私のペット履歴

6/17(日)は、BFRP東海の特別講座、アニマルプラクティショナーの佐藤真奈美先生をお招きして、愛犬に寄り添うくらし~について、たっぷりお話を伺いました。

 

人間と犬という異種間であっても、家族として暮しを共にするには、どんな努力が必要なのでしょう。動物行動学的アプローチとはまた別の理解の仕方とは、いったいどんなことでしょう。

 

バッチフラワーを使うとき、対話に基いてレメディを選ぶのは、プラクティショナーなら誰でも知っている基本中のキですが、佐藤先生のアプローチは、人と人との間で交わされる対話と同様、人と動物のあいだにも、対話が成立するという地平に立っています。つまりペットも、様々な要因から、不安や怒り、不安定さ等々に陥るとき、そこには必ず意味があり、それが人間にとって問題行動と映ったとしても、まずしっかりとその声を聞き、そして受けとめ、説明すると言ったプロセスを重要視するということです。これはペットに限らず、子育てにも通じる、コミュニケーションの極意なのではないでしょうか。

   *   *   *

 

それにしても、私が小さかった頃(1950年代)と比べると、現代のペット事情は隔世の感があります。当時、犬猫は買うものではなく、貰うとか拾うというのが主流でした。どこの家でも犬たちは、あまり快適ではないところに一日繋がれて、冷ご飯に残り物の味噌汁をぶっかけ、みたいな食事をもらっていたと思います。野良犬も普通にいました。敗戦後、社会は落ち着いたとはいえ、それでも、多くの人々にとって、食べるものに事欠いた記憶は、さほど遠いものではなかったはずです。犬猫はペットというより、番犬、ネズミ捕り、みたいな感じで、家畜に近かったのかもしれません。

 

いつ頃から犬猫はペットになったのでしょう。

確実に言えるのは、以前はもっと短命だった犬や猫が

ペットになってからは長生きになったことです。

 

私は小さい頃、特に犬が好きでした。どこの犬でもすぐに触ろうとして、咬まれたことも二度三度。それでも動物に対する恐怖心に繋がっていないのは、ちょっと面白いと思います。なぜかなあ。そんなことをつらつら考えているうちに、自分のペット履歴を辿ってみようと思い立ちました。

 

 

第1七年期 幼児期

物心ついたときには、猫がいたような...。名前も種類も何も覚えていません。気配のみ。

 

第2七年期前半 犬 雌 雑種 ユリ 外飼い

はっきりと覚えているのは、名古屋の親戚から紀州犬の雑種をもらってきたこと。冬の初め、子犬は父のコートのポケットにすっぽりと納まって、電車に乗って伊勢までやってきました。私は父にくっついて座り、横からポケットに手を突っ込んでは、子犬の感触を楽しみました。どんなに心が弾んだことでしょう。誰が名付けたか、「ユリ」という名前でした。

 

お産もしました。部屋を暗くして段ボールに布を敷いて、、、子犬たちはどうしたのでしょう?全く記憶がありません。知らない間に親がよそへやってしまったのでしょうか。やがてユリはアカラスという皮膚病になりました。赤くなった皮膚を母が洗っては、薬を塗っていたのを覚えています。いつ死んでしまったか、その時私はどうしていたか、全然覚えていません。

 

第2七年期後半 後半 犬 雌 雑種 ジュリ 外飼い

そのあとにやってきたのは、これまた雑種の「ジュリ」でした。ユリも白い犬でしたが、ジュリも白い中型件でした。可愛かったけどやんちゃでよく逃げ出すので、泣きながら探しに走り回りました。ユリに比べると、ジュリはかなりのアンポンタンでした。

 

ある冬の朝のことです。近所のチカちゃんと学校へ向かって歩いていると、いつの間にか逃げ出してきたジュリが、私のあとをついてくるではありませんか。学校までは1時間ほどかかる距離、もうすぐ学校につくというところでしたから、連れて戻ることもできません。「ジュリ、家へお帰り」そういって背を向けて歩き出すと、後ろでなにやら物音がしました。振り返ると、ジュリが「肥溜め」に落ちていました。今ならありえないのですが、当時の農村の風景としては、ごく当たり前に、畑のあちこちに、小さなお風呂ぐらいの「肥溜め」が蓋もされずにあったのです。寒い時期のことですから、表面は固く凍っていたのでしょう。どうやらジュリはその強烈な臭いを発するものに引き寄せられ、上を歩いたようで、中ほどの柔らかいところに来て、ズブズブと嵌り込んでしまったのです。助けるのは、私しかいません。大急ぎで大きな木切れを拾って差し出すと、うまくしがみついて、何とか助け上げることができました。

 

ああっ、プルプルしちゃダメ~~と叫んでも、無駄です。

うううぅぅぅぅ・・・くさ~~い!!(涙)

 

必死にすがりつこうとするジュリを振り切って逃げる私

校庭中を駆け回り、挙句の果てに校長室に逃げ込んだ私は、ジュリに負けず劣らず大バカ者でした。

 

あとはご想像にお任せします。

 

 

第3七年期 十代後半の頃になると、我が家から動物の気配が消えていました。今、思えば、両親は私たち子どものために犬を飼ってくれていたのかもしれません。姉は大学で家を離れ、私は思春期真っ只中、自分のことだけで、精一杯でした。

 

第4七年期 鳥 コキボウシ(インコ)雄

外国航路に乗っていた叔父の家で、キボウシという大型のインコを見て、どうしても欲しくなり、次の航路で通るときにと、おねだりをしました。半年くらい経って、キボウシよりちょっと小型、体長25センチくらいのコキボウシが届きました。

 

全身が鮮やかな緑色の羽で覆われ、肩と頭の上がちょっと黄色くて、おしゃべりが大得意でした。名前は「ワイワイ」と名付けました。私が家にいると、ケージから出たがり、「ワ~イ、ワイ」と呼びかけます。電話のベルが鳴れば、いち早く、モシモシとご挨拶。結構長文もしゃべりました。私の肩の上が定位置で、くちばしで布を挟みながらよじ登ります。左肩から右肩へ行ったり来たり、私はジャングルジムか、という感じでした。おかげで私のTシャツはいつも穴だらけ、膝の上でひっくり返り、お腹を撫でてもらうのも好きでしたから、とてもよくなついていたのだと思います。

 

私が結婚して家を出た後、たまに実家に帰っても、もう以前のように、甘えたりしなくなっていきました。私は裏切り者だったのかもしれません。

 

画像はコンパニオンバード.コムのサイトで見つけて勝手にお借りしてきました。

https://コンパニオンバード.com/ この子、ワイワイにそっくりで、びっくりしました

 

第5七年期 犬 ポインター 雄 外飼い

子どもたちが3歳と1歳になった時、私たち家族はそれまでのマンション暮らしから、大地の上に引っ越しました。引っ越しの翌朝、玄関まで段ボールの山に埋もれているところに、やってきたのがイングリッシュポインターの雄「ビンゴ」でした。血統書付きの犬を飼ったのは、後にも先にもこの一度きりです。正直、このタイミングは最悪でした。ちょっと待って、と言ったのですが、こちらの都合は全く無視されてしまいました。ごめんね、ビンゴ、と今も悔いが残ります。

 

家の中はてんやわんや、子どもたちは小さくて、散歩に同行もできません。あっという間に1か月が過ぎ、2か月が過ぎ、社会性やしつけをする大事な時を逃しました。あるとき、林を夢中で駆けまわっている彼の姿を見て、その美しさにほれぼれしつつ、いたく反省。折よく警察犬のトレーナーの方と知り合い、それからは十分運動はさせてもらえるようになりました。ずっと後になって、ドラマ、ダウントンアビーの狩猟のシーンでは、何匹ものポインターが馬と一緒に野原を駆けまわる姿が出てきます。それを見るにつけ、そう、こんなふうに飼ってほしかったよね~と今も胸が痛みます。

 

第6七年期 犬 雑種 雌 外飼い  猫 亀 鳥

息子が小学校1年生になった時、同級生の親御さんから、犬を拾ったけどもらってくれないか、という話が飛び込んできました。すでに持て余し気味のビンゴがいましたから、無理無理、と断りたかったのですが、子どもたち3人の必死キラキラ瞳に負けて引き受けたのが、私にとっての最後の犬、「ミミ」です。名付け親は長女。冒頭の画像の茶色の雑種です。

 

それからしばらくすると、掃き出し窓の外に、毎日猫がやってくるようになりました。どこかの飼猫らしく、おびえた様子も威嚇するようなこともありません。ある日ドアを開けて話しかけると、スッと家に入ってきました。抱き上げて聞きました。「あなた、どこの子?名前はなあに?」、ふいにゴジャという声が聞こえてきたので、その子は「ゴジャラ」という名前になり、ゴジャラは毎日、息子のベッドで眠るようになりました。

 

また、近くの牧野が池公園では、甲羅がまだぷよぷよの亀を見つけ、うちの亀にしたり、ご近所からセキセイインコをいただいたり、木の上から落ちてきたヒヨドリの赤ちゃんをしばらく育てたり、30代後半から40代は、子どもたちの成長に動物たちも入り混じって、賑やかで華やかな一時代でした。

 

第7七年期~第8七年期  犬 猫 亀

ビンゴは8歳で亡くなり、取り残されたミミはとてもしょんぼりしていました。その頃、夫は入退院を繰り返し、私は付き添いで不在がち、末娘が一人で留守番をすることが増えました。一人では淋しいので、ミミは娘のナニー犬(?)としてめでたく室内犬に昇格。いざ間近で暮らしてみると、ミミの賢いことは驚くばかりでした。芸をするわけではないのですが、こちらの言うことがとてもよくわかるのです。興味深いのは、家族という群れの中で、ミミは下から2番目という位置取りでした。夫は入院中で不在、長女もイギリスにいて普段は家にいませんし、息子の関心はもっぱらゴジャラでしたから問題外、ミミにとって私はヘッド、末娘は面倒を見てやらねばならない存在、というわけで、私~ミミ~末娘という図式でした。

 

夫を見送り、実家の遠隔介護が始まると、いやがおうにも私は不在がちになりました。その頃には、ミミが大事にしていた(?)末娘もイギリスに行ってしまいましたし、息子も大学生になり、以前の私と同じ、自分のことで精いっぱいです。ゴジャラは相変わらず息子と寝ていましたけれど、ミミはどんどん老いていきました。母が逝く2か月前、ミミは末娘の帰国を待って、彼女の腕の中で息を引き取りました。

 

そしてそれから3年後、父が逝く5日前に、ゴジャラがこの世を去りました。私は伊勢におり、ゴジャラの最後の世話は息子がしました。不思議なほど、ペットと家族は強く結ばれていました。

 

疲れて帰宅すると、息をする動物がそばにいることの温かさは、何ものにも代えがたいものです。ですが、家族の不在は彼らにとっては甚だ辛いもののように思えて、それ以来、もう私のペットは終わり、と決めました。おわり

 

スターオブべツレヘム

 

熟れていく春。

 

今年はスターオブベツレヘム(オオアマナ)の開花も

早いに違いないと、

小石川植物園に確認の電話をしてみました。

 

予想通り、

 

もう、かなり咲いていますよ

とのお返事。

 

今回の関東行きの目的地は伊豆高原ですが、

それを聞いては、このチャンス、

見過ごすわけにはいきません。

熱海を通り越して東京へ、目指すは小石川植物園。

 

ここのオオアマナは植栽したものではなく

自然に増えたらしいのですが、

特にここ数年、爆発的に増えているのだとか。

 

我が家の庭にも、数株のオオアマナはありますが

こんな見事な群生は見たことがない。

別格です。

 

だって、至るところ、ずうっと、スターオブベツレヘムなんです。

特に、メタセコイヤの林の辺りは木漏れ日の下で

埋めつくすように咲く、ベツレヘムの星々・・・

それは、まるで宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる

まっしろな河原。

一輪一輪、花の中で小さな火が燃えている。

 

なぜか、ジョバンニになった気分で、

うれしいのか、悲しいのか、幸福なのか、さびしいのか

分からなくなりました。 

スターオブベツレヘム(オオアマナ)の群生

我が家のスターオブべレヘムはまだこれから。

やっと蕾が顔を出したところです。じっくり楽しみます。

アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第5章

第1章 第2章   第3章 第4章

 

小学生の頃、年の離れた姉から、何をだったかよく覚えていないのですけれど、好きなのを選べと言われて、どう答えたらいいのか困ったことを覚えています。それは、どう答えたとしても、馬鹿にされたり、否定されたりすることが分かっていたからです。姉から見れば、軽いいたずら、単なるからかいだったかもしれませんが、子どもの世界はかなり残酷です。私は家の中で委縮していた分、その反動で学校では自己主張の強い、アンバランスな子どもだったと我が身を振り返ります。後になってみれば、これも私が持つ課題のひとつだったのですけれど。

 

第5章は、そのように周辺からの影響を受けて判断が曇る人にとって、本当に大切なこと、守らねばならないことを、やや強い調子で語りかけます。

 

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第5章  

「真の個性の欠如(つまり、人格への干渉を許し、その干渉によって「ハイヤーセルフ」の命令に従うのが妨げられる状態)は、病気を作り出すのにとても重要な役割を果たしますが、しばしば幼児期から始まります。ですから今度は、親と子、学校教師と生徒との間の正しい関係を見てみましょう。」

 

興味深い書き出しで始まる第5章は、おそらくバッチ博士自身の実感を伴っているのではないか、とさえ思わせる具体的な内容を持っています。私自身もそうでしたが、幼児期から幼い人格は周りからの干渉を受ける、というわけです。バッチ自身も自分の幼少期を振り返ったら、そうだったのかもしれません。

 

親は子どもを物理的に地上に誕生させる仲立ちであり、ある時期までその若い人格の養育を担う役割を持ち、その魂が、自分で自分の若い人格の面倒をみられるようになるまで、優しい愛と保護と導きを与えること、というのはそうありたいと思いますが、決して見返りを求めず、ただただ与え、邪魔をしてはならない、と言われて、確かにそうだとわかっても、ついつい親のエゴが顔を出し果たしてどこまでできるかは疑問です。

 

私は第5章を読むと、いつも思い浮かぶ詩があります。

カリール・ジブランの『預言者』の中の一節、「こどもについて」

 

あなたの子は、あなたの子ではありません。

彼らは生命が、自らを待ち焦がれて生み出した息子、娘たちなのです。

あなたを通って生まれてきたけれど

あなたが生み出したのではありません。

あなたと共にいますが、あなたのものではありません。

 

子どもに愛を与えることがあっても、あなたの考えをおしつけてはなりません。

子どもには子どもの考えがあるからです。

あなたは子どもの肉体を宿すかもしれませんが

子どもの魂を宿すわけではありません。

子どもの魂が宿っているのは明日の家、

あなたが夢の中でも訪れることのできない場所だからです。

あなたが子どものようになろうと努力することもあるでしょうが

子どもをあなたの思うようにしてはなりません。

なぜなら、生命は遡ることも、留まることもないからです。

 

あなたは弓であり、あなたの子どもは、そこから放たれる命ある矢。

射手は無窮の道の彼方にある的を見ながら

あなたを力強く引きしぼるのです。

その矢が速く遠く飛んでいくために。

あの射手に引きしぼられることを喜びとしなさい。

なぜなら射手は、飛んでいく矢を愛しているだけではなく

留まっている弓をも愛しているのですから。

 

親の立場に立つと、いつも試される気がします。子どもの成長の過程で、様々に夢を描くからです。子どもが矢だとしたら、ともすると親は自分が射手になってしまい、自分という弓を自分自身で引きしぼろうとするのです。どの方向に向けて矢を放とうとするのか。例えば、自分が他者に干渉をされて育ったら、それが正しいかどうかではなく、あえてそうではない方向へ向けて、矢を放とうとするかもしれませんし、これくらい飛んで当たり前とか、これくらいは飛んでほしいと望むかもしれません。

 

「私たちは強欲の奴隷になりさがって、他人を自分の持ち物のように動かしたいという願望に駆り立てられることを拒否しなければなりません。私たちは与える技術を自分の中で奨励し、それを発達させ、その犠牲で、それに反する行動が跡形もなく洗い流されるところまで行かなければなりません。」

 

これは親だけでなく。学校の教師に対しても言えることだと、バッチは述べています。そして子どもの側から言うと、親の使命は神聖なものであっても、子どもの発達を制限したり、子どもが進もうとする道~魂の命じる~生活や仕事を邪魔する存在ではないこと、義務として押し付けるような存在ではない、ということをしっかりと意識する必要があるというのです。ほとんどあらゆる家庭で、完全に誤った動機と、親子関係の間違った認識から、両親と子どもたちは自分で自分の牢獄をつくっています

