星々のことばで謎が解けるようになったかな?

『十二星座と人間世界Ⅲ』2019年11月23日、G20の開催でざわつく名古屋でしたが、今回はこれまでにも増して、遠くからまた近くから、たくさんのご参加をいただきました。主催者冥利に尽きるとはこういうことです。ありがとうございました。

 

思えば第1回目は2年前の奇しくも今回と同じ11月23日。占星学の基礎として、サインに始まり、次の年にはハウス、そして今回がプラネットでした。一年の一度の開催ですが、自分のホロスコープを見ながら、あらら、いつの間にかホロスコープが以前よりずっと分かる!!と、少なからず感動しています。

 

楽譜を読む訓練を受けていないものにとっては、楽譜を見るだけでは、それが表している音楽のすばらしさを味わ うことは困難です。ただの記号の羅列にしか感じられません...それと同じように、宇宙で鳴り響く宇宙音楽の本当のすばらしさを、いわばその楽譜である星空の動きを見ているだけでは、味わうことはできません...(「やさしい占星術」丹羽敏雄 より) 

 

その通り、楽譜の読み方ならぬ、星々のことばを読み解く練習をしてるわけですものね。たとえゆっくりでも、積み重ねていくってすごいことだと再認識しました。講師の丹羽敏雄さんの語り口は、とても穏やかで優しいので、まるで簡単なことをおっしゃっているように聞こえてしまうのですが、まったくもって、深く難しいことが散りばめられていて、その著書である『やさしい占星術』は、実は『やさしくない占星術』と同じで、とにかく、分かりやすいのにむずかしく、次々と興味深いことが語られるので、始まりから終わりまで息をつく暇がありませんでした。

 

講座の終わりの方で、12星座と調性の関係について話された時、あっと驚きました。実はモーツァルトの人生を調べていて、いろんな曲を聴くうちに、なぜ長調の曲でありながら、胸の奥がえぐられるような痛みを感じるのだろうと(それはもちろんモーツァルトだからなのでしょうけれど)。どうやら、♯や♭との不思議な関係がありそう…ちょっとヒントをもらった気になったのですが…あとは来年のお楽しみ、というところでしょうか。

 

次回のテーマは、いよいよ「アスペクトとトランジット」。日程が決まり次第お知らせしますのでお楽しみに。ぜひ皆さま、ご参加くださいませ。

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十二星座と人間・世界Ⅲ

星々のことばで謎を解く

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セントーリー

セントーリー
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ウォルナット

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バイオグラフィーワークで観る・聴く・対話する2019

ジュピター東海の取り組みとしてご紹介した、バイオグラフィーワークで読み解く、杉原千畝の企画「出会いの神秘」が近づいてきました。

 

今回の企画で、私自身は発表やワークを直接リードするわけではありませんが、企画を支える役目としても、杉原千畝の生涯の起点となった八百津町にある記念館は必見と、梅雨の晴れ間を縫って訪ねてきました。

 

杉原千畝記念館のサイトはこちら

 

ウィキペディアで杉原千畝を検索すると、岐阜県美濃に生まれ、3歳には福井県に転居、1年後には三重県四日市へとあり、5歳になって再び岐阜県中津川へ、そこも1年半ほどで桑名へ転居、そして愛知へと移動に次ぐ移動、第1七年期の間に転居が5回!?

なんと動きの多い幼少期なのでしょう。

それにつけても、八百津町という地名が出てこないのに、記念館があるのはどうして?と素朴な疑問がわいてきます。調べてみれば、何やら千畝さんの功績とは無関係の様々な思いがあるようです。

 

それはさておき、とてもいい内容の記念館でした。

来てよかった! 皆さんも行ってみて!!

 

それにしてもこの辺り一帯の緑の濃さはただならぬものがあります。

思い浮かぶのは島崎藤村の『夜明け前』の有名な冒頭の一節です。

 

 木曾路《きそじ》はすべて山の中である。あるところは岨《そば》づたいに行く崖《がけ》の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道《かいどう》はこの深い森林地帯を貫いていた。

 

近くの山並みを見渡すと、街道筋ではないものの、この描写がしっくりきます。こういう空気をまとった両親に千畝さんは育てられたのでしょうか。例え、あっちこっちと転居があったとしても、千畝さんの揺るがなさは、こういう背景があってのことだったのでしょうか。それはまた、6月30日を、お楽しみに。

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セントーリー

セントーリー

セントーリー(ベニバナセンブリ)

親切で物静かで優しく、他の人に対して過度に気を遣います。そして、無理な努力を自分に強います。他の人に尽くす気持ちが強すぎて、人を助けるというよりは、人の下僕になってしまう時があります。人の良い性格なので、必要以上に人の手助けをしたいと願い、そうすることで、自分自身の人生における使命を無視する傾向があります。(トエルブヒーラーとその他のレメディより)

 

セントーリーの近縁種、ハナハマセンブリを近くの公園で見つけて以来、ずっとセントーリーのレメディが気になっています。それはセントーリーが、私にとって、とても重要なレメディだからです。

 

バッチフラワーを学び始めた頃、いくつかのレメディの指標が、私の胸に突き刺さりました。セントーリーはその一つです。指標(上記の赤文字)を読んで、あ、このレメディって、私の性格の構成要素だと思いました。当時、私は他者に対して自分を譲る傾向が強かったのです。つまり我儘ではありませんでした(過去形です)。もちろんすべての人に対してではありません。そしてバッチフラワーに出会う以前、50代になるまでのことです。

 

セントーリーの指標にある、「優しさ」、「献身的」、「思いやり」などは、特に女性にとって「ウリ」、美徳とされています。それが自然にできたら、そんないいことはありません。評価も受けるでしょうし、それは自分の価値そのもの。私でなくても、優しい人ね、とか、よく気がつくね、なんて言われている人は、自分のそういうところは、悪いとは思っていないし、手放せないし、もしそういう自分に時々苦しくなることがあっても、よもや取り組むべき課題だとはとらえにくいでしょう。

 

では、それがなぜ悪いの?

 

バッチ博士が、「ドアマット」と称したセントーリーは、私欲のない、親切な人ですが、バランスを崩すと、他人の言いなりになって簡単に利用されてしまいます。不思議ですが、こういう人の周辺には、何気に搾取するのが得意な人が寄ってきて、いつの間にかペアを組まされたりもします。

 

人から何かを頼まれた時、本当は自分も急ぎの用を抱えていて余裕がない、にもかかわらず、セントーリータイプはこう考えます。「あ、困ったな、でも、ちょっと無理したらできるだろうし、断るなんてできないよ~相手に悪いし、嫌な思いをさせるのは好きじゃない。今夜は眠れないかもしれないけど、あれこれ言ってる間にやっちゃった方が早いし...」で、「私できます、喜んで」、となります。実際は、頼んだ人より、忙しかったり、ヘトヘトだったりしているのに、役立つ私をやめることが出来ない。わざわざ自分を主張して「空気」や「関係」をぶち壊すことに耐えられない。その自我の弱さはどこから来るのでしょう。

 

もちろん、人生には、自分がどんなに余裕がなくても、絶対、人を助けなくてはならない時はあります。でもそんなことって、そう度々起こることではありません。でもセントーリータイプの人にとっては日常茶飯事。周囲との調和って、そんなに大事なことなんですよね。

 

自分のニーズを大事にして、必要な時には適切に「ノー」が言える、というのが、セントーリーのプラスの指標ですが、我が身を振り返ると、そもそもセントーリー状態になっているとき、自分のニーズそのものが分かっていないんじゃないか、と思います。

 

親から受け継いだ価値観、過去からの習慣、思考パターン、思い癖などなど、長い間、自己決定を他者にゆだねる癖がついていると、いつしか自分のニーズは、他者のニーズにすり替わっていきます。自分がいい人でいることと、相手にとって都合がいい人とが、まるで同義語になっていくのでしょう。周囲に柔らかく心を開きつつ、自分のニーズをしっかり主張できる強さは共存できないのでしょうか。

 

40代後半から50代にかけて、私の人生は、これでもかというほど私を追い込みました。もがきながら、泥沼から顔を出して息をついたとき、私はバッチフラワーに出会いました。私がバッチフラワーの使い手になるのは、決まっていたかのようでした。一つ一つ時間をかけ、レメディを鏡にして自分を映しながら、否定的にもならず、私は練習を積みました。どれほど多くの優しい手に支えられていたことか。

 

私は50代になって、やっと自分の人生を生きている気がしました。いつの間にか、こんな人だったの?といわれるほど、はっきりものをいう人間になりました。でも、ふと気が付くと、セントーリーの渦の中にはまり込んでいます。きっともともと、人が幸福で笑顔になるのが好きなのでしょう。(自分で言うのもなんですが)セントーリーは優しくて強いのです!

 

前回、取り上げたウォルナットは、ちょっと意識的に選ぶレメディだとしたら、私にとってのセントーリーはもっと無意識、もっと無自覚に、必要とされるレメディです。ちょっとバランスを崩すと現れる...これが魂の癖~タイプレメディということなのかもしれませんね。

 

すべてが調和とバランス、全体はつながっています。自分がいいと思っていることが、別の視点から見ると、他者の成長の邪魔をしていたり、自分自身を裏切っている、なんてことが分かってくると、否応なく、自然にパラダイムシフトが起こります。 バッチフラワーの使い手になるということは、いつしかパースペクティブに物事をとらえられるようになっていくことなのでしょう。

 

セントーリー

上の画像:セントーリーの花の付き方、茎の分枝する様子がよくわかります。

下の画像:近くの公園で見つけた近縁種のハナハマセンブリ。

ハナハマセンブリ

ウォルナット

 

バッチフラワーレメディ全38種の中でも、私にとってウォルナットはトップスリーに入るレメディのひとつです。自分にもよく使うし、コンサルテーションでもよく選びます。それはこのレメディが持っている指標『守護と変容』が、現代人には、とても有効と思えるからです。

 

日々、洪水のように押寄せる刺激的な音、人工的な色や光、内にも外にも静けさを保つことの難しくなった現代の生活、ある時には、それは好ましいことかもしれませんが、強い刺激に晒され続けているうちに、私たちの感覚は鈍く、境域は曖昧にならざるをえないのかもしれません。

 

ウォルナットは、感じやすい人、カウンセラーやヒーラーのようなお仕事をする人には、ある種のシールドのような役目を果たし、外的なエネルギーアタックから守ってくれます。また呪縛のように、強い他者の影響下にいる人...例えば職場で、学校で、家庭などで、つい周囲の影響を受けてしまう人にとっても覆いとなり、それらを断つ、という、とっても便利なレメディなのです。

 

つまり自分を縛る、あるいは制限するような影響から自由でいられ、そして、私たちの人生の岐路、誕生から、歯生期、入学、卒業、思春期、転居、就職、転職、結婚、出産、離婚、更年期、老年期 死に至るまでの、ありとあらゆるはじまりとおわり、危機や変化の時を、スムーズに次の段階へとサポートしてくれる...こんなありがたいレメディを使わない手はありません。

ウォルナットの実

緑色の外皮で包まれているウォルナットの実は、熟して落ちると、外皮が腐って硬い殻が現れます。その殻の形は、まるで人間の脳のよう。その殻を割ると、美味しいクルミが入っているというわけです。

 

とはいうものの、バッチフラワーは医薬品ではありませんから、飲んだら、パッと効くという類のものではありません。じゃあ、なに?と言われそうですが、ま、そこはあえて、そのままにしておきたい。そのうちに科学が追い付いて解明される時が来るでしょう。

 

昔、実家の庭には夏蜜柑の木があって、毎年アゲハチョウがやってきて卵を産みました。最初は黒い毛虫みたいなのに、気づくと大きな青虫になっており、独特の匂いがするのです。そのうちに糸を出してサナギになる様子を飽きずに見たものですが、あのサナギの中で、いったい何が起こっていたのか。小学生の頃には、なにも分からず、ただ大きなアゲハチョウになるのを魔法のように感じていました。

 

ウォルナットのレメディを知った時、ふと、あのときのサナギの様子が目に浮かびました。あゝ、人にも同じことが起こるのだ、変化、変容、変態、メタモルフォーゼってそういうことか、と腑に落ちました。

 

迷いや混乱の中で感情が交錯し、身動きが取れなくなることは、大なり小なり誰にでも起こります。そんな時はちょうどサナギ状態・・・つまり殻の中で、もう一度ドロドロに溶けているのですが・・・でも、その状態があってこそ、次のステージに対応可の自分になるための再構築が始まるわけです。そのプロセスを通過しなければ、蝶々になれないのだと気付いたとき、私は私の運命を引き受ける決意、一歩踏み出す勇気を持てたのです。

 

辛い時、人はよく「変わりたい」って、いうけれど、実際、具体的には何も変わらないのです。ただどんな自分、どんな状況でも、肯定的に見る力、その地平からすべてが始まるという新たな視点の獲得だけなんだな、と思います。それはどんな変身よりもすごいことかもしれません。 

 

そう考えたらひきこもりなんて怖くない。ウォルナットをぜひ一度お試しあれ!

その時は、きっと他のレメディもご一緒に。美しい音楽を作曲するように、レメディを組み合わせる作業はとても楽しいのですから。

 

チョウチョウ

 

こころなら

こんなに きれいなの...

 

そう いって

でてくるのかしら

もじゃもじゃけむしから

いつも

チョウチョウは  

 

『まど・みちお少年詩集』「いいけしき」理論社1982

 

まど・みちおさんのこの詩 

 

ホント、そうね。

 

核なる私たちの「こころ」は、きっと、とてもピュアなんだと思う。

 

ウォルナット

バッチの読書会 100回達成!

 

よもや、誰が想像できたでしょう。

あのささやかな読書会が、100回を迎える日が来ようとは!

 

2009年4月10日

クロイツでスタートした最初のBIEPレベル1

 

いつか、どこかで集まることを

約束をしてきたような1期生の仲間たち。

コースが終わっても別れがたく、

このまま学びを続けましょうと始まったのが

バッチの読書会でした。

 

それから月1回、1期生の小さな輪に、2期生、3期生、4期生と新たな仲間が加わり

波が寄せては引くように、集まり、離れて、又集まって。

 

たとえ人が入れ代わっても、淡々とバッチの遺産「なんじ自身を癒せ」は読み継がれていきました。2013年10月、会場をクロイツから近くの公民館へ移し、2014年4月、50回目を機に主催を「BFRP東海」にバトンタッチした時には、早くも5年の月日が流れ、素晴らしいことに、学びの仲間から幾人ものプラクティショナー(BFRP) が誕生していました。

 

そしてまた5年が過ぎました。

2019年4月20日、めでたく100回目の読書会となったのです。

 

いつもより大きな輪で、いつも通りの読書会。

今日は特別、植物観察会のご案内とレメディ研究部のご紹介

そして、もっともっとバッチについて語ろうと

丸ごとバッチのワールドカフェ...

 

手前味噌ですけれどね、

言葉にならないほど感動しました。

もう、みんな、みんな、すごいよ~って(号泣)

 

正直に言うと、前夜に行った、

谷川俊太郎さんと賢作さんのコンサート以上級の感動でした。

(こんなこと言うと、谷川ファンから叱られそうだけど)

 

お土産は、バッチフラワーの植物、生写真セットと

バッチフラワーの植物の種!

チコリー、ロックローズ、クレマチス、ラーチ...

写真も種もみんな足を使って集めたり、育てたりしたものばかり。

凄すぎでしょ。

 

当日の様子は下記のブログからぜひどうぞ。臨場感たっぷりです。

http://bfrptoukai.blog.fc2.com/

 


バッチフラワーへの思い

バッチフラワーセラピーは、補完療法の一種で、アロマセラピーやハーブと同じ、植物療法の仲間ですが、身体的癒しが目的ではなく、ダイレクトに感情を扱うところに特徴があります。感情というのは、私たち一人ひとり、固有の内面世界ですから、外から見ることはできません。つまり、その効果のほどは一人ひとり違っていて当たり前、主観的だから証明もできません。

 

そういうのって、気のせいだから信用できない、という人もいます。

でも私は、気のせい? 大いに結構! と思います。

感情って、まずはハートで感じることですから。

 

感情に対応する38種類のレメディを鏡にして

自分の心を見つめ、レメディを選び、飲む。

言葉にすれば、それだけのシンプルなことですが、

実際、どれだけの人が、自分の本当の感情を知っているでしょう。

 

自分の本心が分からない人なんて、ざらにいます。

かくいう私もそのひとりでした(あえて過去形)。

もちろん、今も決して、常に分かっているわけではありません。

でも、分からないということを、知っている、ということはできます。

 

自分は、思っていること、言いたいこと、したいことを

明晰に理解できていて、届けたい時に、届けたい人に伝えているかしら?

 

屈折した思い、素直じゃない表現

どうしてそうなってしまうのか、それがどこから来ているのか。

 

これは純粋に、自分自身への問いでもあります。

 

ギュッとなっていた気持ちが、少しずつほどけていくとき、

それはちょっと不思議な感覚です。

なんだろう。

固まっていたものが、動きだすような感じです。

 

あるとき、ふいに視座が高くなります。

すると、それまで隠れていた別の感情が見え隠れしてきます。

バッチフラワーセラピーは、それを地道に続けていくことで

心身の癒し、魂の成長、自己教育によって、

自ずと自分と自分の周りが幸福になっていく、と言ったら言い過ぎでしょうか。

 

だから、結局のところ、屈折していようと、本心が分からなくてもいいのです。

今、そこにある感情が大切なのです。

 

必要なことは

どんなときも、自分自身に、問う姿勢を持つこと。

 

たとえば、今あなたの心に中が、恨みつらみでいっぱいだとしても

自己嫌悪や、不安であっても、恐れることはありません。

人生を愛し、等身大の自分を認めていくと、なぜか逆転が起こります。

 

外付けしようとしていたことが、ひっくり返って内側が充足する、みたいな。

 

きっと、それが、自己肯定感とか、自己信頼とか、希望とか、勇気というものなんだと思います。

 

私が全幅の信頼をおいているバッチフラワーは、類まれな優れたツール。

そして、プラクティショナーとは、ツールを使いこなし、そのスキルを伝える人、

レメディのような人、なのかもしれません。

 

いつか、そんな人になっていきたいな、と思っています。

 

2009年、初めてバッチ国際教育プログラム(BIEP)レベル1のPTTコースを愛知県で開催してから10年、そろそろお役目交代のときがやってきました。今では、この地域にたくさんのBFRP(バッチ財団登録プラクティショナー)が誕生し、プラクティショナーネットワークの活動もとても盛んです。2019年からは講師を辞し、一人のプラクティショナーとして、静かにこの道を歩き続けていこうと思っています。今後ともバッチ国際教育プログラムと、BFRP東海をよろしくお願いします。長い間、ありがとうございました。 


BFRP東海は、東海地方で活動する、バッチ財団登録プラクティショナー(BFRP)たちのネットワークです。メンバー全員、バッチ国際教育プログラム(BIEP)のプラクティショナーコースを修了、国際登録をしています。企画等に参加希望の方は、 BFRP東海のHPブログ等をご参照のうえ、お申込みは各企画の担当者名を書いて、BFRP東海メール bach38tokai@yahoo.co.jp へご予約ください。レベル3以上の受講生を対象とする「レメディ研究部」以外は、どなたでも参加できます。 

2018年最後の植物観察会

猛暑に豪雨、極端な気象が続いた夏を思うと、なんとこの秋の穏やかなこと。この美しい季節を長く楽しめるのは、ありがたいことです。

 

11月の観察会の時には、狂い花に加えて、時ならぬ芽吹きも見られましたが、このところの朝夕には厳しい冷え込みも。2018年最後の植物観察会、12月5日(水)では、馴染みの植物たちの冬姿とともに、きっとあでやかな紅葉も楽しめることでしょう。晩秋の気配漂う植物園をご一緒に歩きましょう。

 

