくも、三度目となる蓼科にも行ったのですから

この秋の私、私の「水星」は、いったいどうなっているのでしょう。

 


御射鹿池 奥蓼科

10月の窓辺

十五夜、満月と、夜空の愉しみが

つづいた10月初め。

 

金木犀の香りがどこかから漂う

美しい季節です。

 

ひだまりで丸まって寝ている野良猫の

背中の和毛が風に揺れて

気持ちよさそう。

 

私も猫になりたい...気分です。

 

遠くで秋祭りの声が聞こえます。

すっかり秋になりました。

 

 

今週のクロイツ(1)

ミカエル祭も近づく9月の終わり

 

たなびく秋の雲が夕映えに光っているのを見ると

あゝ、季節が巡っていくと神々しい気持ちになり

「ファウスト」の一節を思い出します。

 

すべてが織り合わさって全体をなしている。

一つ一つが他に働きかけ、生きている。

天の諸力が上昇し、下降して、

黄金の桶を渡し合っている。

祝福の香る翼をもって天から地を貫き入り、

すべては調和して響きわたる。

 

秋の植物観察会が始まり、久しぶりに東山植物園に出かけました。

初夏に、燭台のような白い花をつけていたホワイトチェストナットは

早々と冬の準備が始まり、葉は黄変、根元には大きな丸い実をごろごろと、落としていました。

 

今年の仲秋の名月、十五夜は10月4日、実際の満月には2日早いので

ちょっと首を傾げたような可愛らしいお月様を愛でたいものです。

 

今週のクロイツ(2)

 

11月23日に開催する「十二星座と人間・世界」のウェブ用フライヤーができあがり、配信が始まった途端、続々と申し込みが届き、あっというまに満席になりました。

 

人気殺到を予想していたとはいえ、見込みが甘かったと10席増やしましたが、残りはあと1席のみです(現在、キャンセル待ちになっています)

 

星占いの世界も、かつてに比べれば、マニアックなものではなくなりました。それでも、たとえば自分がおひつじ座と知っている人でも、自分が生まれた時に、太陽がおひつじ座にあった、というくらいの知識かもしれません。

 

私がほぼ毎日チェックするサイトに、国立天文台の今日のほしぞらがあります。それを見ていると、黄道(天球の見かけ上の太陽の通り道)に沿って、12獣帯と呼ばれる帯状の領域があり、そこには、星占いで出てくる12星座が並んでいます。そしてその上を水星や金星、火星、木星、土星などなどが動いていくのですが、まるで時計みたいだなと思ったら、反対にそれを模したものが時計の文字盤だったというわけです。壮大な宇宙時計の文字盤の上を太陽や月、惑星が動いていると思うだけで、もうドキドキしてきます。

「十二星座と人間・世界」乞うご期待!!

 

今週のクロイツ(3)

 超大型台風に衆議院選挙、一年も前から決まっていたシンポジウムの日に合わせるかのように、なぜ天の気・地の気、双方からダブルパンチを?と、笑いのタネにするしかない条件下にもかかわらず、今年もたくさんの方々が参加してくださいました。第12回バッチフラワーシンポジウムが終了。今回は司会役を仰せつかっていたので、終わってホッとしています。

 

「老年学のすすめとバッチフラワー」

毎回、よくこんなキャッチ―なテーマが出てくるものだと感心するのですが、今年もまたまた現代人に必須のテーマで、お話が聞けて本当にうれしい。アンチエイジングの虚構では、のっけから私たちが抱える矛盾に気づかされ、シュタイナーの老年学では、視点のメタモルフォーゼに圧倒され、青年期の心の教育とバッチフラワーでは、若者のアイデンティティー確立に果たすバッチフラワーをツールとする癒しの文化に目を見張り、バッチフラワーの老年学では、逆に老年期におけるアイデンティティーの崩壊危機から自我の統合へと、なんとも濃厚な内容でした。次回はどんなテーマでお話が聞けるかなあ。その時は、司会ではなくシンプルに楽しみたいです。

 

 


9月の窓辺

台風の影響か、突然秋になりました。

夜になると、肌寒ささえ覚えます。

 

このまま、直線的に季節が進むとは思えませんが

するすると空から降りてきた秋が

世界を包んだかのようにどこかしこも空気が澄んで

気持ちいいこと、この上なし。 

 

曇り空が多かった今年の夏。

取り返す勢いで真っ青な空に会いたい。

気づけば、庭のコナラは、

どっさり青いドングリを抱いています。

 

実りの秋は、もうすぐそこまで。 

恒例の秋の植物観察会もまもなく始まります。

 

今週のクロイツ(1)

 

オイリュトミーの集中講座にバイオグラフィーワークの講師研修と定例会、

留守がちだったこともあり、8月後半は、飛ぶように過ぎていきました。

 

明日から新学期という夜になって、宿題を思い出し涙目になった日々が懐かしい。

「夏休み」という特別なシーズンが終わり、涼風が立ちはじめると、子ども心にも、

決して戻ってこない時を思い、胸がキュンとなったものです。

 

「もう、夏は行ってしまった」と呟いて、ふと思うのは季節の表現。

行く春の、とは言うけれど、秋や冬は「行ってしまった」とは、なぜか言わない。

となると、夏というのは一つのピークを指すのかもしれません。

それはきっと「若さ」と「老い」に関係しているのでしょう。

 

夏の名残を惜しみつつ、新たな気持ちで心の深みへと降りていきたい9月です。

 

今週のクロイツ(2)

木漏れ日の下で、いつもならもう少し早く咲くセンニンソウ~クレマチスが、真っ白な花を咲かせています。

夢見るように甘い匂いを漂せながら。

 

陽当たりのよい前庭では、西洋キンミズヒキソウ~アグリモニーがあちこちに咲き始めました。

 

教会の尖塔と名付けられた、この小さな黄色い花と、バッチフラワーレメディの「アグリモニー」が結びついたとき、胸が締め付けられるような思いがしたものです。花茎を軸に、旋回しながら外を向いて花をつけるアグリモニーは、内面の痛みを隠し、すべてはうまくいっているように見せたがる、傷つきやすい人が、バランスを失っている時に使います。

 

悩みや不快なことがあっても、深刻にならず、明るく乗り切るというポジティブなイメージもありますから、現代に生きる私たちにとっては、むしろ、アグリモニーいいじゃん!となるのかもしれません。

 

が、大切なのは、着けた「仮面」とその意味を自分が知っていて、それを自由に外せるかということです。

どんな時に自分はそうなるか、なぜそうしたいのか、無意識なのか・・・バッチフラワーを学ぶと自分の感情と対応する植物があり、自らを癒すことは、まず知ることから始まると実感しますBIEPレベル1へ

 

今週のクロイツ(3)

 

BIEPレベル1、名古屋での2日間コースが無事に終了しました。修了証書を手にカメラの前に立つ表情の晴れやかなこと。おめでとう、みんな!!

私にとっても、幸福の瞬間。

 

私がバッチフラワーに初めて出会ったのは、17年ほど前のことでした。ダイレクトに感情に働きかけて心のバランスをとるですって!?そんなものがこの世にあったのかと、それはそれは衝撃を受けました。

 

物心ついた頃から蕁麻疹っ子だった私は、心の中がギュッとしたり、ビクッとしたりすると、それがすぐに蕁麻疹になりました。ぶくぶく膨れるわ、猛烈に痒いわで、イヤだったなあ~ しばらくすると嘘のように消えてしまいます。だから、心と身体がつながっていることは、私にとっては当たり前のことでした。

 

成長とともにいつしか蕁麻疹は出なくなりましたが、身体の健康に心の平和がどれほど必要かということは、よく知っています。

 

おりしも台風18号の真っただ中、同様に私たちの心の中にも、嵐がやってくることがあります。激しい暴風雨にさらされて、一時は茫然自失になろうとも、やがて心の奥深くにある湖水は、まるで月を映す鏡のような静けさを取り戻す、とは限りません。

 

感情には名前がついているって知っていますか?

焦りや苛立ちはインパチエンス、心配や不安はミムラス、バッチフラワーを使って、感情を植物の名前で覚えていくと、あら不思議。いつしか感情のるつぼから抜け出て、外から感情そのものを見ることができるようになっていくのです。

 

もちろん、練習は必要ですけれど。あなたもぜひ、バッチワールドへ 愛知・岐阜でのPTTコース

 

 


8月の窓辺

はやばやと立秋

とはいえ、猛暑がまだまだ続きます。

それでも、夏至の頃に比べると

日暮れは早くなりました。

 

夏生まれなのに、暑さに弱く

早く秋が来ないかなぁ~と

青息吐息で過ごす8月。

 

どこか涼しいところへ行きたい

って、この間イギリスに

行ったばかりじゃないと

言われてます…しゅん

あの時のイギリスは最高の夏だった。

でも、早くも夏が終わったか、

今では最高気温が15度とか。

日本から見ると、うらやましい限り

短い夏も考え物だけど。

 

秋には遠く、降る様な蝉時雨

 

今週のクロイツ(1)

 

BIEP レベル2の名古屋開催が終わり、ホッとしている間に8月になりまして、

先日、いつものそらクリニックにコンサルテーションに行ってきました。

準備をしている時に、にじフロアーのカーテンを開けて

見せてもらったのは、スズメの巣?え!?今ってそんな季節?