 

これは本当に恐ろしいことです。自分の考えだと思っていたら親の考えだったり、自分の感情だと思っていたら、実は親の感情だった、なんてことは、よくあることです。私は誰の人生を生きているのでしょうか、という問いにぶつかって、はじめて自分を閉じこめていたのは自分だったということに気づく人も少なくありません。

 

下の図は、彼の人生をバイオグラフィーワークの七年周期の考え方に沿って描いたものです。19世紀の終わり、産業革命発祥の地であったバーミンガム近郊、鋳物工場を営むウェールズ人の家庭の長男として誕生したバッチは、自然を愛し、感受性の強い子どもで、幼いころから、癒し手になりたいという願望があったようです。医療者への道は、魂の命令として彼の心をとらえ続けていました。けれど、実際はどうだったでしょうか。この時代、おそらく、家業を継ぐことは当然の成り行きだったかもしれません。16歳で学校を卒業したのち、しばらく親の工場で働いています。大学へ行く資金を出して欲しいと父親に言えなかった、という記述が残されています。それから4年後、やっとバッチは父親に医者になりたい夢を伝えます。そしてめでたく医療の道へ進みますが、彼がまっすぐに自分の夢に進むことができなかったことだけは確かなようです。けれど工場労働者とともに過ごした期間は、のちにバッチが医師になった際、彼らの経済的、身体的不安、自然と切り離されることによる苦しみなど、他者理解につながる意味深い経験となったのは言うまでもありません。人生の経験に、無駄というものは何もないということなのかもしれませんね。

2018年春の植物観察会

春が来た!!とばかり、いよいよ今年も春の植物観察会が始まりました。前日から、ひとり大騒ぎしていた割には、出かける直前に仕事が入り、またしても遅刻。集合場所に到着したのは、1時間もあとになってしまいました。

 

年末で期限切れになっていた年間パスポートを新しく購入し直し、追いつきたい気持ちは山々ながらも、植物たちに挨拶抜きには前に進めません。エルムに始まり、クレマチス、オーク、バイン、ハニーサックルといつもの順に回るうち、どんどん時間は経って・・・合流する頃には、すでにおにぎりタイムとなっておりました。

薄曇りのパッとしない空ではありましたが、覚悟していたほどは寒くはなく、穏やかな春の一日。肝心の植物たちは、といえば、気温が低かった2月の影響からでしょうか、冬芽はまだまだ固く、オーク、ビーチ、ラーチ、トチノキも眠りの中。仄かに赤みを帯びた東海の森ですが、芽吹きには、もう少し時間がかかりそうです。

 

それでもマンサクやロウバイ、トサミズキやフクジュソウが花盛り・・・早春の黄色い花々の中で、ひときわ鮮やかなボケの赤。そして、待望のチェリープラムは蕾が膨らみ始めています。あと1週間もすれば!?

 

BFRP東海の植物観察会をリードする、隊長こと真由美さんは、観察会の前には必ず植物園を訪れて、植物たちの事前チェックに余念がありません。つまり4回くれば元が取れるという年間パスポートの活用具合は、私の比ではないということです。だからこそ、こんな素敵なシャッターチャンスにも出会えるのでしょう。

 

ホーンビームのそばの池周辺で「空飛ぶ宝石」カワセミを捉えた動画と画像。東山植物園にもいたんですね。ヒスイ色の美しい鳥。私もぜひお会いしたいわ。それにしても、こんな絵が撮れるって、なんて素敵なご褒美。


ヒュウガミズキ
フクジュソウ

例年、うっとりさせてくれるピンクネコヤナギは、早々と花を咲かせていました。通る人が皆、可愛い~と歓声を上げていきます。日当たりのよいところから、花が咲いて、ちょっと触れるだけで、花粉がフワッ・・・クシュン!

こちらの画像はななこさんから。レンズを通してみると、また別世界のように美しい。真由美さんといい、ななこさんといい、私もほしいな~上級カメラ。でも画像をもらえるだけで、もう十分うれしい。ありがとう。



 

BFRP東海主催、次回の植物観察会は4月4日(水)です。

ぜひご一緒しましょう。スケッチブックとおにぎりをもって。

詳細はBFRP東海のウェブサイト

お問合せはbach38tokai@yahoo.co.jp 

(「植物観察会隊長」嶋崎)まで

 

 

アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第4章

第1章 第2章   第3章

 

第4章は、いきなり「ですから病気に関しては」と、始まります。つまり前章を受けた内容であるということが分かります。第4章は、この本の中で最も長い第7章に次いで長い章ですが、主として述べられているのは、第3章で出てきた七つの欠点に対する克服の仕方です。症状や病気の根本原因に欠点があると考えたバッチ博士は、その欠点をどうすれば美徳に変えていけるのかを教えてくれるわけですが、いかんせん、なんとも難しい...(-_-;)

 

今回の読書会は、会場の利用期限が迫っていて、日にち優先で予約したため、珍しく参加者が少なかったのですが、それだけに滅茶苦茶、濃厚。私はいつも以上に楽しみました。

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第4章 

 バッチ博士は、病気は偶然に起こるものではなく、「原因と結果の法則」に則っているとしています。つまり、病気になった場合、その人自身に原因があり、その原因とは、もちろん外的要因(事故や障害、毒物など物理的、直接的に引き起こされる)が関わっている場合もありますが、ほとんどは誰のなかにも存在している欠点が引き起こす葛藤~本来の自分(魂)と低次の人格と間で起こった葛藤が病気に繋がっていく、としています。だから病気になった時の治療のポイントは2つ、1つ目は治療のために出来るだけ最善の物理的手段を講じること、そして2つ目が、バッチ博士が最も力説するところの、能力の限りを尽くして、自己成長~自分の欠点をなくす努力をしなければならないということです。

 

「私たちは自分の中にある、どんな欠点でも探し出し、それとは反対の美徳を発達させることによって、その欠点を洗い流すことができるでしょう。そうすれば自分の性質から、病気の重要な基礎原因となっている「魂」と人格の葛藤の原因が除去されます」

 

では、自分が探し出した欠点の、反対の美徳って、具体的にはどんなものなんでしょう?

 

こういう質問が、これまでの読書会でも度々出てきました。

具体的に、バッチ博士は、傲慢さ、残酷さ、憎しみ、自己愛、無知、不安定な心、強欲、各々の欠点に対応する美徳を挙げていますが、いざ、それを実行するとなると、決して簡単ではないことはすぐにわかります。なぜなら、既にそこで葛藤が起こってしまうからです。

 

たとえば、「不安定さ」に対応する美徳は、自己決定力を発達させること。ふらついたり、うろついたりせず、決心して断固として物事にあたることを通して、不安定さを根絶やしにできる、というのですが、そういわれて、即座に実行でいる人がどれくらいいるでしょう。

 

それができたら、誰も苦労しないわ、という声が聞こえてきそうです。

 

でもバッチ博士は、是非とも「そうしましょう」と言います。たとえ間違いを犯しても、それでも行動しましょう。決断力はすぐに成長して、人生に飛び込んでいく恐怖は消えるでしょう。私たちの心は経験を積むことで、よりよい判断をくださるようになってゆくでしょう。

 

というように、各欠点ごとに、具体的だけれど難しい美徳を育てる治療方法を述べてくれてはいますが、実行は無理だろうと言いたくなる気持ちをぐっと抑えて、少し視野を広げて第4章全体を眺めてみると、なかなか面白いことに気付きます。

 

つまり欠点に対して具体的な行為で対処できるよう書いてはいますが、その行為の根本にあるのは、バッチ博士の宇宙観や人間観なのです。行為に働きかけるのではなく、実際にはそれらの源にある「認識」に働きかけようとしているのです。

 

私たちがより一層学んで理解しなければならないのは、あらゆる人間は、どんなに卑しくても「創造主」の子であり......

 

正しいか間違っているか、よいか悪いかは、純粋に相対的なものです。自然の進化の中では正しいことが、我々の文明のより啓蒙された人にとってはまちがいでしょう......

 

私たちが誤りとか悪とか呼んでいるものは、真実を言えば、場違いなところに置かれた善であり、それゆえ純粋に相対的なものです。さらに私たちの理想追及の基準もまた相対的であることを覚えておきましょう。

 

相対的であるというのは、どんなに客観性を持ってきたとしても、固定できないことになります。好きとか嫌いとか、これは善いこと、悪いこと、と決める基準はどこにあるのでしょう。実際、地域や文化、時代によって、それは流動的です。自分の善きことへ向かう行為の源泉にあるのが「偽りの義務感」でないことを、意識する必要がある、唯一耳を傾けるべきは、魂の命令、良心、すなわち神的叡智に自分を照らしていくことを求めているわけです。

 

これは、いみじくも第5章のテーマへと続いていきます。

2月のバッチフラワーレメディ

インパチエンス

バッチセンターのインパチエンス

バッチセンターのインパチエンス

インパチエンス

カテゴリー 淋しさ

英名 Impatiens 
学名 Impatiensu Royleii
和名 ツリフネソウ
キーワード  苛立ち、せっかち、焦燥感

 

なんでも即座に考え、行動を起こし、すべてのことを躊躇したり遅滞することなく済ませたいと考えているタイプです。病気の時には、すぐに回復しないかと案じます。行動ののろい人に我慢ができず、遅いことが悪いことであり、時間の無駄だと考え、その人たちをなんとか急がせようと努力します。また自分のペースで物事を運ぶことができるので、独りで働いたり、考えたりする方を好みます。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


ウェールズ アスク川、クリックハウエル橋たもとに咲くインパチエンス 

 

2018年2月の「レメディ研究部」のテーマはインパチエンス。バッチ博士が一番最初にレメディとして見つけた植物です。日本では、ホンセンカ(I.balsamina)として馴染みがあり、子どもの頃、近所の植込みの、ホウセンカの鞘に触って、種がはじけ飛ぶのを見て遊んだ記憶が私にもあります。この花の属名Impatiens は、ラテン語の「我慢できない」、「耐えられない」の意で、これはまさに種がはじけるジェスチャーに由来します。バッチ博士が『なんじ自身を癒せ』を出版する約2年前、強い衝動に駆られて訪れたウェールズ、アガバベニーからクリックハウエルにかけて流れるアスク川の畔で、バッチを迎えたのはインパチエンスの群落でした。冒頭の画像は、バッチが歩いたであろう、アスク川の川沿いの道に今も咲くインパチエンス。その時、バッチはどんな思いでこの花を見たのでしょう。 

 

何がバッチを急にウェールズに旅立たせたか?という疑問が浮かびますが、その理由は明かされていません。けれどこの花に関してはこんなことが書かれています。

 

他の人々が博士ほど鋭敏でなく、博士の思考の道筋をたどるのが遅くて、博士が短気になりがちな時期があった。これが起こると、博士は直ちに身体上の反応が起き、赤くてひどくヒリヒリする吹き出物が突然現れたものだった。すると博士はよくこう言った。「ほら、僕が君にいらいらすると、君よりも僕の方に余計害が出るんだよ!」インパチエンスを一度服用すると、博士のユーモアが戻り、しばらくすると吹き出物が消えるのだった」『フラワー・レメディ-・ハンドブック』P.M.チャンセラー(中央アート出版)

 

バッチは原因不明の湿疹に悩まされていたと聞きますが、その性格は、短気、せっかち、自分の思うペースで事が進まないと苛立つといった傾向を強く持っていたようです。上記の言葉からは、そういった自身の傾向と身体症状(湿疹)とを結びつけていることが分かります。けれど真の癒しを求めていく道すがら、バッチは自分と同じような傾向を持っているにも関わらず、全く異なる症状を訴える患者がいることにも気づいたのでしょう。そこでこう述べています。

 

患者の病ではなく、パーソナリティーを治療するというのが、新しい薬学体系の原則でした。『心を癒す花の療法』ノラ・ウィークス

 

バッチ博士がそれまでにはなかった、新しい次元から、病いを捉えようとしたことは明らかです。そして「パーソナリティを治療する」ための最初の植物として、奇しくもこのインパチエンスが選ばれたのは、バッチの性格的傾向~つまり欠点がレメディ発見の第一歩へと導いたということになります。本人を苦しめるネガティブな傾向が、ひっくり返せば恩恵をもたらすこともある、ということは、とりもなおさず、バッチが「病気は残酷だけれど恩恵」と捉えたことに通じるのかもしれません。

インパチエンスの群落 イギリス、デボン州

こちらはイギリス・デボン州、小川の周辺に広がっていたインパチエンスの群落。見上げるほど背が高く、2メートルは越えています。背景にある小屋の屋根まで届きそう。一年草なのに、あっという間にここまで伸びる成長の早さ!すべてに急ぐインパチエンスタイプは、その指標に表されている通り、何よりスピードが優先するのです。  

インパチエンス イギリスバッチセンターで
インパチエンス イギリスバッチセンターの内庭で

2006年の秋のはじめ、私が初めてバッチセンターを訪れた時に咲いていたインパチエンス。レメディには、淡い藤色のインパチエンスのみが使われています。まっすぐ直線的に伸びた茎が、あるところまで成長すると、上に向かう力が堰き止められて、今度は曲線的な、たゆたう釣舟のように浮かぶ花が現れます。茎に見る意志的な方向性と、花姿に見る受動的なジェスチャー、直線と曲線、男性性と女性性の融合。イライラするたび、湿疹に悩まされたバッチ博士は、この花からのメセージを観察と直観から受け取ったのでしょうか。

 

宮崎県秋元神社で見つけたツリフネソウ
宮崎県秋元神社で見つけたツリフネソウ

この2つの画像は宮崎県高千穂の秋元神社の裏手の木立の中でひっそりと咲いていたもの。日本でツリフネソウを見たのは初めてでしたから、かなり興奮しました。イギリスで見たインパチエンスの直立した強さとは桁違いの可憐で繊細な山野草という雰囲気です。花も小ぶりで、茎もせいぜい30㎝くらいでした。 

時間の流れ方は人によって異なります。まるで時計の秒針のように目まぐるしく動く人もいれば、短針のようにゆっくりと時が推移する人もいます。そういう人たちが一緒に何かをすることになったら、歩調が合わないのは当然です。スピーディなインパチエンスタイプの人は、あっという間に先へ進んで行ってしまうでしょう。ふと気づいて周りを見回せば、自分は一人。うんと後から楽しそうにのんびりやってくる人たちを見て、イラっとすると同時に、ちょっと淋しい、と感じるかもしれません。

 

インパチエンスは「淋しさ」のカテゴリーに分類されていますが、初めてバッチを学んだ時、なぜ、てきぱきと仕事の早い有能な人が孤独のカテゴリーに入れられているのか、しっくり来ませんでした。職場でも学校でも、仕事の遅い人よりも、早い人のほうが評価されますし、みんな追いつけ、追い越せと急ぐなら、置いてきぼりになっているのろまな人より、仲間も多い気がします。現代的、物質的な価値で言えば、同じ時間内にたくさんの仕事や成果が効率よく出せたなら、そんないいことはないと、どこかで思っている私もいます。

 

でも、仲間と力を合わせて何かを成し遂げた時の充足感や、そのプロセスがもたらす、えも言われぬ美しさは、一人でちゃっちゃと決めて動いて結果を出した時とは、決定的に何かが違います。それは定量化できない豊かさと言い換えることができるかもしれません。他者と歩調…いえ、それ以上に、呼吸が合わないということは、共感や共有できることの絶対値が少ないのは当然の成り行きですから。息を合わせることの難しさは誰もが経験的に知っています。だからこそ、息がぴったり合った時の高揚感は、「生きる喜び」と言っても過言ではないでしょう。

 

バッチは自分自身を含む、インパチエンスの感情のありようを、「淋しさ」に分類しました。バッチは一人この道を歩くことは、魂の仕事と分かっていても淋しかったでしょうか?その問いを突き詰めていくと、孤独というものの意味を考えずにはおれません。淋しいという感情はどこまでいっても主観的ですが、それがいったいどういうものなのか、どこから来ているのか、などと考え始めると、今度は思考の領域に入っていきます。思考は感情と違って客観的な世界です。

 

孤独であることは、人間の内的成長にとって、とても重要であり、主観と客観を行ったり来たりしながら、私たちは視野を広め、柔軟性を育てます。そこへ至るために、孤独の経験は必要欠くべからずものです。でも、インパチエンスの在りようが、単に人と人が有機的につながらなくなってしまう孤立だったとしたら...現代が孕む個人の危機を、バッチは既に予感していたような気がします。バッチって凄い!!