詳細はBFRP東海ブログ植物観察会


11月の植物観察会では、普段はスケッチ対象ではないハニーサックルを全員でスケッチしました。ただ眺めているだけでは、絶対に届かないところまで入り込めるのが、スケッチのよさです。描いていると小さな蜂がやってきて、花の周りでホバリングを始めました。ハニーサックルは頂生輪生体と呼ばれ、一つ一つ筒状になった蕾は開花すると唇状に上下に分かれます。花弁の内側は受粉すると白から黄色に変化しますが、不思議なことに、蜂は内側が白い花ばかりを狙って蜜を集めている様子。蜂に聞きたい。白と黄色の違いがなぜ分かるのか?受粉前の花の方が、香り高いのか?ハニーサックルに聞きたい。受粉を果たしたら、蜂は御用済み? とにかく 植物と昆虫の関係の不思議さを、つぶさに見せてもらえて、あゝ幸せ。


 

この秋の私たちの人気ナンバー1は、ゲンチアナの近縁種リンドウです。

東山植物園に足しげく通っているメンバーから、咲きました!情報が届くと、入れ替わり立ち替わり、次々に訪れては、今日のゲンチアナ画像がアップされています。

 

目立たないところでひっそり咲いているので、気づいている人はかなりのマニア。園芸種のリンドウに比べると、断然、茎はほっそり、たおやかで愛らしい。野辺の花の魅力はこんなところにもあります。



植物園の園内マップにも載っていないところにあったホーンビーム(クマシデ)。植物観察を地道に続けていることで、目利きになった仲間の一人が見つけました。種はまるでミノムシがくっついているように見えます。


 

こちらが本家イギリスのホーンビーム(西洋シデ)です。広大なキューガーデンを一日バッチフラワーレメディになっている植物を探して見て回り、歩き疲れて時間切れ。もう帰ろうと何気なく見まわした時に会えたのがこのホーンビーム。こうして見つけられたのも、これまで散々日本のホーンビームを見ていたからでしょう。けれどこうして並べてみると、種の羽の形もちがえば、縦筋が特徴的だと思っていた木肌も違います。キューガーデンのホーンビームの木肌はごつごつ割れているところを見ると、成木~老木なのでしょう。バッチのレメディは、この西洋シデの花から作られています。


 

今年最後の植物観察会、深まる秋をご一緒しましょう。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

第24回 BFRP東海 植物観察会

2018/12/05(水)10:30~

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。


ゴースランドのヘザー

ノースヨーク・ムーアズ ドライブ旅行5

 

ノースヨークの海岸地方から、早々とゴースランドに戻り、午後はゴースランド駅の奥に見える小高い丘に登ってみることにしました。昨日、インフォメーションセンターの人が言っていた通り、確かにここのヘザーの色は遠目にも鮮やかです。正面がゴースランド駅、可愛らしい小さな駅です。歩いていると、近くを流れる川のせせらぎ、馬の嘶きも聞こえます。映画ハリーポッターと賢者の石の「ホグズミード駅」の気分もたっぷりと味わえそうです。


プラットホームを反対側に渡り、フットパスに入ります。結構な上り坂を歩いていくと、狭い道の横は全面ゴース!お~痛そう。最初、Goathlandと聞いたとき、ゴースがいっぱいなのかな?と思ったのですが、植物の方はGorseですから、綴りが違う。関係なさそうです。でもゴースはいっぱいでした。ヘザーもゴースも、ムーアランドを象徴する植物ですから、当たり前なのかもしれませんが、春はゴースの鮮やかな黄色、秋の初めは、このようにヘザーのピンクで彩られるというわけですね。丘の上から駅を見下ろすとかなりの高低差があります。

 


登りきったら、そこは頂上という感じではなく、広々とした丘が続いています。だから、こんな高いところに上がってきたら、そこにも羊がいた!というわけですが、何のことはない、向こうの丘続きからやって来た羊なのでしょう。つまりゴースランド駅は谷間にあるということですね。これまで見てきたムーアのヘザーに比べると、明らかにゴースランドのヘザーは背が高い。それはおそらく斜面という立地から来るのでしょう。お日様を十分に浴びて、大勢で明るく美しいハーモニーを奏でているようです。


ノースヨーク・ムーアズドライブ旅行    


ノースヨークの港町

ノースヨーク・ムーアズ  ドライブ旅行4

whitby ウィトビーの波止場で、アビーを見上げて

 このところ、ハムレットのような静かな集落ばかりを見ていたので、Whitbyに来て驚いてしまいました。ここは観光地、美しい港町です。小高い丘の上には、B&Bのピートが見るべきだと言っていたウィトビー・アビーの廃墟が見えます。

 とはいうものの、カモメの鳴き声を聞きながら、ぼんやりと港を見ているうちに、日が暮れはじめ、動き回る気持ちが一気に失せてしまいました。ここまで来てウィトビー・アビーを見ないなんて、という声が聞こえてきそうですが、心残りがあったほうがまた来れるというわけで、おとなしくタイ料理を食べて帰りましたとさ。



 

今日は、昨日訪れたウィトビーの海岸から南に位置するRobin Hood’s Bay ロビンフッズベイにやってきました。海岸線をさらに南下すれば、サイモンとガーファンクルの歌でも有名な、スカボローがあります。そうか、現実に存在する地名だったのか、なんて今更ながらのことを思いながら、これまた、お話でしか知らなかった、ロビンフッドが、度々訪れたことが、名前の由来になっているらしいロビンフッズベイとはね。空を映す海の青いこと!


  

海へ降りていく道は急な坂と階段。迷路をくねくねと歩いていると、いつの間にか、海岸に出ました。家族連れが一杯だけど、泳いでいる人はいません。Ravenscarの岬が向うに見えています。

 次女がヨークの学校に在学中、多分、この方面に遠足に出かけアンモナイトの化石を拾ったことがありました。はい、と手渡された時はびっくり仰天したものです。みんな浅瀬で探しているのかな。


 

北海という言葉からの連想は、日頃私に縁がある太平洋に比べると、寒々とした印象がするのだけれど、微塵も感じさせない空の明るさに、ちょっと伊勢志摩の海が懐かしくなりました。日がな一日、テトラポットに腰を掛けて、海の満ち引きを眺めている、なんて、そんな哲学的(?)な時間お過ごし方をしてみたいものです。

 

お日様を十分に浴びて、そろそろ帰ろうか..と、ゴースランドに向かう私たちでした。

 



ローズデイル

ノースヨーク・ムーアズ ドライブ旅行3


 朝、目覚めて最初に見た窓の外の風景です。

 

 朝露が光を浴びてキラキラしているかと思うと、薄もや立ち込めて、遠くの丘がかき消されていく様はとても幻想的です。ここノースヨークムーアズ国立公園は、コッツウォルズや、湖水地方ほど、日本では有名ではありませんが、今回の旅の画像を見直してみると、いつもに比べて、断然、建物の画像が少ないのです。それほど圧倒的な自然なのだ、ということなのでしょう。


 

 Goathland からEgton Bridge を抜けて、まずはRosedale Abbeyを目指します。うねうねと細い道の途中、羊の囲いの為なのでしょうか。道の両端に簡易的な扉がついていたりします。絵本に出てくるような石のクロスに歓声を上げ、こんもりした森や谷を抜け、道路に寝そべる羊にやきもきしつつ、果てしなく続くムーアに心も目も奪われます。      Rosedale Abbeyに着いたらランチにしようと話し合っていたのに、ついうっかり通り過ぎてしまい、いつか丘の上に出てしまいました。


Rosedale Bank Top

 ここは、当時、製鉄業が盛んだったことを物語る、鉄鉱石の採掘所のあと。鉄道を敷くために採掘された鉄がここから運ばれたのだとか。かなり足場は悪そうですが、石積みの上に登りたい。

 

吹き渡る風は心地よく、遥かかなたまで見渡せます。気持ちいい~~~


 

Hutton Le-Hole 

 車に戻り、ただひたすら道なりに走っていくと、村の名前が記された、こんな可愛い石の道しるべが迎えてくれます。なんて素敵な村!メインロードには、観光バスも来ています。野外博物館に隣接するミュージアムショップで、手織りのポーチや羊の模様の小物、マグカップなどお土産も買って大満足。

 

ここでランチにいたしましょう。一度は食べたいフィッシュ&チップス


でかっ!これは想像を絶するサイズです。これにポテトがドカッとつきますから、すごいカロリーです。もう一品、本日のスープはリークとポテトのポタージュ。なかなかの美味なのですが...何と言ってもこのボリューム。二人で食べても、どうにも食べきれません。


 ♪ 私が見た雲は馬の形 あなた 何に見える?言葉にしてる間に 崩れていく それは愛に似てる♪

 

と思わず歌ってしまった空と雲。雲の影がムーアに落ちて天と地が一つになって、自分が余計ちっぽけに感じます。Danbyに向かう道の途中で。


 

Danby の村の入口にも石の道しるべ。可愛い。道を間違えてちょっと迷ってしまいましたが、ナショナルパークのインフォメーションセンターに無事到着。ここでも、この夏のヘザーはイマイチと言われてしまいます。ゴースランドが案外きれいだよと言われ、思わず娘と顔を見合わせてしまいました。遠くまでヘザーを見に来たら、一番近いところにあった、というわけです。案外そんなものかもね。ゴースランドの宿へ戻っても、まだ日が高い。それならと、思い切って海辺に行こうということになり...次へ



ヘザー?それともヒース?

ノースヨーク・ムーアズ ドライブ旅行2

ところで、バッチフラワーのレメディとなっているヘザーの学名は、Calluna Vulgaris といいます。私がレメディを学び始めた頃、和名は「夏咲きエリカ」と書かれていたのを見て、てっきりヘザーはエリカだと思いこんでいましたが、ヘザーはカルーナ属だったのです。でも書籍によってはヘザーをヒースと書いてあるものもあって紛らわしいのです。

 

小説『嵐が丘』に登場する「ヒース」は、イギリスの原風景と思われますが、まずはウィキペディアで「ヒース」を調べてみました。

 

ヒース(Heath)は、本来はイギリス北部、アイルランドなどにおける、平坦地の荒れ地のこと。また、ヒース荒地の埴生を構成するエリカ属の植物もヒースと呼ばれる。とあります。つまり荒地であり、そこに生える植物をもヒースと呼ぶということなのですね。

 

薄い表土と砂でできており、耕作や牧畜には適さず、人口密度が低い。表土に生えるヒース(heath)やヘザー(heather)と呼ばれるエリカ属の植物によって砂の飛散が抑えられている。ヒース(荒地)は概ね広大で未整備であり、かつては居住はおろか移動の障害ともなった。17世紀の調査ではムーアなどの荒地を含め、イングランドとウェールズ全体で800万エーカーの荒地が存在したが、18世紀の囲い込みによって耕地化が試みられた。今日でもイングランドには500万エーカーの荒地が残されている。

 

上記の文中には、「ヒースやヘザーと呼ばれるエリカ属」となっていますが、ヘザーはカルーナ属。では、その違いは?両方ともツツジ科、近隣種であることは間違いなさそうです。

 

エリカ属(学名:Erica)とは、ツツジ科の植物の属のひとつ。700種類以上の種があり、常緑性の木本で、低木から小高木になるものまである。樹高はほとんどが1m以下と低いが、一部には5mを越えるものがある。多く枝を出し、葉を輪生状につける。

 

カルーナ属とはツツジ科に属する植物。この属の種はギョリュウモドキCalluna vulgaris)1種のみだが、変種が多数ある。常緑低木。ヨーロッパのヒースやムーア、北アフリカに分布。酸性土壌を好み、耐寒性はあるが、高温多湿に弱い。葉はやや多肉質で三角形をしており、花は総状花序で、色は白色から深紅色、花期は6月から9月ごろ。エリカ属(いわゆるヒース)と近縁。


ムアランドにはヘザーやヒースが混在

 Heather / Ling(Calluna vulgaris)

ヘザー/リング

 

これがレメディに使われているカルーナ属のヘザーです。バッチ博士は、「美しいほっそりとした形の、小さなローズピンク色の花」と形容しています。カルーナ属は1種のみ。個体差なのか、変種なのか、白っぽい、あるいは濃いピンク、米粒のような小さなものから大きめの花まで、色も大きさも微妙な違いがあります。


 Bell Heather(Erica cinerea)

ベルヘザー

 

花はヘザーに比べて少し大きく、明るい紫で、釣鐘の形をしたベルヘザー。ヘザーという名前ですが、これはエリカ属、ということはヒースの一種ということなのでしょうか。葉はヘザーに比べると小さくて短い松の葉みたいです。付き方の違いもお判りでしょうか。葉が輪生状に葉がついているのもカルーナ属とのちがいです。


 Cross-leaved Heath (Erica tetralix)

クロス・リーブド・ヒース

 

密集している部分では分かりにくいのですが、名前のとおり、葉が十字形になっているヒースです。これもエリカ属です。ベルヘザーより、花はやや大きめ、色は薄めといった感じです。葉は灰味がかった緑です。 


 

ムーアには、このように様々なヒースやヘザーが絡み合うように生え、甘い香りに誘われて、蜂が一杯飛んでいます。そうしてノースヨークシャー産のヘザーだけでできた蜂蜜を、人間が喜んでいただくというわけです。ウイスキーに使われるピート「泥炭」は、ヘザーが枯れた後、長い年月をかけて炭化し、地層として堆積した泥のような塊のことですが、スコッチウィスキーの独特の味わいと香りは、ヘザーから生まれるというのも、いかにヘザーがこの土地と深いつながりがあるか、ということがわかります。日本では春になると、桜の開花にあわせて、天気予報で、何分咲きといったニュースが私たちの心をかきたてますが、前ページでバッチ博士に、ヘザーが咲き乱れるのをみると、息がとまりそうになるの、といった女性患者にとっても、きっと郷愁を誘う原風景なのでしょう。


ヘザーの花を訪ねて

ノースヨーク・ムーアズ ドライブ旅行

ヘザーに会いたい、ヘザーの花の咲く季節に、と思い始めたのは、ずいぶん前からです。もちろん、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』の影響は否定できませんが、ノラ・ウィークスの「心を癒す療法」の中に記されている、バッチ博士と彼の女性患者とのやり取りが、それに拍車をかけました。

 

ある日、バッチ博士は、一人でいるのを嫌い、他の人々に囲まれているときだけ幸せに感じるという女性性患者に尋ねます。「あなたはどのような木なり、野花なりが、一番好きですか?」即座に返って来た答えは、「ヘザーの花が咲き乱れているのを見ると息がとまりそうになるの。我を忘れて、ただ見つめてしまうの」日本ではヘザーの群生を見ることはできません。息がとまりそうになる風景って!?そんなことを聞いたら、誰だってヘザーが咲き乱れるのを見たくなるではありませんか。

 

娘のイギリスの友人たちは、異口同音に「ヘザーを見るならノースヨーク・ムーアズに行くべきよ!」とのことで、私たちは、夏の終り、ノースヨーク・ムーアズ国立公園へ、ヘザーに会いに行くことを決めました。https://www.northyorkmoors.org.uk/ ←ノースヨーク・ムーアズの情報はここで


 ノースヨーク・ムーアズは、ヨークの北東に広がる国立公園で、ノースヨークシャーの中央部、デイル(浅い谷)と、ゆるやかな台地に広がるムーア(荒地)が独特の景観を醸し出します。そんな場所を訪ねるには車が不可欠。そこで、レンタカーを借りようとなるのですが、娘はイギリスで免許を取ったものの、完全ペーパードライバー。ということは...この私? この私が、この年になって、外国で初めてレンタカーを運転するのですか? と言いながら、何とかなるでしょ、で、何とかなり、すぐに調子に乗ります。うっひゃー楽しい!!起伏に富む石垣が続く道、鳥や羊が平気で飛び出してきます。


ところどころで出くわす「ランドアバウト」もなんのその。A64をひたすら北へ、Old MaltonからA169に入りPickeringを過ぎる頃には、そこはもうノースヨークムーアズ。右に左に広がる海原のような赤紫に歓声を上げながら、車が来ないのをいいことに、トロトロと走ります。あちこちにSheep on Roadの標識があり、羊が車道を横切るばかりか、くつろいで寝転んだりもしています。イギリスの田舎道は、みな信じられないほど飛ばしますから、羊の事故率は結構高いようです。道々、目を背けるようなことも...。気をつけて行こうっと。


ゴースランド(Goathland)

ゴースランドという地名を、私は今回、初めて知ったのですが、このゴースランドは、イギリスのTVドラマ「ハートビート」では「エイディンスフィールド村」としてよく知られており、またゴースランド駅は、な、なんと、映画『ハリーポッターと賢者の石』の中で、ホグワーツ特急の終着駅「ホグズミード駅」のロケ地になっているのですから、ポッタリアンならずとも、ちょっと興奮してしまいました。映画に登場したブリッジの上に立っていると、図らずも蒸気機関車到着!!ホームにいた人々が一斉にカメラやスマホを構えたのは、何ともほほえましい。

ゴースランド駅、別名ホグズミード駅
ゴースランド駅に到着した蒸気機関車

ゴースランドの宿は 、口コミ高評価9.9を獲得の

Fiarhaven Country Guest house オーナーのピートとサラは、このB&Bを購入してまだ18ヵ月だというのに、素晴らしい成果を上げているようです。親切なピートと、料理が上手でムードメーカーのサラ、この日はカナダから、オランダから、そして日本からと国際色豊かな泊まり客。私の部屋はキングサイズのベッドが入った黄色いアイリスの部屋。窓の向こうには草を食む羊。地図を広げヘザーの見どころを教えてもらいます。明日はRosedale Abbeyから、Hutton-le-Hole そしてインフォメーションセンターのあるDanbyまでぐるっと回る予定。



スターオブべツレヘム

 

熟れていく春。

 

今年はスターオブベツレヘム(オオアマナ)の開花も

早いに違いないと、

小石川植物園に確認の電話をしてみました。

 

予想通り、

 

もう、かなり咲いていますよ

とのお返事。

 

今回の関東行きの目的地は伊豆高原ですが、

それを聞いては、このチャンス、

見過ごすわけにはいきません。

熱海を通り越して東京へ、目指すは小石川植物園。

 

ここのオオアマナは植栽したものではなく

自然に増えたらしいのですが、

特にここ数年、爆発的に増えているのだとか。

 

我が家の庭にも、数株のオオアマナはありますが

こんな見事な群生は見たことがない。

別格です。

 

だって、至るところ、ずうっと、スターオブベツレヘムなんです。

特に、メタセコイヤの林の辺りは木漏れ日の下で

埋めつくすように咲く、ベツレヘムの星々・・・

それは、まるで宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる

まっしろな河原。

一輪一輪、花の中で小さな火が燃えている。

 

なぜか、ジョバンニになった気分で、

うれしいのか、悲しいのか、幸福なのか、さびしいのか

分からなくなりました。 

スターオブベツレヘム(オオアマナ)の群生

我が家のスターオブべレヘムはまだこれから。

やっと蕾が顔を出したところです。じっくり楽しみます。


アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第5章

第1章 第2章   第3章 第4章

 

小学生の頃、年の離れた姉から、何をだったかよく覚えていないのですけれど、好きなのを選べと言われて、どう答えたらいいのか困ったことを覚えています。それは、どう答えたとしても、馬鹿にされたり、否定されたりすることが分かっていたからです。姉から見れば、軽いいたずら、単なるからかいだったかもしれませんが、子どもの世界はかなり残酷です。私は家の中で委縮していた分、その反動で学校では自己主張の強い、アンバランスな子どもだったと我が身を振り返ります。後になってみれば、これも私が持つ課題のひとつだったのですけれど。

 

第5章は、そのように周辺からの影響を受けて判断が曇る人にとって、本当に大切なこと、守らねばならないことを、やや強い調子で語りかけます。

 

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第5章  

「真の個性の欠如(つまり、人格への干渉を許し、その干渉によって「ハイヤーセルフ」の命令に従うのが妨げられる状態)は、病気を作り出すのにとても重要な役割を果たしますが、しばしば幼児期から始まります。ですから今度は、親と子、学校教師と生徒との間の正しい関係を見てみましょう。」

 

興味深い書き出しで始まる第5章は、おそらくバッチ博士自身の実感を伴っているのではないか、とさえ思わせる具体的な内容を持っています。私自身もそうでしたが、幼児期から幼い人格は周りからの干渉を受ける、というわけです。バッチ自身も自分の幼少期を振り返ったら、そうだったのかもしれません。

 