 

窓とシャッタ―との隙間に作られた見事な巣~案外大きい。

窓ガラスを透かして見ると中には生まれたての赤ちゃんが3羽、

こちらの動きを察知して並んで口を開けるのです。ほ~らほ~ら

ここには、福が一杯。なんだかうれしくて元気をもらった一日でした。

 

今週のクロイツ(2)

2017年8月13日、バイオグラフィーワーカー養成9期名古屋アドヴァンスコースは

新たな思いを乗せて、無事船出を果たしました。

 

2015年1月から2年半のファウンデーションの学びを通し、一人ひとりが全体を成す

グループワークで培ってきたのは自分自身への、またグループへの信頼。

これから2年半、 2020年の卒業まで、成長をしっかり見届けていきます。

 

私が初めて バイオグラフィーワークに出会ったのは2000年秋 、その日は 奇しくも夫の三回忌でした。 私のこれまでの経験~善きことも悪しきこともすべて丸ごと意味があり、パズルのピースは、他の誰でもない、 自分が持っていることに気づき、胸の打ち震える思いがしたものです。 その気持ちは今も変わりません。

 

 


7月の窓辺

7月は私の誕生月です。

七夕の前日の大嵐の朝だったなんていう

母の言葉が、本当かどうか

今となっては確かめようもありませんが

自分の誕生がドラマチックに思えるのは

案外、幸せなことなのでしょう。

 

今年は誕生日をロンドンで迎えました。

6月末の渡英以来、ほとんど一人になる

機会がなかったのですが、あっという間に

同行の仲間たちは帰国の途に就き

残った私は、一人エンジェルの

シークレットガーデン~秘密の花園みたいに

余り知られていない地域の素敵なガーデン~

、静かな時間を過ごしました。

 

バッチセンターにあるセラトーより

すっと大きな株のセラトーがあったり

バインがたわわに実をつけていたり

ふと気づけばバーベインが揺れていたりと

当たり前のようにバッチの植物がそこかしこに

 

いいものをいっぱい見せてもらい

一つ年をとって帰国しました。 

 

今週のクロイツ(1)

 

気づけば7月も残すところ、あと10日、

梅雨も明けました。

サイトの中の時間は止まったまま。

久々の更新です。

 

忙しすぎる日常だから

こんなのもいいなあ、と思ったりしますが、

現実は待ったなし!

 

あいち子育てフェスタがもう明日です。

今日は会場の設営に行ってまいりました。

今年は1日だけの開催ですが

準備は同じようにかかります。

BFRP東海の会場は多目的スタジオ1

 

無料レクチャーにミニコンサル、

今年は初めてレメディの販売も致します。

ぜひ皆さま、いらしてくださいね。

一同お待ちしています。

 

 

今週のクロイツ(2)

 

子育てフェスタも終わって

ふと見上げると秋の空~な、わけはないのですが

なぜか毎年、そう思ってしまいます。

それは一種の達成感と虚脱感のせいかしら。

今年もたくさんのご参加、ご協力ありがとう。

懐かしいお顔にも会えて、うれしい一日でした。

 

その次の週末には、BIEPレベル2の名古屋開催を

控えていたのですが、無理やり忙中閑あり、

鞍馬寺まで日帰りをしました。

これまで何度も行こうとしたけれど果たせず、

今回は、古い友人夫妻のお誘いがあって

長年の夢が叶いました。

 

ところで、7月は何とも盛りだくさんでした。

私や娘に加えて誕生日のオンパレード、

移動も半端なく多かった。

イギリス・ロンドン、ウェールズ、バッチセンター、

帰国後すぐに長野県阿智村、そして京都鞍馬でしょ。

いつになく、外で食事もよくしたし、人にも会った。

 

その割には、不思議なくらい静かな心持ち。

思えば、以前は一つ一つもっと大騒ぎしていました。

無駄にエネルギーを使わないのは

年をとったせい?それとも経験のなせる技?

 

夜には秋の虫の声が混じりはじめました。

 


6月の窓辺

ロンドンのカナル沿いに住む娘から

今年も白鳥の赤ちゃんが生まれたよ、と

ヒナを背中に乗せた画像が届いた。

 

窓の下で声が聞こえたので

大急ぎで、ライ麦パンとカメラをもって

カナルまで下りて行ったのだとか。

 

可愛いでしょう!

ほんと、可愛いね、と話しながら

ふと思う。

 

鳥のヒナに限らず、子猫、子犬

もちろん人間の赤ちゃん、

新芽、花のつぼみ、ミニチュアの小物さえ

小さきもの、幼きものに寄せる

私たちの思いは、ほぼ無条件、

愛おしく、思わず笑みがこぼれてくる。

 

それは後天的に学んだ?

 

それとも、生まれながらに

そんな「目」を与えられているのかしら。

 

 

今週のクロイツ(1)

 

企画が目白押しだった先週末から、あっという間に1週間が経って、

ちょっと気が抜けていますが、来週に向けて、ただいまチャージ中。

 

「百合と薔薇」~ゲーテ的自然観察の2日間は

至福の時でした。メインの百合と薔薇に混じって、私が観察したのはヴァイン(葡萄)。

花の調達グループが、百合と薔薇を探している最中に、店内の天井から枝が降ってきた!?

ちょうど葡萄の剪定中だったということで、不要になった葡萄の枝をもらってきたとのこと。

 

東山植物園でも、なかなかベストなタイミングでお目にかかれないヴァインの開花ですが、昨年6月、ロンドン郊外のキューガーデンを訪ねた際、念願のヴァインの花を見ました。

 

葡萄の花の蕾は、小さなピーマンみたいで、その外皮(花冠)を雄しべがグイッと押し上げ、ちょうど帽子を脱ぐように落としてしまうのです。脱げた帽子は、タコ足に切ったウィンナーソーセージみたい。

 

この強制的なところが、バッチフラワーで言うところの、いかにもヴァインぽいのですが、今回は間近に観察できて、超興奮しました!!

鉛筆画、パステル、そして動き・・・主催者側なのに、こんなに楽しんで申し訳なかったほどです。

 

今週のクロイツ(2)

空梅雨はいつまで続くのでしょうか。気付けば6月ももう後半。

5月から6月にかけて、いつもに増して企画満載だったところから、

先週末に開催したバイオグラフィーワーカー養成の9期名古屋の、

ながいみじかい2年と半年を経て、ファウンデーションコース修了。

ちょっと一息のつもりが、あっという間に時間が経ってしまいました。

 

ぼやぼやしているうちに、渡英が来週に迫っています。

一年前、EU離脱を問う投票があった際、奇しくも私はイギリスを訪れていました。

ウェールズのホテルの一室で、投票結果に目を凝らしたものです。

あれから一年、最近のイギリスは、予想を覆しての保守党の過半数割れ、

テロに火災と、最近にはなかったほどの不穏な空気の中にいます。

 

こんな時期ではありますが、今年は、2年毎に開催されているバッチセンター訪問の年。

日本各地からBFRPが、バッチセンターに集まります。

いろいろと調べているうちに、バッチ博士が30代のころに住んでいた家が、

娘の住まいから徒歩圏内だと分かりました。ここはもう、行ける時に行っておこう。

貪欲にウェールズ再訪も関西勢と東海勢で計画中。

 


5月の窓辺

新しい風が吹いている

 

この風はどこから来るのだろう

もう夏の匂いがする

 

こころやさしい

がんばるひとへ

大丈夫だよ と

言ってあげたい 5月

 

新年度が始まって1か月、

何となく、緊張が解けてくる頃

 

4月から新しい道を歩き出した人も

ずっと同じ道を歩き続ける人も

これから、道を変えようとする人も

 

むせかえる新緑の中で

より人は孤独になり 

そしてまた

強くなっていくのです

 

今週のクロイツ(1)

 

ゴールデンウィークです。

行き交う車も人も、

なんとなく、ざわざわしています。

私は、どこに行く予定も入れず、

ひとまず静かなお休み。

とはいえ、連休明けに向けて、

今のうちにしておくことが山積みです。

 

ログハウスの横のコナラが、今、花ざかりで

若葉と一緒に風に揺れている様子をみると

思わず心が躍ります。

でも、風に飛んで洗濯物を甚だしく汚すので

そうなると、うれしいどころか、いやになります。

 

勝手なものです。

 

バッチはその著書で、「悪」とは純粋に相対的なものであり、

場違いなところにおかれた「善」である、と述べていますが、

こんな些細なところでも、両方の見方があることがちょっと面白いなと思います

 

今週のクロイツ(2)

誰もが持っている時間と

自分が感じている「時」とは

決して一致しないのは、

当たり前でもあり、不思議なところです。

 

ここは宇宙の どのへんなのか

いまは時間の どのへんなのか

鉱物たち はてしなく大らかで

植物たち かぎりなくみずみずしくて

動物たち いつもまっ正直で

この数えきれないまぶしい物物物の中の

ひとにぎりの人間 ぼくたち

 

こいびとたち 美しく

父母たち やさしく

友だちみんな たのもしく

たべもの みんな おいしく

やらずにおれない素晴らしいこと

山ほど あって

生かされている!