 

 

12月のバッチフラワーレメディ マスタード

11月のバッチフラワーレメディ ワイルドローズ

10月のバッチフラワーレメディ ハニーサックル


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第3章

第1章 第2章

 

本の前書きにも記されていますが、この本が出版されたのは1930年。それはバッチ博士がそれまでに築き上げた「名声と業績をすべて捨て、本格的にバッチフラワーレメディ探索の旅に乗り出した初期の時代」です。

 

当初バッチ博士は、感情のバランスの崩れと身体症状とを直接関係づけていました。第3章の冒頭で、「人間には一つの重大な苦悩しかない、それは身体の不調あるいは病気」だと述べていますが、それほど、バッチにとって、病気は最重要課題だったのです。その理由は医者だったことはもちろんでしょうけれど、バッチ自身が病の経験を持っていたことと関係があるかもしれません。

 

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第3章 

  バッチ博士がとても健康に恵まれていて、身体に無自覚でいられるほど頑強だったら、絶対にバッチフラワーというものは生まれてこなかったはずです。

 

今の世の中、自分の感情に蓋をして、見て見ぬふりをすることなど、ごく当たり前ですから、病気とストレスとの関係は、すでに広く認められていることです。だから「身体は正直」なんて言葉は、今更なにを、という感じですが、身体の不調が窓口になって、よからぬ生活習慣や、心に溜まった澱のような感情に気づかされることは、珍しいことではありません。人からも自分からも、見えない心はごまかせても、物質的な身体は痛みや不調となって現れるからごまかせないというわけです。

 

だから、身体に出るまで不調に気付かないでいてもいい、それまで待つ、必要は全くないのです。『なんじ自身を癒せ』の後に出版された『12ヒーラーズとその他のレメディ』には、「心の状態こそが身体よりも明確に病気の兆候とその進行を物語る」と述べられています。つまり、正直な身体の影には、不正直な心や思いが隠されていて、バッチの言葉を借りるまでもなく、身体に現れてくる前に、自分で自分の心を観る練習を積んでいけば、病気は予防できる、ということになります。そしてたとえ病気を得たとしても、自分と正直に向き合い、バッチが言うところの「欠点」を洗い流していけば、やがて痛みは軽減され、病は快癒に向かうということになるのですが...

 

でも悲しいかな、そうはいかないのが人間です。

 

第3章では、バッチ博士は病気の根源にある欠点が、まさしく病気と呼ぶものだと定義づけていますが、バッチフラワーのシステムが完成するまでの道のりの途中、バッチ博士がここを通ったということが、私にはとても興味深く思えるのです。

 

それはきっと、バッチ自身が、自分の欠点と向き合っていたに違いない。

と確信するからです。

 

幼い頃から繊細で病弱だった少年バッチは、大人になってからも、時々、自然の中に逃げ出さないではおれないくらい、感応しやすい傾向を持っていたようです。30代前半には死線を彷徨う大病にも罹っていますし、50歳で亡くなったのも、彼が決して健康的なタイプではなかったことを物語っています。となると、バッチフラワーのシステムを完成に導いたのは、まぎれもなく彼の病弱さであり、彼は彼自身の身体の不調の観察を通して、自分の欠点と向き合い、結びつけていったことにあるのではないか、と思うのです。

魂と身体の不調和の結果として、病気という症状があるのだから、結果だけに対処するのではなく、その根本になっている不調和からくる誤った行動を見なくてはならないと記していますが、読んでいてガツンとくるのは、行動、つまり行為と言っているところです。

 

バッチ博士は、この著書のあちこちで、魂の声に耳を傾けるとか、魂の目的を生きる、というようなことを述べていますが、どんなに崇高な思いや、心に愛があっても、具体的な行為として、それを実行してなければ、調和がとれていないということなのです。

 

バッチが言うように、傲慢さ、残酷さ、憎しみ、自己愛、無知、不安定な心、強欲、こういった欠点が、人間の本当の病気だったとしたら、悲しいけど、病気って、絶対、なくならないよな、とも思います。なぜなら、それが人間というものし、だからこそ、その人らしいというか、魅力的だともいえるのですから。

 

そして、バッチはこう続けます。

 

「私たちのなかで、心や体を病んでいる人は、まさにその病気によって、そういう理想的な状態に向かって導かれつつあるのです・・・苦しみは、私たちが誤った道を進んでいるときにそれを指摘し、輝かしい完成への進化を早めてくれるという点で、それ自体が恵みだからです。」

 

もし私が今、重い病を患っていたら、これって人から言われたくない。言われたら、絶対、素直に聞けない。あなたはいいわよ、健康なんだもの。高みからきれいごとが言える、って思ってしまう。そう、だから、これは病んでいる人が自分で自分に言うセリフのはずです。バッチ流にいえば、バッチさんが、自分の魂は、居心地の良い身体という器の中に安らいでいて、それでこんなセリフを吐いたとしたなら、それこそ傲慢の極みでしょう、って思うわけです。

 

バッチの植物探究の旅を辿っていくと、バッチにはきっと心だけではなく、身体にも、痛みや痒み、焦燥感や苦痛があったのだろうと思います。でなければバッチの言葉が、これほど心の奥深くまで響くはずがないですから。

 

「傲慢」は心の思い上がりと硬直で、体がこわばって硬直するような病気への引き金になる。そして痛みは「残酷さ」の結果。「強欲」で他人に対する支配欲の強い人は、病気によって欲望や野心にくつわがはめられ、奴隷のように自分の身体に仕えねばならない病気になる、などなど。こういうことを、実際その病の渦中にある人、あるいは家族が聞いたら、さぞや腹が立つことでしょう。そしてそれはすべて因果の法則・・・カルマによるものだとしています。

 

カルマの法則は、物質レベルのようには、原因と結果が分かりやすくは結びついてはいませんが、バッチ博士のカルマとは何だったでしょう。20世紀初頭に生きたこと、産業革命の中心地であったイギリス・バーミンガム郊外に生まれたこと、第1子であったこと、男性であったこと、繊細で優しく、そして身体が弱かったこと、とても頭がよく、そのため人と歩調を合わせるのが難しかったこと、などなど現実として現れているものの向こうに、才能と障害として認めることができます。

 

第3章の最後はこう結ばれています。

 

しかしそうはいっても、がっかりすることはありません。病気の予防と治癒は、私たち自身の内部の誤りを見つけ出せば、そしてそれを破壊する美徳を熱心に発達させてその欠点を根絶やしにすれば、可能なのです。それは誤りと戦うことによってではなく、私たちの誤りを洗い流してくれるような、誤りと反対の美徳を洪水のように流し込むことで可能になります。

 

でたー!!!という感じです。

アロパシーでも、ホメオパシーでもなく、これこそがバッチフラワーの真髄。

 

ポジティブですべてを満たす・・・だから結局、バッチはそれまでの医療を背後におき、自然界の美しい植物からレメディを作る旅に出なければならなかったのでしょう。

 

言葉足らずでごめんなさい。

もっと的確な言葉が出てこなくてもどかしい。 

1月のバッチフラワーレメディ

スィートチェストナット

栗の花の蕾

スィートチェストナット

カテゴリー 失意と絶望

英名 Sweet Chestnut 
学名 Castanea Vulgris,Castanea Sativa
和名 西洋グリ
キーワード  絶望、魂の暗闇

 

苦痛が余りに大きく、耐え難いと感じられるときのためのものです。心や体が忍耐の究極の限界を越えると感じて、もう屈服するしかないと思われる時に使います。眼前に崩壊や破滅以外の何ものもないように見える時のためのレメディです。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


スィートチェストナット デボン州にて

 

2018年1月の「レメディ研究部」のテーマはスィートチェストナット。♬大きな栗の木の下で~🎵と、幼い頃に歌ったあの栗がスィートチェストナットです。もっとも西洋グリですから、私たちが目にする栗とはちょっと違うかもしれませんが、私はバッチフラワーを学び始めた時、スィートチェストナットのどこが、「失意と絶望」の極みを表しているのかが、疑問でした。ところが2013年の夏、デボン州コッキントン村を訪ねた時のことです。まるでここは天国か、と思うほどに美しい風景の中を歩いていると、突然、傾いた大きな木が、薄暗い木漏れ日の中に現れました。幹は身悶えするようにねじれ、広げた枝は重力に耐えかねて大地に引きずられているみたい。ううう。なんて苦しそうな木なんだろう・・・近づいて葉っぱを手に取ると、あっ、これは? そうです!!それがスィートチェストナットでした。樹形やジェスチャー、すべてから深い苦悩が漂っているかのようで、思わず私は言葉を失いました。

こちらは冬のスィートチェストナット。見事な巨樹です。落葉樹は冬になると、骨格がはっきり見えて、それも樹木観察の楽しいところです。それにしても、この木、見れば見るほど、ちょっと怖い。夜、この木に出会ったらお化け?!とギョッとするかもしれません。まるで生きているかのようにうごめく幹と折れ曲る枝。ハリーポッターに出てきそう。ところが、興味深いのはその花です。とてもエネルギッシュに、吹き上げるように咲きます。そしてその匂いったら!遠くからでも、あ、クリの花が咲いている、と分かるほど。超々強烈!!

  

12月のレメディで取り上げたマスタードは、はっきりとした理由もないのに、突然暗闇に閉ざされてしまった気分のときに使いますが、カテゴリーを見ると「現実への無関心」に分類されています。つまり鬱々として、今を生きることができない状態ということになります。そして、魂の暗闇を示すスィートチェストナットが分類されているカテゴリーは「失意と絶望」です。そのカテゴリーが表している違いはなんでしょう?

 

ある方が、スィートチェストナットの状態になっていた時、ワイルドローズの指標(無気力・放棄、カテゴリーはマスタードと同じ「現実への無関心」)の説明を聞いて、「私、ワイルドローズになりたいわ、諦められたらどんなにか楽かしら」と言いました。確かに、スィートチェストナットの状態は、四面楚歌、もがいても、もがいても救いがなく、どうしようもない状態を指しますから、ワイルドローズのように、現実を諦めて放棄し、向き合おうとしないでいられたら、確かに楽かもしれません。では、どっちの精神状態が重症なのか、と考えてみると、私にはワイルドローズのように思えるのです。

 

苦悩の具合は人によって異なりますから、スィートチェストナットは、めったに使わないレメディというわけではありません。自分なりに頑張った挙句、それでも、もう駄目だ、と思うことは誰でもありますし、逆説的ですが、失意や絶望というのは、結局、諦められない、ということからくるのでしょう。そしてそのこと自体に救いがあるようにも思えるのです。何故なら、失望は、期待や希望の裏返しですし、絶望は、諦めきれないところから起こってくるからです。つまり、人生に対して希望や愛を持っているということにほかなりません。

 

人生を愛するということは、人生を信頼することと同じです。どんなに人生に裏切られたと感じることがあっても、諦めないということは、希望があり、それは未だ、プロセスの途上だということになります。人生に起こる様々な出来事の結果は、うんと後にならないと分からないものです。人生にはどんでん返しなど、当たり前に起こりますし、手ひどい仕打ちを受けて、スィートチェストナットになったとしても、自分を、そして自分の人生の波を信頼していく力を失わなければ、必ずその出来事、そこでの経験は、よき働きへとつながっていきます。もがくだけもがいたら、どうか自分を、「よく頑張ったね」と褒めてやってほしいものです。溺れそうなとき、おそるおそるでもいいから、手足を伸ばしてみてほしい。そうすれば、心に静けさが甦り、自分が今生きている、ということが分かります。そして困難や苦悩の向こう側に、それまで隠されていた成長の果実があることに気付かされ、それを越えたからこそ、手にすることができるという人生の妙味を、スィートチェストナットは教えてくれている、といつも思うのです。

ウェールズのワイルドローズ

10月のバッチフラワーレメディ ハニーサックル

11月のバッチフラワーレメディ ワイルドローズ

12月のバッチフラワーレメディ マスタード


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

12月のバッチフラワーレメディ

マスタード

蝶々♪ 蝶々♪ ツマキチョウ(♂)がやってきた!

マスタード

カテゴリー 現実への無関心

英名 Mustard 
学名 Sinapis Arvensis 
和名 ノハラガラシ
キーワード  理由のない、深い憂鬱感

 

憂うつな気分や、時には絶望的な気分さえが、まるで冷たい暗い雲のように覆い被さり、人生の光や喜びを隠してしまうように感じる人のためのものです。何故、ふさぎ込むのかその理由が分からず、説明することができないこともあります。このような状況下では、幸せそうに振舞ったり、楽しそうにすることはほとんど不可能です。

Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


今月のレメディ研究部のテーマはマスタード。太平洋側ではあまり実感がないものの、昼が短く、闇が最も深くなる冬至の頃に、光輝くマスタード(からし菜)を取り上げるのは、なかなか興味深いことです。日本では春、菜の花畑が話題になることはあっても、マスタードはあまり聞きません。でもイギリスではこんな風景に出会えます(この画像はドーセット州)。私が野原に広がるマスタードを初めて見たのは、ヨークシャーでした。ロンドン・キングスクロス駅から北へ向かう列車に乗り、1時間もしないうちに車窓を流れていく、まるで金色のパッチワーク!! 青空の下、陽の光を集めてまばゆく輝いていたマスタードとの出会いでした。その年のヨークの夏は遅く、6月半ばというのに、寒さに我慢できず、厚手のカーディガンを買ったことを覚えています。

 

この画像は、娘が通っていたボーディングスクール(ヨーク)の敷地内に広がっていたマスタード。当時、日本人の留学生はほとんどいない北の地に、12歳で渡った彼女はブリストルの大学へ行くまでの6年間をここで過ごしています。小学校卒業と同時に親元を離れ、見たこともない国の、おぼつかない英語での生活には、驚きや喜びとともに、どれほどの苦労があったことか。いくら守られた環境とはいえ、そこで積み重ねられた彼女の「時」を思うと、誇らしくもちょっと胸が痛みます。マスタードが咲く季節、彼女はどんな思いでその風景を眺めたかしら。案外、覚えていないかも。(笑)

 

緯度の高いイギリスの冬は、極端に日照時間が少なくなります。だからでしょうか。イギリスの季節性鬱はよく知られています。世界中どこに住んでも、お天気に気分が左右されるのは同じでしょうけれど、クリスマスの頃ともなれば、朝9時頃にやっと白々とし、3時にはとっぷり日が暮れてしまう。しかも一日中どんよりして、雨もしとしと。イギリス人がいかに太陽を求め、天気に神経質なのかが窺えようというものです。(冬はマスタードが必要かも?)バッチ国際教育プログラムの中でも、雨が降ってがっかりとか、お天気に失望、なんて練習問題が盛んに出てくるので、これ作ったの、イギリス人だよね。と笑い話にさえなっているくらいです。

  

人間の成長にとって、闇の経験を避けることはできません。それは私たちが生きている間、眠りと目覚めが必要なのと似ています。マスタードは「理由の分からない憂鬱感」に陥った時に使うレメディですが、理由が分からなくても使えるところが優れものです。何故そうなのかよくわからないけど、なんだか不安(アスペン)、なんだか憂鬱(マスタード)というようなことは、誰にでもあることだからです。

 

とはいっても、きっと本当に原因がないわけではないでしょう。ただ目の前にひどい怪我をしている人がいたら、なぜこんなことになったのか、誰がどうしたのか、怪我の詳細を細々と聞いたり調べたりする前に、まずは傷の手当てをすることが先決です。それは応急手当。ムードに合わせてレメディを飲むのと、ちょっと似ています。でも応急手当だけで終わらないところがバッチフラワーレメディのより優れたところなのです。

 

私には、マスタードを飲んで、ふと、闇の中に光を見いだしたような経験があります。それは遠隔介護に疲れ果てていた時のことでした。疲れすぎていて、現実に対応できないオリーブだったかもしれませんが、疲労困憊というのとも微妙に違います。具体的な原因が見当たらないのに、どうしようもなく気分が落ち込んで手も足も出ないという、まさにマスタードの気分でした。

 

母が逝き、一人残った父は90歳を越えていました。自宅と実家との距離は高速を飛ばして車で2時間半。時として父の体調その他もろもろ、予測もつかないイベントが起こっては駆けつける、ということもしばしばありました。父は老いてはいましたが、いつも身綺麗にして自立した人でしたから、介護が苦痛だったり、大変だったわけではありません。それでも私は知らず知らずのうちに、かなり無理をしていたようです。