親は子どもを物理的に地上に誕生させる仲立ちであり、ある時期までその若い人格の養育を担う役割を持ち、その魂が、自分で自分の若い人格の面倒をみられるようになるまで、優しい愛と保護と導きを与えること、というのはそうありたいと思いますが、決して見返りを求めず、ただただ与え、邪魔をしてはならない、と言われて、確かにそうだとわかっても、ついつい親のエゴが顔を出し果たしてどこまでできるかは疑問です。

 

私は第5章を読むと、いつも思い浮かぶ詩があります。

カリール・ジブランの『預言者』の中の一節、「こどもについて」

 

あなたの子は、あなたの子ではありません。

彼らは生命が、自らを待ち焦がれて生み出した息子、娘たちなのです。

あなたを通って生まれてきたけれど

あなたが生み出したのではありません。

あなたと共にいますが、あなたのものではありません。

 

子どもに愛を与えることがあっても、あなたの考えをおしつけてはなりません。

子どもには子どもの考えがあるからです。

あなたは子どもの肉体を宿すかもしれませんが

子どもの魂を宿すわけではありません。

子どもの魂が宿っているのは明日の家、

あなたが夢の中でも訪れることのできない場所だからです。

あなたが子どものようになろうと努力することもあるでしょうが

子どもをあなたの思うようにしてはなりません。

なぜなら、生命は遡ることも、留まることもないからです。

 

あなたは弓であり、あなたの子どもは、そこから放たれる命ある矢。

射手は無窮の道の彼方にある的を見ながら

あなたを力強く引きしぼるのです。

その矢が速く遠く飛んでいくために。

あの射手に引きしぼられることを喜びとしなさい。

なぜなら射手は、飛んでいく矢を愛しているだけではなく

留まっている弓をも愛しているのですから。

 

親の立場に立つと、いつも試される気がします。子どもの成長の過程で、様々に夢を描くからです。子どもが矢だとしたら、ともすると親は自分が射手になってしまい、自分という弓を自分自身で引きしぼろうとするのです。どの方向に向けて矢を放とうとするのか。例えば、自分が他者に干渉をされて育ったら、それが正しいかどうかではなく、あえてそうではない方向へ向けて、矢を放とうとするかもしれませんし、これくらい飛んで当たり前とか、これくらいは飛んでほしいと望むかもしれません。

 

「私たちは強欲の奴隷になりさがって、他人を自分の持ち物のように動かしたいという願望に駆り立てられることを拒否しなければなりません。私たちは与える技術を自分の中で奨励し、それを発達させ、その犠牲で、それに反する行動が跡形もなく洗い流されるところまで行かなければなりません。」

 

これは親だけでなく。学校の教師に対しても言えることだと、バッチは述べています。そして子どもの側から言うと、親の使命は神聖なものであっても、子どもの発達を制限したり、子どもが進もうとする道~魂の命じる~生活や仕事を邪魔する存在ではないこと、義務として押し付けるような存在ではない、ということをしっかりと意識する必要があるというのです。ほとんどあらゆる家庭で、完全に誤った動機と、親子関係の間違った認識から、両親と子どもたちは自分で自分の牢獄をつくっています

 

これは本当に恐ろしいことです。自分の考えだと思っていたら親の考えだったり、自分の感情だと思っていたら、実は親の感情だった、なんてことは、よくあることです。私は誰の人生を生きているのでしょうか、という問いにぶつかって、はじめて自分を閉じこめていたのは自分だったということに気づく人も少なくありません。

 

下の図は、彼の人生をバイオグラフィーワークの七年周期の考え方に沿って描いたものです。19世紀の終わり、産業革命発祥の地であったバーミンガム近郊、鋳物工場を営むウェールズ人の家庭の長男として誕生したバッチは、自然を愛し、感受性の強い子どもで、幼いころから、癒し手になりたいという願望があったようです。医療者への道は、魂の命令として彼の心をとらえ続けていました。けれど、実際はどうだったでしょうか。この時代、おそらく、家業を継ぐことは当然の成り行きだったかもしれません。16歳で学校を卒業したのち、しばらく親の工場で働いています。大学へ行く資金を出して欲しいと父親に言えなかった、という記述が残されています。それから4年後、やっとバッチは父親に医者になりたい夢を伝えます。そしてめでたく医療の道へ進みますが、彼がまっすぐに自分の夢に進むことができなかったことだけは確かなようです。けれど工場労働者とともに過ごした期間は、のちにバッチが医師になった際、彼らの経済的、身体的不安、自然と切り離されることによる苦しみなど、他者理解につながる意味深い経験となったのは言うまでもありません。人生の経験に、無駄というものは何もないということなのかもしれませんね。


2018年春の植物観察会

春が来た!!とばかり、いよいよ今年も春の植物観察会が始まりました。前日から、ひとり大騒ぎしていた割には、出かける直前に仕事が入り、またしても遅刻。集合場所に到着したのは、1時間もあとになってしまいました。

 

年末で期限切れになっていた年間パスポートを新しく購入し直し、追いつきたい気持ちは山々ながらも、植物たちに挨拶抜きには前に進めません。エルムに始まり、クレマチス、オーク、バイン、ハニーサックルといつもの順に回るうち、どんどん時間は経って・・・合流する頃には、すでにおにぎりタイムとなっておりました。

薄曇りのパッとしない空ではありましたが、覚悟していたほどは寒くはなく、穏やかな春の一日。肝心の植物たちは、といえば、気温が低かった2月の影響からでしょうか、冬芽はまだまだ固く、オーク、ビーチ、ラーチ、トチノキも眠りの中。仄かに赤みを帯びた東海の森ですが、芽吹きには、もう少し時間がかかりそうです。

 

それでもマンサクやロウバイ、トサミズキやフクジュソウが花盛り・・・早春の黄色い花々の中で、ひときわ鮮やかなボケの赤。そして、待望のチェリープラムは蕾が膨らみ始めています。あと1週間もすれば!?

 

BFRP東海の植物観察会をリードする、隊長こと真由美さんは、観察会の前には必ず植物園を訪れて、植物たちの事前チェックに余念がありません。つまり4回くれば元が取れるという年間パスポートの活用具合は、私の比ではないということです。だからこそ、こんな素敵なシャッターチャンスにも出会えるのでしょう。

 

ホーンビームのそばの池周辺で「空飛ぶ宝石」カワセミを捉えた動画と画像。東山植物園にもいたんですね。ヒスイ色の美しい鳥。私もぜひお会いしたいわ。それにしても、こんな絵が撮れるって、なんて素敵なご褒美。


ヒュウガミズキ
フクジュソウ

例年、うっとりさせてくれるピンクネコヤナギは、早々と花を咲かせていました。通る人が皆、可愛い~と歓声を上げていきます。日当たりのよいところから、花が咲いて、ちょっと触れるだけで、花粉がフワッ・・・クシュン!

こちらの画像はななこさんから。レンズを通してみると、また別世界のように美しい。真由美さんといい、ななこさんといい、私もほしいな~上級カメラ。でも画像をもらえるだけで、もう十分うれしい。ありがとう。



 

BFRP東海主催、次回の植物観察会は4月4日(水)です。

ぜひご一緒しましょう。スケッチブックとおにぎりをもって。

詳細はBFRP東海のウェブサイト

お問合せはbach38tokai@yahoo.co.jp 

(「植物観察会隊長」嶋崎)まで

 

 


アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第4章

第1章 第2章   第3章  第5章

 

第4章は、いきなり「ですから病気に関しては」と、始まります。つまり前章を受けた内容であるということが分かります。第4章は、この本の中で最も長い第7章に次いで長い章ですが、主として述べられているのは、第3章で出てきた七つの欠点に対する克服の仕方です。症状や病気の根本原因に欠点があると考えたバッチ博士は、その欠点をどうすれば美徳に変えていけるのかを教えてくれるわけですが、いかんせん、なんとも難しい...(-_-;)

 

今回の読書会は、会場の利用期限が迫っていて、日にち優先で予約したため、珍しく参加者が少なかったのですが、それだけに滅茶苦茶、濃厚。私はいつも以上に楽しみました。

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第4章 

 バッチ博士は、病気は偶然に起こるものではなく、「原因と結果の法則」に則っているとしています。つまり、病気になった場合、その人自身に原因があり、その原因とは、もちろん外的要因(事故や障害、毒物など物理的、直接的に引き起こされる)が関わっている場合もありますが、ほとんどは誰のなかにも存在している欠点が引き起こす葛藤~本来の自分(魂)と低次の人格と間で起こった葛藤が病気に繋がっていく、としています。だから病気になった時の治療のポイントは2つ、1つ目は治療のために出来るだけ最善の物理的手段を講じること、そして2つ目が、バッチ博士が最も力説するところの、能力の限りを尽くして、自己成長~自分の欠点をなくす努力をしなければならないということです。

 

「私たちは自分の中にある、どんな欠点でも探し出し、それとは反対の美徳を発達させることによって、その欠点を洗い流すことができるでしょう。そうすれば自分の性質から、病気の重要な基礎原因となっている「魂」と人格の葛藤の原因が除去されます」

 

では、自分が探し出した欠点の、反対の美徳って、具体的にはどんなものなんでしょう?

 

こういう質問が、これまでの読書会でも度々出てきました。

具体的に、バッチ博士は、傲慢さ、残酷さ、憎しみ、自己愛、無知、不安定な心、強欲、各々の欠点に対応する美徳を挙げていますが、いざ、それを実行するとなると、決して簡単ではないことはすぐにわかります。なぜなら、既にそこで葛藤が起こってしまうからです。

 

たとえば、「不安定さ」に対応する美徳は、自己決定力を発達させること。ふらついたり、うろついたりせず、決心して断固として物事にあたることを通して、不安定さを根絶やしにできる、というのですが、そういわれて、即座に実行でいる人がどれくらいいるでしょう。

 

それができたら、誰も苦労しないわ、という声が聞こえてきそうです。

 

でもバッチ博士は、是非とも「そうしましょう」と言います。たとえ間違いを犯しても、それでも行動しましょう。決断力はすぐに成長して、人生に飛び込んでいく恐怖は消えるでしょう。私たちの心は経験を積むことで、よりよい判断をくださるようになってゆくでしょう。

 

というように、各欠点ごとに、具体的だけれど難しい美徳を育てる治療方法を述べてくれてはいますが、実行は無理だろうと言いたくなる気持ちをぐっと抑えて、少し視野を広げて第4章全体を眺めてみると、なかなか面白いことに気付きます。

 

つまり欠点に対して具体的な行為で対処できるよう書いてはいますが、その行為の根本にあるのは、バッチ博士の宇宙観や人間観なのです。行為に働きかけるのではなく、実際にはそれらの源にある「認識」に働きかけようとしているのです。

 

私たちがより一層学んで理解しなければならないのは、あらゆる人間は、どんなに卑しくても「創造主」の子であり......

 

正しいか間違っているか、よいか悪いかは、純粋に相対的なものです。自然の進化の中では正しいことが、我々の文明のより啓蒙された人にとってはまちがいでしょう......

 

私たちが誤りとか悪とか呼んでいるものは、真実を言えば、場違いなところに置かれた善であり、それゆえ純粋に相対的なものです。さらに私たちの理想追及の基準もまた相対的であることを覚えておきましょう。

 

相対的であるというのは、どんなに客観性を持ってきたとしても、固定できないことになります。好きとか嫌いとか、これは善いこと、悪いこと、と決める基準はどこにあるのでしょう。実際、地域や文化、時代によって、それは流動的です。自分の善きことへ向かう行為の源泉にあるのが「偽りの義務感」でないことを、意識する必要がある、唯一耳を傾けるべきは、魂の命令、良心、すなわち神的叡智に自分を照らしていくことを求めているわけです。

 

これは、いみじくも第5章のテーマへと続いていきます。


インパチエンス

2月のバッチフラワーレメディ

バッチセンターのインパチエンス

バッチセンターのインパチエンス

インパチエンス

カテゴリー 淋しさ

英名 Impatiens 
学名 Impatiensu Royleii
和名 ツリフネソウ
キーワード  苛立ち、せっかち、焦燥感

 

なんでも即座に考え、行動を起こし、すべてのことを躊躇したり遅滞することなく済ませたいと考えているタイプです。病気の時には、すぐに回復しないかと案じます。行動ののろい人に我慢ができず、遅いことが悪いことであり、時間の無駄だと考え、その人たちをなんとか急がせようと努力します。また自分のペースで物事を運ぶことができるので、独りで働いたり、考えたりする方を好みます。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


ウェールズ アスク川、クリックハウエル橋たもとに咲くインパチエンス 

 

2018年2月の「レメディ研究部」のテーマはインパチエンス。バッチ博士が一番最初にレメディとして見つけた植物です。日本では、ホンセンカ(I.balsamina)として馴染みがあり、子どもの頃、近所の植込みの、ホウセンカの鞘に触って、種がはじけ飛ぶのを見て遊んだ記憶が私にもあります。この花の属名Impatiens は、ラテン語の「我慢できない」、「耐えられない」の意で、これはまさに種がはじけるジェスチャーに由来します。バッチ博士が『なんじ自身を癒せ』を出版する約2年前、強い衝動に駆られて訪れたウェールズ、アガバベニーからクリックハウエルにかけて流れるアスク川の畔で、バッチを迎えたのはインパチエンスの群落でした。冒頭の画像は、バッチが歩いたであろう、アスク川の川沿いの道に今も咲くインパチエンス。その時、バッチはどんな思いでこの花を見たのでしょう。 

 

何がバッチを急にウェールズに旅立たせたか?という疑問が浮かびますが、その理由は明かされていません。けれどこの花に関してはこんなことが書かれています。

 

他の人々が博士ほど鋭敏でなく、博士の思考の道筋をたどるのが遅くて、博士が短気になりがちな時期があった。これが起こると、博士は直ちに身体上の反応が起き、赤くてひどくヒリヒリする吹き出物が突然現れたものだった。すると博士はよくこう言った。「ほら、僕が君にいらいらすると、君よりも僕の方に余計害が出るんだよ!」インパチエンスを一度服用すると、博士のユーモアが戻り、しばらくすると吹き出物が消えるのだった」『フラワー・レメディ-・ハンドブック』P.M.チャンセラー(中央アート出版)

 

バッチは原因不明の湿疹に悩まされていたと聞きますが、その性格は、短気、せっかち、自分の思うペースで事が進まないと苛立つといった傾向を強く持っていたようです。上記の言葉からは、そういった自身の傾向と身体症状(湿疹)とを結びつけていることが分かります。けれど真の癒しを求めていく道すがら、バッチは自分と同じような傾向を持っているにも関わらず、全く異なる症状を訴える患者がいることにも気づいたのでしょう。そこでこう述べています。

 

患者の病ではなく、パーソナリティーを治療するというのが、新しい薬学体系の原則でした。『心を癒す花の療法』ノラ・ウィークス

 

バッチ博士がそれまでにはなかった、新しい次元から、病いを捉えようとしたことは明らかです。そして「パーソナリティを治療する」ための最初の植物として、奇しくもこのインパチエンスが選ばれたのは、バッチの性格的傾向~つまり欠点がレメディ発見の第一歩へと導いたということになります。本人を苦しめるネガティブな傾向が、ひっくり返せば恩恵をもたらすこともある、ということは、とりもなおさず、バッチが「病気は残酷だけれど恩恵」と捉えたことに通じるのかもしれません。

インパチエンスの群落 イギリス、デボン州

こちらはイギリス・デボン州、小川の周辺に広がっていたインパチエンスの群落。見上げるほど背が高く、2メートルは越えています。背景にある小屋の屋根まで届きそう。一年草なのに、あっという間にここまで伸びる成長の早さ!すべてに急ぐインパチエンスタイプは、その指標に表されている通り、何よりスピードが優先するのです。  

インパチエンス イギリスバッチセンターで
インパチエンス イギリスバッチセンターの内庭で

2006年の秋のはじめ、私が初めてバッチセンターを訪れた時に咲いていたインパチエンス。レメディには、淡い藤色のインパチエンスのみが使われています。まっすぐ直線的に伸びた茎が、あるところまで成長すると、上に向かう力が堰き止められて、今度は曲線的な、たゆたう釣舟のように浮かぶ花が現れます。茎に見る意志的な方向性と、花姿に見る受動的なジェスチャー、直線と曲線、男性性と女性性の融合。イライラするたび、湿疹に悩まされたバッチ博士は、この花からのメセージを観察と直観から受け取ったのでしょうか。

 

宮崎県秋元神社で見つけたツリフネソウ
宮崎県秋元神社で見つけたツリフネソウ

この2つの画像は宮崎県高千穂の秋元神社の裏手の木立の中でひっそりと咲いていたもの。日本でツリフネソウを見たのは初めてでしたから、かなり興奮しました。イギリスで見たインパチエンスの直立した強さとは桁違いの可憐で繊細な山野草という雰囲気です。花も小ぶりで、茎もせいぜい30㎝くらいでした。 

時間の流れ方は人によって異なります。まるで時計の秒針のように目まぐるしく動く人もいれば、短針のようにゆっくりと時が推移する人もいます。そういう人たちが一緒に何かをすることになったら、歩調が合わないのは当然です。スピーディなインパチエンスタイプの人は、あっという間に先へ進んで行ってしまうでしょう。ふと気づいて周りを見回せば、自分は一人。うんと後から楽しそうにのんびりやってくる人たちを見て、イラっとすると同時に、ちょっと淋しい、と感じるかもしれません。

 

インパチエンスは「淋しさ」のカテゴリーに分類されていますが、初めてバッチを学んだ時、なぜ、てきぱきと仕事の早い有能な人が孤独のカテゴリーに入れられているのか、しっくり来ませんでした。職場でも学校でも、仕事の遅い人よりも、早い人のほうが評価されますし、みんな追いつけ、追い越せと急ぐなら、置いてきぼりになっているのろまな人より、仲間も多い気がします。現代的、物質的な価値で言えば、同じ時間内にたくさんの仕事や成果が効率よく出せたなら、そんないいことはないと、どこかで思っている私もいます。

 

でも、仲間と力を合わせて何かを成し遂げた時の充足感や、そのプロセスがもたらす、えも言われぬ美しさは、一人でちゃっちゃと決めて動いて結果を出した時とは、決定的に何かが違います。それは定量化できない豊かさと言い換えることができるかもしれません。他者と歩調…いえ、それ以上に、呼吸が合わないということは、共感や共有できることの絶対値が少ないのは当然の成り行きですから。息を合わせることの難しさは誰もが経験的に知っています。だからこそ、息がぴったり合った時の高揚感は、「生きる喜び」と言っても過言ではないでしょう。

 

バッチは自分自身を含む、インパチエンスの感情のありようを、「淋しさ」に分類しました。バッチは一人この道を歩くことは、魂の仕事と分かっていても淋しかったでしょうか?その問いを突き詰めていくと、孤独というものの意味を考えずにはおれません。淋しいという感情はどこまでいっても主観的ですが、それがいったいどういうものなのか、どこから来ているのか、などと考え始めると、今度は思考の領域に入っていきます。思考は感情と違って客観的な世界です。

 

孤独であることは、人間の内的成長にとって、とても重要であり、主観と客観を行ったり来たりしながら、私たちは視野を広め、柔軟性を育てます。そこへ至るために、孤独の経験は必要欠くべからずものです。でも、インパチエンスの在りようが、単に人と人が有機的につながらなくなってしまう孤立だったとしたら...現代が孕む個人の危機を、バッチは既に予感していたような気がします。バッチって凄い!!

