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子育ての行方

最近、私の周りでは、ご家族の介護が始まったり、あるいは親世代との別れを経験する方が増えてきました。振り返れば、私自身、50代に入って間もなく実家の両親の介護が始まりましたから、多くの人が50代から60代にかけて、そういう問題と直面せざるを得なくなるのでしょう。

 

私の場合、実家のある伊勢と、自分の住む名古屋を、何度も何度も往復する遠隔介護でしたが、そんな生活が当たり前のようになっていった時、ふと、私の両親にとって、彼らの子育ての行方が、「今の私」に現れているのではないか、と思ったことがありました。


もちろん、私が生まれ、成長していくための条件の中には、私自身の個的なものに加え、時代や土地、文化、社会、環境、親、教育等々があるわけですから、子育ては、親だけの問題ではありません。


でも、養育者、保護者という親の立場から見て、自分の子どもが成長し、何十年も経ったあと、逆に子どもに世話をされる側に立たされたとき、どんな思いを抱くのでしょう。今や自分の保護者、介護者となった子どもの中に、おそらく自分たちの子育ての行方が、垣間見えるにちがいありません。


というのも、私自身が否応なく、年齢の先頭集団に少しずつ、近づいているからです。そして、私が老いていくことに対する、私の子どもたちの思いや言動の端々に、過去には養育者であった、私の在り方・・・つまり子育ての結果からくる、鏡映関係を見ることがあるからです。


いつから私は、親の子育ての影響を引き受けて、自分育てに移行して行ったのでしょう。

 

そんなことを考えていると、原因と結果という、ある種の法則によって、すべての人は生まれ、必要な人と出会い、意図に導かれつつ仕事をし、当たり前のように死んでいけることは、なんて幸せなことなのだろうと思います。