 

マスタードを飲んでいるうちに、ふと、「まぁいいや、無理しないでおこう」という言葉が口をついて出ました。それから、あらっ、私って無理してたんだ、と気づきました。そして一筋の光が射すように、私の中に小さな疑問が生まれ、まるで芋づるのように次々と疑問がわいてきたのです。なぜ私は無理をするのかな? 無理しているのはいい子でいたいから? いい子ってどんな子? 誰が私に期待してる? なぜ認められることに価値を持ってしまうのだろう?と。そしてさらに、「無意識にそう思っていたけれど、それが私の癖ならば、それを知っていよう。知っているのと、知らないのとは違う。癖があってもいいじゃないか、それが私、とも思えるようになりました。ただホッコリして癒された、だけでは終わらない、癒しの本質がそこにはあります。自分を変えたいとか、これまでの自分を否定するのではなく、ありのままを自分を知る、認識すること。真の癒しはそこから始まります。

 

マスタードの状態になって、すっかり暗雲に閉ざされてしまったら、それは次のステージに向かう準備ができたサインです。なぜなら、闇は光りの母、闇の中でこそ光が、眠りの中でこそ目覚めがあるのですから。マスタードの気分になったら、静かに自分を見つめ、自分自身とそれまでの人生の流れを信頼していきましょう。私の中から新たな「私」が生まれてくるかもしれません。

 

アブラナ科の基本数は4であり、花弁数は4である。花の姿が十字状であるのでキリスト教の十字架を連想させ、キリスト教圏では意味のある仲間である(属の学名は十字:クルスの意味)。北半球に多く、特に地中海沿岸地帯から西アジアにかけて多くの種が分布している。多くの種が秋に芽生え、冬はロゼットで過ごし、春に開花する。このようなライフサイクルは地中海地方の夏期の乾燥と冬季の温暖多雨という気候条件に適応したものである。

岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科 植物生態研究室(波田研)

 

上記サイトで見ると、大根、白菜やキャベツ、小松菜に水菜、ブロッコリーも、皆4弁の花をつけています。私たちが日常的に食卓にのせている野菜の多くが4弁の花~十字架を咲かせているだなんて、植物の命をいただくことに、神的な恩恵を感じます。たとえそれがこじつけだとしても、ちょっと素敵ではありませんか。秋分から冬至に向かって、さらに闇は濃くなり、深みを増していきますが、マスタードが指し示す光への確かな憧れは、闇に光が誕生するクリスマスと不思議に符合します。

ウェールズのワイルドローズ
ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ

10月のバッチフラワーレメディ ハニーサックル

11月のバッチフラワーレメディ ワイルドローズ


こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第2章

第1章はこちら

 

12月5日、2017年最後の読書会が終わりました。

昨日までは予定だったものが、こうして一つ一つ、

事実となり、過去になっていくのを、

ちょっと不思議な気持ちで眺めています。

 

ゆったりと流れていた時の流れが

年の瀬が近づくと、

音を立てて速度が上がる気がします。

今年も一年、「なんじ自身を癒せ」を

1章ずつ読み進めることができました。

ご一緒してくださった皆さま、ありがとう。

なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第2章   まず病気の性質を理解するための真理、「5つの大原則」を確認するところから始まりますが、参加メンバーによって、毎回フォーカスされる箇所が微妙にちがうのはとても興味深いことです。以前は通り過ぎてしまっていた箇所に線が引かれ、回を重ねるごとに線が増え、いつの間にか線だらけになっているページもあります。グループで読むことは、なんとまあ、一人で読むのとは別のよさがあることでしょう。

第1の原則

身体は「魂」の地上における神殿ですが、そのもっとも小さな反映でしかありません

 

バッチは出発点として、まず人間の構成要素を明らかにしています。人間は物質的な身体だけの存在ではなく、その本質は「魂」であり、それは永遠の不死なる高次の自己、その神性の反映として見ることができるのが私たち各々の身体だというわけです。私たちはその身体を持ち、人間として地上に生きているとして、魂と身体はどのような関係をもっているのでしょう。

 

第2の原則

「魂」は私たちにそうさせるためには、どんな環境と状況が最善であるかを知っていて、その目的に最もふさわしい生命の枝に私たちを配置するのです。

 

このくだりは「人生を引受ける」という視点がとっても好き。渡辺和子シスターの著書『置かれた場所で咲きなさい』に通じます。まず人間の根本は魂で、その反映である身体を持って生きる私たちの、自分が「自分」だと思っているのは、低次の自己、人格(パーソナリティ)と呼ばれるものだとしています。

 

人間はその魂の願いから、あらゆる知識や経験を通して、自分に欠けている美徳を発達させ、より完成に近づくために必要な条件を満たす、最もふさわしい場所に自分を生まれさせるというわけです。それには、先に生まれている人たちとの関係も出てくるのですが、とにかく、時代や地域、環境、そして親を選んで生まれてくるということになります。どんな人のどんな人生にも困難はつきものですから、私たち一人ひとり、進化を担って自分の意志で困難な環境さえ選んで生まれてきたとしたら、私たちの魂はとても崇高で勇敢だということです。

 

第3の原則

私たちが人生だと思っている地上での短い旅は、私たちの進化の過程の中の一瞬...学校での一日のようなもの...

 

不死であり無限の魂が、その願いを叶えるために必要な、生命の枝に自分を配置し、それを現実化するのに見合った身体に宿って人間となったにもかかわらず、その人生は魂のレベルから見ればほんの一瞬だというわけです。その一瞬かもしれない人生のために、私たちはこれほど苦悩し、懸命になり、時に物理的成功や評価に一喜一憂します。それは決して悪いことではないし、そこを通らないと育たない、その先に行けないものがあるのだとも理解できます。バッチ博士の人間観として、魂や人格を「行為」へとつなぐ身体は、人生の旅に必要な一時的な乗り物、仕事をするための道具ですから、不滅の魂は、課題を果たすために、何度も何度も生まれ変わり、その都度、別の器、別の乗り物である身体を使って生きるということになるわけです。

 

第4の原則

「魂」と人格が調和している限り、すべてが喜びと平安であり、幸福と健康である。

 

逆を言えば、魂の声に耳を閉ざし、人格の求めるまま世俗的な欲望に浸ったり、他者の干渉に屈する生き方をしたりすれば、やがて不調和が起こって、幸福や健康から遠ざかるということです。第1章P5・L6で、病気は「魂」と「心」との葛藤の結果 と述べていますから、「人格」とは、心と身体によって合成されたものと理解していいかもしれません。では魂の命じる仕事とは何でしょう。バッチはどんな仕事、どんな職業であってもそこには貴賤がなく、ただそれが、魂の命じる仕事であるかどうかがポイントだと述べています。つまり仕事によって、求められる資質や徳目は異なりますから、自分の人生の学びに必要な仕事をしているなら、それは正しいことになります。でも結局のところ、どんな仕事からでも、自分が人生の意味や目的を持って生きている限り、どこからでも学ぶことはできるようにも思えます。。

 

第5の原則

万物のユニティ…一体性 不可分に結びついていること、すなわち愛

 

現代風に言えば、ワンネスとか絆、この世のあらゆるものに愛が宿っており、すべては一つのものから出て一つに戻っていくという考え方です。そこには、変容、メタモルフォーゼが前提とされていると思われます。つながろう、つながっていたいということ自体がすでに愛であって、自分自身に、また他者に対するどんな行為も全体に影響を及ぼす。一部が不完全である限り、完全にはなりえないとうことです。他者の痛みは、自分の痛みではないというのは歴然とした事実ですが、それでも分かりたい、寄り添いたいと思うのは、哀しいほどの愛ではないでしょうか。

 

 

 

以上、5つの原則を前提として、病気に繋がっていく葛藤をもたらす誤りを2つ挙げています。

 

1.魂と人格の断絶、自分自身が、魂の目的と意味を理解せず、従わないこと。

2.関係性において残酷さや裁きなど、全体「ユニティ」に反する行為。

 

バッチは「ユニティ」を、太陽とその光線を比喩に美しく描いています。一人ひとりがその輝きを見失わず、全体の完全性に向かって努力を惜しまないことは、現代を生きる私たちにとって、重要な課題に思えます。なぜなら、物質的な成果が尊ばれる社会では、個々が自立し自然に分断につながっていくからです。だからこそ、意識的に、自分にとっての正しいことは、別の人にとって正しいとは限らない、というパースペクティブな視点を理解し、持ち続けることが、新たな一体性に繋がっていくように思えるのです。

 

病気はそれ自体では恵みです。病気の目的は「魂」の「神的な」意志に人格を連れ戻すことです。またそうだからこそ、病気は防ぐことも、避けることもできることが分かります。

 

バッチは、人間を魂、心(人格)、身体と3つの観方で捉え、身体に現れてくる病の根源に至ろうとしています。そのために、近代医学を修め、ホリスティック医療の道に進み、免疫学、ホメオパシー、そして最終的にバッチフラワーによって、心のバランスを整えるためのツールを探し求め、完成させたわけです。病に対する考え方は、諸説あると思いますし、それは人それぞれでいいと思いますが、私はこの考え方が好きです。

 

上記はバッチの人間観を図にしてみました。高次の自我の火花としての魂、一度きりの人生を生きるための一度きりの身体、それをつなぐ心~その能力は思考、感情、意志、まるでバッチフラワーの太陽法でレメディを作っているみたいです。

定点観察から学ぶこと

2017年秋、第18回目の植物観察会では、朝から結構な降りになりましたが、それでも中止の報せが入らないので、このタイミングでは雨天決行?今年最後の観察会なのに残念だなと思いながら集合場所に行くと、みんなが何の疑いもなく集まっていたのが、なんとも可笑しかったです。歩き出す頃には雨も上がりました。傘はステッキに。

 

紅葉シーズンのせいか、園内は珍しく混んでいます。どこを見ても綾なす錦、上も下も圧巻の紅葉だらけ。

 

2014年春から始まったこの定点観察もまるっと4年。その間、バッチフラワーは学んだものの、レメディになっている植物をほとんど見たことがないと言っていた多くのメンバーはちょっとした植物博士。特にこの会のリーダーは、ルート確認から植物の状態の下見、事前事後の連絡までを綿密にこなし、いつからか信頼と愛を込めて「隊長」と呼ばれるほどになりました。そして実際の観察を裏付ける知識と探究心と植物愛溢れる「ボタキチ(ボタニカルきちがい)」たちのバックアップもあって、参加する一人ひとりが出会い発見する植物の姿とかたち。

みんなスゴイよ スゴ過ぎる!!

 


そもそも、「定点観察をするといいよ」と教わったのは東山植物園の案内をしてくれているボランティアの方からでした。なるほど、それはいい!となり、以来、同じ場所にある同じ植物~樹木を一定の視点を持って継続的に観察し続けているというわけです。バッチファンの私たちなので、基本的にバッチフラワーの植物(近隣種)が中心ですが、年に6回、スケッチをしたり写真を撮ったり、文章で残し記録をとったあと、まず同じ植物グループでシェアをして気付きを共有、そして全体でシェアリングという一連の流れです。視点を定めることでしか見えないものがあり、ある種の法則を理解すると、逆に視点を変える柔軟さも育まれるような気がします。


私たちの定点観察の場所のひとつ「東海の森」ブナの森。美しい木陰を作っていたビーチも今ではすっかり色づいて、間もなく寒々とした冬木立になります。ビーチが好むのはもっと寒い地域。移植されまだ十分ではないからか、ビーチのドングリは今年も見つけることができませんでした。いつかどこか、大きなブナの森に行ってみたいです。

同じく「東海の森」のカラマツの林で。今年は黄金色のラーチをキャッチ!!!今秋、私は蓼科で沢山のラーチを観てきましたが、ここ東山植物園では気候も違うし、タイミングがずれるのか、これまで一度もラーチの黄葉に出会うことができませんでした。ところがこの辺り一面、金色に燃え立つよう。皆、歓声をあげてラーチを褒め讃えました。


この脇枝は2年にわたって観察中のビーチ、芽鱗痕をみると、こんなに細いのに、4年、5年と経てきた年数が分かります。今年はずいぶん伸びました。

こちらも観察中のチェストナットバッド~トチノキの冬芽。飴状の樹脂に守られ太陽にピカピカ光ります。寒い間はじっと耐え、ある日突然目覚めます。


 

冬芽を観察するのは、ちょっとした秘密を解き明かす楽しみがあります。葉や花のような派手なところはありませんが、樹木によって形も大きさも異なり、それが夏の間から既に準備されてきたこと、芽吹きの時を想像するだけでも、夢が膨らむようなうきうきした気分になります。上の画像を見ても、ビーチとホワイトチェストナットの冬芽はずいぶん違います。ビーチは細い紡錘形をして、脇芽もいっぱい出ていますが、チェストナットのほうは立派な頂芽がひとつ、そびえたつ弾丸のようです。そして飴状のべとべとした樹脂で包まれているのです。つまり水飴状の樹脂は、その瞬間が来るまで、寄ってくる外敵からしっかりと冬芽を保護していることが分かります。バッチフラワー中に、新芽を使ったレメディがひとつだけありますが、それがこのホワイトチェストナットのつぼみ、チェストナットバッドです。

 

いつの年の定点観察だったか、スケッチをしているうちに、蕾が柔らかくなり、畳んだ羽のような葉が起き上がってきた姿を見て感動したことがあります。このレメディの指標は「経験から学べない、何度も同じ過ちを繰り返す」というもので、「現実への無関心」に分類されていますが、改めて指標との関係からみると、なかなか興味深いことが分かります。私たちの行動には、無意識に同じパターンを繰り返していることがあります。それがたとえ苦痛であっても、結果が変わらないことであっても、そこには馴れというか、安心感があります。また時には何らかの目的をもって、あえてその輪から出ないと決めていることもあるでしょう。それは自ら成長を拒んでいるような状況ですが、タイミングってとても大事。躓きの石をどけることができるのは、自分しかないということをこのレメディは教えてくれています。春が来たら、硬い蕾がほどけるように、勇気を出して、脱皮して前に進もう! あなたにはすべての可能性があると、チェストナットバッドは教えてくれているようです。


 

2017年のBFRP東海主催の植物観察会はこれにて終了。

次回は2018年春です。その時にはぜひご一緒しましょう。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

詳細はBFRP東海のウェブサイト

お問合せはbach38tokai@yahoo.co.jp 

(「植物観察会隊長」嶋崎)まで

 

 

11月のバッチフラワーレメディ

ワイルドローズ

ワイルドローズ

カテゴリー 現実への無関心

英名 Wild Rose
学名 Rosa Canina
和名 カニナバラ 野バラ
キーワード  あきらめ 無気力

はっきりとした十分な理由もなしに、自分の周りで起こる事柄に対して諦めの気持ちを持っていて、生活を当り障りなく過ごし、物事をそのまま受け入れて、物事を良くしたり、何か楽しいことを見つけたりという努力はしません。そして、不平を言うこともなく、人生における戦いを放棄してしまっています。Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より


 

英国バッチセンターでレメディが作られている、ネルソンバッチのトレードマークにもなっているワイルドローズ。バッチフラワーの中では、もっとも大きな花(直径5㎝程度)で、こんなに愛らしく優しい花姿をしているのに、その指標は「人生に対する熱意や興味のなさ」という、なかなか厳しい状態を表しています。バッチの『なんじ自身を癒せ』の第七章では、ワイルドローズを彷彿とさせる描写が何度か出てきますが、退屈でいること、諦めてしまうこと、人生は単に果たすべき義務ではないにも関わらず、まるでそのように生きてしまうこと。そんな状態が続いたら、当然病気に罹りやすくなるでしょう。バッチ博士は医師でしたから、診療をしつつ、そういった傾向を持っている人々と病むことの関連性に気づいたのかもしれません。

 


 

自分がイメージする「人生の完璧な絵」を、固定すること自体、実際にはありえないことですが、私たちはどこかでそういった幻想を求めて生きているようにも思います。それは私たちを努力や挑戦に向かわせ、夢を語り、向上心などにつながる肯定的な力になることもあれば、逆に挫折感や不安や恐怖心を生み、葛藤へと向かわせることもあるでしょう。

 

人は誰でも、何かを諦め手放し、あるいは受容し選択して今に至っているのですが、自分の土台となる生まれてきた時代や環境、家族、きょうだいの順番、性別などは、基本的に変えることは不可能であり困難です。けれどそこに困難さを感じるからこそ、人生の問いが生まれ、思わぬ展開~成長へ導かれていく可能性もうまれてくるのです。