 

 

2月のバッチフラワー インパチエンス

1月のバッチフラワー スィートチェストナット

12月のバッチフラワー マスタード

11月のバッチフラワー ワイルドローズ

10月のバッチフラワー ハニーサックル


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)


アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第3章

第1章 第2章   第3章 第4章 第5章 

 

本の前書きにも記されていますが、この本が出版されたのは1930年。それはバッチ博士がそれまでに築き上げた「名声と業績をすべて捨て、本格的にバッチフラワーレメディ探索の旅に乗り出した初期の時代」です。

 

当初バッチ博士は、感情のバランスの崩れと身体症状とを直接関係づけていました。第3章の冒頭で、「人間には一つの重大な苦悩しかない、それは身体の不調あるいは病気」だと述べていますが、それほど、バッチにとって、病気は最重要課題だったのです。その理由は医者だったことはもちろんでしょうけれど、バッチ自身が病の経験を持っていたことと関係があるかもしれません。

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第3章 

  バッチ博士がとても健康に恵まれていて、身体に無自覚でいられるほど頑強だったら、絶対にバッチフラワーというものは生まれてこなかったはずです。

 

今の世の中、自分の感情に蓋をして、見て見ぬふりをすることなど、ごく当たり前ですから、病気とストレスとの関係は、すでに広く認められていることです。だから「身体は正直」なんて言葉は、今更なにを、という感じですが、身体の不調が窓口になって、よからぬ生活習慣や、心に溜まった澱のような感情に気づかされることは、珍しいことではありません。人からも自分からも、見えない心はごまかせても、物質的な身体は痛みや不調となって現れるからごまかせないというわけです。

 

だから、身体に出るまで不調に気付かないでいてもいい、それまで待つ、必要は全くないのです。『なんじ自身を癒せ』の後に出版された『12ヒーラーズとその他のレメディ』には、「心の状態こそが身体よりも明確に病気の兆候とその進行を物語る」と述べられています。つまり、正直な身体の影には、不正直な心や思いが隠されていて、バッチの言葉を借りるまでもなく、身体に現れてくる前に、自分で自分の心を観る練習を積んでいけば、病気は予防できる、ということになります。そしてたとえ病気を得たとしても、自分と正直に向き合い、バッチが言うところの「欠点」を洗い流していけば、やがて痛みは軽減され、病は快癒に向かうということになるのですが...

 

でも悲しいかな、そうはいかないのが人間です。

 

第3章では、バッチ博士は病気の根源にある欠点が、まさしく病気と呼ぶものだと定義づけていますが、バッチフラワーのシステムが完成するまでの道のりの途中、バッチ博士がここを通ったということが、私にはとても興味深く思えるのです。

 

それはきっと、バッチ自身が、自分の欠点と向き合っていたに違いない。

と確信するからです。

 

幼い頃から繊細で病弱だった少年バッチは、大人になってからも、時々、自然の中に逃げ出さないではおれないくらい、感応しやすい傾向を持っていたようです。30代前半には死線を彷徨う大病にも罹っていますし、50歳で亡くなったのも、彼が決して健康的なタイプではなかったことを物語っています。となると、バッチフラワーのシステムを完成に導いたのは、まぎれもなく彼の病弱さであり、彼は彼自身の身体の不調の観察を通して、自分の欠点と向き合い、結びつけていったことにあるのではないか、と思うのです。

魂と身体の不調和の結果として、病気という症状があるのだから、結果だけに対処するのではなく、その根本になっている不調和からくる誤った行動を見なくてはならないと記していますが、読んでいてガツンとくるのは、行動、つまり行為と言っているところです。

 

バッチ博士は、この著書のあちこちで、魂の声に耳を傾けるとか、魂の目的を生きる、というようなことを述べていますが、どんなに崇高な思いや、心に愛があっても、具体的な行為として、それを実行してなければ、調和がとれていないということなのです。

 

バッチが言うように、傲慢さ、残酷さ、憎しみ、自己愛、無知、不安定な心、強欲、こういった欠点が、人間の本当の病気だったとしたら、悲しいけど、病気って、絶対、なくならないよな、とも思います。なぜなら、それが人間というものし、だからこそ、その人らしいというか、魅力的だともいえるのですから。

 

そして、バッチはこう続けます。

 

「私たちのなかで、心や体を病んでいる人は、まさにその病気によって、そういう理想的な状態に向かって導かれつつあるのです・・・苦しみは、私たちが誤った道を進んでいるときにそれを指摘し、輝かしい完成への進化を早めてくれるという点で、それ自体が恵みだからです。」

 

もし私が今、重い病を患っていたら、これって人から言われたくない。言われたら、絶対、素直に聞けない。あなたはいいわよ、健康なんだもの。高みからきれいごとが言える、って思ってしまう。そう、だから、これは病んでいる人が自分で自分に言うセリフのはずです。バッチ流にいえば、バッチさんが、自分の魂は、居心地の良い身体という器の中に安らいでいて、それでこんなセリフを吐いたとしたなら、それこそ傲慢の極みでしょう、って思うわけです。

 

バッチの植物探究の旅を辿っていくと、バッチにはきっと心だけではなく、身体にも、痛みや痒み、焦燥感や苦痛があったのだろうと思います。でなければバッチの言葉が、これほど心の奥深くまで響くはずがないですから。

 

「傲慢」は心の思い上がりと硬直で、体がこわばって硬直するような病気への引き金になる。そして痛みは「残酷さ」の結果。「強欲」で他人に対する支配欲の強い人は、病気によって欲望や野心にくつわがはめられ、奴隷のように自分の身体に仕えねばならない病気になる、などなど。こういうことを、実際その病の渦中にある人、あるいは家族が聞いたら、さぞや腹が立つことでしょう。そしてそれはすべて因果の法則・・・カルマによるものだとしています。

 

カルマの法則は、物質レベルのようには、原因と結果が分かりやすくは結びついてはいませんが、バッチ博士のカルマとは何だったでしょう。20世紀初頭に生きたこと、産業革命の中心地であったイギリス・バーミンガム郊外に生まれたこと、第1子であったこと、男性であったこと、繊細で優しく、そして身体が弱かったこと、とても頭がよく、そのため人と歩調を合わせるのが難しかったこと、などなど現実として現れているものの向こうに、才能と障害として認めることができます。

 

第3章の最後はこう結ばれています。

 

しかしそうはいっても、がっかりすることはありません。病気の予防と治癒は、私たち自身の内部の誤りを見つけ出せば、そしてそれを破壊する美徳を熱心に発達させてその欠点を根絶やしにすれば、可能なのです。それは誤りと戦うことによってではなく、私たちの誤りを洗い流してくれるような、誤りと反対の美徳を洪水のように流し込むことで可能になります。

 

でたー!!!という感じです。

アロパシーでも、ホメオパシーでもなく、これこそがバッチフラワーの真髄。

 

ポジティブですべてを満たす・・・だから結局、バッチはそれまでの医療を背後におき、自然界の美しい植物からレメディを作る旅に出なければならなかったのでしょう。

 

言葉足らずでごめんなさい。

もっと的確な言葉が出てこなくてもどかしい。 


スィートチェストナット

1月のバッチフラワーレメディ

栗の花の蕾

スィートチェストナット

カテゴリー 失意と絶望

英名 Sweet Chestnut 
学名 Castanea Vulgris,Castanea Sativa
和名 西洋グリ
キーワード  絶望、魂の暗闇

 

苦痛が余りに大きく、耐え難いと感じられるときのためのものです。心や体が忍耐の究極の限界を越えると感じて、もう屈服するしかないと思われる時に使います。眼前に崩壊や破滅以外の何ものもないように見える時のためのレメディです。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


スィートチェストナット デボン州にて

 

2018年1月の「レメディ研究部」のテーマはスィートチェストナット。♬大きな栗の木の下で~🎵と、幼い頃に歌ったあの栗がスィートチェストナットです。もっとも西洋グリですから、私たちが目にする栗とはちょっと違うかもしれませんが、私はバッチフラワーを学び始めた時、スィートチェストナットのどこが、「失意と絶望」の極みを表しているのかが、疑問でした。ところが2013年の夏、デボン州コッキントン村を訪ねた時のことです。まるでここは天国か、と思うほどに美しい風景の中を歩いていると、突然、傾いた大きな木が、薄暗い木漏れ日の中に現れました。幹は身悶えするようにねじれ、広げた枝は重力に耐えかねて大地に引きずられているみたい。ううう。なんて苦しそうな木なんだろう・・・近づいて葉っぱを手に取ると、あっ、これは? そうです!!それがスィートチェストナットでした。樹形やジェスチャー、すべてから深い苦悩が漂っているかのようで、思わず私は言葉を失いました。

こちらはイギリスの冬、キューガーデンのスィートチェストナット。見事な巨樹です。落葉樹は冬になると、骨格がはっきり見えて、それも樹木観察の楽しいところです。それにしても、この木、見れば見るほど、ちょっと怖い。夜、この木に出会ったらお化け?!とギョッとするかもしれません。まるで生きているかのようにうごめく幹と折れ曲る枝。ハリーポッターに出てきそう。ところが、興味深いのはその花です。とてもエネルギッシュに、吹き上げるように咲きます。そしてその匂いったら!遠くからでも、あ、クリの花が咲いている、と分かるほど。超々強烈!!

  

12月のレメディで取り上げたマスタードは、はっきりとした理由もないのに、突然暗闇に閉ざされてしまった気分のときに使いますが、カテゴリーを見ると「現実への無関心」に分類されています。つまり鬱々として、今を生きることができない状態ということになります。そして、魂の暗闇を示すスィートチェストナットが分類されているカテゴリーは「失意と絶望」です。そのカテゴリーが表している違いはなんでしょう?

 

ある方が、スィートチェストナットの状態になっていた時、ワイルドローズの指標(無気力・放棄、カテゴリーはマスタードと同じ「現実への無関心」)の説明を聞いて、「私、ワイルドローズになりたいわ、諦められたらどんなにか楽かしら」と言いました。確かに、スィートチェストナットの状態は、四面楚歌、もがいても、もがいても救いがなく、どうしようもない状態を指しますから、ワイルドローズのように、現実を諦めて放棄し、向き合おうとしないでいられたら、確かに楽かもしれません。では、どっちの精神状態が重症なのか、と考えてみると、私にはワイルドローズのように思えるのです。

 

苦悩の具合は人によって異なりますから、スィートチェストナットは、めったに使わないレメディというわけではありません。自分なりに頑張った挙句、それでも、もう駄目だ、と思うことは誰でもありますし、逆説的ですが、失意や絶望というのは、結局、諦められない、ということからくるのでしょう。そしてそのこと自体に救いがあるようにも思えるのです。何故なら、失望は、期待や希望の裏返しですし、絶望は、諦めきれないところから起こってくるからです。つまり、人生に対して希望や愛を持っているということにほかなりません。

 

人生を愛するということは、人生を信頼することと同じです。どんなに人生に裏切られたと感じることがあっても、諦めないということは、希望があり、それは未だ、プロセスの途上だということになります。人生に起こる様々な出来事の結果は、うんと後にならないと分からないものです。人生にはどんでん返しなど、当たり前に起こりますし、手ひどい仕打ちを受けて、スィートチェストナットになったとしても、自分を、そして自分の人生の波を信頼していく力を失わなければ、必ずその出来事、そこでの経験は、よき働きへとつながっていきます。もがくだけもがいたら、どうか自分を、「よく頑張ったね」と褒めてやってほしいものです。溺れそうなとき、おそるおそるでもいいから、手足を伸ばしてみてほしい。そうすれば、心に静けさが甦り、自分が今生きている、ということが分かります。そして困難や苦悩の向こう側に、それまで隠されていた成長の果実があることに気付かされ、それを越えたからこそ、手にすることができるという人生の妙味を、スィートチェストナットは教えてくれている、といつも思うのです。

ウェールズのワイルドローズ

 2月のバッチフラワー インパチエンス

 1月のバッチフラワー    スィートチェストナット

12月のバッチフラワー マスタード

11月のバッチフラワー ワイルドローズ

10月のバッチフラワー ハニーサックル


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)


マスタード

12月のバッチフラワー

蝶々♪ 蝶々♪ ツマキチョウ(♂)がやってきた!

マスタード

カテゴリー 現実への無関心

英名 Mustard 
学名 Sinapis Arvensis 
和名 ノハラガラシ
キーワード  理由のない、深い憂鬱感

 

憂うつな気分や、時には絶望的な気分さえが、まるで冷たい暗い雲のように覆い被さり、人生の光や喜びを隠してしまうように感じる人のためのものです。何故、ふさぎ込むのかその理由が分からず、説明することができないこともあります。このような状況下では、幸せそうに振舞ったり、楽しそうにすることはほとんど不可能です。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


今月のレメディ研究部のテーマはマスタード。太平洋側ではあまり実感がないものの、昼が短く、闇が最も深くなる冬至の頃に、光輝くマスタード(からし菜)を取り上げるのは、なかなか興味深いことです。日本では春、菜の花畑が話題になることはあっても、マスタードはあまり聞きません。でもイギリスではこんな風景に出会えます(この画像はドーセット州)。私が野原に広がるマスタードを初めて見たのは、ヨークシャーでした。ロンドン・キングスクロス駅から北へ向かう列車に乗り、1時間もしないうちに車窓を流れていく、まるで金色のパッチワーク!! 青空の下、陽の光を集めてまばゆく輝いていたマスタードとの出会いでした。その年のヨークの夏は遅く、6月半ばというのに、寒さに我慢できず、厚手のカーディガンを買ったことを覚えています。

 

この画像は、娘が通っていたボーディングスクール(ヨーク)の敷地内に広がっていたマスタード。当時、日本人の留学生はほとんどいない北の地に、12歳で渡った彼女はブリストルの大学へ行くまでの6年間をここで過ごしています。小学校卒業と同時に親元を離れ、見たこともない国の、おぼつかない英語での生活には、驚きや喜びとともに、どれほどの苦労があったことか。いくら守られた環境とはいえ、そこで積み重ねられた彼女の「時」を思うと、誇らしくもちょっと胸が痛みます。マスタードが咲く季節、彼女はどんな思いでその風景を眺めたかしら。案外、覚えていないかも。(笑)

 

緯度の高いイギリスの冬は、極端に日照時間が少なくなります。だからでしょうか。イギリスの季節性鬱はよく知られています。世界中どこに住んでも、お天気に気分が左右されるのは同じでしょうけれど、クリスマスの頃ともなれば、朝9時頃にやっと白々とし、3時にはとっぷり日が暮れてしまう。しかも一日中どんよりして、雨もしとしと。イギリス人がいかに太陽を求め、天気に神経質なのかが窺えようというものです。(冬はマスタードが必要かも?)バッチ国際教育プログラムの中でも、雨が降ってがっかりとか、お天気に失望、なんて練習問題が盛んに出てくるので、これ作ったの、イギリス人だよね。と笑い話にさえなっているくらいです。

  

人間の成長にとって、闇の経験を避けることはできません。それは私たちが生きている間、眠りと目覚めが必要なのと似ています。マスタードは「理由の分からない憂鬱感」に陥った時に使うレメディですが、理由が分からなくても使えるところが優れものです。何故そうなのかよくわからないけど、なんだか不安(アスペン)、なんだか憂鬱(マスタード)というようなことは、誰にでもあることだからです。

 

とはいっても、きっと本当に原因がないわけではないでしょう。ただ目の前にひどい怪我をしている人がいたら、なぜこんなことになったのか、誰がどうしたのか、怪我の詳細を細々と聞いたり調べたりする前に、まずは傷の手当てをすることが先決です。それは応急手当。ムードに合わせてレメディを飲むのと、ちょっと似ています。でも応急手当だけで終わらないところがバッチフラワーレメディのより優れたところなのです。

 

私には、マスタードを飲んで、ふと、闇の中に光を見いだしたような経験があります。それは遠隔介護に疲れ果てていた時のことでした。疲れすぎていて、現実に対応できないオリーブだったかもしれませんが、疲労困憊というのとも微妙に違います。具体的な原因が見当たらないのに、どうしようもなく気分が落ち込んで手も足も出ないという、まさにマスタードの気分でした。

 

母が逝き、一人残った父は90歳を越えていました。自宅と実家との距離は高速を飛ばして車で2時間半。時として父の体調その他もろもろ、予測もつかないイベントが起こっては駆けつける、ということもしばしばありました。父は老いてはいましたが、いつも身綺麗にして自立した人でしたから、介護が苦痛だったり、大変だったわけではありません。それでも私は知らず知らずのうちに、かなり無理をしていたようです。

 

マスタードを飲んでいるうちに、ふと、「まぁいいや、無理しないでおこう」という言葉が口をついて出ました。それから、あらっ、私って無理してたんだ、と気づきました。そして一筋の光が射すように、私の中に小さな疑問が生まれ、まるで芋づるのように次々と疑問がわいてきたのです。なぜ私は無理をするのかな? 無理しているのはいい子でいたいから? いい子ってどんな子? 誰が私に期待してる? なぜ認められることに価値を持ってしまうのだろう?と。そしてさらに、「無意識にそう思っていたけれど、それが私の癖ならば、それを知っていよう。知っているのと、知らないのとは違う。癖があってもいいじゃないか、それが私、とも思えるようになりました。ただホッコリして癒された、だけでは終わらない、癒しの本質がそこにはあります。自分を変えたいとか、これまでの自分を否定するのではなく、ありのままを自分を知る、認識すること。真の癒しはそこから始まります。

 

マスタードの状態になって、すっかり暗雲に閉ざされてしまったら、それは次のステージに向かう準備ができたサインです。なぜなら、闇は光りの母、闇の中でこそ光が、眠りの中でこそ目覚めがあるのですから。マスタードの気分になったら、静かに自分を見つめ、自分自身とそれまでの人生の流れを信頼していきましょう。私の中から新たな「私」が生まれてくるかもしれません。

 

アブラナ科の基本数は4であり、花弁数は4である。花の姿が十字状であるのでキリスト教の十字架を連想させ、キリスト教圏では意味のある仲間である(属の学名は十字:クルスの意味)。北半球に多く、特に地中海沿岸地帯から西アジアにかけて多くの種が分布している。多くの種が秋に芽生え、冬はロゼットで過ごし、春に開花する。このようなライフサイクルは地中海地方の夏期の乾燥と冬季の温暖多雨という気候条件に適応したものである。

岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科 植物生態研究室(波田研)

 

上記サイトで見ると、大根、白菜やキャベツ、小松菜に水菜、ブロッコリーも、皆4弁の花をつけています。私たちが日常的に食卓にのせている野菜の多くが4弁の花~十字架を咲かせているだなんて、植物の命をいただくことに、神的な恩恵を感じます。たとえそれがこじつけだとしても、ちょっと素敵ではありませんか。秋分から冬至に向かって、さらに闇は濃くなり、深みを増していきますが、マスタードが指し示す光への確かな憧れは、闇に光が誕生するクリスマスと不思議に符合します。

ウェールズのワイルドローズ
ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ

 

2月のバッチフラワー インパチエンス

1月のバッチフラワー スィートチェストナット

12月のバッチフラワー マスタード

11月のバッチフラワー ワイルドローズ

10月のバッチフラワー ハニーサックル

 


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)


アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第2章

第1章 第3章 第4章 第5章

 

12月5日、2017年最後の読書会が終わりました。

昨日までは予定だったものが、こうして一つ一つ、

事実となり、過去になっていくのを、

ちょっと不思議な気持ちで眺めています。

 

ゆったりと流れていた時の流れが

年の瀬が近づくと、

音を立てて速度が上がる気がします。

今年も一年、「なんじ自身を癒せ」を

1章ずつ読み進めることができました。

ご一緒してくださった皆さま、ありがとう。

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第2章   まず病気の性質を理解するための真理、「5つの大原則」を確認するところから始まりますが、参加メンバーによって、毎回フォーカスされる箇所が微妙にちがうのはとても興味深いことです。以前は通り過ぎてしまっていた箇所に線が引かれ、回を重ねるごとに線が増え、いつの間にか線だらけになっているページもあります。グループで読むことは、なんとまあ、一人で読むのとは別のよさがあることでしょう。

第1の原則

身体は「魂」の地上における神殿ですが、そのもっとも小さな反映でしかありません

 

バッチは出発点として、まず人間の構成要素を明らかにしています。人間は物質的な身体だけの存在ではなく、その本質は「魂」であり、それは永遠の不死なる高次の自己、その神性の反映として見ることができるのが私たち各々の身体だというわけです。私たちはその身体を持ち、人間として地上に生きているとして、魂と身体はどのような関係をもっているのでしょう。

 

第2の原則

「魂」は私たちにそうさせるためには、どんな環境と状況が最善であるかを知っていて、その目的に最もふさわしい生命の枝に私たちを配置するのです。

 

このくだりは「人生を引受ける」という視点がとっても好き。渡辺和子シスターの著書『置かれた場所で咲きなさい』に通じます。まず人間の根本は魂で、その反映である身体を持って生きる私たちの、自分が「自分」だと思っているのは、低次の自己、人格(パーソナリティ)と呼ばれるものだとしています。

 

人間はその魂の願いから、あらゆる知識や経験を通して、自分に欠けている美徳を発達させ、より完成に近づくために必要な条件を満たす、最もふさわしい場所に自分を生まれさせるというわけです。それには、先に生まれている人たちとの関係も出てくるのですが、とにかく、時代や地域、環境、そして親を選んで生まれてくるということになります。どんな人のどんな人生にも困難はつきものですから、私たち一人ひとり、進化を担って自分の意志で困難な環境さえ選んで生まれてきたとしたら、私たちの魂はとても崇高で勇敢だということです。

 

第3の原則

私たちが人生だと思っている地上での短い旅は、私たちの進化の過程の中の一瞬...学校での一日のようなもの...