 

自分で 生きているかのように

こんなに たしかに!

  まど・みちお「こんなに たしかに」

 

早くも2017年も三分の一が過ぎ去りました。

初夏の心地よい風に吹かれながら

こんなふうに時を紡ぎ、

私たちは、いま、このとき、

ここにいるのです。

あゝ、なんという、存在の不思議でしょう。

 

今週のクロイツ(3)

 

洪水のように溢れる情報の中から、自分に本当に必要なものを救いとる力は

どうやったら、得られるのかな?

 

エンタメ情報にある芸能人の劣化という言葉に惹かれ、どれどれと、ついクリックしてしまう笑える私。

なんだ、この年なら当たり前じゃない、と思いながら、それを許さない私がいるというわけだ。

 

矛盾してる。

 

バイオグラフィーワークを学んで、心底良かったな、と思うのは、「なんて、年を重ねるって、いいことなんだ!」と大きな声で言えること。

 

年を取るたびに価値が下がるのではなく 、むしろ価値が上がっていく「私」!!

 

今週末は忙しい、明日からBFRP東海主催の、「百合と薔薇」ゲーテ=シュタナー的自然観察の2日間、引き続き土日は、オイリュトミーあかね塾の舞台公演「耀ふ朝」。少々老いぼれてきた身体は、純粋に楽しいことしかできなくなってしまった。でも、それも、年を重ねているからこそ。若い時はなんとまあ、エネルギーの無駄遣いをしたものだろう。それが若さというものか

 


4月の窓辺

今週のクロイツ(1)

 

3月末は、何だか落ち着かない日々でした。

寒かったし、雨も降ったし、移動も多く、

決めないといけないことも山積みで睡眠不足気味。

 

ブログも書けないまま、日にちがどんどん過ぎていく。 

したいことしか、していないはずなのに

口に出したとたん、それを「ねばならない」と言う私。

 

なんだか矛盾しています。いつからすり替わってしまったのかしら。

でも、スピードアップの時代。おおかた、こんなふうに、

追い込まないと生きていけないのかも。いやいや、これはやめよう。

 

春の植物観察会の2回目、3月30日は途中から本格的な雨ふりになりました。

濡れるわ、寒いわで、早く暖かいところで、温かいお茶を

飲みましょうと言いながら、スケッチもしていないのに、

たっぷり時間をかけて回りました。それがまた、結構楽しかったのです。

 

雨音に、鳥のさえずりが混じって

心地よい静かな時間が流れていました。

その様子はこちら

 

今週のクロイツ(2)

 

4月も半ばになって、やっとお待ちかねの春になりました。

うれしくて、思いっきり、背伸びしたい気分です。

 

まわりはすっかり花盛り

 

にもかかわらず、ずっとお天気は安定せず

花見の気分には程遠い。

行きつ戻りつ、 長い長い、春の足踏み。

 

雨の中、低く雲の垂れ込める、諏訪湖の風景

名古屋から山梨へ向かうと、時間が巻き戻されて、季節は逆行。

ちょっと、シュールな感覚を味わえます。

 

今週のクロイツ(3)

 

このところ、自宅ではない別の場所で週末を過ごしています。

 

八ヶ岳南麓に続き、次の週末は、伊豆高原でした。と言っても観光ではなく、恒例の講師研修です。まるで耳元で啼いているかのような鶯の声におちおち眠ってもおれず、早起きして、講座が始まるまでの1時間ほどを、大室山の麓にある「桜の里」に出かけてきました。このあたりでは、どのタクシーに乗っても、運転手さんは、知識も体験も豊富で、しっかり観光案内をしてくれます。

 

桜の里では、染井吉野はもちろんのこと、白い花が美しい大島桜や濃いピンクのしだれ桜、やま桜等々、初夏から初秋を除く8か月間も桜が楽しめるのだそうです。

 

目はうれしいのに、あっという間に花粉症の症状が...くしゃみに鼻水。こうなると楽しいどころではありません。最近、花粉症は気配を消していたので、ちょっと無防備過ぎました。たちまち鼻も頭も水浸しになった気分に。

 

研修中はかなりダメージを受けていましたが、名古屋へ戻ったら、さっと回復。場所から離れるのは、こじらせないコツですね。そうできない人にとっては、この解決法はほとんど意味ないかもしれませんが。

 


3月の窓辺

ある日「いいこと」に気が付いた

 

誰かと対話しているとき、

その人の吐いた息を

私が吸い

そこでまた、私の吐いた息を

その人が吸う、ということ。

 

それを意識的にしてみる

ふぅん

気を合わせるって、こういうことだったか

 

仕事柄、悲嘆や苦悩の息を吐く人と

向き合うことが多いけれど

たとえば、

高性能の浄化装置を持っていたら

どんなネガティブな息を吸っても

変容して、きれいなボールが返せる

 

3月

植物たちの芽吹きがはじまり

新たな命の巡りによって

清らかな息が世界に吐き出される。

それを吸って 吸って 吸って

自分をいっぱいに満たしたい

 

いつか、私を通って吐き出す息が

すきとおるといいな。

でも、そう簡単にはいかないのよね。

ひとって。

 

 

今週のクロイツ(1)

金曜日から始まるバイオグラフィーワークに向けて、今はその準備に追われています。2015年1月から私が受け持ってスタートした、バイオグラフィーワーカー養成コース(週末フォーマット)の、ファウンデーションも、いよいよ最後のモジュールまできました。今回からは、これに続くアドヴァンスコースも、3泊4日の集中コースへと移行していきます。

 

アントロポゾフィー(人智学)とは、ギリシア語の「人間」を表すアントロポスと、「叡智」のソフィアを組み合わせた造語で、ルドルフ・シュタイナーが、自分の思想を指して使ったのが始まりです。バイオグラフィー(人生の軌跡)ワークは、このアントロポゾフィーの世界観、宇宙観、人間観に基づいて、生きる意味や目的をより深く理解し、自己成長を促すとともに、健全なコミュニティービルディングを目指していくものです。

 

ファウンデーションコースの最終モジュールは、いのちの環(めぐり)。初めて私がこのモジュールに取組んだのは、15年以上も前のことですが、生と死を逆転させていくアプローチから得た答えは、何一つ当たり前はない、すべてが必然、というシンプルなことでした。日々のささやかな出来事や人との出会いが輝き出す、というとドラマチックですが、シンプルなことに行きつくには、観察や対話といった、地味で且つ難しい積み重ねが必要なのだと、今頃になってやっとわかってきたように思います。

 


2月の窓辺

外は深々と冷える日も

窓辺に射す陽は、春を孕んで暖かい。

 

やがて木の芽も膨らんで

瑞々しい若葉が萌えだすまで

もう少しの辛抱。

 

春が近い、と思うだけでうれしい。

光に、なぜこれほど

気持ちが浮き立つのだろう。

 

そろそろ梅の便りも届くころ。

 

清冽な2月

温かさと冷たさ

光と闇が交錯する季節。

 

だから余計感じるのかも。

温もりには、

人を安らわせる

不思議な力がある、と。

 

今週のクロイツ(1)

 

思い立って、2月1日

わがふるさと、伊勢に行ってまいりました。

まだ夜も明けやらぬうちに

家を出て、南に向かってひたはしる。

 

名古屋高速から東名阪へ、

伊勢自動車道に入るころには

夜もすっかり明けて

さっきまでの神秘的な夜明けが、

普通の朝になりました。

 

外宮(げくう)の駐車場に車を停めて

用意してきたおにぎりと

あったかい味噌汁で朝ご飯。

 

さあ、暖かくして歩きましょう。

久しぶりの伊勢神宮です。 

 

今日は朔日、図らずも神馬もお目見えの朝。

これはもうラッキーというほかありません。

続きはブログで…ぼちぼちと 

 

 

今週のクロイツ(2)

立春の頃は、比較的暖かだったのに、このところ、凍てつく日々が続きます。

 

2月9日、BFRP東海主催の木曜会では、シュタイナーの七年周期を使って、エドワード・バッチの人生に迫りました。変容のチャートを作れば、バッチ博士の伝言が明確に表れてくるし、七つのカテゴリーについては、定番の七大ノソードとの照合をはじめ、いくつかの仮説を立てながら、バッチフラワーの未来への可能性を探りました。

 

自分で展開しながらも、面白くて、かなり興奮しました(笑)

 

今週末は、豊田市で初めてのレベル1 、2日間コースは一気にレメディを覚えていただくので、一日の流れをイメージし、毎夜、シミュレーションしています。 そして、来週末はバイオグラフィーワークの発表モジュール、ファウンデーションコースもいよいよ、山場を迎えております。

 

え! もう2月も終わり?