 

私自身、周囲と自分との違いを意識し始めた、おそらく9歳前後から、感情にバリエーションが出てきたように記憶しています。なぜあんなに怯えたのか、それがどこから来るのか、それをどう表したらいいのか、感情の基軸、土台を形成しているのは、いったい何だろうと探っていくうちに出会った本が『愛着障害ー子ども時代を引きずる人々』岡田尊司(光文社新書2011)でした。

 

ウェールズの丘で出会ったワイルドローズ
ウェールズのワイルドローズ

現実への無関心のカテゴリーに入っているレメディ群は、ワイルドローズに限らず、行為との関係において、意志の在処を観ることでより明確になります。今を生きられない、今ここにいない、というのは、一時的に疲れすぎていたり、心が何かに囚われていたりしても起こり得ますが、長期的に現実を眠らせてしまうには、それなりの理由があるはずです。

 

「愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格の最も土台の部分を形造っている。人はそれぞれ特有の愛着スタイルをもっていて、どういう愛着スタイルをもつかにより、対人関係や愛情生活だけではなく、仕事の仕方や人生の対する姿勢までも大きく左右されるのである(『愛着障害』より)」

 

ワイルドローズに該当するのは、回避型とよばれる愛着スタイルだと思われます。人見知りが始まる生後半年から1歳半の間(臨界期)が愛着形成にとって最も重要な期間とのことですが、その時期にどれだけ安定した愛着形成ー養育者(主として母)と強い絆ーが育まれたかによって、その後の人生は大きく左右されるよです。つまりこの世は安心できる場所で、周囲の人は自分の助けになってくれると信じられるという感覚が育つかどうかの基盤が、こんな早期に出来上がるのだとしたら、自分の子育ては大丈夫だったかしらと、ヒヤッとさせられます。

 

ワイルドローズの無気力や無関心、人生の放棄が、すべて愛着という切り口だけで説明できるわけではありませんし、どんなに安定した愛着スタイルの持ち主であっても、生まれてこの方、諦めたり無気力になったりしたことは一度もない、という人はいないでしょう。誰もがその状況になり得ますし、特に無自覚でいることも多いから、気づかないで通り過ぎていることはいっぱいあるはずです。

 

私が自分のワイルドローズを意識したのは、他者の「老い」を自分に投影した時でした。説明のしようのない悲しみと怒りと諦めの気分に閉ざされたあと、猛烈な無力感、疲労感が私を襲いました。もちろん私はバッチ使いですから、朝の習慣としてムードレメディを選び、オリーブやホーンビームを飲みました。でも全く疲れがとれないのです。そこでやっと、ワイルドローズ?と気づいたわけです。驚いたことに飲んですぐに効果を感じました。朝、それまでと違って背筋がすっきりと伸びた感じがあり、ピントが合った時のように物事がクリアに見えました。ずぶずぶと泥の中に身を沈めていたような疲労感が、跡形もなく消えていたのです。

 

実感としてワイルドローズの状態に陥ると、心身がこれほどダメージを受けるということは、新たな発見でした。『なんじ自身を癒せ』の第七章に書かれているように、病への耐性が著しく落ちていく予感がありました。ワイルドローズの使い方として、生育歴にトラウマを抱える人にはスターオブベツレヘムとともに、現実逃避や体調不良にはまり込む時にはアグリモニーもいいかもしれません。また愛着障害の不安定型の人にはチコリーもきっと役立つでしょう。無意識の中に埋もれているワイルドローズを意識化することによって、生への意欲は甦り、日々の細やかな出来事に喜びを見いだすことにつながるのではないかと思っています。人はどんなにワイルドローズに陥ろうとも、どんな時でも越えていくことができるということも。

 

 BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ワイルドローズをさらに読む

こんなの書いてたことも

月のリズムでバッチフラワー

新月から満月へ~満月から次の新月へとレメディを

1種類ずつ飲んでは、感じたことを書いています。(18種)

ワイルドローズ

 この時は受容とあきらめの違いに注目していました。

アントロで読む「なんじ自身を癒せ」第1章

2009年7月にスタートしたバッチの遺産「なんじ自身を癒せ」の読書会が、87回目を迎えた今日、2017年11月10日に、11巡目の第1章を読むことになりました。当時レベル1を終えたばかり、10人足らずのメンバーで始めた読書会でしたが、メンバーが入れ代り立ち代りしながらも、やがてその中から何人ものプラクティショナーが生まれ、新たな牽引力となって、今では主催もその名の通り、BFRP(バッチ財団登録プラクティショナー)東海となりました。そのBFRP東海の背骨となっているのがこの読書会です。

 

 レベル1の授業では、エドワード・バッチが遺した2つの著作「なんじ自身を癒せ」と「12ヒーラーとその他のレメディ」を通して、その世界観に触れますが、コースが終わってもこんなふうにしつこく読むには、それなりの理由があるはずです。この小冊子のどこにそんな魅力があるのでしょう。

 

1930年、当時ロンドンで成功した医師の一人であったバッチ博士が、診療や研究を通して辿り着いたのが、古くはヒポクラテス、そしてパラケルスス、ハーネマンへと続く、ホリスティックな流れを汲む人間観でした。『なんじ自身を癒せ』の表紙を開くと、冒頭には「病気の真の原因と治癒の説明」と書かれています。今では心身のストレスが、様々な病気の引き金になったり、悪化させたりすることは、よく知られていますが、「癒しを自分で助けることができるのではないかと思い、病気の根本の原因を自分の内部に探そうと悩んでおられる方々の手引きになることが、ささやかな望みです」と書かれた文章から、時間に追われ、結果を急ぐ私たち現代人が、束の間の癒しを求めて右往左往するイメージが既にあったのかと問いたくなります。

 

発刊は85年余り以前ですが、その間も今も、医学の進歩はとどまることがありません。それによって多くの命も救われてきたことでしょう。その観点からみれば、バッチの言葉は医学的ではないかもしれません。けれど興味深いことに、バッチ博士が行きついた健康観は、古びるどころか現代のメンタルヘルス、セルフケア、セルフヘルプを先取りして、自己発見や自己認識~セルフアウェアネス~を高めていく上で、もっとも予防医学に即しているのではないかと思えます。医療の専門家ではない、ごく普通の生活者である私たち一人ひとりだからこそ、誰でもできること~つまり、自分の健康に責任を持ち、かけがえのない「私」を丁寧に生きていくことだと確信するのです。

 

11巡目に入ったことを機会に「なんじ自身を癒せ」を、これまでよりちょっとだけ真面目に読んでみようかな、というのが私の新たな試みです。お付き合いいただけたらうれしいです。

 

 なんじ自身を癒せ エドワード・バッチ著(バッチホリスティック研究会刊)

 第1章

日本には「病は気から」という古くからの言い伝えがありますが、シンプルに捉えたらバッチ博士の健康観はこれに通じるものだと思います。それは「病気の起源は物質的なものではない」と言っていることから理解できます。では気から始まったはずの病ですが、医学の世界では「病気を身体内に局限することによって......強力な病気恐怖症を生み出し、病気の力を途方もなく増大させてしまい…」とあります。たとえば、病気とまではいかなくても、ちょっとした不調や、不具合が生じると、私は猛烈に「よくなりたい!」と思います。同時にあれこれ不安や怯えすら覚え、余計調子が悪くなることもあります。まさしく気は病を促進すると言ってもいいくらいです。胸に手を当てて振り返ると、その前後にはかなり無理をしていたとか、自分をないがしろにしていた、なんてことを思い出します。だから身体と心はつながっているし、「心は騙せても、身体は正直」なんていう言葉も出てくるわけです。

 

バッチ博士は医師でしたから、人間が心身ともに健康に生きることを強く願っていました。第1章にはまず病気の本質について述べられると同時に、その大前提となるバッチの人間観についても、はっきり明記されています。それは「人間」を、見える世界としての物質的「身体」と、見えない世界における「魂」、その二つの領域をつなぐ「心」の3つに分け、「病気とは「魂」と「心」との葛藤が、身体の中に生み出した最終的な結果であり、深く長く活動してきたいろいろな力が作り出した最終産物です」と考えました。ですから私たちが健康に生きるには、「魂」と「心」が葛藤しなくてもいいようにする必要があるというわけです。それって一体どうすればいいのでしょう?

 

バッチは「心は身体よりもずっと明確に病気の兆候とその進行をよく物語る」と言っています。では「心」って何?という問いが出てきます。(下記の図を参照)心の働きを考えてみると、心もまた3つに分けることができます。まず見える世界と強く結びついているのが「意志、行為」です。そして見えない世界に通じるのが「思考」、その真ん中にあって両方をつなぐのが「感情」ですが、それらは分かちがたく結びつきながらも、ある時はどれかが優位に立ったり、またある時は眠らせてしまったりしながら、いつもいつも動いているはずです。私自身の日常でも、思考、感情、意志が全く統制されないでバラバラに動いてしまうこともありますし、義務感や評価を求めて行動する時には明らかに感情をごまかしていることがあります。いやだなあ~と思いながら、これはするべきでしょ、とか、ここで投げ出したら無責任、評価下がるよ、なんて、気持ちをなだめ、頭で身体に命令をするわけです。そして時には感情を凍らせて動かなくさせることだってやってのけたりするのです。つまり自分の感情は、自分から無視されている、今どきで言うと、セルフネグレクトってやつですね。なんとまあ、危ういことでしょう。

 

では、病気になっちゃったらどうするの?病気をどうとらえたらいいの?と言いたくなるわけですが、バッチはこう述べています。

 

「簡潔に言わせてもらえば、病気は、見たところとても残酷ですが、それ自体は有益なもので、私たちのためになります。もしそれを正しく解釈すれば、私たちは病気に導かれて、自分の非常に重要な過ちに気づくことになります。もし的確に対処すれば、病気はそうした過ちを取り去る原因になりますし、私たちを前にも増して健康にし、人間として大きく成長させてくれるでしょう。」

 

そうは言ってもね。というところでしょうか。気持ちに余裕があれば、こう考えることもできるでしょう。けれど症状に自分が苦しんでいる時、私を含めほとんどの人は困惑し混乱し、気分の悪さや不快感の中に閉ざされてしまいます。本当に病気は残酷です。だからこそ...

 

「前兆となる症状を理解し、その意味を読み取ることができる人であれば、もし適切な霊的・精神的な矯正手段を講じれば。病気は発病にいたる前に防止され、または初期段階で食い止められるかもしれません。」

 

つまり未病の状態の時から、自分の心の声に耳を澄ますレッスンが必要になるようです。食生活や生活のリズムなど実際的なことに心配りをすることはもちろんですが、バッチ流にいえば、自分の魂の命に則って生きるということが最も重要になるというわけです。でも、魂の目的ともなると、ちょっとわかりにくいし、すぐに答えは出せません。でもすごいことに身体の不調は、そういう時にこそ、導き手になってくれるということなのでしょう。こう書きながら、でもでもと、様々な問いが浮かんできます。それの答えは、第2章以降をお楽しみに、ということになるでしょうか。

 

どんな場合でも、どんな厳しい状態でも、絶望する必要はありません。なぜならその人がまだ肉体的に生きるのを許されているということは、支配している「魂」は希望を捨てていないことを示しているからです。

 

これって病気という範疇にとどまらず、すべてに言えることですね。

 

エドワード・バッチの人生を見る

バッチホリスティック研究会主催、バッチフラワーシンポジウム2012での発表

中村かをる「個と全体の成長を目指して」から

からまつの林を過ぎて

北原白秋の詩、「落葉松」をはじめて知ったのは多分小学4、5年生の頃、5歳年上の姉が口ずさんでいたのを聞いたときだったと思います。思春期と呼ぶにはまだ幼い心にも、この詩が持つ寂寥感が迫って、漠然と、大人になるということは決してバラ色だけではないんだなと思ったものです。落葉松ってどんな木なんだろう。普通、松は常緑だけど落葉するのかな…。その後、40年も経ってから、晩秋の上高地で、この詩のイメージそのままの風景に出会いました。そしてその数年後、バッチフラワーのレメディの中に、西洋落葉松(ラーチ)があることを知ります。ある夏、イギリス湖水地方の河畔を歩いていた時、ふと指が明るい緑色をしたやさしい感触の枝に触れました。これは!?と思い、木の名前を尋ねるとラーチという答えが返ってきました。その時、初めてバッチフラワーの「ラーチ」と北原白秋の「落葉松」が結びつきました。

 

バッチフラワーのラーチは、「失意と絶望」に分類されているレメディで、自分が人より劣っていると感じ、自分の能力に自信が持てない時や、失敗を恐れるあまり、チャレンジを諦めてしまうような場合に使います。常緑がほとんどの針葉樹の中にあって、ラーチは冬(困難)が来る前に、さっさと諦めて葉を落としてしまう、というクオリティは、まさにラーチ、自信の欠如を表しているようで興味深いです。

 

白秋が「落葉松」の構想を得たのは、大正10年軽井沢、初夏の星野温泉に滞在中、朝夕の散策時に、からまつの芽吹きに感銘を受けたと聞きます。けれど詩を読んで浮かんでくる風景は、芽吹き時というよりは、むしろ晩秋、諦念のイメージです。もちろん人によって感じ方は違うでしょうけれど。ただ、侘び寂びというか、色味の少ない渋めな七節目までと比べて、最後の八節に、静かな芽吹きを感じるのは私だけかしら。

 

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

芽吹きというものは、うれしいけど泣きたいみたいな切なさがあります。ラーチの芽吹きは、そんな中でも特別です。特に雌花の仄赤さに、こころ揺すぶられない人はいないでしょう。傷つきやすい繊細なラーチは、失敗することで自信を失い、それによって挑戦や冒険から遠ざかろうとしますが、白秋はこの作品を書いたとき、ちょうど第2ムーンノード(37歳前後)を迎えていました。ムーンノードには、多くの人が人生の目的や意味を問い、方向転換などを余儀なくされます。当時、すでに白秋は一定の評価を得ていたと思われますが、「落葉松」は白秋のその後の詩作に向け、重要な位置を占める作品となったようです。「山川に山がはの音/からまつにからまつのかぜ」 吾唯知足~向上心とか、よりよくなろうとか、評価されたいとか、何かを成したいという意識は、決して悪いことではありませんが、自分のその時の限界を受容できる人こそが、限界を広げていく、超えていける可能性を持っていると思わずにおれません。ちなみに白秋は57歳(第3ムーンノード前後)でこの世を去っています。バイオグラフィーワーカーの視点で見ると、これもまた興味深いです。

落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる、ただ心より心へと伝ふべし。また知らむ。その風はそのささやきは、また我が心の心のささやきなるを、読者よ、これらは声に出して歌ふべききはのものにあらず、ただ韻(ひびき)を韻とし、匂を匂とせよ。

北原白秋「落葉松」前文

『水墨集』アルス発行(大正12年)

落葉松   

           北原白秋

   一

からまつの林を過ぎて

からまつをしみじみと見き。

からまつはさびしかりけり。

たびゆくはさびしかりけり。

 

   二

からまつの林を出でて、

からまつの林に入りぬ。

からまつの林に入りて、

また細く道はつづけり。

 

   三

からまつの林の奥も

わが通る道はありけり。

霧雨のかかる道なり。

山風のかよふ道なり。

 

   四

からまつの林の道は

われのみか、ひともかよひぬ。

ほそぼそと通ふ道なり。

さびさびといそぐ道なり。

 

   五

からまつの林を過ぎて、

ゆゑえしらず歩みひそめつ。

からまつはさびしかりけり、

からまつとささやきにけり。

 

   六

からまつの林を出でて、

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

浅間嶺にけぶり立つ見つ。

からまつのまたそのうへに。

 

   七

からまつの林の雨は

さびしけどいよよしづけし。

かんこ鳥鳴けるのみなる。

からまつの濡るるのみなる。

 

   八

世の中よ、あはれなりけり。

常なけどうれしかりけり。

山川に山がはの音、

からまつにからまつのかぜ。

 

『日本現代詩体系 第四巻』河出書房(昭和25年)

 


イギリス湖水地方で、初めてラーチに出会った河畔

10月のバッチフラワーレメディ

ハニーサックル

ハニーサックル

カテゴリー 現実への無関心

英名 Honey Succkle
学名 Lonicera Caprifolium
和名 スイカズラ、忍冬
キーワード  過去に浸っている

 

過去の中、例えばとても幸せだった時のことや失った友達との記憶や実現しなかった野心の中に生きる人のためのものです。これらの人は過去に経験したような幸せが二度と訪れるとは考えません