 

不死であり無限の魂が、その願いを叶えるために必要な、生命の枝に自分を配置し、それを現実化するのに見合った身体に宿って人間となったにもかかわらず、その人生は魂のレベルから見ればほんの一瞬だというわけです。その一瞬かもしれない人生のために、私たちはこれほど苦悩し、懸命になり、時に物理的成功や評価に一喜一憂します。それは決して悪いことではないし、そこを通らないと育たない、その先に行けないものがあるのだとも理解できます。バッチ博士の人間観として、魂や人格を「行為」へとつなぐ身体は、人生の旅に必要な一時的な乗り物、仕事をするための道具ですから、不滅の魂は、課題を果たすために、何度も何度も生まれ変わり、その都度、別の器、別の乗り物である身体を使って生きるということになるわけです。

 

第4の原則

「魂」と人格が調和している限り、すべてが喜びと平安であり、幸福と健康である。

 

逆を言えば、魂の声に耳を閉ざし、人格の求めるまま世俗的な欲望に浸ったり、他者の干渉に屈する生き方をしたりすれば、やがて不調和が起こって、幸福や健康から遠ざかるということです。第1章P5・L6で、病気は「魂」と「心」との葛藤の結果 と述べていますから、「人格」とは、心と身体によって合成されたものと理解していいかもしれません。では魂の命じる仕事とは何でしょう。バッチはどんな仕事、どんな職業であってもそこには貴賤がなく、ただそれが、魂の命じる仕事であるかどうかがポイントだと述べています。つまり仕事によって、求められる資質や徳目は異なりますから、自分の人生の学びに必要な仕事をしているなら、それは正しいことになります。でも結局のところ、どんな仕事からでも、自分が人生の意味や目的を持って生きている限り、どこからでも学ぶことはできるようにも思えます。。

 

第5の原則

万物のユニティ…一体性 不可分に結びついていること、すなわち愛

 

現代風に言えば、ワンネスとか絆、この世のあらゆるものに愛が宿っており、すべては一つのものから出て一つに戻っていくという考え方です。そこには、変容、メタモルフォーゼが前提とされていると思われます。つながろう、つながっていたいということ自体がすでに愛であって、自分自身に、また他者に対するどんな行為も全体に影響を及ぼす。一部が不完全である限り、完全にはなりえないとうことです。他者の痛みは、自分の痛みではないというのは歴然とした事実ですが、それでも分かりたい、寄り添いたいと思うのは、哀しいほどの愛ではないでしょうか。

 

 

 

以上、5つの原則を前提として、病気に繋がっていく葛藤をもたらす誤りを2つ挙げています。

 

1.魂と人格の断絶、自分自身が、魂の目的と意味を理解せず、従わないこと。

2.関係性において残酷さや裁きなど、全体「ユニティ」に反する行為。

 

バッチは「ユニティ」を、太陽とその光線を比喩に美しく描いています。一人ひとりがその輝きを見失わず、全体の完全性に向かって努力を惜しまないことは、現代を生きる私たちにとって、重要な課題に思えます。なぜなら、物質的な成果が尊ばれる社会では、個々が自立し自然に分断につながっていくからです。だからこそ、意識的に、自分にとっての正しいことは、別の人にとって正しいとは限らない、というパースペクティブな視点を理解し、持ち続けることが、新たな一体性に繋がっていくように思えるのです。

 

病気はそれ自体では恵みです。病気の目的は「魂」の「神的な」意志に人格を連れ戻すことです。またそうだからこそ、病気は防ぐことも、避けることもできることが分かります。

 

バッチは、人間を魂、心(人格)、身体と3つの観方で捉え、身体に現れてくる病の根源に至ろうとしています。そのために、近代医学を修め、ホリスティック医療の道に進み、免疫学、ホメオパシー、そして最終的にバッチフラワーによって、心のバランスを整えるためのツールを探し求め、完成させたわけです。病に対する考え方は、諸説あると思いますし、それは人それぞれでいいと思いますが、私はこの考え方が好きです。

 

上記はバッチの人間観を図にしてみました。高次の自我の火花としての魂、一度きりの人生を生きるための一度きりの身体、それをつなぐ心~その能力は思考、感情、意志、まるでバッチフラワーの太陽法でレメディを作っているみたいです。


定点観察から学ぶこと

2017年秋、第18回目の植物観察会では、朝から結構な降りになりましたが、それでも中止の報せが入らないので、このタイミングでは雨天決行?今年最後の観察会なのに残念だなと思いながら集合場所に行くと、みんなが何の疑いもなく集まっていたのが、なんとも可笑しかったです。歩き出す頃には雨も上がりました。傘はステッキに。

 

紅葉シーズンのせいか、園内は珍しく混んでいます。どこを見ても綾なす錦、上も下も圧巻の紅葉だらけ。

 

2014年春から始まったこの定点観察もまるっと4年。その間、バッチフラワーは学んだものの、レメディになっている植物をほとんど見たことがないと言っていた多くのメンバーはちょっとした植物博士。特にこの会のリーダーは、ルート確認から植物の状態の下見、事前事後の連絡までを綿密にこなし、いつからか信頼と愛を込めて「隊長」と呼ばれるほどになりました。そして実際の観察を裏付ける知識と探究心と植物愛溢れる「ボタキチ(ボタニカルきちがい)」たちのバックアップもあって、参加する一人ひとりが出会い発見する植物の姿とかたち。

みんなスゴイよ スゴ過ぎる!!

 


そもそも、「定点観察をするといいよ」と教わったのは東山植物園の案内をしてくれているボランティアの方からでした。なるほど、それはいい!となり、以来、同じ場所にある同じ植物~樹木を一定の視点を持って継続的に観察し続けているというわけです。バッチファンの私たちなので、基本的にバッチフラワーの植物(近隣種)が中心ですが、年に6回、スケッチをしたり写真を撮ったり、文章で残し記録をとったあと、まず同じ植物グループでシェアをして気付きを共有、そして全体でシェアリングという一連の流れです。視点を定めることでしか見えないものがあり、ある種の法則を理解すると、逆に視点を変える柔軟さも育まれるような気がします。


私たちの定点観察の場所のひとつ「東海の森」ブナの森。美しい木陰を作っていたビーチも今ではすっかり色づいて、間もなく寒々とした冬木立になります。ビーチが好むのはもっと寒い地域。移植されまだ十分ではないからか、ビーチのドングリは今年も見つけることができませんでした。いつかどこか、大きなブナの森に行ってみたいです。

同じく「東海の森」のカラマツの林で。今年は黄金色のラーチをキャッチ!!!今秋、私は蓼科で沢山のラーチを観てきましたが、ここ東山植物園では気候も違うし、タイミングがずれるのか、これまで一度もラーチの黄葉に出会うことができませんでした。ところがこの辺り一面、金色に燃え立つよう。皆、歓声をあげてラーチを褒め讃えました。


この脇枝は2年にわたって観察中のビーチ、芽鱗痕をみると、こんなに細いのに、4年、5年と経てきた年数が分かります。今年はずいぶん伸びました。

こちらも観察中のチェストナットバッド~トチノキの冬芽。飴状の樹脂に守られ太陽にピカピカ光ります。寒い間はじっと耐え、ある日突然目覚めます。


 

冬芽を観察するのは、ちょっとした秘密を解き明かす楽しみがあります。葉や花のような派手なところはありませんが、樹木によって形も大きさも異なり、それが夏の間から既に準備されてきたこと、芽吹きの時を想像するだけでも、夢が膨らむようなうきうきした気分になります。上の画像を見ても、ビーチとホワイトチェストナットの冬芽はずいぶん違います。ビーチは細い紡錘形をして、脇芽もいっぱい出ていますが、チェストナットのほうは立派な頂芽がひとつ、そびえたつ弾丸のようです。そして飴状のべとべとした樹脂で包まれているのです。つまり水飴状の樹脂は、その瞬間が来るまで、寄ってくる外敵からしっかりと冬芽を保護していることが分かります。バッチフラワー中に、新芽を使ったレメディがひとつだけありますが、それがこのホワイトチェストナットのつぼみ、チェストナットバッドです。

 

いつの年の定点観察だったか、スケッチをしているうちに、蕾が柔らかくなり、畳んだ羽のような葉が起き上がってきた姿を見て感動したことがあります。このレメディの指標は「経験から学べない、何度も同じ過ちを繰り返す」というもので、「現実への無関心」に分類されていますが、改めて指標との関係からみると、なかなか興味深いことが分かります。私たちの行動には、無意識に同じパターンを繰り返していることがあります。それがたとえ苦痛であっても、結果が変わらないことであっても、そこには馴れというか、安心感があります。また時には何らかの目的をもって、あえてその輪から出ないと決めていることもあるでしょう。それは自ら成長を拒んでいるような状況ですが、タイミングってとても大事。躓きの石をどけることができるのは、自分しかないということをこのレメディは教えてくれています。春が来たら、硬い蕾がほどけるように、勇気を出して、脱皮して前に進もう! あなたにはすべての可能性があると、チェストナットバッドは教えてくれているようです。


 

2017年のBFRP東海主催の植物観察会はこれにて終了。

次回は2018年春です。その時にはぜひご一緒しましょう。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

詳細はBFRP東海のウェブサイト

お問合せはbach38tokai@yahoo.co.jp 

(「植物観察会隊長」嶋崎)まで

 

 


ワイルドローズ

11月のバッチフラワー

ワイルドローズ

カテゴリー 現実への無関心

英名 Wild Rose
学名 Rosa Canina
和名 カニナバラ 野バラ
キーワード  あきらめ 無気力

はっきりとした十分な理由もなしに、自分の周りで起こる事柄に対して諦めの気持ちを持っていて、生活を当り障りなく過ごし、物事をそのまま受け入れて、物事を良くしたり、何か楽しいことを見つけたりという努力はしません。そして、不平を言うこともなく、人生における戦いを放棄してしまっています。Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


 

英国バッチセンターでレメディが作られている、ネルソンバッチのトレードマークにもなっているワイルドローズ。バッチフラワーの中では、もっとも大きな花(直径5㎝程度)で、こんなに愛らしく優しい花姿をしているのに、その指標は「人生に対する熱意や興味のなさ」という、なかなか厳しい状態を表しています。バッチの『なんじ自身を癒せ』の第七章では、ワイルドローズを彷彿とさせる描写が何度か出てきますが、退屈でいること、諦めてしまうこと、人生は単に果たすべき義務ではないにも関わらず、まるでそのように生きてしまうこと。そんな状態が続いたら、当然病気に罹りやすくなるでしょう。バッチ博士は医師でしたから、診療をしつつ、そういった傾向を持っている人々と病むことの関連性に気づいたのかもしれません。

 


 

自分がイメージする「人生の完璧な絵」を、固定すること自体、実際にはありえないことですが、私たちはどこかでそういった幻想を求めて生きているようにも思います。それは私たちを努力や挑戦に向かわせ、夢を語り、向上心などにつながる肯定的な力になることもあれば、逆に挫折感や不安や恐怖心を生み、葛藤へと向かわせることもあるでしょう。

 

人は誰でも、何かを諦め手放し、あるいは受容し選択して今に至っているのですが、自分の土台となる生まれてきた時代や環境、家族、きょうだいの順番、性別などは、基本的に変えることは不可能であり困難です。けれどそこに困難さを感じるからこそ、人生の問いが生まれ、思わぬ展開~成長へ導かれていく可能性もうまれてくるのです。

 

私自身、周囲と自分との違いを意識し始めた、おそらく9歳前後から、感情にバリエーションが出てきたように記憶しています。なぜあんなに怯えたのか、それがどこから来るのか、それをどう表したらいいのか、感情の基軸、土台を形成しているのは、いったい何だろうと探っていくうちに出会った本が『愛着障害ー子ども時代を引きずる人々』岡田尊司(光文社新書2011)でした。

 

ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ
ウェールズのワイルドローズ

現実への無関心のカテゴリーに入っているレメディ群は、ワイルドローズに限らず、行為との関係において、意志の在処を観ることでより明確になります。今を生きられない、今ここにいない、というのは、一時的に疲れすぎていたり、心が何かに囚われていたりしても起こり得ますが、長期的に現実を眠らせてしまうには、それなりの理由があるはずです。

 

「愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格の最も土台の部分を形造っている。人はそれぞれ特有の愛着スタイルをもっていて、どういう愛着スタイルをもつかにより、対人関係や愛情生活だけではなく、仕事の仕方や人生の対する姿勢までも大きく左右されるのである(『愛着障害』より)」

 

ワイルドローズに該当するのは、回避型とよばれる愛着スタイルだと思われます。人見知りが始まる生後半年から1歳半の間(臨界期)が愛着形成にとって最も重要な期間とのことですが、その時期にどれだけ安定した愛着形成ー養育者(主として母)と強い絆ーが育まれたかによって、その後の人生は大きく左右されるよです。つまりこの世は安心できる場所で、周囲の人は自分の助けになってくれると信じられるという感覚が育つかどうかの基盤が、こんな早期に出来上がるのだとしたら、自分の子育ては大丈夫だったかしらと、ヒヤッとさせられます。

 

ワイルドローズの無気力や無関心、人生の放棄が、すべて愛着という切り口だけで説明できるわけではありませんし、どんなに安定した愛着スタイルの持ち主であっても、生まれてこの方、諦めたり無気力になったりしたことは一度もない、という人はいないでしょう。誰もがその状況になり得ますし、特に無自覚でいることも多いから、気づかないで通り過ぎていることはいっぱいあるはずです。

 

私が自分のワイルドローズを意識したのは、他者の「老い」を自分に投影した時でした。説明のしようのない悲しみと怒りと諦めの気分に閉ざされたあと、猛烈な無力感、疲労感が私を襲いました。もちろん私はバッチ使いですから、朝の習慣としてムードレメディを選び、オリーブやホーンビームを飲みました。でも全く疲れがとれないのです。そこでやっと、ワイルドローズ?と気づいたわけです。驚いたことに飲んですぐに効果を感じました。朝、それまでと違って背筋がすっきりと伸びた感じがあり、ピントが合った時のように物事がクリアに見えました。ずぶずぶと泥の中に身を沈めていたような疲労感が、跡形もなく消えていたのです。

 

実感としてワイルドローズの状態に陥ると、心身がこれほどダメージを受けるということは、新たな発見でした。『なんじ自身を癒せ』の第七章に書かれているように、病への耐性が著しく落ちていく予感がありました。ワイルドローズの使い方として、生育歴にトラウマを抱える人にはスターオブベツレヘムとともに、現実逃避や体調不良にはまり込む時にはアグリモニーもいいかもしれません。また愛着障害の不安定型の人にはチコリーもきっと役立つでしょう。無意識の中に埋もれているワイルドローズを意識化することによって、生への意欲は甦り、日々の細やかな出来事に喜びを見いだすことにつながるのではないかと思っています。人はどんなにワイルドローズに陥ろうとも、どんな時でも越えていくことができるということも。

 

 2月のバッチフラワー インパチエンス

1月のバッチフラワー スィートチェストナット

12月のバッチフラワー マスタード

11月のバッチフラワー ワイルドローズ

10月のバッチフラワー ハニーサックル


 BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ワイルドローズをさらに読む

こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

ワイルドローズ

 この時は受容とあきらめの違いに注目していました。


アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第1章

2009年7月にスタートしたバッチの遺産「なんじ自身を癒せ」の読書会が、87回目を迎えた今日、2017年11月10日に、11巡目の第1章を読むことになりました。当時レベル1を終えたばかり、10人足らずのメンバーで始めた読書会でしたが、メンバーが入れ代り立ち代りしながらも、やがてその中から何人ものプラクティショナーが生まれ、新たな牽引力となって、今では主催もその名の通り、BFRP(バッチ財団登録プラクティショナー)東海となりました。そのBFRP東海の背骨となっているのがこの読書会です。

 

 レベル1の授業では、エドワード・バッチが遺した2つの著作「なんじ自身を癒せ」と「12ヒーラーとその他のレメディ」を通して、その世界観に触れますが、コースが終わってもこんなふうにしつこく読むには、それなりの理由があるはずです。この小冊子のどこにそんな魅力があるのでしょう。

 

1930年、当時ロンドンで成功した医師の一人であったバッチ博士が、診療や研究を通して辿り着いたのが、古くはヒポクラテス、そしてパラケルスス、ハーネマンへと続く、ホリスティックな流れを汲む人間観でした。『なんじ自身を癒せ』の表紙を開くと、冒頭には「病気の真の原因と治癒の説明」と書かれています。今では心身のストレスが、様々な病気の引き金になったり、悪化させたりすることは、よく知られていますが、「癒しを自分で助けることができるのではないかと思い、病気の根本の原因を自分の内部に探そうと悩んでおられる方々の手引きになることが、ささやかな望みです」と書かれた文章から、時間に追われ、結果を急ぐ私たち現代人が、束の間の癒しを求めて右往左往するイメージが既にあったのかと問いたくなります。

 

発刊は85年余り以前ですが、その間も今も、医学の進歩はとどまることがありません。それによって多くの命も救われてきたことでしょう。その観点からみれば、バッチの言葉は医学的ではないかもしれません。けれど興味深いことに、バッチ博士が行きついた健康観は、古びるどころか現代のメンタルヘルス、セルフケア、セルフヘルプを先取りして、自己発見や自己認識~セルフアウェアネス~を高めていく上で、もっとも予防医学に即しているのではないかと思えます。医療の専門家ではない、ごく普通の生活者である私たち一人ひとりだからこそ、誰でもできること~つまり、自分の健康に責任を持ち、かけがえのない「私」を丁寧に生きていくことだと確信するのです。

 

11巡目に入ったことを機会に「なんじ自身を癒せ」を、これまでよりちょっとだけ真面目に読んでみようかな、というのが私の新たな試みです。お付き合いいただけたらうれしいです。

 

 なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第1章

日本には「病は気から」という古くからの言い伝えがありますが、シンプルに捉えたらバッチ博士の健康観はこれに通じるものだと思います。それは「病気の起源は物質的なものではない」と言っていることから理解できます。では気から始まったはずの病ですが、医学の世界では「病気を身体内に局限することによって......強力な病気恐怖症を生み出し、病気の力を途方もなく増大させてしまい…」とあります。たとえば、病気とまではいかなくても、ちょっとした不調や、不具合が生じると、私は猛烈に「よくなりたい!」と思います。同時にあれこれ不安や怯えすら覚え、余計調子が悪くなることもあります。まさしく気は病を促進すると言ってもいいくらいです。胸に手を当てて振り返ると、その前後にはかなり無理をしていたとか、自分をないがしろにしていた、なんてことを思い出します。だから身体と心はつながっているし、「心は騙せても、身体は正直」なんていう言葉も出てくるわけです。

 

バッチ博士は医師でしたから、人間が心身ともに健康に生きることを強く願っていました。第1章にはまず病気の本質について述べられると同時に、その大前提となるバッチの人間観についても、はっきり明記されています。それは「人間」を、見える世界としての物質的「身体」と、見えない世界における「魂」、その二つの領域をつなぐ「心」の3つに分け、「病気とは「魂」と「心」との葛藤が、身体の中に生み出した最終的な結果であり、深く長く活動してきたいろいろな力が作り出した最終産物です」と考えました。ですから私たちが健康に生きるには、「魂」と「心」が葛藤しなくてもいいようにする必要があるというわけです。それって一体どうすればいいのでしょう?