 

今週のクロイツ(3)

春一番も吹きました。

日暮れの明るさに、なんだか春めく気分です。

とても近くて遠い春。

 

それでも、もうすぐ三月です。

 

先週末は、愛知県豊田市で初めて開催したレベル1が無事に終わりました。新しい仲間が増えて、これからの展開が楽しみです。今回の会場となったノアコートでは、さっそく4月12日にはバッチの茶話会が開かれます。バッチフラワーを仲立ちに、西三河地区のプラットホームとして多くの出会いをもたらすことでしょう。

 

そしてこの週末は、バイオグラフィーワーカー養成、発表モジュールです。受講生たちは其々、研究テーマとして心惹かれる一人を選び、バイオグラフィーワークの手法で人生を読み解きます。出来事や文字の羅列だけではない人生は、時を越えて、語り手の魂と言葉で、新たに命を吹き込まれ、新しい時を産み出すのです

 

 


1月の窓辺

新しい年が明けました。

 

もうずいぶん前のことですが

ある年の元旦の早朝、

その頃住んでいたマンションのベランダで

生まれて半年になる娘のおむつを干しながら

お母さんになるということは

こういうことなんだと、

しみじみと、納得したことがあります。

 

お正月の美しいしつらえや、

手のこんだお料理、着物姿などと程遠い、

髪振り乱しての子育ての時代。

 

子どもを持たせてもらったことの

豊かさと重さに

押しつぶされそうになりながら

ただ、我が子の澄んだ瞳が慰めだった時間 

 

すべてを持っていたい時代、

反動的に持たないことの価値もあるけれど

持てないことからくる辛さと、

持つことの辛さのどっちが上?

天秤にかけても、わからない。

 

「充足して生きる」ことを考える年の始まり。

 

 

今週のクロイツ(1)

 

お正月です。

お雑煮とおせちを食べます。

よく眠ります。

のんびり過ごします。

  

2017年は日曜日からスタートです。

穏やかできりりと冷たい冬の空気

なんだかいいことがありそうな空の下

 

今、暁の

太陽の会釈に、

金色の笑ひ

天の隅隅に降り注ぐ  晶子「曙光」

 

今週のクロイツ(2)

 

今日、1月12日は2017年最初の満月です。

月は蟹座にありますから、蟹座で満月がおこります。

つまり蟹座の満月です。

 

私は蟹座に太陽があり(いわゆる蟹座生まれ)、

アセンダント(誕生の時間に東の地平線にある星)も蟹座にあるので、

内的にも見た目も、とっても蟹座らしい人といわれています。

つまり、共感的で、お母さんぽいってことね。

 

蟹座の支配星は「月」ですから

蟹座で満月が起こる時は、月がダブルになって

特別に感じるのは、私には自然なことかも。

 

豊かな感受性とか、温かな共感力とか

自分も他者も居心地がいいのですが

ひとたびバランスを崩すと

過剰な自己防衛とか、拒絶に対する恐怖とか、

独占欲にとらわれがち。

 

でも、若く未熟な蟹の甲羅は年齢とともに

脱皮を繰り返し、やがて世界を抱擁できるほど

大きく成長するなら、

そんな素敵なことはありませんね。

 

今週のクロイツ(3)

第10回バイオグラフィーワーカーズ・ジュピターの

総会が無事に終わって、ホッとしています。

 

2007年の1月に設立されて、10年目の節目の今年は

東海チームがホスト役でしたから、

ずっと気が抜けず、終わった後は放心状態。

いまだに荷物を車に積んだままというお粗末さ。

 

それにしても大所帯になりました。

現在では、関東、東海、関西、九州の四地域で

順番に交代しながら、毎年1月に総会を開催し、

夏には、研修センターのある

伊豆高原で定例会を開いています。

 

卒業期が異なっていても、

バイオグラフィーワークを礎に

築かれた信頼関係は、揺るぎないもの。

みな切磋琢磨しながら、

それぞれの地域で活動中です。

 

 


12月の窓辺

忙しい秋が過ぎて、気づけば12月、

2016年も、間もなく終わりを迎えます。

 

幼い日のゆっくりと過ぎた時間に比べ

なんと凄まじい勢いで

時が過ぎていくことでしょう。

 

庭のクリスマスホリー(ヒイラギ)が、真っ赤に色づきました。

気温が下がるたびに赤みが増していきます。

シジュウカラやコガラのさえずり、

コゲラの木をたたくのどかな音が空に響いています。

 緑から黄色、赤と彩りも鮮やかなのに

晩秋の木々はとても静か。

今年もまた、冬がやってきました。

 

今週のクロイツ(1)

 アドベントも2週目が近づいてきました。

聖夜劇の季節です。名古屋でも、うめの森ヴァルドルフこども園で12/4に楽園劇、

やまさと保育園では12/11に生誕劇が、2週続けて開かれます。

できれば来年はもう一つ増やして、3賢人の劇も見られたらうれしいな。

http://www.my-precious.jp/

 

そんなことを考えていると、ふと、親に連れられて、

クリスマスやイースターなどの特別な「歌ミサ」のことを思い出しました。

祭儀はすべてラテン語の歌です。

子ども心に、眠いとか早く帰りたいという気持ちもあったのですが、

聖堂の中に響き渡るラテン語(当時はラテン語とも知らなかった)、意味も解らず、

それでも、深々と染み込んでくる畏敬の念、

内的な光に満たされた子ども時代を懐かしく思い出します

 

 


11月の窓辺

足早に季節が熟れていきます

もう11月だなんて!?

 

窓を開けると思いがけず冷たい風

暑い、涼しい、という言葉を

ほんの少し前まで 使っていたはずなのに

もう、冷えるとか、寒いという言葉のほうが

しっくりくるようになりました

おげんきですか?

 

朝ごはんも、スムージーより温かいスープがうれしい

きれいな色の紅葉を 拾い集めて押し葉にしたり

真新しい手帳に来年の予定を書き込んだり

なんとなく、一年を振り返ってみたくなる季節です

 

今週のクロイツ(1)

 バッチ財団登録プラクティショナー(BFRP)と呼ばれる私たちは、

毎年10月に、英国バッチセンターに対して登録の更新を行います。

いわゆるCPD(Continuing Professional Development)と呼ばれているもので、

この一年で果たした個人的成長と、プロフェッショナルとしてバッチフラワーに対する理解や知識を深めた経験について、

またどんな研修や訓練を受けたか等々、リポートにまとめて、バッチセンターのナショナルオフィスである、

バッチホリスティック研究会に提出します。

 

私は遅筆で、いつもギリギリ…結構大変です。

でも一年を振り返り、あんな勉強したとか、こんなことに気づいた等を整理していくのは楽しくもあります。

人の痛みや、時として運命にふれることもあるプラクティショナーにとってCPDは良心だな、って思います。

 

今週のクロイツ(2)

日が落ちるのが早くなりました。消え残る夕映えに宵の明星が瞬いて、うっとりするような夕暮れ、間もなくアドベントの季節です。11月、dialog7プロジェクト~茨木のり子の人生と詩の世界~を初めて関東でお披露目しました。2016年初夏には、東海で3か所、そして今回、横浜と西東京での2か所、それぞれの場所で、たくさんの印象に残る人々と出会い、多くの温かい手に支えられて、プログラムをすべて終えることができました。いらしてくださった皆様、支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

芸術的アプローチを仲立ちにして、アントロポゾフィーを普通の言葉で語り、バイオグラフィーワークを、たくさんの人に伝えたい、という思いを形にしたこの企画。私たちが蒔いた小さな種もいつか実りの時がきますように。

 


10月の窓辺

思いのほか、秋が早く訪れたと喜んでいたのもつかの間、

そのあとはずっと曇り空が続き、蒸し暑さも手伝って、

なかなか秋の風情を楽しむところまではいきません。

それでもめっきり日暮れが早くなりました。

 

10月22日、恒例のバッチフラワーシンポジウムが東京で開かれますが、

日本でバッチ国際教育プログラムが開催されるようになって、

来年で20周年を迎えるのだそうです。

私が愛知県のコース開催を担うようになって約8年。

おかげでたくさんの、特に女性たちとの出会いの機会をいただいてきました。

植物療法のひとつであるバッチフラワーに関心を持つ人々は、基本的にみな優しい。

物静かで魅力的で強靭な精神の持ち主たち。 それはまるで野の花のよう。

 

全国のバッチを愛する人たち、シンポジウムでぜひお会いしましょう。

 

今週のクロイツ(1)

 バッチ国際教育プログラムのPTTコースレベル1は、順調に9月末で3回目まで終わりましたが、ここで1週間のお休みをとります。38レメディを全種類学んだところで、少し時間を置くという、このインターバルが私は大好きです。コースをいつもこのようにデザインできるとは限りませんが、前後の間にポーズが入り、来週からはアップテンポで一気に上り詰めていくという流れは、ある種の呼吸のようなもので、伝え手の私と、学び手の受講生が、それぞれの息を合わせていく感じです。 