 Dr.Ed Bach「12ヒーラーとその他のレメディ」より

 

郷愁という言葉がぴったりくる私の10月、毎年必ず巡ってくる10月10日は夫の命日、1997年のことでした。その年の秋は、ありえないほど安定した快晴が続いていました。おりしも運動会シーズン、末娘の小学校最後の運動会はそんな美しい空気の澄んだ秋の一日でした。午前の競技が終わり、友達家族数人と一緒に校舎の脇で持ち寄ったお弁当を広げ、車座になって食べているところに携帯のベルが鳴りました。病院から夫の容体急変の呼び出しでした。ふと、手元においていたカメラの望遠レンズがころころと転がってセメントの通路の上でカチンと冷たい音を立てました。関係ないのに、なぜこんなことを覚えているのかしら。


 

組体操だけはどうしても見てほしいと言っていた娘の願いも空しく、ゴメン、なるべく早く連絡するねと、私は小学校を後にしました。亡くなる数日前のことでしたが、その頃、何度もこんなことが繰り返されていました。当時の私は無我夢中でしたからわかりませんでしたが、旅立つ日の近いことが、医師にはわかっていたのでしょう。

 

あの頃の不安や苦しみ、辛かったこと、悲しかったこと、そんな思いとごちゃ混ぜになって、金木犀の香り、子どもたちの歓声、砂ぼこり、首筋に光っていた汗の玉、細い三つ編み、青いミカン、泣きたいような青空、いくつもの断片的なシーンが甦ります。あんなに強く揺さぶられたことはなかったのに、今となってはなぜか美しい。

 

ハニーサックルの指標にあるように、昔を懐かしむ気持ちには、夢のようなぼかしのフィルターがかかるかもしれません。それは時間という魔術のなせる技か、辛かったことに対して、自分が頑張ったことを認めたい気持ちもあるのでしょう。お年寄りが過ぎ去った過去を懐かしみ、何度も何度も繰り返すのは、自分の生きた証を話すことで整理するという、意味ある行為なのかもしれません。

 

ハニーサックルは過去の出来事に良くも悪くもとらわれて、そのために現実に集中できない人、過去に住み続けている人のためのものです。例えばペットロス、ホームシックなどはその例でしょう。経験を消化しきれず、現在に生きることができない時、ハニーサックル以外にもチェストナットバッドや、新たなステージへと踏み出す決意を応援するウォルナット、また悲しみの中にとどまろうとする背景には、忘れてしまうことへの罪悪感(パイン)があるのかもしれません。ショックやトラウマのスターオブベツレヘムや恨みがましい気持ちのウィローなど、ハニーサックルのフィルターに隠れている感情に合わせたレメディも、同時に使うことも効果的でしょう。

 

私たちの過去の経験は、現在を通って未来へと続いているわけですが、伸びたハニーサックルの枝が垂れて地に着くと、そこから発根し、新しいハニーサックルが生まれます。過去(親木)→現在(着地)→未来(新しい木)という流れは、ハニーサックルのポジティブなメッセージそのもののですね。

画像はすべて英国バッチセンターの庭に咲くハニーサックル、咲き始めは白かった内部が、受粉すると黄変します。夜に開花が始まるというのも眠りや過去とのつながりを連想させ、何ともノスタルジックです。バッチセンターの建物の扉の前には古いハニーサックルの木があります。この木はバッチ博士が住む前からあったと言われています。

 

以前のブログ~パーソナルノートで、

月のリズムでバッチフラワー

という実践報告を書いていた時期があります。レメディの最後のウィローから順番に、新月から満月へ、満月からへというリズムで1種ずつ、約1か月で2種類のレメディを体験していくわけです。で、半分近くの18種目まできたところで風邪を引いたか、飽きてしまったか(^^ゞ 途中で終わってしまいました。その心残りもあって、再度書き出したというわけです。でも今度はBFRP東海のレメディ研究部のテーマに沿ってレメディを取り上げて行こうと思います。マニアックな深遠な世界へあなたもぜひどうぞ。参加はレベル3以上ですが、読むのは誰でもOKよ! 

BFRP東海 レメディ研究部ブログ

レメディ研究室 ハニーサックルでさらに読む


2017秋の植物観察会

紅葉にはまだ早く、ちょっと華やかさに欠けるこの時期の植物園ですが、BFRP東海の2017年秋の植物観察会がスタートしました。今回で16回目を迎えます。

 

前夜から、スマホでお天気を何度も確認、リュックにスケッチブックと色鉛筆を入れたり出したり、朝になったら、おにぎりと水筒をもって…とワクワクしすぎて眠れない。 

 

にもかかわらず、結局遅刻してしまう私ってなんでしょ。15分遅れでみんなに追いつきました。これくらいの時間差なら、まだみんなほとんど動かず、植物園門に近い「オーク」の前にいることは分かってます。あんなに雌花がたくさんあったのに、ドングリはわずか、2個、3個。あゝ、もっと広々とした場所に移してあげたい。

オークの和名はオウシュウナラです。オークといえば樫(カシ)とずっと思っていましたが、調べているうちに、樫というのは常緑樹で、オークは落葉樹、つまりナラなんですって。


 宿根草園では、秋の七草、ススキに萩、シュウメイギクなど、たおやかな花に混じって、白花曼殊沙華が群生していました。赤い彼岸花~リコリスと同種です。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華(ひがんばな)
けふも手折りに來たわいな。

 

GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數(かず)

 

GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな、
ひとつ摘(つ)んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故(なし)泣くろ、
何時(いつ)まで取つても曼珠沙華(ひがんばな)
曼珠沙華、
(こは)や、赤しや、まだ七つ。

          北原白秋「曼殊沙華」


東海の森には、アサギマダラが好むフジバカマがたくさん植えられています。まだ今はホンの少ししか開花していませんが、10/8には、ここでマーキング調査が行われるらしい。


 

今日は蒸し暑く、蚊もスズメバチもたくさん、飛んでいました。虫たちも来るべき冬に向けて忙しそうです。いつもなら、東海の森でおにぎりを食べ、ビートにラーチ、パインやチェストナットなどをスケッチするのですが、予定を変更して、花畑のほうに移動することに決めました。春から観察しているトチノキの小枝を横目で見ながら、次くるときはしっかりスケッチするね、と声をかけながら。


今回のスケッチのテーマに、私はスィートチェストナット(クリ)を選びました。少し離れたところから、樹形全体を眺め、近くによって枝ぶりや葉の形状を詳しく見ます。バッチ博士は、スィートチェストナットを、「苦痛が余りにも大きく、耐えがたいと感じられるときのためのものです。…眼前に崩壊や破滅以外の何ものもないように見える時のためのレメディです」と記しています。イガイガに包まれた大きな丸い実をいくつも付けて豊かさを感じますが、樹木の形姿全体、また葉の広がり方を見ると、上昇するよりも、大地に引っ張られる下降するエネルギーを感じます。今回、対照的だったのは、オリーブをスケッチしたグループのシェアでした。若々しい滑らかな樹肌、剪定されたところから幾つも上昇する枝を出し、復活、再生のエネルギーが溢れている。樹木のスケッチを通して、バッチフラワーレメディの指標を学び直したような観察会となりました。


 

次回の植物観察会、深まる秋をご一緒しましょ。 

スケッチブックとおにぎりをもって。

第17回植物観察会

10/31(火)10:30~

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。

バッチ博士が住んだ家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

かなりのミーハーを自認している私ですが、まさしくその通りです。住所を辿って訪ねたのは、1917年、バッチ博士31歳、ロンドン、ユニバーシティカレッジ病院で激務に追われていた頃の住まい Canonbury Square 42

 

当時のままかどうかは分かりませんが、目の前は小さな公園、木立の向こうに見える黒い扉がバッチのかつての住まい。扉の番号を確かめて公園からパチリ。

 

今からちょうど100年前、この家からバッチ博士は病院に通っていたことになります。1917年といえば、最初の妻、グィンドリンが亡くなり、バッチ博士は間もなくキティ・ライトと再婚します。

 

メゾニックホール内部

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

再婚後、居を移したのはこちら。瀟洒な住宅街、89 Calabria Rd です。前の家と同様、イズリントン地区ではありますけれど、半マイルほど北にあたり、病院から遠くなります。

 

バッチ博士、忙しいのに遠くなって大丈夫?

この転居から2か月後、バッチは生死をさまようことになるのですが...。

 

こちらも黒い扉、左側の家です。家を見ていると中から人が出てきました。慌てて何気ない素振りをする自分が可笑しい。

 

同じ並びの、数件離れた家では改築の真っ最中。外観は全く変わらず、中身だけごっそり取りかえです。日本では家の寿命は短く、同じ土地に住んでいても新築~つまり人は変わらず、家が変わりますが、ここイギリスでは、家は変わらず人が入れ代わるというわけです。とても美しい住宅街ですが、これらの建物はすべて100年以上前からあったということですものね。

 

念願のバッチ博士のロンドンの家も制覇(?)しました。2017年の夏、バッチ三昧の旅もそろそろ終わりです。

バッチ博士がキティと住んでいた家
カラブリア通り イズリントン

アガサ・クリスティの終の家

アガサ・クリスティの終の棲家、ウォリングフォードのウィンターブルックハウス 

聖書とシェークスピアの次に、世界中で愛読されているといわれる、ミステリーの女王アガサ・クリスティが、85歳の生涯を閉じたのは、ウォリングフォードの中心部から少しはずれたところにある、ウィンターブルック・ハウスでした。引っ越し大好き、数多くの家を同時に所有したクリスティですが、この家につけられたブループラークには、はっきりと「lived here1934-76」と記されています。

メゾニックホール内部

ウォリングフォードの町のサイトには、アガサ・クリスティが、町の名士みたいな感じで、誇らしく紹介されています。素敵なサイトだから見てみてね。バッチ博士も、ノラ・ウィークスと、この町にしばらく住んでいたようです。ノラが、とことこ隣村のソットウェルまで散歩に行って、その後、移り住むことになるマウントバーノンを見つけたのだとか。ノラさん、かなりの健脚ですね~

 

https://www.wallingford.co.uk/home

サイト内のVsterをクリックすると、アガサ・クリスティのページがあり、そこをまた入っていったら、なんと只今、9月8日から10日まで「アガサ・クリスティ ウィークエンド2017」を開催中とのこと。そう聞いても、行けないけど。

ウィンターブルック・ハウスで寛ぐアガサ・クリスティとマックス・マローワン 

かの有名な失踪事件の2年後、クリスティは14歳年下の考古学者マックス・マローワンと出会い再婚します。その後、ウォリングフォードに家を買ったのは、ロンドンにも出やすく、マックスがオックスフォードに通うにも便利、レディングまで出れば、ダートマスのグリーンウェイ・ハウスにも行きやすかったということだったのでしょう。それにしても、アガサ、あなたはもうこんなおばあちゃんだったのね


バッチとフリーメイソン

エドワード・バッチ博士がフラワーレメディのシステムを完成させた翌年の1936年、ウォリングフォードのメゾニックホールで催したフラワーレメディについての一般講演の記録が残っています。

 

私がまだBIEPの受講生だったころ、バッチ博士がフリーメイソンだったことを知って、少し驚きました。というのも、フリーメイソンって、なんだか怪しい秘密結社であるかのような印象があるでしょう。

 

でも、かのゲーテやシラー、モーツァルトやハイドンなど、名だたる芸術家をはじめ、米国歴代大統領など多くの著名人もメンバーだったことは知られていますし、ボーイスカウトとのつながりなどからは、健全な慈善団体という印象も受けます。

 

そもそも、中世から存在するフリーメイソンは「自由な石工」を意味し、大聖堂や城壁を設計、建築する人々の集まり、石工の職人組合だったことに端を発するといわれています。(諸説あり)それが、年月を経るうちに、王侯貴族や知識人が参加するようになり、中・上流階級のクラブ、社交の場、精神修行の場、友愛組織へと変化していったようです。

 

フリーメイソンの基本理念は、自由、平等、友愛、寛容、人道の5つ、「すべての人が同意することのできる宗教」に従って「真実で善良な人間」になることが求められている(吉村正和『フリーメイソン』講談社現代新書)と書かれています。 

フリーメイソン メゾニックホール

ウォリングフォード、メゾニックホール入口

メゾニックホール内部

ホール内部


 

バッチ博士がフリーメイソンに入会したのは1918年、第一次世界大戦も終わりに近づいた32歳の時でした。その前年、彼は大きな試練に見舞われます。妻の死、再婚、そして病に倒れ手術、余命3カ月と宣告を受けます。ところが、人生の仕事に邁進するうちに不死鳥の如く甦り健康を取り戻していきます。そうした経験とフリーメイソン入会とは、何か関係があるのでしょうか。

 

一人の人間として、バッチが抱えていた葛藤なども含め、バッチ博士の著書『汝自身を癒せ』の中に描かれている世界観や健康観を貫いている、古代と近代、神秘と科学、見えない世界と見える世界をつなぐホリスティックな視点が、バッチ博士の人生を辿るうちに、さらに浮かび上がってくるようです。

 

講演をしたのは、儀式をするホールではなく、おそらくこちらでしょう、と案内してくれたのが、右のホールです。舞台の青い幕を開けるとフリーメイソンのコンパスとマークが大きく描かれていました。しかも、このホールではバッチ博士ばかりか、この近所に住んでいたアガサ・クリスティが、作品の上演をしたのだとか。5分も歩けば家があるよ、という言葉に大興奮→クリスティの家

 

今も昔も、こういったホールは人が集まる場所。フリーメイソンのセンターが今やバランスボールのエクササイズの会場だなんて。

ウォリングフォード メゾニックセンター外観

バッチ三昧の旅5

バッチセンター2017

 私が初めてバッチセンターを訪れたのは、2007年の初秋のこと。当時、ストラウドに住んでいた二女と一緒でした。その静謐な佇まいは、それまで訪れたどの場所も霞むほどの衝撃を受けました。

 

 あれから何度訪ねたことでしょう。今では日本からのバッチセンターツアーに合わせ、東海や関西の仲間たちと、またロンドン在住の長女(バッチセンターでBFRP取得)とともに、2年毎に訪れるのが恒例となりました。


 毎回、ほぼ同時期に来ていますが。年毎に気温も違えば、微妙に花の時期もずれ、前回は満開だったのに、今回は少しだけとか、その反対のこともあります。確かこの辺に咲いていたはずなのに、全く違うところから出ていたりなどなど。

 2年前、ガーデナーが変ったばかりの庭は、意気消沈して見えましたが、今回はすっかり息を吹き返し、植物は驚くほど元気で丈高くなっていました。建物の奥にあるアスペンの木の前で。現在のガーデナー、アランさんのガーデンツアー。


 

バッチフラワーの学びの中で、欠かせないのはバッチ博士の宇宙観、人間観。1930年代、この場所でバッチ博士は、人間の心身の健康について思いを巡らし、フラワーレメディのシステムを完成させました。ここにいると「場」の力というものを感じないではおれません。知識や頭ではなく、感覚、さらにもっと奥深い精神性が見える形となって、この場に息づいていることをすべての人に味わってほしいと願っています。

 

 


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バッチセンター2015 バッチセンター2015の2

バッチ三昧の旅4

クリックハウエル界隈

ウェールズ2日目、見事に晴れました。清々しい風が川面を渡っていきます。見どころはいろいろあるものの、残された時間はわずか。タウンセンターのそばにある古城と、ミムラスがあったと記述があるクリックハウエルハイスクールのグランドを探してみます。

ハイスクールから、St.Edmund's Churchの塔を見る

木立に隠れて見えないけれど、眼下にはアスク川

クリックハウエルハイスクールは私立校ではなく、公立校です。ぐるりを山に囲まれて、こんな素晴らしい環境の中にあるなんて、なんと贅沢・・・。ここは国立公園ブリコン・ビーコンズの中に立地しているのですから景色がいいのは当たり前でした。

 

このあとは、クリックハウエル城へ。ドラゴン・インでサンデーランチを食べたら、ウェールズともさようならです。また来られるかな。

クリックハウエルキャッスル

一部を残すのみとなっている、クリックハウエルキャッスル。周辺にはワイルドフラワーガーデン、グラウンドやのどかな公園となっています。

古城の城砦の一部が通りの中に。

通りの名前はタワーストリート

タワーストリートにほど近いドラゴン・イン

ガーデン最高!お料理もおいしくてお値打ち。



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バッチ三昧の旅3

オークの木の下で

前回訪れた時、アスク川の対岸には入れませんでした。

遠目に、あの大きな木はなんだろう、と思っても

近づいて見ることができません。

ところが、幸運にも、今回はイベント会場の駐車場として

門が大きく開かれていました。

 

ヤッタァ~巨樹に向かって走り出したものの、

ゲッ! 気づけば足元は馬の糞だらけ!