 

バッチは「心は身体よりもずっと明確に病気の兆候とその進行をよく物語る」と言っています。では「心」って何?という問いが出てきます。(下記の図を参照)心の働きを考えてみると、心もまた3つに分けることができます。まず見える世界と強く結びついているのが「意志、行為」です。そして見えない世界に通じるのが「思考」、その真ん中にあって両方をつなぐのが「感情」ですが、それらは分かちがたく結びつきながらも、ある時はどれかが優位に立ったり、またある時は眠らせてしまったりしながら、いつもいつも動いているはずです。私自身の日常でも、思考、感情、意志が全く統制されないでバラバラに動いてしまうこともありますし、義務感や評価を求めて行動する時には明らかに感情をごまかしていることがあります。いやだなあ~と思いながら、これはするべきでしょ、とか、ここで投げ出したら無責任、評価下がるよ、なんて、気持ちをなだめ、頭で身体に命令をするわけです。そして時には感情を凍らせて動かなくさせることだってやってのけたりするのです。つまり自分の感情は、自分から無視されている、今どきで言うと、セルフネグレクトってやつですね。なんとまあ、危ういことでしょう。

 

では、病気になっちゃったらどうするの?病気をどうとらえたらいいの?と言いたくなるわけですが、バッチはこう述べています。

 

「簡潔に言わせてもらえば、病気は、見たところとても残酷ですが、それ自体は有益なもので、私たちのためになります。もしそれを正しく解釈すれば、私たちは病気に導かれて、自分の非常に重要な過ちに気づくことになります。もし的確に対処すれば、病気はそうした過ちを取り去る原因になりますし、私たちを前にも増して健康にし、人間として大きく成長させてくれるでしょう。」

 

そうは言ってもね。というところでしょうか。気持ちに余裕があれば、こう考えることもできるでしょう。けれど症状に自分が苦しんでいる時、私を含めほとんどの人は困惑し混乱し、気分の悪さや不快感の中に閉ざされてしまいます。本当に病気は残酷です。だからこそ...

 

「前兆となる症状を理解し、その意味を読み取ることができる人であれば、もし適切な霊的・精神的な矯正手段を講じれば。病気は発病にいたる前に防止され、または初期段階で食い止められるかもしれません。」

 

つまり未病の状態の時から、自分の心の声に耳を澄ますレッスンが必要になるようです。食生活や生活のリズムなど実際的なことに心配りをすることはもちろんですが、バッチ流にいえば、自分の魂の命に則って生きるということが最も重要になるというわけです。でも、魂の目的ともなると、ちょっとわかりにくいし、すぐに答えは出せません。でもすごいことに身体の不調は、そういう時にこそ、導き手になってくれるということなのでしょう。こう書きながら、でもでもと、様々な問いが浮かんできます。それの答えは、第2章以降をお楽しみに、ということになるでしょうか。

 

どんな場合でも、どんな厳しい状態でも、絶望する必要はありません。なぜならその人がまだ肉体的に生きるのを許されているということは、支配している「魂」は希望を捨てていないことを示しているからです。

 

これって病気という範疇にとどまらず、すべてに言えることですね。

 

エドワード・バッチの人生を見る

バッチホリスティック研究会主催、バッチフラワーシンポジウム2012での発表

中村かをる「個と全体の成長を目指して」から


からまつの林を過ぎて

北原白秋の詩、「落葉松」をはじめて知ったのは多分小学4、5年生の頃、5歳年上の姉が口ずさんでいたのを聞いたときだったと思います。思春期と呼ぶにはまだ幼い心にも、この詩が持つ寂寥感が迫って、漠然と、大人になるということは決してバラ色だけではないんだなと思ったものです。落葉松ってどんな木なんだろう。普通、松は常緑だけど落葉するのかな…。その後、40年も経ってから、晩秋の上高地で、この詩のイメージそのままの風景に出会いました。そしてその数年後、バッチフラワーのレメディの中に、西洋落葉松(ラーチ)があることを知ります。ある夏、イギリス湖水地方の河畔を歩いていた時、ふと指が明るい緑色をしたやさしい感触の枝に触れました。これは!?と思い、木の名前を尋ねるとラーチという答えが返ってきました。その時、初めてバッチフラワーの「ラーチ」と北原白秋の「落葉松」が結びつきました。

 

バッチフラワーのラーチは、「失意と絶望」に分類されているレメディで、自分が人より劣っていると感じ、自分の能力に自信が持てない時や、失敗を恐れるあまり、チャレンジを諦めてしまうような場合に使います。常緑がほとんどの針葉樹の中にあって、ラーチは冬(困難)が来る前に、さっさと諦めて葉を落としてしまう、というクオリティは、まさにラーチ、自信の欠如を表しているようで興味深いです。

 

白秋が「落葉松」の構想を得たのは、大正10年軽井沢、初夏の星野温泉に滞在中、朝夕の散策時に、からまつの芽吹きに感銘を受けたと聞きます。けれど詩を読んで浮かんでくる風景は、芽吹き時というよりは、むしろ晩秋、諦念のイメージです。もちろん人によって感じ方は違うでしょうけれど。ただ、侘び寂びというか、色味の少ない渋めな七節目までと比べて、最後の八節に、静かな芽吹きを感じるのは私だけかしら。

 

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

芽吹きというものは、うれしいけど泣きたいみたいな切なさがあります。ラーチの芽吹きは、そんな中でも特別です。特に雌花の仄赤さに、こころ揺すぶられない人はいないでしょう。傷つきやすい繊細なラーチは、失敗することで自信を失い、それによって挑戦や冒険から遠ざかろうとしますが、白秋はこの作品を書いたとき、ちょうど第2ムーンノード(37歳前後)を迎えていました。ムーンノードには、多くの人が人生の目的や意味を問い、方向転換などを余儀なくされます。当時、すでに白秋は一定の評価を得ていたと思われますが、「落葉松」は白秋のその後の詩作に向け、重要な位置を占める作品となったようです。「山川に山がはの音/からまつにからまつのかぜ」 吾唯知足~向上心とか、よりよくなろうとか、評価されたいとか、何かを成したいという意識は、決して悪いことではありませんが、自分のその時の限界を受容できる人こそが、限界を広げていく、超えていける可能性を持っていると思わずにおれません。ちなみに白秋は57歳(第3ムーンノード前後)でこの世を去っています。バイオグラフィーワーカーの視点で見ると、これもまた興味深いです。

落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる、ただ心より心へと伝ふべし。また知らむ。その風はそのささやきは、また我が心の心のささやきなるを、読者よ、これらは声に出して歌ふべききはのものにあらず、ただ韻(ひびき)を韻とし、匂を匂とせよ。

北原白秋「落葉松」前文

『水墨集』アルス発行(大正12年)

落葉松   

           北原白秋

   一

からまつの林を過ぎて

からまつをしみじみと見き。

からまつはさびしかりけり。

たびゆくはさびしかりけり。

 

   二

からまつの林を出でて、

からまつの林に入りぬ。

からまつの林に入りて、

また細く道はつづけり。

 

   三

からまつの林の奥も

わが通る道はありけり。

霧雨のかかる道なり。

山風のかよふ道なり。

 

   四

からまつの林の道は

われのみか、ひともかよひぬ。

ほそぼそと通ふ道なり。

さびさびといそぐ道なり。

 

   五

からまつの林を過ぎて、

ゆゑえしらず歩みひそめつ。

からまつはさびしかりけり、

からまつとささやきにけり。

 

   六

からまつの林を出でて、

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

からまつのまたそのうへに。

 

   七

からまつの林の雨は

さびしけどいよよしづけし。

かんこ鳥鳴けるのみなる。

からまつの濡るるのみなる。

 

   八

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

『日本現代詩体系 第四巻』河出書房(昭和25年)

 


イギリス湖水地方で、初めてラーチに出会った河畔


ハニーサックル

10月のバッチフラワー

ハニーサックル

カテゴリー 現実への無関心

英名 Honey Succkle
学名 Lonicera Caprifolium
和名 スイカズラ、忍冬
キーワード  過去に浸っている

 

過去の中、例えばとても幸せだった時のことや失った友達との記憶や実現しなかった野心の中に生きる人のためのものです。これらの人は過去に経験したような幸せが二度と訪れるとは考えません

 Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より

 

郷愁という言葉がぴったりくる私の10月、毎年必ず巡ってくる10月10日は夫の命日、1997年のことでした。その年の秋は、ありえないほど安定した快晴が続いていました。おりしも運動会シーズン、末娘の小学校最後の運動会はそんな美しい空気の澄んだ秋の一日でした。午前の競技が終わり、友達家族数人と一緒に校舎の脇で持ち寄ったお弁当を広げ、車座になって食べているところに携帯のベルが鳴りました。病院から夫の容体急変の呼び出しでした。ふと、手元においていたカメラの望遠レンズがころころと転がってセメントの通路の上でカチンと冷たい音を立てました。関係ないのに、なぜこんなことを覚えているのかしら。


 

組体操だけはどうしても見てほしいと言っていた娘の願いも空しく、ゴメン、なるべく早く連絡するねと、私は小学校を後にしました。亡くなる数日前のことでしたが、その頃、何度もこんなことが繰り返されていました。当時の私は無我夢中でしたからわかりませんでしたが、旅立つ日の近いことが、医師にはわかっていたのでしょう。

 

あの頃の不安や苦しみ、辛かったこと、悲しかったこと、そんな思いとごちゃ混ぜになって、金木犀の香り、子どもたちの歓声、砂ぼこり、首筋に光っていた汗の玉、細い三つ編み、青いミカン、泣きたいような青空、いくつもの断片的なシーンが甦ります。あんなに強く揺さぶられたことはなかったのに、今となってはなぜか美しい。

 

ハニーサックルの指標にあるように、昔を懐かしむ気持ちには、夢のようなぼかしのフィルターがかかるかもしれません。それは時間という魔術のなせる技か、辛かったことに対して、自分が頑張ったことを認めたい気持ちもあるのでしょう。お年寄りが過ぎ去った過去を懐かしみ、何度も何度も繰り返すのは、自分の生きた証を話すことで整理するという、意味ある行為なのかもしれません。

 

ハニーサックルは過去の出来事に良くも悪くもとらわれて、そのために現実に集中できない人、過去に住み続けている人のためのものです。例えばペットロス、ホームシックなどはその例でしょう。経験を消化しきれず、現在に生きることができない時、ハニーサックル以外にもチェストナットバッドや、新たなステージへと踏み出す決意を応援するウォルナット、また悲しみの中にとどまろうとする背景には、忘れてしまうことへの罪悪感(パイン)があるのかもしれません。ショックやトラウマのスターオブベツレヘムや恨みがましい気持ちのウィローなど、ハニーサックルのフィルターに隠れている感情に合わせたレメディも、同時に使うことも効果的でしょう。

 

私たちの過去の経験は、現在を通って未来へと続いているわけですが、伸びたハニーサックルの枝が垂れて地に着くと、そこから発根し、新しいハニーサックルが生まれます。過去(親木)→現在(着地)→未来(新しい木)という流れは、ハニーサックルのポジティブなメッセージそのもののですね。

画像はすべて英国バッチセンターの庭に咲くハニーサックル、咲き始めは白かった内部が、受粉すると黄変します。夜に開花が始まるというのも眠りや過去とのつながりを連想させ、何ともノスタルジックです。バッチセンターの建物の扉の前には古いハニーサックルの木があります。この木はバッチ博士が住む前からあったと言われています。

 

以前のブログ~パーソナルノートで、

月のリズムでバッチフラワー

という実践報告を書いていた時期があります。レメディの最後のウィローから順番に、新月から満月へ、満月からへというリズムで1種ずつ、約1か月で2種類のレメディを体験していくわけです。で、半分近くの18種目まできたところで風邪を引いたか、飽きてしまったか(^^ゞ 途中で終わってしまいました。その心残りもあって、再度書き出したというわけです。でも今度はBFRP東海のレメディ研究部のテーマに沿ってレメディを取り上げて行こうと思います。マニアックな深遠な世界へあなたもぜひどうぞ。参加はレベル3以上ですが、読むのは誰でもOKよ! 

BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ハニーサックルでさらに読む


 2月のバッチフラワー インパチエンス

1月のバッチフラワー スィートチェストナット

12月のバッチフラワー マスタード

11月のバッチフラワー ワイルドローズ

10月のバッチフラワー ハニーサックル


2017秋の植物観察会

紅葉にはまだ早く、ちょっと華やかさに欠けるこの時期の植物園ですが、BFRP東海の2017年秋の植物観察会がスタートしました。今回で16回目を迎えます。

 

前夜から、スマホでお天気を何度も確認、リュックにスケッチブックと色鉛筆を入れたり出したり、朝になったら、おにぎりと水筒をもって…とワクワクしすぎて眠れない。 

 

にもかかわらず、結局遅刻してしまう私ってなんでしょ。15分遅れでみんなに追いつきました。これくらいの時間差なら、まだみんなほとんど動かず、植物園門に近い「オーク」の前にいることは分かってます。あんなに雌花がたくさんあったのに、ドングリはわずか、2個、3個。あゝ、もっと広々とした場所に移してあげたい。

オークの和名はオウシュウナラです。オークといえば樫(カシ)とずっと思っていましたが、調べているうちに、樫というのは常緑樹で、オークは落葉樹、つまりナラなんですって。


 宿根草園では、秋の七草、ススキに萩、シュウメイギクなど、たおやかな花に混じって、白花曼殊沙華が群生していました。赤い彼岸花~リコリスと同種です。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華(ひがんばな)
けふも手折りに來たわいな。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數(かず)

 

GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな、
ひとつ摘(つ)んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故(なし)泣くろ、
何時(いつ)まで取つても曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華、
(こは)や、赤しや、まだ七つ。

          北原白秋「曼殊沙華」


東海の森には、アサギマダラが好むフジバカマがたくさん植えられています。まだ今はホンの少ししか開花していませんが、10/8には、ここでマーキング調査が行われるらしい。


 

今日は蒸し暑く、蚊もスズメバチもたくさん、飛んでいました。虫たちも来るべき冬に向けて忙しそうです。いつもなら、東海の森でおにぎりを食べ、ビートにラーチ、パインやチェストナットなどをスケッチするのですが、予定を変更して、花畑のほうに移動することに決めました。春から観察しているトチノキの小枝を横目で見ながら、次くるときはしっかりスケッチするね、と声をかけながら。


今回のスケッチのテーマに、私はスィートチェストナット(クリ)を選びました。少し離れたところから、樹形全体を眺め、近くによって枝ぶりや葉の形状を詳しく見ます。バッチ博士は、スィートチェストナットを、「苦痛が余りにも大きく、耐えがたいと感じられるときのためのものです。…眼前に崩壊や破滅以外の何ものもないように見える時のためのレメディです」と記しています。イガイガに包まれた大きな丸い実をいくつも付けて豊かさを感じますが、樹木の形姿全体、また葉の広がり方を見ると、上昇するよりも、大地に引っ張られる下降するエネルギーを感じます。今回、対照的だったのは、オリーブをスケッチしたグループのシェアでした。若々しい滑らかな樹肌、剪定されたところから幾つも上昇する枝を出し、復活、再生のエネルギーが溢れている。樹木のスケッチを通して、バッチフラワーレメディの指標を学び直したような観察会となりました。


 

次回の植物観察会、深まる秋をご一緒しましょ。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

第17回植物観察会

10/31(火)10:30~

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。


バッチ博士が住んだ家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

かなりのミーハーを自認している私ですが、まさしくその通りです。住所を辿って訪ねたのは、1917年、バッチ博士31歳、ロンドン、ユニバーシティカレッジ病院で激務に追われていた頃の住まい Canonbury Square 42

 

当時のままかどうかは分かりませんが、目の前は小さな公園、木立の向こうに見える黒い扉がバッチのかつての住まい。扉の番号を確かめて公園からパチリ。

 

今からちょうど100年前、この家からバッチ博士は病院に通っていたことになります。1917年といえば、最初の妻、グィンドリンが亡くなり、バッチ博士は間もなくキティ・ライトと再婚します。

 

メゾニックホール内部

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

再婚後、居を移したのはこちら。瀟洒な住宅街、89 Calabria Rd です。前の家と同様、イズリントン地区ではありますけれど、半マイルほど北にあたり、病院から遠くなります。

 

バッチ博士、忙しいのに遠くなって大丈夫?

この転居から2か月後、バッチは生死をさまようことになるのですが...。

 

こちらも黒い扉、左側の家です。家を見ていると中から人が出てきました。慌てて何気ない素振りをする自分が可笑しい。

 

同じ並びの、数件離れた家では改築の真っ最中。外観は全く変わらず、中身だけごっそり取りかえです。日本では家の寿命は短く、同じ土地に住んでいても新築~つまり人は変わらず、家が変わりますが、ここイギリスでは、家は変わらず人が入れ代わるというわけです。とても美しい住宅街ですが、これらの建物はすべて100年以上前からあったということですものね。

 

念願のバッチ博士のロンドンの家も制覇(?)しました。2017年の夏、バッチ三昧の旅もそろそろ終わりです。

バッチ博士がキティと住んでいた家
カラブリア通り イズリントン


アガサ・クリスティの終の家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

聖書とシェークスピアの次に、世界中で愛読されているといわれる、ミステリーの女王アガサ・クリスティが、85歳の生涯を閉じたのは、ウォリングフォードの中心部から少しはずれたところにある、ウィンターブルック・ハウスでした。引っ越し大好き、数多くの家を同時に所有したクリスティですが、この家につけられたブループラークには、はっきりと「lived here1934-76」と記されています。

メゾニックホール内部

ウォリングフォードの町のサイトには、アガサ・クリスティが、町の名士みたいな感じで、誇らしく紹介されています。素敵なサイトだから見てみてね。バッチ博士も、ノラ・ウィークスと、この町にしばらく住んでいたようです。ノラが、とことこ隣村のソットウェルまで散歩に行って、その後、移り住むことになるマウントバーノンを見つけたのだとか。ノラさん、かなりの健脚ですね~

 

https://www.wallingford.co.uk/home

サイト内のVsterをクリックすると、アガサ・クリスティのページがあり、そこをまた入っていったら、なんと只今、9月8日から10日まで「アガサ・クリスティ ウィークエンド2017」を開催中とのこと。そう聞いても、行けないけど。

ウィンターブルック・ハウスで寛ぐアガサ・クリスティとマックス・マローワン 

かの有名な失踪事件の2年後、クリスティは14歳年下の考古学者マックス・マローワンと出会い再婚します。その後、ウォリングフォードに家を買ったのは、ロンドンにも出やすく、マックスがオックスフォードに通うにも便利、レディングまで出れば、ダートマスのグリーンウェイ・ハウスにも行きやすかったということだったのでしょう。それにしても、アガサ、あなたはもうこんなおばあちゃんだったのね



バッチとフリーメイソン

エドワード・バッチ博士がフラワーレメディのシステムを完成させた翌年の1936年、ウォリングフォードのメゾニックホールで催したフラワーレメディについての一般講演の記録が残っています。

 

私がまだBIEPの受講生だったころ、バッチ博士がフリーメイソンだったことを知って、少し驚きました。というのも、フリーメイソンって、なんだか怪しい秘密結社であるかのような印象があるでしょう。

 

でも、かのゲーテやシラー、モーツァルトやハイドンなど、名だたる芸術家をはじめ、米国歴代大統領など多くの著名人もメンバーだったことは知られていますし、ボーイスカウトとのつながりなどからは、健全な慈善団体という印象も受けます。

 

そもそも、中世から存在するフリーメイソンは「自由な石工」を意味し、大聖堂や城壁を設計、建築する人々の集まり、石工の職人組合だったことに端を発するといわれています。(諸説あり)それが、年月を経るうちに、王侯貴族や知識人が参加するようになり、中・上流階級のクラブ、社交の場、精神修行の場、友愛組織へと変化していったようです。

 

フリーメイソンの基本理念は、自由、平等、友愛、寛容、人道の5つ、「すべての人が同意することのできる宗教」に従って「真実で善良な人間」になることが求められている(吉村正和『フリーメイソン』講談社現代新書)と書かれています。 

フリーメイソン メゾニックホール

ウォリングフォード、メゾニックホール入口

メゾニックホール内部

ホール内部


 