そして、その空いている1週間に、バイオグラフィーワークの週末合宿がきっちり入ります。それもまた無理がなく、美しい流れです。こんなふうに自分の活動が正確なタクトで刻まれ、リズム感や高揚感とうまく溶け合っていると感じる時、私はとても幸福です。 

 

今週のクロイツ(2)

 秋の日差しがうれしいこの頃。夏物と秋冬物を入れ替えたり、羽根布団を出したりして、やっと冬支度をはじめました。暑いと寒いの「あいだ」、一年中で最も過ごしやすい季節に、今年は台風が途切れることなくやってきたので、なんだか秋を迎えた気がしませんでしたが、最近は朝の目覚めの時、布団の中の温かさが、なんだか懐かしいような嬉しい気分。どうかもうしばらく秋を楽しませてほしいものです。

 

今月は週末ごとにイベントが入っているため、スーツケースは出しっぱなし。1週間前とは明らかに季節の異なる服を詰める作業は、なかなか楽しいものです。今週末はさらに季節の進む長野、秋の信州は何年ぶりだろう。蓼科でラーチ(落葉松)が、金色の雨が降るように葉を落としていたのを見たのは、ちょうど今頃のことでした。今年もそんなラーチに会いたいな。

 


9月の窓辺

いつしか空が高くなりました。ログハウスのそばの大きなコナラの木も、

いっぱい秋の実りをつけていて、

風が吹くたびに可愛いドングリをパラパラと撒き散らしています。

通路にはまだ青い実から茶色の実までコロコロ転がっていて、

思わず歌いだしたくなります。

 

秋ですね。

 

8月、連日の暑さには参りましたが、立て続けにやってきた台風が、

その都度、湿気を連れ去って、一気に朝夕は涼しく、空気は澄んで輝くばかりです。

青空を見ながら、この空が続く向こうでは、

今も雨が降り続いていたり、不安に閉ざされていたりもすることを、

どこかで私は知っています。

何もできない、祈るしかないことの痛み。

それらを含んだまま、あっけらかんと晴れた空を見ると、

いつも「悲しいほどお天気」という言葉を思いだします。

 

 

今週のクロイツ(1)

8月から9月の移行はドラマチックでした。

台風と台風の間を縫って伊豆高原での研修と会議。

戻ってBW養成コースでは、これから向こう3か月をかけて

自分の人生における、「境域の守護霊(分身)」に取り組んでいきます。

特にこの領域は慎重に進めて行かねばなりません。

 

かのゲーテがいうように、経験は空間と時間に限定されていますが、

そこで得られる理念はそれらの限定からは自由で明らかに独立しています。

グル―プでの学びは、個々の経験の集積や共有であるにも関わらず、

ゲーテが示唆する理念へと導いてくれるように感じます。

個々を突き抜けて存在する「人生の元型」との出会い。

人の感情というものは、なんと客観的事実に絡みつき纏わりついて、私たちのまなざしに覆いをかけることでしょう。

この年齢になって、これまで以上に、自分の、また他者の人生への視点が大きく変化しはじめてきました。

 

今週のクロイツ(2)

 いろんなことで、ちょっとドキドキする9月です。

家族の誕生日も重なり、事始めも事終いもあって、ちょっと節目という気がします。

例えば、3年近く前、3か月のつもりでスタートした知人とのハウスシェアー、

シェアーというより、大家は私なのですが、時々、ご飯を食べさせてもらったりして立場逆転。

ところが、彼女は仕事で2か月ほど海外出張、う~む、久しぶりの一人暮らしです。

 

といっても、その前には10年程、一人暮らしをしているのですから

どってことはないのですが、妙に新鮮。妙に静か。

 

始めて一人になった時も、こんな感じだったのかしら。

何かを通り過ぎる前と後では、やはりちがうものです。

 

今週のクロイツ(3)

 関西での講座のために、9月の第4週末は大阪、このところずっと、雨か曇天続きだったのに晴れてくれました。

いまだに大阪と梅田の関係がよくわからない私なのですが、今回の宿泊は大阪駅からすぐの西梅田。

事前に読んだホテルの口コミに書いてあったとおり、窓を開けると、電車の往来の音がかなり大きく響きます。

書いていたのはどうやら鉄道マニア。「このホテルからは電車が見えます。音が聞こえます」

幸福感満載の書きっぷりに、ちょっと感動。

 

関心がなければ、むしろ騒音。それが愛おしい音になる、と思ったとたん、風景が変わりました。

大阪駅ともなれば利用者は膨大なはず。その人達の暮らしや思いを乗せて、電車は毎日ひた走る、な~んて素敵。


8月の窓辺

 うかうかと庭の手入れをしないまま、8月に突入してしまいました。もうお手上げです。枝も葉も伸び放題。草丈は膝を越えてしまい、ちょっと庭に出ようものなら、わっと蚊が寄ってきます。

至るところ盗っ人萩やクサギ、やぶがらしが我がもの顔。   

 たかが個人の庭ですが、自然の力は強大。ため息ついてる暇があるなら、草の1本でも抜けば~という声が聞こえてきそうですが、

こんな怠惰な私のところに、今年は採れたての夏野菜が次々届いてうれしい毎日。

 枝で真っ赤に熟れたトマトって、懐かしい、おひさまの味がします。そんなトマトで作ったトマトソースは香り高く、ねっとり甘い。ピカピカのナスやオクラやピーマンは揚げ浸しにして冷やしておけば、麺によし、ご飯によし、ビールなんて言わずもがな。

 

野菜狂いの夏。丹精込めた収穫物と、

その向こうに見える汗と笑顔に手を合わせながら、

ありがたく、いただいてま~す。

今週のクロイツ(1)

子育てフェスタとともに、もう夏は行ってしまった・・・とセンチメンタルな気分は裏切られ、当然ですが暑くなりました。朝から降る様な蝉時雨、今を盛りの夏の声です。猛暑はこれからが本番ですが、あと1週間もすれば早や立秋。夜になれば虫の音が混じりはじめます。

  明るい夏は沈潜しにくいものですが、鬱蒼と茂った緑が陰を落とす部屋で、2017年を見据えながら、今年後半の計画を練り直します。夏休みだ、お盆だと、家族がいれば忙しいものを、おひとりさまの私にとっては文句なし。空っぽの静かな季節。

   9月からはBW養成コースもいよいよ終盤。秋から冬にむかって『ダブルとの出会い』、来春には『いのちの環(めぐり)ライフパノラマ』と続きます。ファウンデーションコースもゴールが見えてきました。

 

今週のクロイツ(2)

毎年楽しみにしている夏のオイリュトミー集中講座が終わりました。名古屋オイリュトミーの会と横山守文さんとのお付き合いもかれこれ20年。今回は、シュターブ(銅の棒)を使って、身体のフレームを上下、前後、左右と感じながら、棒を手放す勇気とともに、何度も何度も練習しました。空間の中で、自分が動くのではなく、動きが空間を満たし、自分自身と空間が動く感じを味わいました。(なかなかこれがムズカシイのですが)久しぶりのシュターブで、あちこちにぶつけて、後で見たら、腕や足に小さな打ち身がいっぱい!(笑)

 

音楽ではインターバル(音程)を、バッハのアリアで動き、言葉のオイリュトミーは、惑星の詩を母音で、黄道12宮を子音で、最後に大地の詩のフォルムをみんなで動きました。オイリュトミーの何が面白いって、グループでダイナミックに空間造形していくとき、本当にワクワクします。オイリュトミーで動いている時、いかに私は私として立っているか、ということと同時に、一人でできることは、ほんとに僅かだなと、心底思います。

静かなお盆休みです。日暮れにはツクツクボウシの声が聞こえるようになってきました。暑い日が続いていますが、そこはかとなく秋の気配が忍び寄ってきています。

    今週のクロイツ(3) 

 世間では日頃離れている家族が集まったりするのでしょうけれど、我が家は誰も帰ってこないのをいいことに、家事も最小限にして、のんびり読書三昧です。まずは読み直しから「境域に立つ1ー現代人の危機と人智学」リーヴァフット著(涼風書林)これは9月からのバイオグラフィーワークの準備です。が、疑問が出てくると、それを解くために別の本…そこでまた新たな疑問に出会い...という具合に、次々と並行して読む本が増えてしまい、かくして主に読んでいた本は何だっけ?状態に陥ってしまうのですが...... 

 夢中になってご飯を食べるのも忘れてしまうのは、本にはご飯みたいな作用があるからかもしれません。

 


7月の窓辺

 

 

いつも見ている風景と異なる景色に

自分の身を置くことは

何かが根底から変わる気がします。

自分への視座の変化、周囲へのまなざし。

それは旅の醍醐味。

 

イギリスの旅から戻って思うのは

旅のように、具体的に「場」が変わらなくても

平穏な毎日に、こんなはずじゃなかった、と

思うようなことがもし起こった時は

それは内的な旅のはじまり、

「場」の変化なのかもしれません。

 

7月は私の誕生月、水のある風景に強く惹かれるのは

私が水の星座生まれだからかしら。

今週のクロイツ(1)

身体は帰国して2日経ちましたが心身のピントはまだパシッと合った気がしません。

 

身体と内なる覆いとの分離感があるというのは 、

遠距離を旅した時によく起こりますが、なかなか興味深いことです。

現代人は新幹線で通勤なんて言うこともざらですから、そういうことを積み重ねていくうちに

鈍感にならざるを得ないのでしょう。

 

そういえば、「癒し」という言葉は、いつごろから一般的になったのでしょうか。

実感としては1980年代後半あたりから?