草か糞かというほどの凄さです(苦笑)

 

こんなことで怯んでなるものか、顔を上げて走る私!

 綺麗な芝生に見えますが、実は糞まるけ。

それにしても、樹形が見えるっていいなあ。

日本では木が多すぎて樹形が見えないのが普通ですから。

―あの木は、オークでした―

立派な木には、称賛の言葉をかけよう。

なんて堂々としているの。素晴らしい。

聞かせてください。これまで何を見てきたのか。



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バッチ三昧の旅2

インパチエンス、見つけた!

アスク川のほとりへ

ウェールズ語らしいホテルの名前が発音できませんが

このリバーサイドレストランは、

アバガベニーとクリックハウエルの中間に位置し

移動に車がないと少々不便。

ハードネゴシエーターの我がツアコン娘は

どんどん交渉し、時間も金額も思いのまま。

 

チェックイン前だけど、部屋に案内され、荷物を置くと

私たちは再び7人乗りのタクシーを駆って

クリックハウエルのセンターへ。

 

インフォメーションセンターで地図をもらい、

てくてく歩いて川まで下ること10分足らず。

途中の生垣にクレマチスを見つけ、洒落た窓辺や

ドアを彩る薔薇や藤に歓声を上げながらやってきました

アスク川。

ここまで来ると、昨年、途中まで登って恐怖を味わった

テーブルマウンテンがすぐ近くに見えますが

騙されちゃいけない、目の錯覚です。

 

ウェールズで最古の石橋の上を車がどんどん通ります。

計算外だったのは、河岸の広場がイベント会場に!?

物珍しそうな視線を浴びつつ、7人の小人たち

(いや大人ですが)は、並んで川岸に沿って進みます。


 

ドキドキ ない? ない? 

あっ、あった~!!

光る水面に照り映えてインパチエンスが、

あちこちいっぱい、咲いているではありませんか。

あ~うれしい。

濃いピンクのインパチエンスに混じって

バッチフラワーレメディに使われているという

優しい藤色のインパチエンスも咲いています。

向こう岸にも、沼地の小道にも、

あ~~神様、ありがとう。


 

野生のインパチエンスは、これまでイギリスでは何度か見かけました。

デボンやコッツウォルズの小川のそばで、いずれも水辺に群生していて狂喜乱舞したものです。

けれど、このアスク川の岸辺に咲くインパチエンスは、私たちBFRPにとっては特別です。

何といっても、この場所で、このインパチエンスたちの先祖(?)が

インスピレーションとなったかもしれないのですから。


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バッチ三昧の旅1

ウェールズ再び

ロンドンからアバガベニーへ

1年前、アバガベニー(Abergavenny)へ向かった日は

EU離脱の可否を問う投票日で、イギリスは異様な興奮に包まれていました。あれから1年後、今もテロや火災などの渦中から抜け切れていないイギリスですが、今年も同じ季節に訪れることになりました。

 

南ウェールズ、アバガベニーからクリックハウエルを

流れるアスク川の畔は、かつてバッチ博士が何度も訪ね、バッチフラワーの源泉になった場所です。

 

エドワード・バッチの『オリジナルライティング』の中に挿入されているノラ・ウィークスのスケッチには、アスク川の岸辺、クリックハウエル橋のあたりにインパチエンスやミムラスの咲いている場所が描かれており、昨年その場所をしっかりと歩いているにも関わらず、その気配を感じられなかった私としては、今度はもうちょっと違う季節に来よう、と思っていたのでした。

 

けれど、今年は2年毎に催されているバッチセンターツアーの年、東海からも関西からも知った顔がイギリス・バッチセンターに集います。この機を逃してはみんなとウェールズに行くことは叶いません。昨年より10日ほど遅く、しかも今年のイギリスは暑い、きっと開花期を迎えているに違いない!

 

そう念じて、BFRP東海勢と関西勢、ツアコン役の長女に私の7人で野生のインパチエンスを見ようと、渡英2日目の早朝、ロンドン・パディントン駅に7人が集合、顔合わせもそこそこに、電車は西へ西へとひた走る。

 

ニューポートで乗り換えて約30分、アバガベニー到着。

とりあえず今夜の宿へ向かいましょう。

バス停で待つこと20分遅れ、

コトコトコト、バスがやってきました。

まもなくバスの窓外は、Brecon Beacons 国立公園らしい

壮大な風景が広がっています。

 

バスの運転手さんが、急にこちらに声をかけました。

どこのホテル? 長女が名前を告げて、しばらくすると、

ここで降りるといいよ、とバス停でもないところで

停まってくれました。

笑顔のお礼で、ぞろぞろ降りる私たち。

 

わ~~い!眼下にアスク川! 山並みの広がり!

リバービューの可愛いお部屋。興奮度数マックス!!!

 

何といっても素晴らしい眺め。レストランも美味しい。

昨年泊まったBears より、私はずっと気に入りました。

おまけに安い。

Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant

 

但しこの時のバス以外、移動はすべてタクシー

しかも7人乗りが確保できて、交通費も割安。

この辺りの交渉は、やはり優秀なツアコン(?)娘の

存在があって可能だったかも。つづく

アバゲベニー駅
窓の外に広がる壮大なウェールズの風景
ホテルの窓からの風景
Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant
Llanwenarth Hotel & Riverside Restaurant

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またしても、雨の植物園

今年の春はやっぱり不安定、3回目の植物観察会(4/26)はまたしても雨になり、今度こそ中止になりました。でも、クラブアップルも気になるし、オーク(ヨーロッパナラ)の開花が、今を逃すと観られないかもと思い、大雨を覚悟して出かけました。で、オークの前にいくと、同じ思いに駆られた3人が集合(笑) 来てよかった! 

 

頂芽から勢いよく葉っぱが吹き出して、雄花も雌花も咲き始めです。こんなのを見せてもらえるなんて、うれしい!ありがとう

 

シュッシュッと音を立てているみたいに一気に目覚めました。まるでマジック!

 

 


オークの雄花と雌花

 

柔らかな若葉の縁は仄かに赤みを含んでいます。雄花は尾状花序で垂れ下がるように咲き、風の吹くに任せて、大量の花粉を飛ばすのです。雌花は痛々しいほど赤くて小さくて上向きです。花粉を上手に受け取れますように




私たちの定点観察では、歩くルートをほとんど変えず、順番に丁寧に見ていきますが、今日ばかりは、雨がひどくならないうちに、クラブアップルを先に見ることにしました。開花すると真っ白なのに、蕾や咲き初めは薄紅です。美味しいのでしょうか、虫食いが目立ちます。



雨がだんだん激しくなってきました。もう帰る、とは誰も言わず、いつものように、立ちどまり、観察し、話しかけては、歩きます。「雨の日もいいね」と言いながら。バイン(葡萄)、ハニーサックル、みんな蕾が膨らみはじめました。

 

池のそばのアスペンの花はどんなだろう。花が咲いている様子ですが、木が高いのと、建物の屋根に邪魔をされてよく見えません。ところが、ふと地面を見ると、花が一杯落ちているではありませんか! アスペンの花を見るのは初めて。

バッチフラワーのアスペンの画像では、ちょっと不気味な印象を抱いていたのですが、ここのアスペンの花は白くてふわっふわの綿毛のようです。


東海の森に入ると、雨のせいか、よりひっそりとしています。冬の間は、葉を落として明るかったブナの森も、もうこんなに繁ってきました。これからさらに緑陰も深まっていくことでしょう。私がずっと観察しているブナの小枝、去年は一年間、全く様子を変えなかったのに、今年は、葉を出していたので、びっくりしました。今年は変化が楽しめそうです。雨脚が強くなり、スケッチできるような状況ではありませんが、次回に期待をつなぎます。もう、カメラを構えることもできないほどのひどい降り。それでもいつものコースをずぶ濡れになりながら楽しそうに歩く3人でした。あ~~寒い、何か温かいものを食べに行こう!!


 

次回の植物観察会は、きっと晴れる! ぜひスケッチブックをもってご一緒しましょう。

第15回植物観察会

5/17(水)10:30

名古屋市東山植物園門に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp 

(担当嶋崎)まで

 

 

参加費(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当、ルーペ(持っている方)
バッチフラワーの近隣種など、植物を観察しスケッチします。

歩きやすい服装・靴でお越しください。

雨の植物園

オークの冬芽

2017年春の植物観察会の2回目は、あいにくの雨になりましたが、先発隊情報によれば、チェリープラムが満開とのこと。これは何としてでも会いに行こう。

 

前日は20度まで上がったというのに、一気に気温も下がり、寒いことこの上なし。傘を持つ手が凍えるので手袋持参です。 

 

スケッチは諦め、いつものルートを、いつもの植物たちに声をかけながら歩きます。前回来たのが3月上旬でしたからほぼ3週間ぶり。オークやホワイトチェストナットは、見た目はほとんど変化がありませんが、なにやら、もぞもぞしているのが伝わってきます。

花畑のほぼ中央に立つ1本のチェリープラムは満開~散り初め。東寄りに2本並んでいるチェリープラムは葉っぱが花と一緒に出てくる種ですが、こちらは蕾がまだいっぱいついています。それにしても花の裏側までちゃんと五角形で美しいこと。誰がこんな風に設計したのでしょうね。

植物園内には、あちこちに屋根付きの休憩所があります。私たちが必ず歩く、「BFRP」東海の森のルートにもドングリ広場やロックガーデンには、そんな場所があります。そこでスケッチをしたり、お弁当を食べたりするのですが、雨宿りもかねておにぎりを食べ始めると、どこかから、ジョウビタキがすぐそばまで何度もやってきました。雨の降りしきる中、可愛い姿とさえずりに心なごみます。いつもは気付かないで通り過ぎていたアカシデ(ホーンビームの近隣種)が、驚くほどたくさんの花を咲かせていました。若葉が出そろう前の今が、花の見ごろです。エルムの花に負けず劣らず地味ではありますけれど。

からし菜(マスタード)も大きくなりました。花も咲き始めています。右は3週間前。次に来る時は花盛り!

3月上旬のからし菜(マスタード)



 

次の植物観察会は、春もたけなわ

スケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第15回植物観察会

4/26(水)10:30 名古屋市東山植物園に集合

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

ハルニレ(エルム)の花

 

今、仲間うちでは、ハルニレ(エルム/オウシュウニレの近隣種)の開花の話題で持ちきりです。残念ながら東山植物園には観察できるようなハルニレがなく、名古屋大学構内とか、守山区の朝宮公園など、ラインやMLで、開花情報が回ってきて、それを読んでいるだけで、なんだかそわそわしています。このところ忙しくて東山植物園が精一杯の私のもとへ、ハルニレの小枝が届きました。もちろん花芽付きです。仕事の合間、夜な夜なデスクの前で、ルーペを覗いています。ハルニレは樹齢500年とも言われ、美しい樹形の堂々とした落葉高木です。秋に花が咲くアキニレ、ハルニレは春に花が咲きます。

ハルニレ エルム

札幌・北海道大学植物園のハルニレ


ハルニレの小枝が届いたのは3月初めのことです。朝、出かける前に赤紫の花芽をスケッチした後、夕方に戻ると、すっかり様子が変わっていて驚きました。その形や動きを言語化するのは、とても難しいのですが、まずは、見えるところで。

 

開花前の花芽は7ミリくらい、枝にくっついて束生、小さな球状をしています。筒状の花被、ひとつひとつに、花柱が2裂した白いモールのようなめしべと、細い花糸の先に赤褐色の葯を持ったおしべが4-5本入っています。軽く触れると白っぽい花粉が飛びました。

おしべが突き出たぶん、全体に少し大きくなりますが、それでも1センチに満たない大きさです。老眼の私には、ルーペなしに、めしべもおしべも見ることができません。そして、どんなに倍率の高いルーペを使ったとしても、外側はどこまで行っても外の世界。そこからどうやって植物の深みに入っていけるでしょうか。

 

「エピレマ」 ゲーテ

 

そうだ 自然の観察に際しては
「一と全」とに眼を注げ

内にあるものもなければ

外にあるものもない

内がそのまま外なのだ

さあ ためらわず掴みとれ

広く知られた聖き神秘を


さあ 眼をひらけ 真実の現象に

さあ たたえよう 真剣な戯れを

生きるものは「一」でなく

それはいつでも「多」からなる

こちらも北海道大学植物園のハルニレ、オイリュトミー仲間と訪れたからか、この時には木の回りをぐるぐる回り、踊り出したい気分でした。ニレは素早い動きのマーキュリーと関連付けられますから、その衝動はぴったりだったのかもしれません。巨樹のそばに行くと、なぜか笑えてきたり、崇高な気分になったりしますが、観察には、部分と全体を捉える眼差しとともに、自然に湧きおこるイメージも大切にする必要があるのでしょう。


新しい息吹の春に

オークの冬芽

今、仲間内ではハルニレ(エルムの近隣種)の開花が話題になっていて、そわそわしているところですが、恒例のBFRP東海の植物観察会が近づいてきました。

というわけで、今日はその下見です。今冬は鳥インフルのために動物園が一時閉園になっていた関係から、私の年間パスポートも、期限が2か月伸びました。それはちょっとうれしい。

 

まずは、植物園門から入ってすぐのところにあるオウシュウナラ(オーク)の冬芽にご挨拶。まだまだ固い。トップから見ると美しい五角形をしています。この芽がどんなふうに変化していくのか楽しみです。それにしてもこの場所は、巨大に成長するオークには全く似合いません。何とかしてよ。東山植物園~

フクジュソウの蕾は黒いって知ってました?毎年見ているはずなのに、私は初めて気づきました。積み重ねないと意識に残らないことってあるものです。葉っぱの間で黒く目立たなかった蕾が開くと、中は鮮やかな黄色!そのコントラストは見事です。まだ色味のほとんどない草むらでは、クロッカスがいい声で歌っていました。

 

宿根庭園の上にあるハニーサックル、昨年はバッサリやられて、勢いを失ったのかあまり伸びず、花もほんの少しで寂しい限りでした。どうしてここまで切り詰めてしまうんだろう。今年はどうか、このままそっとしておいてほしい。2年越しできっと沢山花を咲かせてくれるはず。

 

イギリスのバッチセンターにあるハニーサックルは、エドワード・バッチが住んでいた当時からあったとか。ということは、すでに80年以上の株ということになります。初めてバッチセンターを訪れた9月初旬、花が終わって透き通ったプルップルの赤い実をつけていました。東山植物園のハニーサックルは、バッチセンターのものに比べると、ちょっと小ぶりですが、日当たりがいいからでしょうか、長く花を咲かせて楽しませてくれます。今年はそのようでありますように。

「確か、この辺りにセンニンソウ(クレマチス)があったはず」と、その痕跡を求めて地べたにへばりつく仲間たち。次の季節が巡ってくれば、ちゃんと生えてきてくれますって!!ところで、我が家のクレマチスは1本は枯れたようになっていますが、もう1本は冬でも緑の葉を落とさずにいます。同じ種でも、環境によってまるで異なるのは、人間にも言えるかもしれません。東海の森の明るいブナ林(ビーチ)、芽吹きにはもう少し時間がかかりそうです。

トチノキ(ホワイトチェストナットの近隣種)の大きな頂芽。まるで銃弾のようです。芽鱗もはっきり見えていますが、まだ目覚めていないのか、水飴みたいな樹脂は少なくて余りべとつきません。数年前になりますが、初めて東山のトチノキを見て、その頂芽が樹脂でピカピカ光るということを知った時は感動しました。 葉痕は大きく、はっきり点々と維管束を見ることができます。西洋トチノキは、フランスではマロニエ(馬栗)と呼ばれますが、この葉痕はまるで馬の蹄鉄のようですね。昨冬に観察したトチノキの頂芽を、今春も継続してスケッチをする予定です。

写真に撮って、後からしげしげと眺めるのもいいのですが、スケッチにはスケッチにしかないよさがあります。上手には描けなくても、それはちっとも構わない(もちろん上手なほうが気持ちいいけど)。なぜなら描くことで、自分がその植物の中に入り込んでいけるから。直線的、曲線的、枝や葉にはそれぞれのリズムがあって、植物たちが、惜しげなく見せてくれる秘密に気付けるのは、スケッチ以外にはないのでは?と思うほどです。

イヌシデ(ホーンビームの近隣種)の種は、天使の羽がついているみたい。丸い種はモミジです。

落葉松(ラーチ近隣種)の芽吹きはこれからです。ドキドキするほど美しい雌花は、みんなの人気者

あと一か月もすれば、ここはカラシナ(マスタード)の黄色い花が一杯咲きます。これがマスタードってわかるのがエライでしょ!