バッチ博士がフリーメイソンに入会したのは1918年、第一次世界大戦も終わりに近づいた32歳の時でした。その前年、彼は大きな試練に見舞われます。妻の死、再婚、そして病に倒れ手術、余命3カ月と宣告を受けます。ところが、人生の仕事に邁進するうちに不死鳥の如く甦り健康を取り戻していきます。そうした経験とフリーメイソン入会とは、何か関係があるのでしょうか。

 

一人の人間として、バッチが抱えていた葛藤なども含め、バッチ博士の著書『汝自身を癒せ』の中に描かれている世界観や健康観を貫いている、古代と近代、神秘と科学、見えない世界と見える世界をつなぐホリスティックな視点が、バッチ博士の人生を辿るうちに、さらに浮かび上がってくるようです。

 

講演をしたのは、儀式をするホールではなく、おそらくこちらでしょう、と案内してくれたのが、右のホールです。舞台の青い幕を開けるとフリーメイソンのコンパスとマークが大きく描かれていました。しかも、このホールではバッチ博士ばかりか、この近所に住んでいたアガサ・クリスティが、作品の上演をしたのだとか。5分も歩けば家があるよ、という言葉に大興奮→クリスティの家

 

今も昔も、こういったホールは人が集まる場所。フリーメイソンのセンターが今やバランスボールのエクササイズの会場だなんて。

ウォリングフォード メゾニックセンター外観

バッチ三昧の旅5

バッチセンター2017

 私が初めてバッチセンターを訪れたのは、2007年の初秋のこと。当時、ストラウドに住んでいた二女と一緒でした。その静謐な佇まいは、それまで訪れたどの場所も霞むほどの衝撃を受けました。

 

 あれから何度訪ねたことでしょう。今では日本からのバッチセンターツアーに合わせ、東海や関西の仲間たちと、またロンドン在住の長女(バッチセンターでBFRP取得)とともに、2年毎に訪れるのが恒例となりました。


 毎回、ほぼ同時期に来ていますが。年毎に気温も違えば、微妙に花の時期もずれ、前回は満開だったのに、今回は少しだけとか、その反対のこともあります。確かこの辺に咲いていたはずなのに、全く違うところから出ていたりなどなど。

 2年前、ガーデナーが変ったばかりの庭は、意気消沈して見えましたが、今回はすっかり息を吹き返し、植物は驚くほど元気で丈高くなっていました。建物の奥にあるアスペンの木の前で。現在のガーデナー、アランさんのガーデンツアー。


 

バッチフラワーの学びの中で、欠かせないのはバッチ博士の宇宙観、人間観。1930年代、この場所でバッチ博士は、人間の心身の健康について思いを巡らし、フラワーレメディのシステムを完成させました。ここにいると「場」の力というものを感じないではおれません。知識や頭ではなく、感覚、さらにもっと奥深い精神性が見える形となって、この場に息づいていることをすべての人に味わってほしいと願っています。

 

 


あわせて読もう2年前のバッチセンターツアー

バッチセンター2015 バッチセンター2015の2

バッチ三昧の旅4

クリックハウエル界隈

ウェールズ2日目、見事に晴れました。清々しい風が川面を渡っていきます。見どころはいろいろあるものの、残された時間はわずか。タウンセンターのそばにある古城と、ミムラスがあったと記述があるクリックハウエルハイスクールのグランドを探してみます。

ハイスクールから、St.Edmund's Churchの塔を見る

木立に隠れて見えないけれど、眼下にはアスク川

クリックハウエルハイスクールは私立校ではなく、公立校です。ぐるりを山に囲まれて、こんな素晴らしい環境の中にあるなんて、なんと贅沢・・・。ここは国立公園ブリコン・ビーコンズの中に立地しているのですから景色がいいのは当たり前でした。

 

このあとは、クリックハウエル城へ。ドラゴン・インでサンデーランチを食べたら、ウェールズともさようならです。また来られるかな。

クリックハウエルキャッスル

一部を残すのみとなっている、クリックハウエルキャッスル。周辺にはワイルドフラワーガーデン、グラウンドやのどかな公園となっています。

古城の城砦の一部が通りの中に。

通りの名前はタワーストリート

タワーストリートにほど近いドラゴン・イン

ガーデン最高!お料理もおいしくてお値打ち。



あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

バッチ三昧の旅3

オークの木の下で

前回訪れた時、アスク川の対岸には入れませんでした。

遠目に、あの大きな木はなんだろう、と思っても

近づいて見ることができません。

ところが、幸運にも、今回はイベント会場の駐車場として

門が大きく開かれていました。

 

ヤッタァ~巨樹に向かって走り出したものの、

ゲッ! 気づけば足元は馬の糞だらけ!

草か糞かというほどの凄さです(苦笑)

 

こんなことで怯んでなるものか、顔を上げて走る私!

 綺麗な芝生に見えますが、実は糞まるけ。

それにしても、樹形が見えるっていいなあ。

日本では木が多すぎて樹形が見えないのが普通ですから。

―あの木は、オークでした―

立派な木には、称賛の言葉をかけよう。

なんて堂々としているの。素晴らしい。

聞かせてください。これまで何を見てきたのか。



あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

バッチ三昧の旅2

インパチエンス、見つけた!

アスク川のほとりへ

ウェールズ語らしいホテルの名前が発音できませんが

このリバーサイドレストランは、

アバガベニーとクリックハウエルの中間に位置し

移動に車がないと少々不便。

ハードネゴシエーターの我がツアコン娘は

どんどん交渉し、時間も金額も思いのまま。

 

チェックイン前だけど、部屋に案内され、荷物を置くと

私たちは再び7人乗りのタクシーを駆って

クリックハウエルのセンターへ。

 

インフォメーションセンターで地図をもらい、

てくてく歩いて川まで下ること10分足らず。

途中の生垣にクレマチスを見つけ、洒落た窓辺や

ドアを彩る薔薇や藤に歓声を上げながらやってきました

アスク川。

ここまで来ると、昨年、途中まで登って恐怖を味わった

テーブルマウンテンがすぐ近くに見えますが

騙されちゃいけない、目の錯覚です。

 

ウェールズで最古の石橋の上を車がどんどん通ります。

計算外だったのは、河岸の広場がイベント会場に!?

物珍しそうな視線を浴びつつ、7人の小人たち

(いや大人ですが)は、並んで川岸に沿って進みます。


 

ドキドキ ない? ない? 

あっ、あった~!!

光る水面に照り映えてインパチエンスが、

あちこちいっぱい、咲いているではありませんか。

あ~うれしい。

濃いピンクのインパチエンスに混じって

バッチフラワーレメディに使われているという

優しい藤色のインパチエンスも咲いています。

向こう岸にも、沼地の小道にも、

あ~~神様、ありがとう。


 

野生のインパチエンスは、これまでイギリスでは何度か見かけました。

デボンやコッツウォルズの小川のそばで、いずれも水辺に群生していて狂喜乱舞したものです。

けれど、このアスク川の岸辺に咲くインパチエンスは、私たちBFRPにとっては特別です。

何といっても、この場所で、このインパチエンスたちの先祖(?)が

インスピレーションとなったかもしれないのですから。


あわせて読もう1年前のウェールズの旅 

またしても、雨の植物園

今年の春はやっぱり不安定、3回目の植物観察会(4/26)はまたしても雨になり、今度こそ中止になりました。でも、クラブアップルも気になるし、オーク(ヨーロッパナラ)の開花が、今を逃すと観られないかもと思い、大雨を覚悟して出かけました。で、オークの前にいくと、同じ思いに駆られた3人が集合(笑) 来てよかった! 

 

頂芽から勢いよく葉っぱが吹き出して、雄花も雌花も咲き始めです。こんなのを見せてもらえるなんて、うれしい!ありがとう

 

シュッシュッと音を立てているみたいに一気に目覚めました。まるでマジック!

 

 


オークの雄花と雌花

 

柔らかな若葉の縁は仄かに赤みを含んでいます。雄花は尾状花序で垂れ下がるように咲き、風の吹くに任せて、大量の花粉を飛ばすのです。雌花は痛々しいほど赤くて小さくて上向きです。花粉を上手に受け取れますように




私たちの定点観察では、歩くルートをほとんど変えず、順番に丁寧に見ていきますが、今日ばかりは、雨がひどくならないうちに、クラブアップルを先に見ることにしました。開花すると真っ白なのに、蕾や咲き初めは薄紅です。美味しいのでしょうか、虫食いが目立ちます。



雨がだんだん激しくなってきました。もう帰る、とは誰も言わず、いつものように、立ちどまり、観察し、話しかけては、歩きます。「雨の日もいいね」と言いながら。バイン(葡萄)、ハニーサックル、みんな蕾が膨らみはじめました。

 

池のそばのアスペンの花はどんなだろう。花が咲いている様子ですが、木が高いのと、建物の屋根に邪魔をされてよく見えません。ところが、ふと地面を見ると、花が一杯落ちているではありませんか! アスペンの花を見るのは初めて。

バッチフラワーのアスペンの画像では、ちょっと不気味な印象を抱いていたのですが、ここのアスペンの花は白くてふわっふわの綿毛のようです。


東海の森に入ると、雨のせいか、よりひっそりとしています。冬の間は、葉を落として明るかったブナの森も、もうこんなに繁ってきました。これからさらに緑陰も深まっていくことでしょう。私がずっと観察しているブナの小枝、去年は一年間、全く様子を変えなかったのに、今年は、葉を出していたので、びっくりしました。今年は変化が楽しめそうです。雨脚が強くなり、スケッチできるような状況ではありませんが、次回に期待をつなぎます。もう、カメラを構えることもできないほどのひどい降り。それでもいつものコースをずぶ濡れになりながら楽しそうに歩く3人でした。あ~~寒い、何か温かいものを食べに行こう!!


 

次回の植物観察会は、きっと晴れる! ぜひスケッチブックをもってご一緒しましょう。

第15回植物観察会

5/17(水)10:30

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。

雨の植物園

オークの冬芽

2017年春の植物観察会の2回目は、あいにくの雨になりましたが、先発隊情報によれば、チェリープラムが満開とのこと。これは何としてでも会いに行こう。

 

前日は20度まで上がったというのに、一気に気温も下がり、寒いことこの上なし。傘を持つ手が凍えるので手袋持参です。 

 

スケッチは諦め、いつものルートを、いつもの植物たちに声をかけながら歩きます。前回来たのが3月上旬でしたからほぼ3週間ぶり。オークやホワイトチェストナットは、見た目はほとんど変化がありませんが、なにやら、もぞもぞしているのが伝わってきます。

花畑のほぼ中央に立つ1本のチェリープラムは満開~散り初め。東寄りに2本並んでいるチェリープラムは葉っぱが花と一緒に出てくる種ですが、こちらは蕾がまだいっぱいついています。それにしても花の裏側までちゃんと五角形で美しいこと。誰がこんな風に設計したのでしょうね。

植物園内には、あちこちに屋根付きの休憩所があります。私たちが必ず歩く、「BFRP」東海の森のルートにもドングリ広場やロックガーデンには、そんな場所があります。そこでスケッチをしたり、お弁当を食べたりするのですが、雨宿りもかねておにぎりを食べ始めると、どこかから、ジョウビタキがすぐそばまで何度もやってきました。雨の降りしきる中、可愛い姿とさえずりに心なごみます。いつもは気付かないで通り過ぎていたアカシデ(ホーンビームの近隣種)が、驚くほどたくさんの花を咲かせていました。若葉が出そろう前の今が、花の見ごろです。エルムの花に負けず劣らず地味ではありますけれど。

からし菜(マスタード)も大きくなりました。花も咲き始めています。右は3週間前。次に来る時は花盛り!

3月上旬のからし菜(マスタード)



 

次の植物観察会は、春もたけなわ

スケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第15回植物観察会

4/26(水)10:30 名古屋市東山植物園に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

ハルニレ(エルム)の花

 

今、仲間うちでは、ハルニレ(エルム/オウシュウニレの近隣種)の開花の話題で持ちきりです。残念ながら東山植物園には観察できるようなハルニレがなく、名古屋大学構内とか、守山区の朝宮公園など、ラインやMLで、開花情報が回ってきて、それを読んでいるだけで、なんだかそわそわしています。このところ忙しくて東山植物園が精一杯の私のもとへ、ハルニレの小枝が届きました。もちろん花芽付きです。仕事の合間、夜な夜なデスクの前で、ルーペを覗いています。ハルニレは樹齢500年とも言われ、美しい樹形の堂々とした落葉高木です。秋に花が咲くアキニレ、ハルニレは春に花が咲きます。

ハルニレ エルム

札幌・北海道大学植物園のハルニレ


ハルニレの小枝が届いたのは3月初めのことです。朝、出かける前に赤紫の花芽をスケッチした後、夕方に戻ると、すっかり様子が変わっていて驚きました。その形や動きを言語化するのは、とても難しいのですが、まずは、見えるところで。

 

開花前の花芽は7ミリくらい、枝にくっついて束生、小さな球状をしています。筒状の花被、ひとつひとつに、花柱が2裂した白いモールのようなめしべと、細い花糸の先に赤褐色の葯を持ったおしべが4-5本入っています。軽く触れると白っぽい花粉が飛びました。

おしべが突き出たぶん、全体に少し大きくなりますが、それでも1センチに満たない大きさです。老眼の私には、ルーペなしに、めしべもおしべも見ることができません。そして、どんなに倍率の高いルーペを使ったとしても、外側はどこまで行っても外の世界。そこからどうやって植物の深みに入っていけるでしょうか。

 

「エピレマ」 ゲーテ

 

そうだ 自然の観察に際しては
「一と全」とに眼を注げ

内にあるものもなければ

外にあるものもない

内がそのまま外なのだ

さあ ためらわず掴みとれ

広く知られた聖き神秘を


さあ 眼をひらけ 真実の現象に

さあ たたえよう 真剣な戯れを

生きるものは「一」でなく

それはいつでも「多」からなる

こちらも北海道大学植物園のハルニレ、オイリュトミー仲間と訪れたからか、この時には木の回りをぐるぐる回り、踊り出したい気分でした。ニレは素早い動きのマーキュリーと関連付けられますから、その衝動はぴったりだったのかもしれません。巨樹のそばに行くと、なぜか笑えてきたり、崇高な気分になったりしますが、観察には、部分と全体を捉える眼差しとともに、自然に湧きおこるイメージも大切にする必要があるのでしょう。


新しい息吹の春に

オークの冬芽

今、仲間内ではハルニレ(エルムの近隣種)の開花が話題になっていて、そわそわしているところですが、恒例のBFRP東海の植物観察会が近づいてきました。

というわけで、今日はその下見です。今冬は鳥インフルのために動物園が一時閉園になっていた関係から、私の年間パスポートも、期限が2か月伸びました。それはちょっとうれしい。

 

まずは、植物園門から入ってすぐのところにあるオウシュウナラ(オーク)の冬芽にご挨拶。まだまだ固い。トップから見ると美しい五角形をしています。この芽がどんなふうに変化していくのか楽しみです。それにしてもこの場所は、巨大に成長するオークには全く似合いません。何とかしてよ。東山植物園~

フクジュソウの蕾は黒いって知ってました?毎年見ているはずなのに、私は初めて気づきました。積み重ねないと意識に残らないことってあるものです。葉っぱの間で黒く目立たなかった蕾が開くと、中は鮮やかな黄色!そのコントラストは見事です。まだ色味のほとんどない草むらでは、クロッカスがいい声で歌っていました。

 

宿根庭園の上にあるハニーサックル、昨年はバッサリやられて、勢いを失ったのかあまり伸びず、花もほんの少しで寂しい限りでした。どうしてここまで切り詰めてしまうんだろう。今年はどうか、このままそっとしておいてほしい。2年越しできっと沢山花を咲かせてくれるはず。

 

イギリスのバッチセンターにあるハニーサックルは、エドワード・バッチが住んでいた当時からあったとか。ということは、すでに80年以上の株ということになります。初めてバッチセンターを訪れた9月初旬、花が終わって透き通ったプルップルの赤い実をつけていました。東山植物園のハニーサックルは、バッチセンターのものに比べると、ちょっと小ぶりですが、日当たりがいいからでしょうか、長く花を咲かせて楽しませてくれます。今年はそのようでありますように。

「確か、この辺りにセンニンソウ(クレマチス)があったはず」と、その痕跡を求めて地べたにへばりつく仲間たち。次の季節が巡ってくれば、ちゃんと生えてきてくれますって!!ところで、我が家のクレマチスは1本は枯れたようになっていますが、もう1本は冬でも緑の葉を落とさずにいます。同じ種でも、環境によってまるで異なるのは、人間にも言えるかもしれません。東海の森の明るいブナ林(ビーチ)、芽吹きにはもう少し時間がかかりそうです。

トチノキ(ホワイトチェストナットの近隣種)の大きな頂芽。まるで銃弾のようです。芽鱗もはっきり見えていますが、まだ目覚めていないのか、水飴みたいな樹脂は少なくて余りべとつきません。数年前になりますが、初めて東山のトチノキを見て、その頂芽が樹脂でピカピカ光るということを知った時は感動しました。 葉痕は大きく、はっきり点々と維管束を見ることができます。西洋トチノキは、フランスではマロニエ(馬栗)と呼ばれますが、この葉痕はまるで馬の蹄鉄のようですね。昨冬に観察したトチノキの頂芽を、今春も継続してスケッチをする予定です。

写真に撮って、後からしげしげと眺めるのもいいのですが、スケッチにはスケッチにしかないよさがあります。上手には描けなくても、それはちっとも構わない(もちろん上手なほうが気持ちいいけど)。なぜなら描くことで、自分がその植物の中に入り込んでいけるから。直線的、曲線的、枝や葉にはそれぞれのリズムがあって、植物たちが、惜しげなく見せてくれる秘密に気付けるのは、スケッチ以外にはないのでは?と思うほどです。

イヌシデ(ホーンビームの近隣種)の種は、天使の羽がついているみたい。丸い種はモミジです。

落葉松(ラーチ近隣種)の芽吹きはこれからです。ドキドキするほど美しい雌花は、みんなの人気者

あと一か月もすれば、ここはカラシナ(マスタード)の黄色い花が一杯咲きます。これがマスタードってわかるのがエライでしょ!


 

春はスケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第13回植物観察会

3/9(木)10:30に名古屋市東山植物園に集合です。

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

エドワード・バッチの人生

 

BFRP東海主催の木曜会では、バッチフラワーの「七つのカテゴリー」に再挑戦したわけですが、そこで改めてバッチ博士の人生を概観したことは、前のブログにも書きました。

 

ある意味、ゴシップネタも交えながら、人間バッチに迫るというのは、別段、目新しいことではなかったのですが・・・。

 

シュタイナーの七年周期の呼吸のリズムで作ったメタモルフォーゼのチャートからは、彼が50歳で亡くなったことの意味さえ、解き明かされていくのが、非常に興味深いところでした。

 

1935年、フラワーレメディのヒーリングシステムを完成させたバッチ博士は、そのレメディ発見の途上、それまで12ヒーラーと4ヘルパー(7ヘルパー)と分けてきた考え方を、完全に手放します。そしてシンプルに38種類全体を「7つのカテゴリー」に分類しました。

 

私がプラクティショナーになり、実際にレメディを選ぶ際に、バッチ博士が最終的に提示した「七つのカテゴリー」はとても役立つ、というのが実感です。感情には様々なグラデーションとバリエーションがありますから、確かに分類すること、そのものが難しいのは仕方のないことです。

 

例えばゲンチアナのレメディが示す悲観的な傾向は、感情としては落胆とか失望という言葉で表現されますが、なぜその人がすぐに、起こった出来事や自分自身を疑ってしまうのか、というところに注目すると、このレメディが「失意と絶望」に分類されず、「内心の不確かさ」に分類されていることに、なるほど!と、納得します。こうしたレメディの区分けは、バッチ自身が医療従事者として、また一人の人間として、様々に困難を抱える人々を観察することから、導き出していったと思われます。

 

30代に入ってすぐ、一度、死線をさまよったエドワード・バッチは、自らの研究に没頭することで、健康を取り戻していきます。そして、近代医学からホメオパシー、バッチフラワーの発見へと歩を進めるたびに、それまでの名誉や地位、経済的な評価を惜しげもなく手放していきます。

 

健康に生きるということはどういうことなのか。病にはどんな意味があるのか。1人ひとりの人生の課題と目的とは?人はどう生きるのか?という、誰もが一度は抱く根源的な問いに対し、バッチは自らの生き方を通して、未病、予防医学の分野を拓き、未来の医療の方向性を指し示したと思われます。

バッチセンター

19歳のエドワード・バッチ(ウェールズで)

若々しい白いシャツが目に染みる!