となると、その頃から一気に世の中はスピードアップしたのかな。

 

ゆっくり行きましょうか。

 

今週のクロイツ(2)

半年にわたって続いたBW養成コース、惑星の最終回が終わりました。

8月はお休み!と言ってもコース生は一日研修、私は講師研修と、お休みはありません。

 

ホッとしている間に7月も中旬を過ぎ、あいち子育てフェスタが近づいてきました。

盛りだくさんなシュタイナーの夏祭りは、

長久手の愛・地球博記念公園の地球市民交流センターを会場に、7月23日・24日です。

教育展、シュタイナー教育施設の紹介、体験授業、人形劇、ライアーコンサート、

食のマルシェ、手作品の販売、などさまざまな体験コーナーもあります。

BFRP東海ではバッチフラワーレメディ『ストレスケア、心を癒す花療法』で、皆様をお待ちしています。

ミニコンサルテーション(20分)500円

ミニレクチャー(無料)

ボトル作り体験など。 

ミニコンサルは事前予約可能です。

ご予約、お問い合わせは

bach38tokai@yahoo.co.jp まで

 

今週のクロイツ(3)

あいち子育てフェスタ2016 終了! 今年は14名のプラクティショナーと、

4名のレベル3受講生が力を合わせ、2日間で90名ほどの方々にミニコンサルテーション、

ミニレクチャー、ボトルづくりを体験していただきました。

 

思えば3年前、うめの森ヴァルドルフ子ども園からお誘いをいただいた時、

経験の少ないプラクティショナーたちにとって、

この上ない、よき経験の場になると、小躍りしたものです。

今では自主的にプログラムを組んで、春には準備に突入、

たとえ短い時間でも、いかによき聴き手になれるか、

どうすればコンパクトで分かりやすく伝えられるかの練習を重ねました。

そこにはクライエント役の、レベル1や2の受講生の支えもありましたし、

1年目にお手伝い役のレベル3受講生がプラクティショナーに育つなど、

層が厚くなると同時に、全体の信頼関係も深まりました。

 

バッチフラワーを礎として、個と全体の成長が有機的につながる仲間たちとの関係は、

かけがえのない私の宝物です。

 

 


6月の窓辺

地球を「水の星」と呼ぶのは、

一般に知られていることだけれど、

この言葉が一年中で最もしっくりくるのは、

やはり梅雨も間近なこの季節、紫陽花が咲く6月。

 

宇宙の漆黒の闇のなかを

ひっそりまわる水の星・・・

 

軌道を逸れることもなく 

いまだ死の星にもならず

いのちの豊穣を抱えながら

どこかさびしげな 水の星・・・

   『倚りかからず』収録「水の星」より

 

戦後現代詩の長女と称される茨木のり子さん。

この詩から、

私たちはどんなメッセージを受け取れるでしょうか。 

今週のクロイツ(1)

人によっては、何のこれしき! なんだろうけれど、

5月を振り返って、自分の体力、気力にしてはなかなか頑張ったと自画自賛。

自分に甘いなあと、苦笑しつつも、そんな私を、許してあげよう。

 

バイオグラフィーワーク・ジャパンのワーカー養成コースでは、

2016年に入ってからずっと、毎回、著名人の人生に深く取り組んでいますが、

5月は、Dialog7の企画の「茨木のり子の人生」に加えて、

福沢諭吉にマーガレット・サッチャーが三つ巴になりました。

そのせいか、毎夜、毎夜「らしき風情」が夢の中に立ち昇り、

朝になるとぐったりと疲れて目が覚めるのです。

それもこれも、暇をみては、作品に自伝、評伝など、関係書籍を読み漁っていたからでしょう。

頭の中に時代も環境も個性も違う3人が、住み着いてしまったようです。

 

それにしても評伝を読んでいると、自分の読み込み方はつくづく幼いと思います。

これが素人の悲しさでしょうか。けれど、これも私の今の精一杯。

そのうちに少しずつ何かが積まれていくはずと仄かな期待を抱いています。

 

今週のクロイツ(2)

突然ですが、

 

ちゃんとスケジュールに書いてるんだから突然でもないか。

 

でも気分は突然です。明日からイギリス。。。

以前は、もっと前から渡英の日が来るのを楽しんでいたのに

昨日と今日の連続の中に、時空を超える旅を挿入するって感じは

いかにも現代っぽいです。

 

今回のメインはウェールズの旅、その頃、イギリスではEU離脱か残留か

国民投票も。現場の空気も味わってきます。


5月の窓辺

季節の巡りを通して

植物観察をずっと続けていくと、

春、芽吹きの頃、

植物たちの想像を絶する

変化の速さと、ほとばしる

いのちの力強さに息をのむ。

 

いのちは赤い

固く小さかった冬芽の中から現れる

完璧な「樹木のかたち」、

その小さな芽の中に

どうやって、いのちのすべてを

秘めていたのだろう。

まるで血が通っているかのように

目覚めたばかりの葉や茎は赤い。

そして、赤はやがて広がりの緑になり、

白い花さえも咲かせる。

 


4月の窓辺

詩人茨木のり子さんが

 ことしも生きて

 さくらを見ています

と歌ったのは、66歳の時。

最愛の夫を失って20年近く経た頃の作品『さくら』

 あでやかとも妖しとも不気味とも

 捉えかねる花のいろ

 さくらふぶきの下を ふららと歩けば

 一瞬

 名僧のごとくにわかるのです

 死こそ常態

 生は愛しき蜃気楼と

  詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」収録『さくら』1992

なにかを失わなければ手に入らないものがあるとしか思えないこの詩には、

長い寂寥の時間をかけて、さらに魔力を増していく何かがある。

生と死の狭間で、今年もこの詩を呟きながら、桜を見ています。

今週のクロイツ(1)

バイオグラフィーワークで、モーツァルトの人生にどっぷりと浸かったあと、

出かけたフルートとピアノのデュオ・リサイタル。

最初に奏でられたのはなんとモーツァルトでした。

こういう偶然に出会うと、なんだかご褒美をいただいた気がします。

フルートの世界三大コンクールの一つ、ミュンヘン国際音楽コンクールで特別賞を受けた

スイス在住の新進気鋭のフルーティスト秋元万由子さんと、

その受賞に伴奏で貢献したミュンヘン在住のピアニスト西村優さんの、ぴったり息の合ったデュオ。

シューベルトの「しぼめる花」では、思わず涙がこぼれそうになりました。

言葉ではなく、二人がシューベルトの魂を歌ってるかのようで。

 

今週のクロイツ(2)

どこからか風に運ばれて、桜の花びらが舞っています。はや散り初めとなりました。

 毎年、秋に企画している「東海バッチフラワーの集い」ですが、

今年は新年度開始早々の開催となりました。

そのため3月後半はとてもバタバタしていましたが、沢山の方々のご参加をいただき、めでたく終了。

 内容は、最新バッチフラワー情報から、ちょっとよからぬ、人間バッチの側面など、

枠を超えた幅広い内容で、参加者一同聴きいりました。

あの場をご一緒したおひとりおひとり、どんな思いを持ち帰っていただいたでしょう。

 こういう機会には、普段なかなかお目にかかれない人とお会いできてうれしいことも多いものです。

思えば、愛知のBIEPも間もなく丸7年。次の七年期に入る時期がやってきました。

 

今週のクロイツ(3)

この週末は大阪でした。「BFRP関西」が船出をするために、

ほんの少しだけ先輩の「BFRP東海」から、応援に駆け付けました。

まずは暖かく穏やかな、花曇りの日に感謝。

午前の会場は、桜の宮、源八橋たもとの杣SOMA(ソーマ)、

森の恵み~ジビエローストと里山野菜のレストランです。

窓越しに満々と水を湛えた大川の流れに美しい新緑と桜が映えます。

よくこんな素敵な会場が準備できたものと驚嘆します。

ここに至るたくさんの努力や、関わられた人々を思わずにおれません。

それらはこの会のはじまりに、なんと大きな祝福となったことでしょう。

遠く福岡、神奈川、広島、島根、そして兵庫、滋賀、京都、大阪から、

この時と場所を目指して集まってきた約30名、

さあ、私達、バッチフラワーを拠所に、同じ船に乗りました。

この旅路に幸いあれ!!

 

 


3月の窓辺

水ぬるむ春、東山植物園の小さな池の傍で

ピンク猫柳がふわふわの花穂を開きはじめました。

陽の光を浴びて、辺り一面、

優しい春の色合いがゆらゆらと立ち昇っているかのよう。

だからこの一角に来ると、みんな一斉に声をあげて近づいてきます。

そして例外なくその柔らかな花穂に手を触れます。

すべすべの絹のような、猫のシッポみたいな感触~なんて気持ちがいいの。

よもや人間が触って喜ぶためではないでしょうに。

でもそうやって触れられることで、

知らず知らず種を運ぶお手伝いをしているのかもしれません。

 

吉野洋さんの大好きな詩「生命は」に、

「生命は その中に欠如を抱き 

それを他者から満たしてもらうのだ」とあります。

知らない間に、誰かが私のための風になり、

私も誰かの風になっているとしたら…

そんな心楽しいことを思わせてくれる春の手触りです。

今週のクロイツ(1)

3月になったとたんに急に慌ただしくなってきました。

寒い間はじっとしていた冬芽が目を覚ましたみたいな感じです。

まずはDialog7の5月からの開演スケジュールが決定、

5月28日岐阜市、29日可児市、6月4日豊橋市と3公演が決定。

続いてその前になりますが4月3日には、東海バッチフラワーの集いのテーマ決定、

あと1か月、広報開始です。みんな、来てね!

今回の集いのキーワードは「秘密を解き明かす」。

現代の科学をもってしても解明しきれないこの癒しのシステムの秘密にどこまで迫れるか。

また20世紀初頭という激動の時代に、医師の立場まで捨てて、

どうすれば人間が真の健康に至れるかを追求したエドワード・バッチという人物の実像は?

バッチ界の大御所、林サオダ先生が語ります。楽しみな春がやってきますよ~!!

 

今週のクロイツ(2)

三寒四温、不安定なお天気が続きますが、先日の植物定点観察会のあと、

「チェリープラム開花!!ラーチも咲き始めましたよ」というメールが飛び込んできて、矢も楯もたまらず...

閉園30分前に植物園に飛び込みました。その日はとても暖かく、今日はコートは不要です。

ルーペとスマホをリュックに入れて大急ぎ。いつものルートを歩いていては間に合わないので、

所々ショートカット。オーク、ビーチは横目でゴメン。お目当てはラーチ・・・あああ、雌花が膨らんでる。

ルーペでのぞき込むと、なんて綺麗。その痛々しいばかりの緑と赤に、泣きたい気分になるのは何故? 

そして、息を切らせて坂道と階段を駆け上がるとチェリープラムに到着。咲いてます。咲いてます。

3分咲きってところかな。今年は早い。しばらくは植物園通いになりそうな気配。

 

今週のクロイツ(3)

芽吹きが始まりました。庭の欅も楓もシュッシュと音を立てているかのような勢いで、新芽を吹き出してきました。

焦る.~。人間の都合など、どこ吹く風。春の変化が目に見えるようになったらもう大変。

うかうかしていてはいられません。いい瞬間を見逃してしまいそう。

 すべての物事にはタイミングがあり、自然界はその最たるもの。

ここぞ!という時に、自分はどれくらい自由に動けるか...ああ、なんて不自由な私なんでしょう。

そうなんです。植物園に行きたい、ゆっくり、新芽をスケッチしたいと思ってはいるものの、待ったなしの日常。

 追われるのではなく、掴まえに行くぞ!と、言いたいところだけれど、

実際には追われまくりで自己嫌悪って感じです。でも、もうちょっと自分を叱咤激励。

春が熟れすぎないうちに時間がつくれますように。 


2月の窓辺

ナルシス~水仙の学名、ギリシャ神話に出てくるナルキッソスに由来する。

早春、匂い立つ香気は何とも芳しく春の訪れを感じさせてくれる。

水に映る自らの姿に恋をしたナルキッソス。

 

私が二十歳のころ、

キャロンのナルシス・ノワール(黒水仙)というフランス製の香水に憧れた。

映画のシーンだったか、蠱惑的な瞳が今も目に浮かぶ。

デパートの香水売り場でおそるおそる試させてもらったが、

私の年齢には到底似つかわしくなくがっかりした。

蓋が黒い水仙の花になっているとても素敵な香水瓶だったのに。

代わりに、フルールドロカイユ(石の花)を買った。

これなら似合うと思った。

 

匂いは、記憶の扉をあける。

まるで映像のように瞬時に甦ってくる。

自分が目いっぱい背伸びをしていた頃のこと。

 

今週のクロイツ(1)

 私事ですが、2/6-17までお休みをいただきます。

この季節に何でって感じですが、3年ぶりにロンドンから娘が帰国するので、

いつも現実にしていない母親をこの時とばかりする予定。

振り返れば1993年から始まった娘の留学生活

社会人となった今では、日本で過ごした年月より、イギリスでの生活のほうがずっと長くなりました。

私の子育ての行方はいつごろ分るのでしょうか。

 両親の介護をしていたころ、ああ、これが私の両親が私に施した子育ての行方なんだ、

と思ったことがありました。こんな風に人は思いもよらない形で、自分がしてきたことと対峙するのです。

喜ばしいこともあれば、苦々しいことも、痛いこともあるでしょう。

すべてはプロセスの途上。そしてそれは一人では完結しないものです。

今週のクロイツ(2

2月初旬から中旬まで、10日間ほどお休みをいただいたはずが、

後半はすっかり寝込んでしまい、気づけばもう3月も間近。

というわけでブログの更新も1月中旬で止まったまま。

ただいま、大慌てで新着情報などを書き加えています。

風邪を引きずりつつ日常に戻っていますが、まだまだマスクとティッシュが手放せません。

とはいうものの、先日はどうしても行きたいと思っていた茨木のり子展が最終日になってしまうので、

西尾市の岩瀬文庫まで行ってきました。

驚きました。なんて素敵な空間だったでしょう。

企画展は終わったけれど、茨木のり子さんが思春期を過ごしたこの地は、

愛知県なのだと思うだけで、ちょっと誇らしい。

この美しい詩人も、この海を見ていたのだなと思うだけで、ちょっとうれしい。

 


1月の窓辺

葉無き木の弓弦のごとく鳴る声も

をかしきことと思ふ正月 与謝野晶子

 

新しい年を迎えました。年賀状には、ここ7年ほど、与謝野晶子の歌を一首選んで書いています。生涯で詠まれた歌の数は5万首といわれる与謝野晶子の短歌、正月を詠んだ歌にも様々な情景や心情があり、その年々の気分に合わせて選べるだけの質と量があることに驚きます。私がバイオグラフィー研究の対象として最初に選んだのが与謝野晶子の人生でした。豊穣、多産、多彩、変化など、「月」のクオリティを最も表していると言われる彼女の人生を、また新たな思いで見ています。2016/01/01

 

 

 今週のクロイツ(1)

お正月気分でのんびりしたいところですが、休みになれば、普段は一緒にいない子どもたちが戻ってくるので、

この時期、私の母親スイッチが入って一年中で最も家事に忙しい季節です。

家族がいる時は、あんなに楽しんでいろいろと作ったり、食べたりしたのに、一人になってみて改めて分かったのは、

案外自分が食べることとか作ることに執着がないということでした。

もちろん美味しいものは好きだし、お料理するのが嫌いではないのですが、私の場合、純粋に自分のためだけに創るのは本当に難しいことです。

家族がいることは、健康管理になんと貢献してくれているのでしょう。

今週のクロイツ(2)

あっという間に、一月も半ば。日差しは明るさを増していますが、ぐっと寒くなりました。明日からはバイオグラフィーワーク・ジュピターの総会で京都です。そういえば一年ぶり、前回はお楽しみの京都でした。広隆寺、妙心寺を回った後、市原さんでお箸を購入後、長楽館でお茶…までは何とも優雅でしたが、ここからはなぜかチヂミ登場。予約の時間に間に合わず、走れメロスばりに走った走った!あまりに走って、着いたときにはフルフル震えがきましたね。今、思い出してもその時の自分の姿や形相を思うと笑えます。今回は3日間缶詰なので会場入りする前に、植物園と炙り餅で勢いをつけます。いざ!