バッチはその血筋にウェールズの流れを汲み、

ウェールズの土地、自然から

様々な直観を受けていたようです。

クローマーの浜辺でバッチとノラウィークス

バッチ博士が愛したクローマーの浜辺で。

左端がバッチ、一人おいてノラ・ウィークス

エドワード・バッチ「オリジナルライティング」

画像は「オリジナルライティング」から

 バッチ博士が、レメディを発見した、

ウェールズ・クリックハウエル、

ノラ・ウィークスが描いたスケッチも載っています。


バッチフラワー七つのカテゴリー

 

あと数日に迫ってきたBFRP東海の木曜会

~七つのカテゴリーを紐解く~の準備に

頭のてっぺんから湯気が出そうな毎日です。

(の割には、こうしてブログを書いてます)

 

バッチフラワーの七つのカテゴリーについては

昨秋の関西で、一度テーマにしていますが

今回の参加対象が、レベル3以上ということで、

マニアック度をさらに上げています(笑)

 

今回は、新たにエドワード・バッチの人生を、七年周期に基づいてチャートを作り、あれこれ展開しています。とはいえ如何せん、人生前半期の情報が少なすぎです。もっと個人的なこと、バッチさん、教えて!

 

ただ、人生の全体図を俯瞰して、「なるほど」と思うところがあります。それは人生の呼吸が、とてもはっきりしていることです。あゝ、今は吸い込んでるとき、今は吐き出すとき、というメリハリがあり、晩年には前倒ししたかのように、後半分の呼吸をきっちり使い、メタモルフォーゼを完成しています。

 

意味、わかる?

わからないよねえ(笑)

 

調べたいことがあり、急きょ、ロンドンの娘からバッチの「オリジナルライティング」を送ってもらいました。その中に、ノラ・ウィークスが描いたウェールズ、クリックハウエルのスケッチがあります。そこにはバッチ博士が初めてレメディの植物を見つけたアスク川の橋のたもとに、はっきりとポイントが示されているのですが...昨夏訪ねた時には、残念ながらそこに植物は見つけられませんでした。スケッチに描かれている道路は変わらなくても、植物は生きやすいところへ移っていったのかもしれません。あゝリベンジしたい、ウェールズ。

 

さて、七つのカテゴリーにどこまで迫れるか。

う~む、私よ、頑張りましょう。

クリックハウエル橋
バッチセンター
バッチセンター内部 古い器具も
バッチ博士お手製のチェアにあなたも座れます

イギリス、バッチセンター 

週日は、誰でも庭や内部をみることができます。


最後のPTT6回コース

 

新着情報にも書いたとおり、2017年から

愛知県の講師は2人体制となり

BIEP・PTT(6回)コースは、

牧野宏江新講師が担当し

私はレベル1の2日間コースだけを担当します。

 

奇しくも 2016年9月~10月に開催した

クロイツでのPTTコース

この期が、私にとっての

最後の6回コースとなりました。

 

8年間、このログハウスで、

たくさんの方々が学んでくださいました。

皆さん、本当にありがとう。

 

私の願いは、一人でも多くの人が

バッチフラワーという

比類のないツールを使って、

感情を観る方法を学ぶこと。

 

自分自身を癒す、

こんな強力なツールを使いこなせたら

人生はどれほど異なった局面が

見えてくることでしょう。

クロイツでのバッチ国際教育プログラム

講師が二人体制になるということは

自ずと開催回数が増えますから

ご不便をおかけすることもなくなります。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

2日間コース 2017/2/18-19 豊田市

6回コース  2017/3月、5月開講 名古屋市


晩秋の植物観察会2016

晩秋の植物観察会2016~東山植物園で

 今日はとても冷えます。背中のリュックの中には小さなおにぎりが二つ。白湯を入れた水筒、スケッチブックに鉛筆、カメラ、ポケットにはすぐに取り出せるよう愛用のルーペを入れて、今年最後の植物観察会で東山植物園へでかけました。いつものコースをBFRP東海のメンバーたちと一緒に、バッチフラワーの植物たちに挨拶しながら歩きます。ピークを過ぎたとはいえ、紅葉が美しく、人もたくさんでいつもより賑やか。と言っても、植物園は動物園エリアに比べると静かです。 

ヤナギを見に今日はビオトープも回ります。ヤナギも小さな冬芽を抱いています。水辺に生えているガマの穂を見つけ、夢中になって遊ぶ仲間たち。ちょっと触ると、急にふわっふわの綿毛が勢いよく飛び出してきて、風に乗ってぱあっと飛んでいきます。みんな代わる代わる池の中の足場まで入り、子どものように歓声を上げています。私も、私も!もっともっと!!あゝ、楽しかったね!!!

 

東海の森に入る手前に、奥池があります。ここは植物園内で最も大きな池です。その休憩所のそばに立つのはヤマナラシ~バッチフラワーのアスペンです。ほら、真ん中の黄葉している木です。アスペンは、葉柄が長く、ちょっとした風にもちらちら葉っぱを揺らすのが特徴。その姿が表す通り、不安に襲われて激しく揺すぶられるような時に使います。


 

 2016年秋の植物観察会は、9月、10月、11月と3回。9月は雨が続いたせいか、ブナの森はキノコが至るところに生えていて驚かされました。スケッチをしている顔と言い、足と言い、蚊が押し寄せて描いていられないほど。10月には季節の移行が顕れ始めたものの、まだ密やかでもあり、準備途上の冬芽の姿に、我が身を重ね合わせもしました。11月、紅葉も進み、葉を落としてすっきりと骨格だけになった木々は、より本質的にその姿を見せてくれます。葉がある時にはわからなかったことが、顕わになってきます。同時にそこで準備されている姿も。それにしても、準備しているのが見える時には、もうできている時なのです。となると、準備って、いったい、いつするのでしょう。

 

BFRP東海のブログで、11月の植物観察の詳細をご報告しています


安曇野のウォルナット

突然降ってわいたような話ですが、こういうことは案外よくあることで、とんとん拍子に話が決まって安曇野でバイオグラフィーワークをしてまいりました。その前に立ち寄ったのが諏訪の富士見高原。八ヶ岳南麓のこの辺りは、富士山と、南アルプスと八ヶ岳に囲まれた、それはそれは風景の美しいところです。この空気感はやはりここまで来ないと望めない。

 

 「山派?海派?」は、「犬派?猫派?」と同じくらい、質問によく出るものですが、伊勢志摩の海を背景に育った割に、私はいつからか山派になってしまいました。水のある風景にも惹きつけられるますが、清明な空気感はやはり山のものでしょう。 いいなあ~こんな風景が毎日見られるなんて。って、さらに水辺があれば最高!イギリスの湖水地方の風景。どう? 日本vsイギリス?


 

中央道から長野道へ入り、安曇野に移動

 

厳かな雰囲気の山荘

針葉樹の林の中に

まっすぐ伸びた長いテラス

 

雨の滴がつくる無数の水の輪

 

渡る風

 

枝のなる音

 

鳥の声  すべてが一幅の絵のようです

 

 

お昼ご飯は新そばを食べに。

有名なお店らしく、なんと1時間待ち。

こんな地方でもまるで都会並みです。

待ってる間に散策をすると… 

 

素晴らしい胡桃(ウォルナット)の木が

畑の隅にどど~んと立っておりました。

 

少し枯れかけた葉っぱの間に、

緑の実がいっぱい成っています。

柵など巡らされておりましたので、

あんまり派手にはそばに行けなかったのですが、

そういいながらずんずんと近くまで。


 

バッチフラワーのウォルナットは

とても便利なレメディで、私は大好き。

カテゴリーは

「人や周囲に敏感すぎて影響を受けやすい」

に分類されています。

別名「鎖の断ち手」と呼ばれていますが

強い他者のパーソナリティや、周囲のしがらみに

ついつい影響を受けてしまうとき、

転居、転勤、入学、卒業、就職、結婚、更年期などなど

人生の、また心身の、様々な移行の時を、

やさしく守り、変容を助けてくれるレメディです。

人の多いところへ出かけると

すぐに疲れる私には、必携のレメディ。

お世話になってます。

お~ぃ、ウォルナットや~い

今度は花が咲いてる頃に来たいよ~~~


移行の季節

秋の植物観察会2016~東山植物園で

 来る日も来る日も雨か曇り空~これではイギリス人じゃなくても、お天気でゴース(希望を失くした時に使うバッチのレメディ)になっちゃう、と笑い話ではなく本気で思うほどでしたが、ピンポイントで雨が上がったのはスゴイ!

 今日で9月も終わり、夏でもなく、秋でもない。そんな移行の季節の植物たちはどんな表情をしているのでしょうか?

 新旧取り混ぜて集まった10人で、いつものコースを植物に挨拶しながら回ります。先発隊のチェックの通り、春までは、雑草扱いだったクレマチスが、観察者(私たちのこと)が押し寄せたからか、「センニンソウ」と小さな白い名札をつけてもらっていました。よかったね、エッヘン!名前が付くとちょっと格上げした感じです。オークはドングリをいくつかつけていますが、剪定のきつかったハニーサックルはちょっと淋しい。

それにしても、なんだかさえないのはお天気のせい?

いまいちジミ~な雰囲気が植物園内に漂っています。これって移行期だから?

 

季節ごと、当たり前のように姿を変える植物。花から種に、種から花にメタモルフォーゼ!(すべてクレマチス)

子どもでも、乳歯と永久歯とが生え変わる頃とか、ツクツク背が伸びていくときとか、縦横のからだのバランスがちょっと変に整わない時期、可愛いんだけど、妙に不細工になったりします。私たち現代人は、できるだけピーク(若さ)の丘を長続きさせたい、って思っていますが、それってホントにいいのかな、と時々自問自答します。特に植物の変化を見ていると、人間だけが同じところに止まっていられるわけがない、と思うわけです。つまり宇宙と呼応するように、植物は季節のめぐりを知っていて、ちゃんと次の段階に移行していくけれど、人間は特別で、外見は若さを保ったまま、内的に成熟できる? のかな。いやあ、そうじゃないでしょ。内的にも成熟したくない人もいるかもしれないけれど、昨日より今日がよくなろうとするのが自然の摂理。そのために次の扉を開けるには、何かを手ばなすというのは、浦島太郎に限らず昔からのお約束。


 

 一番きれいな時っていつなんだろう。花が咲くころ?

そう、花が咲くとみんな目が惹かれる。きれいな色がパッと辺りを染めて、香りもして、虫を呼び寄せる。植物は様々な方法で次の世代につながっていくけれど、受粉した途端に、色も香りも目的を果たしたかのように収縮へ向かう。

 誰もが知っている、花の美しさは永遠じゃない。

 永遠じゃないからこそ、美しい。

 それも誰もが気づいていること。

 

 

 

 じゃあ、移行期って本当にさえないのかな。ただ、見る目がないってことなんじゃないかな。私の中にある、きれいの基準が、花とか若さとか可愛さとか、スマートさとか、そういったものしか認めていなかったら、当然見落としている「美」があるってことだもの。

 そう思っていたら、今回、素敵な発見が、スィートチェストナット(栗)をスケッチしていた仲間から、もたらされました。ほら、栗のイガの頭のところ、雌花の名残が見えるでしょ。雌花の下が栗の実!!そしてイガイガの形の美しいこと。まるで1本1本が木のようで、みんな、目をキラキラさせて見入りました。見る目があれば、世界はどんどん美しくなるのかも。

 

BFRP東海のブログで、植物観察の詳細をご報告しています


関西の仲間たち

 

2016年春、満開の桜が祝福するかのように

発足した「BFRP関西」、

秋の勉強会にも、呼んでいただきました。

ちょっと顔見知りになって、

親しさが増した関西の仲間たち。

BFRPからレベル1受講済みの方々を対象に

「七つのカテゴリーを紐解く」と題して

バッチフラワーの世界に

ゲーテ・シュタイナー的アプローチで迫ってみました。

 

どう迫ったか・・・その謎解きは

1930年代、エドワード・バッチが発見し、

人間の感情類型に基づいて作った7つのカテゴリー、

そこに込められたバッチの伝言をどうしたら、

正しく受け取れるのでしょうか。

愛知県でバッチ国際教育プログラムを担当しながら

このカテゴリーの謎解きこそが、

バッチをさらに興味深い世界へと誘ってくれる、

と、私は思っているのですけれど、

まだまだ奥は深く、今の段階では、言葉足らずの感があります。

そのもどかしさもありながらですが、

 

関西の仲間たちには、どんな風に伝わったかしら。

 

またお会いしましょう。地域は異なっていても同じ空の下、

バッチフラワーの使い手として、伝え手として

大人の自己成長を目指して、日々研鑽していきましょう。

 

ウェールズ~5

狭いと怖い、広くても怖い

行きも帰りも

草の生い茂る道なき道を、かき分けかき分け登ったところは、まだまだ中腹。ちょっと一息つきましょうと、周りを見渡せば、ヒルトップから流れてきたらしい清冽な湧き水。ここでもワイルドローズがいっぱい咲いています。

気持ちいい~~~~!!思わず万歳をしたくなるのはなぜ?

 

花はまだ咲いていませんがアグリモニーも、そしてホリーもたくさんありました。もうちょっと歩いてみようか、と言っても、道はもうありません。ただただ草むらを風の通り道に従って上るのみ。オークの林の手前に、まるで拒絶するかのように高い柵が・・・めげずによじ登り、しばらく歩いていると、雨がぽつぽつ落ちてきます。さっき大喜びで写真を撮り合った時に姿を現していた大きな黒雲が、みるみる広がり、雷も聞こえてきました。狭い道も怖かったけど、広いところはもっと怖い。二人とも急に恐怖にかられ、帰ろうと意見が一致。さっきの道を通るのは憂鬱だけど、でもそれが一番安全。ということで、致し方なくまたしても柵をよじ登り、草原を突っ切り、ワイルドローズに別れを告げて、再び叢に閉ざされた道なき道、しかも今度は下り坂。顔も身体も、ビシバシと草や枝に叩かれながら、それでも何とか麓に到達できました。あゝ、ほんと恐かった。ネトルにやられたらしく、肘のあたりがピリピリしびれています。 

道なき道を上ぼりきると、広々と開けた草原、風に吹かれて私は凧~~思わず歓喜のポーズ!

クリックハウエル ドラゴンインで

雨に濡れながらクリックハウエルへ、身体も冷えてしまってまずは熱い紅茶を一杯。パラソル越しにテーブルマウンテンが見えます。あんな遠いところまで、私たち行ったんだね。但し途中までだけど(^^ゞ

昨日も食事をしたドラゴンインは私たちが泊まったベアースからもすぐ近く。見晴らしのいいガーデンがあって宿泊もできるみたい。日本にいる時よりずっと紅茶が美味しいのはやはり水が違うからかしら


ウェールズの旅

ウェールズ~4

テーブルマウンテンへ

バッチ博士の軌跡

エドワード・バッチは1928年9月、のちにバッチフラワーと呼ばれることになる植物のまずは3種類、インパチエンス、ミムラス、クレマチスを、アバガベニ―とクリックハウエルの間を流れるアスク川のほとりで見つけました。当時、バッチ博士は、すでにバッチの七大ノソードと呼ばれる経口ワクチンを発見、その効果は絶大で、彼の名はイギリス国内だけでなく、アメリカをはじめ海外にまで轟き、彼の研究所には世界中の医師から標本が送られていたようです。けれどバッチ博士は、七大バクテリアに代る野草を見つけたいと考えていました。ウェールズヘの旅は、人々の健康を願うバッチにとって、やむにやまれる思いに駆り立てられたものだったのです。

 

今回のウェールズの旅は、バッチゆかりのアスク川周辺を歩くこと、もちろんレメディの植物と出会いたい期待はあるものの、事前の準備も中途半端でちょっと衝動的でした。どこへ行こうかと、クリックハウエルのインフォメーションに入ると、案内の女性は興味津々で何人か?と聞いてきます。日本人だというと、急に目を輝かせてここに始めてきた日本人だと言われ(そんなはずはない、と思いながらも)記念にノートに日本語で名前を書いてきました。

 

その彼女のおすすめはテーブルマウンテン。ここなら軽装備でも大丈夫、道には植物がたくさんあってラブリーとのこと。バッチはこの周辺でヘザーとロックウォーターも見つけています。それはひょっとすると、テーブルマウンテン辺りだったかも!? と、その気になって、1ポンドで地図を買うと、勇ましく歩きはじめました。フットパスの道しるべ、清らかな流れ、牧場、あちこちの花を眺めながら最初は調子よかったのですが、草が覆い繁って道はなくなる、前が見えないほどの植物で、これ、本当に道?これで大丈夫?と不安になりながら、坂道を登ること1時間。やっと広々とした草原に出た時には、心底ほっとしました。汗びっしょり。ふ~こわかった・・・ 

振りむけば、眼下にはクリックハウエルの町。思わず歓声をあげました。吹き抜ける風が気持ちいい!!

アスク川へ降りていく道で見つけたクレマチス。「おじいさんのあごひげ」と呼ばれるとおり、花が終わった後に出てくる種子の綿毛部分

FOOTPATH TO TABLE MOUNTAIN と書かれた標識。この矢印に従って歩いたのですが・・・

右端の大きな木はワイルドローズ。沢山花をつけていました。こんな大きなワイルドローズの木は初めてです

ワイルドローズの木の脇に小さな石段があり、それを乗り越えると草原に出ます。さやさやと風に揺れる草、バターカップの黄色い花、秋の終わりには、アグリモニーやヘザーも咲くことでしょう。ところどころにある大きな木はオーク。

それにしても、もうヒルトップだと思っていたのに、テーブルマウンテンの頂上は、まだまだ先(涙)


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~3

アスク川周辺

クリックハウエル橋

ホテルに荷物を置いて、お店が立ち並ぶハイストリートを

抜けると道はなだらかに下りはじめ、

ブリッジストリートに入ると急坂になって橋に出ます。

クリックハウエル橋は、ウェールズで最も長い石橋なんだそうです。今はその上を車がびゅんびゅんは知っています。一方から見ると橋梁のアーチは13なのに、もう一方から見ると12しかない、というのが特徴らしい。

 

アスク川の水は茶色に濁っていますが、悠々と白鳥が一羽

川沿いの道はオークやウィロー、アスペンがのびやかに枝を伸ばしています。けれど、バッチが見つけたという、ミムラスやインパチエンスの姿は見当たりません。やはり、あの頃の清明な流れは失われたのでしょう。それでも川べりの草むらには、ワイルドローズやバターカップ、アンジェリカなどが咲き乱れていました。


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~2

クリックハウエルへ

アバガベニーからクリックハウエルへ

 

アバガベニー(Abergavenny)のタウンセンターのバスターミナルから、クリックハウエルにはバスを利用。

近くに教会の塔が見えます。ゆっくり過ぎてゆく時間。バスを待つ人の中には子ども連れもいますが断然、高齢者が多い。

この人たち、もう投票行ったかなあ。

どっち入れたと思う?(長女との会話)

絶対、離脱派だよね。ここはウェールズ

まわりはほぼ白人です。

 

数十分遅れでも、当たり前のように何の断りもなく、やっと来たバスに乗り込むと、アバガベニーのメインロードを抜けて美しい緑の中を走り抜けます。道はぐんぐん上ってクリックハウエルに到着。

 

なぜここに?

1928年、アバガベニーからクリックハウエルを流れるアスク川沿いで、エドワード・バッチは初めて後にレメディとなる植物を見つけたとか。

 

ホテルに荷物を預け、身軽になったら

さっそく川に向かいましょう。

 

今夜の宿はホテルベアー1432年創立というからかなり古い。実は次女が数年前、このホテルに宿泊。美味しかったよ、という言葉につられたというわけです。

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿です

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿はホテルベアーです。

家並の間に、壁だけになった古城のタワーの一部が今も静かに建っています


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~1