今週のクロイツ(3)

雪景色で目覚める朝はなぜかとても静か。暖かかったこの冬もいよいよ本格的な寒さの到来のようです。明日21日は大寒ですから、当たり前と言えば当たり前のことですね。それにしても京都行の後でよかった。さて明日はBFRP東海の勉強会です。これまでにもバッチのメンバーに、バイオグラフィーワークの紹介はしてきましたが、まとまった形で伝えるのは初めてのこと。人生へのまなざしを育てる今回のテーマは、「聴く力、話す力」~つまりコミュニケーションに特化した形でのテーマで3回にわたって人生をみていきます。感情のプロたちにとって、このワークはどんな意味をもたらすことでしょう。とっても楽しみです。

 


12月の窓辺

今から10年以上も前のアドベントの頃に書いたもの。遠い日のことではありますが、家族の原点がここにあり、改めて幸福の瞬間とは、なんて切ないものなんだろうと思います。

*  *  *

子どもたちがまだ幼くて、まだみんなが家にいた頃は、毎晩ろうそくに火を灯して食事をするこの季節が楽しみでした。食事をいただきながら、揺らぐ炎を見つめる3人の子どもたちの顔は、小さな炎にぼおっと照らし出され、絵に描かれたような幸福、とはこういったことだと静かに感謝を捧げたものです。

リビングルームの中心にはクリスマスツリーを飾り、その根元には、子どもたちが小さい時から遊んでいる赤い木の橇をおきます。そしてその上に届いたプレゼントや、家族のために用意したプレゼントを飾っていきます、この時期まで我慢をして、買わずにおいた生活の必需品なども、きれいなラッピングペーパーに包まれて、いっぱしのプレゼントに変身します。子どもたちもそれぞれ工夫して、一人づつ家族分のプレゼントを用意します。中身はともあれ、毎日少しづつその山が大きくなっていくのをみてワクワクするのは、大人も子どもも一緒です。特に一番下の娘は、落ちんばかりに詰まれたプレゼントを、何度も何度も積み直しては、これは誰の?これは誰から?とそれはそれは興奮のルツボにどっぷりと使って1ヶ月を過します。これらのプレゼントは25日の夜、パーティも最高潮という時に、みんなで開きます。それまで、我慢、我慢。


もちろん、サンタさんは今も来るというのが、我が家の定説で、大切なことは口にしない...とばかり、誰も何も言いません。まるで見ぬふり。聞かぬふりです。イヴの夜、家族揃ってミサに行ったあと、静かに眠れば、翌朝、子どもたちの枕もとにはプレゼントが置かれています。それがなぜか、不思議なことに、子どもたちがとっても欲しがっていたものなのです。これは「愛」が形になったものですから、当然ですね。何の詮索も不要なことです。どうでしょう。なかなかうまく行ってると思いませんか?そうです。クリスマスは「愛」そのものですものね。そして締めくくりとして、必ず家族揃って写真を撮る、ここまでが我が家のクリスマスです。毎年同じ日に撮る一枚の写真。それを並べてみていくと、子どもの成長振りや家族の健康状態、もちろん経済状態から自分の老け具合まで、ばっちりチェックできますよ。これは絶対お奨めです。


あと数日で、下の娘がイギリスから帰国します。今年の彼女はどんなふうでしょう。今までのようにプレゼントの世話を焼いてくれるでしょうか。はたまた、上の娘は帰国するかしら。去年は、1年ぶりというのに、たった10日間の帰国で、家にいたのは1週間に満たないものでした。今年はExamが終わるまで、集中力を途切れさせたくないから、終わってから考えるとのこと。息子はといえば、25日には大学の軽音部のライブが既に予定に入っているようです。子どもたちの成長につれ、なかなか小さい時のようにはいきませんが、それも家族が日々、前進していることの証しなのでしょう。恒例だからといって、それに囚われては本来の意味を失います。クリスマスは「愛」なのですから。まず愛があっての「クリスマス」なのですから。25日の深夜、興奮しすぎた、家族全員が、一種虚脱状態になって暖かいベッドにもぐりこむ、あの懐かしいクリスマスはもう戻ってこないとしても。


11月の窓辺

北海道の小さな駅

風が冷たくなりました。


昨年の11月に訪れた

駒ヶ岳、千畳敷カールの画像です。


新雪の朝

目が痛いほどの青と白の世界。


今年の秋は忙しくて

なかなか自分への

ご褒美の時間がありません。


これが終わったら、あれが終わったら

と思っているうちに

季節がどんどん進んでいきます。


待って

もうちょっと、待って。 

  


10月の窓辺

北海道の小さな駅

 

なんて美しい秋でしょう。

手を伸ばすと指先まで染まりそうな青。

すっかり空が高くなりました。

 

こんなふうに何もかもが

透き通って見える日は、

なぜかふと悲しくなります。

 

秋は

知らず知らずのうちに

来し方行く末に

思いが巡り

自分自身を深く 

そして 遠く見る

季節なのかもしれません



 


9月の窓辺

北海道の小さな駅

 

夏はもう逝ってしまったの?

と言いたくなるような、

8月の終わりでした。

 

数日ぶりに空が晴れると、

いつしかもう、すっかり秋の色。

 

丸い猫の背中も、さやさやと吹く風も

窓ガラス越しに斜めに入ってくる日差しも、

不思議に懐かしい気持ちにさせられます。

 

あゝ、どこか行きたい。

と、旅心に誘われるのもこんな時。

 

2015/09/01 


8月の窓辺

北海道の小さな駅にて

8月はバッチ国際教育プログラムのレベル3で始まりました。プラクティショナーのためのトレーニングコースのパート1は4日間の対面授業で、最終日は試験です。

 

緊張をはらみながらも、充実した、とても楽しい4日間でした。受講生のお庭で咲いたバッチの花々が会場を優しく彩ります。

 

チコリー、クレマチス、ヘザー、アグリモニー

皆さま、本当にお疲れ様でした。

 

さあ、続いて3週間後は、レベル1です。

 

 


7月の窓辺

バッチ博士が愛したクローマーの海

私は伊勢の生まれなので、伊勢志摩の複雑な海岸線を持つ海が

私にとってのスタンダードでしたが、それが特別なものだということに

気づいたのは、もうすっかり、大人になってからのことでした。

 

この海はイギリス中東部のクローマー、

ロンドンから列車を乗り継いで3時間、北海に面しています。

水平線のはるか彼方はオランダあたりでしょうか。

ねっとりと、細かい茶色の砂浜が続きます。

バッチ博士は、最晩年のマウントバーノンに移り住むまでの数年、

レメディの植物を探して、このクローマーに滞在しました。

バッチが住んだ冬の家は、この海のすぐ近く。

朝な夕なに、この海を眺めながら何を思ったことでしょう。


6月の窓辺

墨田の花火

私はこの詩が好きで、実は3番目の子どもが生まれた時、園生(そのう)と名付けようかと思ったくらい。なんて美しい名前でしょう。

 

そのことを娘がずいぶん大きくなってからすると、彼女、「あゝ、やめてくれてよかった、もしその名前になってたら、絶対、『あのう、そのう』って、からかわれたところよ」と胸をなでおろしていました。ごめんなさい。全国の園生さま。


雨が近づいてくると、あちらこちらで

色とりどりの紫陽花が咲きはじめます。

東海地方の梅雨入りも間もなく。

私の紫陽花のイメージは、高校の頃に知った

萩原朔太郎の詩「こころ」、

多分、朔太郎さんの紫陽花は、画像のような

隅田の花火じゃないだろうけど。

 

こころをばなににたとへん

こころはあぢさゐの花

ももいろに咲く日はあれど

うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

 

こころはまた夕闇の園生のふきあげ

音なき音のあゆむひびきに

こころはひとつによりて悲しめども

かなしめどもあるかひなしや

ああこのこころをばなににたとへん。

 

こころは二人の旅びと

されど道づれのたえて物言ふことなければ

わがこころはいつもかくさびしきなり。

 

ジブリ「ゲド戦記」の主題歌「テルーの唄」に

この詩がインスピレーションを与えたことは、かなり有名なお話し。

そうでしょう、そうでしょうとも!


墨田の花火


5月の窓辺

スターオブベツレヘム


清らかに、初夏の光を集めて、

今年もスターオブベツレヘムが咲きました。

少しずつ株が増えています。

 

ここを気に入って、うちの子になってね、

そう言いながら植えた日から、

何回、春を迎えたでしょう。

 

誰に中にもある、抜き忘れた棘を

優しく包み、いつしか尊さへと

変容させていく花。


この花から作られたバッチのレメディは

とても不思議な働きかけをします。

それは自己信頼を失っているとき

人生にYESと言える可能性をもたらす

という感じです。

2015/05/01



藤の花の見える窓辺

あっという間に草むらから、夏の匂いが立ちはじめました。

窓辺では、いま、欅の若葉を透かして

満開の野生の藤が楽しめます。

目覚めの遅いエンジュの新芽が出てきたらもう初夏。

鳥のさえずり、風の光、木の葉の揺れるささやき、

何も心配はいらない、と

力強い自然界の歌が聞こえてきます。


4月の窓辺

数年前、クロイツの庭に

一株のカタクリがやってきました。 

 

季節が巡り

そこにカタクリが

あったことさえ忘れていました。

 

何度目かの春がやってきて

気づくと、カタクリは

二株に増えていました。

 

眠っているように見えたけれど

眠っていたのは私のほうで

カタクリはずっと準備をしていたのです


2015/04/01



3月の窓辺

 

春が近づいてきました。

 

「秋」という季節は

空から降りてくるように思えるのに

「春」は

大地から立ち昇るように感じます。

 

それでも白木蓮の蕾が

こんなに膨らんでいるのをみると、

大地と空は呼応し合っていることが

見て取れるようです。

 

Yの字に分枝しながら空へ伸びていく姿に

「あこがれ」とか、「希望」という言葉が

ふと、浮かんできます。

 

春はなんだかうれしいです。

 

2015/03/01