 

春はスケッチブックをもって出かけましょう。

ぜひご一緒しませんか?

第13回植物観察会

3/9(木)10:30に名古屋市東山植物園に集合です。

お問合せはBFRP東海

bach38tokai@yahoo.co.jp (担当嶋崎)まで

参加費なし(入園料500円を各自で払い入園)
持ち物 スケッチブック・色鉛筆・お弁当など
    ルーペ(持っている方)
バッチフラワーに関する植物を観察しスケッチします。歩きやすい服装・靴でお越しください。

エドワード・バッチの人生

 

BFRP東海主催の木曜会では、バッチフラワーの「七つのカテゴリー」に再挑戦したわけですが、そこで改めてバッチ博士の人生を概観したことは、前のブログにも書きました。

 

ある意味、ゴシップネタも交えながら、人間バッチに迫るというのは、別段、目新しいことではなかったのですが・・・。

 

シュタイナーの七年周期の呼吸のリズムで作ったメタモルフォーゼのチャートからは、彼が50歳で亡くなったことの意味さえ、解き明かされていくのが、非常に興味深いところでした。

 

1935年、フラワーレメディのヒーリングシステムを完成させたバッチ博士は、そのレメディ発見の途上、それまで12ヒーラーと4ヘルパー(7ヘルパー)と分けてきた考え方を、完全に手放します。そしてシンプルに38種類全体を「7つのカテゴリー」に分類しました。

 

私がプラクティショナーになり、実際にレメディを選ぶ際に、バッチ博士が最終的に提示した「七つのカテゴリー」はとても役立つ、というのが実感です。感情には様々なグラデーションとバリエーションがありますから、確かに分類すること、そのものが難しいのは仕方のないことです。

 

例えばゲンチアナのレメディが示す悲観的な傾向は、感情としては落胆とか失望という言葉で表現されますが、なぜその人がすぐに、起こった出来事や自分自身を疑ってしまうのか、というところに注目すると、このレメディが「失意と絶望」に分類されず、「内心の不確かさ」に分類されていることに、なるほど!と、納得します。こうしたレメディの区分けは、バッチ自身が医療従事者として、また一人の人間として、様々に困難を抱える人々を観察することから、導き出していったと思われます。

 

30代に入ってすぐ、一度、死線をさまよったエドワード・バッチは、自らの研究に没頭することで、健康を取り戻していきます。そして、近代医学からホメオパシー、バッチフラワーの発見へと歩を進めるたびに、それまでの名誉や地位、経済的な評価を惜しげもなく手放していきます。

 

健康に生きるということはどういうことなのか。病にはどんな意味があるのか。1人ひとりの人生の課題と目的とは?人はどう生きるのか?という、誰もが一度は抱く根源的な問いに対し、バッチは自らの生き方を通して、未病、予防医学の分野を拓き、未来の医療の方向性を指し示したと思われます。

バッチセンター

19歳のエドワード・バッチ(ウェールズで)

若々しい白いシャツが目に染みる!

バッチはその血筋にウェールズの流れを汲み、

ウェールズの土地、自然から

様々な直観を受けていたようです。

クローマーの浜辺でバッチとノラウィークス

バッチ博士が愛したクローマーの浜辺で。

左端がバッチ、一人おいてノラ・ウィークス

エドワード・バッチ「オリジナルライティング」

画像は「オリジナルライティング」から

 バッチ博士が、レメディを発見した、

ウェールズ・クリックハウエル、

ノラ・ウィークスが描いたスケッチも載っています。


バッチフラワー七つのカテゴリー

 

あと数日に迫ってきたBFRP東海の木曜会

~七つのカテゴリーを紐解く~の準備に

頭のてっぺんから湯気が出そうな毎日です。

(の割には、こうしてブログを書いてます)

 

バッチフラワーの七つのカテゴリーについては

昨秋の関西で、一度テーマにしていますが

今回の参加対象が、レベル3以上ということで、

マニアック度をさらに上げています(笑)

 

今回は、新たにエドワード・バッチの人生を、七年周期に基づいてチャートを作り、あれこれ展開しています。とはいえ如何せん、人生前半期の情報が少なすぎです。もっと個人的なこと、バッチさん、教えて!

 

ただ、人生の全体図を俯瞰して、「なるほど」と思うところがあります。それは人生の呼吸が、とてもはっきりしていることです。あゝ、今は吸い込んでるとき、今は吐き出すとき、というメリハリがあり、晩年には前倒ししたかのように、後半分の呼吸をきっちり使い、メタモルフォーゼを完成しています。

 

意味、わかる?

わからないよねえ(笑)

 

調べたいことがあり、急きょ、ロンドンの娘からバッチの「オリジナルライティング」を送ってもらいました。その中に、ノラ・ウィークスが描いたウェールズ、クリックハウエルのスケッチがあります。そこにはバッチ博士が初めてレメディの植物を見つけたアスク川の橋のたもとに、はっきりとポイントが示されているのですが...昨夏訪ねた時には、残念ながらそこに植物は見つけられませんでした。スケッチに描かれている道路は変わらなくても、植物は生きやすいところへ移っていったのかもしれません。あゝリベンジしたい、ウェールズ。

 

さて、七つのカテゴリーにどこまで迫れるか。

う~む、私よ、頑張りましょう。

クリックハウエル橋
バッチセンター
バッチセンター内部 古い器具も
バッチ博士お手製のチェアにあなたも座れます

イギリス、バッチセンター 

週日は、誰でも庭や内部をみることができます。


最後のPTT6回コース

 

新着情報にも書いたとおり、2017年から

愛知県の講師は2人体制となり

BIEP・PTT(6回)コースは、

牧野宏江新講師が担当し

私はレベル1の2日間コースだけを担当します。

 

奇しくも 2016年9月~10月に開催した

クロイツでのPTTコース

この期が、私にとっての

最後の6回コースとなりました。

 

8年間、このログハウスで、

たくさんの方々が学んでくださいました。

皆さん、本当にありがとう。

 

私の願いは、一人でも多くの人が

バッチフラワーという

比類のないツールを使って、

感情を観る方法を学ぶこと。

 

自分自身を癒す、

こんな強力なツールを使いこなせたら

人生はどれほど異なった局面が

見えてくることでしょう。

クロイツでのバッチ国際教育プログラム

講師が二人体制になるということは

自ずと開催回数が増えますから

ご不便をおかけすることもなくなります。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

2日間コース 2017/2/18-19 豊田市

6回コース  2017/3月、5月開講 名古屋市


晩秋の植物観察会2016

晩秋の植物観察会2016~東山植物園で

 今日はとても冷えます。背中のリュックの中には小さなおにぎりが二つ。白湯を入れた水筒、スケッチブックに鉛筆、カメラ、ポケットにはすぐに取り出せるよう愛用のルーペを入れて、今年最後の植物観察会で東山植物園へでかけました。いつものコースをBFRP東海のメンバーたちと一緒に、バッチフラワーの植物たちに挨拶しながら歩きます。ピークを過ぎたとはいえ、紅葉が美しく、人もたくさんでいつもより賑やか。と言っても、植物園は動物園エリアに比べると静かです。 

ヤナギを見に今日はビオトープも回ります。ヤナギも小さな冬芽を抱いています。水辺に生えているガマの穂を見つけ、夢中になって遊ぶ仲間たち。ちょっと触ると、急にふわっふわの綿毛が勢いよく飛び出してきて、風に乗ってぱあっと飛んでいきます。みんな代わる代わる池の中の足場まで入り、子どものように歓声を上げています。私も、私も!もっともっと!!あゝ、楽しかったね!!!

 

東海の森に入る手前に、奥池があります。ここは植物園内で最も大きな池です。その休憩所のそばに立つのはヤマナラシ~バッチフラワーのアスペンです。ほら、真ん中の黄葉している木です。アスペンは、葉柄が長く、ちょっとした風にもちらちら葉っぱを揺らすのが特徴。その姿が表す通り、不安に襲われて激しく揺すぶられるような時に使います。


 

 2016年秋の植物観察会は、9月、10月、11月と3回。9月は雨が続いたせいか、ブナの森はキノコが至るところに生えていて驚かされました。スケッチをしている顔と言い、足と言い、蚊が押し寄せて描いていられないほど。10月には季節の移行が顕れ始めたものの、まだ密やかでもあり、準備途上の冬芽の姿に、我が身を重ね合わせもしました。11月、紅葉も進み、葉を落としてすっきりと骨格だけになった木々は、より本質的にその姿を見せてくれます。葉がある時にはわからなかったことが、顕わになってきます。同時にそこで準備されている姿も。それにしても、準備しているのが見える時には、もうできている時なのです。となると、準備って、いったい、いつするのでしょう。

 

BFRP東海のブログで、11月の植物観察の詳細をご報告しています


安曇野のウォルナット

突然降ってわいたような話ですが、こういうことは案外よくあることで、とんとん拍子に話が決まって安曇野でバイオグラフィーワークをしてまいりました。その前に立ち寄ったのが諏訪の富士見高原。八ヶ岳南麓のこの辺りは、富士山と、南アルプスと八ヶ岳に囲まれた、それはそれは風景の美しいところです。この空気感はやはりここまで来ないと望めない。

 

 「山派?海派?」は、「犬派?猫派?」と同じくらい、質問によく出るものですが、伊勢志摩の海を背景に育った割に、私はいつからか山派になってしまいました。水のある風景にも惹きつけられるますが、清明な空気感はやはり山のものでしょう。 いいなあ~こんな風景が毎日見られるなんて。って、さらに水辺があれば最高!イギリスの湖水地方の風景。どう? 日本vsイギリス?


 

中央道から長野道へ入り、安曇野に移動

 

厳かな雰囲気の山荘

針葉樹の林の中に

まっすぐ伸びた長いテラス

 

雨の滴がつくる無数の水の輪

 

渡る風

 

枝のなる音

 

鳥の声  すべてが一幅の絵のようです

 

 

お昼ご飯は新そばを食べに。

有名なお店らしく、なんと1時間待ち。

こんな地方でもまるで都会並みです。

待ってる間に散策をすると… 

 

素晴らしい胡桃(ウォルナット)の木が

畑の隅にどど~んと立っておりました。

 

少し枯れかけた葉っぱの間に、

緑の実がいっぱい成っています。

柵など巡らされておりましたので、

あんまり派手にはそばに行けなかったのですが、

そういいながらずんずんと近くまで。


 

バッチフラワーのウォルナットは

とても便利なレメディで、私は大好き。

カテゴリーは

「人や周囲に敏感すぎて影響を受けやすい」

に分類されています。

別名「鎖の断ち手」と呼ばれていますが

強い他者のパーソナリティや、周囲のしがらみに

ついつい影響を受けてしまうとき、

転居、転勤、入学、卒業、就職、結婚、更年期などなど

人生の、また心身の、様々な移行の時を、

やさしく守り、変容を助けてくれるレメディです。

人の多いところへ出かけると

すぐに疲れる私には、必携のレメディ。

お世話になってます。

お~ぃ、ウォルナットや~い

今度は花が咲いてる頃に来たいよ~~~


移行の季節

秋の植物観察会2016~東山植物園で

 来る日も来る日も雨か曇り空~これではイギリス人じゃなくても、お天気でゴース(希望を失くした時に使うバッチのレメディ)になっちゃう、と笑い話ではなく本気で思うほどでしたが、ピンポイントで雨が上がったのはスゴイ!

 今日で9月も終わり、夏でもなく、秋でもない。そんな移行の季節の植物たちはどんな表情をしているのでしょうか?

 新旧取り混ぜて集まった10人で、いつものコースを植物に挨拶しながら回ります。先発隊のチェックの通り、春までは、雑草扱いだったクレマチスが、観察者(私たちのこと)が押し寄せたからか、「センニンソウ」と小さな白い名札をつけてもらっていました。よかったね、エッヘン!名前が付くとちょっと格上げした感じです。オークはドングリをいくつかつけていますが、剪定のきつかったハニーサックルはちょっと淋しい。

それにしても、なんだかさえないのはお天気のせい?

いまいちジミ~な雰囲気が植物園内に漂っています。これって移行期だから?

 

季節ごと、当たり前のように姿を変える植物。花から種に、種から花にメタモルフォーゼ!(すべてクレマチス)

子どもでも、乳歯と永久歯とが生え変わる頃とか、ツクツク背が伸びていくときとか、縦横のからだのバランスがちょっと変に整わない時期、可愛いんだけど、妙に不細工になったりします。私たち現代人は、できるだけピーク(若さ)の丘を長続きさせたい、って思っていますが、それってホントにいいのかな、と時々自問自答します。特に植物の変化を見ていると、人間だけが同じところに止まっていられるわけがない、と思うわけです。つまり宇宙と呼応するように、植物は季節のめぐりを知っていて、ちゃんと次の段階に移行していくけれど、人間は特別で、外見は若さを保ったまま、内的に成熟できる? のかな。いやあ、そうじゃないでしょ。内的にも成熟したくない人もいるかもしれないけれど、昨日より今日がよくなろうとするのが自然の摂理。そのために次の扉を開けるには、何かを手ばなすというのは、浦島太郎に限らず昔からのお約束。


 

 一番きれいな時っていつなんだろう。花が咲くころ?

そう、花が咲くとみんな目が惹かれる。きれいな色がパッと辺りを染めて、香りもして、虫を呼び寄せる。植物は様々な方法で次の世代につながっていくけれど、受粉した途端に、色も香りも目的を果たしたかのように収縮へ向かう。

 誰もが知っている、花の美しさは永遠じゃない。

 永遠じゃないからこそ、美しい。

 それも誰もが気づいていること。

 

 

 

 じゃあ、移行期って本当にさえないのかな。ただ、見る目がないってことなんじゃないかな。私の中にある、きれいの基準が、花とか若さとか可愛さとか、スマートさとか、そういったものしか認めていなかったら、当然見落としている「美」があるってことだもの。

 そう思っていたら、今回、素敵な発見が、スィートチェストナット(栗)をスケッチしていた仲間から、もたらされました。ほら、栗のイガの頭のところ、雌花の名残が見えるでしょ。雌花の下が栗の実!!そしてイガイガの形の美しいこと。まるで1本1本が木のようで、みんな、目をキラキラさせて見入りました。見る目があれば、世界はどんどん美しくなるのかも。

 

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関西の仲間たち

 

2016年春、満開の桜が祝福するかのように

発足した「BFRP関西」、

秋の勉強会にも、呼んでいただきました。

ちょっと顔見知りになって、

親しさが増した関西の仲間たち。

BFRPからレベル1受講済みの方々を対象に

「七つのカテゴリーを紐解く」と題して

バッチフラワーの世界に

ゲーテ・シュタイナー的アプローチで迫ってみました。

 

どう迫ったか・・・その謎解きは

1930年代、エドワード・バッチが発見し、

人間の感情類型に基づいて作った7つのカテゴリー、

そこに込められたバッチの伝言をどうしたら、

正しく受け取れるのでしょうか。

愛知県でバッチ国際教育プログラムを担当しながら

このカテゴリーの謎解きこそが、

バッチをさらに興味深い世界へと誘ってくれる、

と、私は思っているのですけれど、

まだまだ奥は深く、今の段階では、言葉足らずの感があります。

そのもどかしさもありながらですが、

 

関西の仲間たちには、どんな風に伝わったかしら。

 

またお会いしましょう。地域は異なっていても同じ空の下、

バッチフラワーの使い手として、伝え手として

大人の自己成長を目指して、日々研鑽していきましょう。

 

ウェールズ~5

狭いと怖い、広くても怖い

行きも帰りも

草の生い茂る道なき道を、かき分けかき分け登ったところは、まだまだ中腹。ちょっと一息つきましょうと、周りを見渡せば、ヒルトップから流れてきたらしい清冽な湧き水。ここでもワイルドローズがいっぱい咲いています。

気持ちいい~~~~!!思わず万歳をしたくなるのはなぜ?

 

花はまだ咲いていませんがアグリモニーも、そしてホリーもたくさんありました。もうちょっと歩いてみようか、と言っても、道はもうありません。ただただ草むらを風の通り道に従って上るのみ。オークの林の手前に、まるで拒絶するかのように高い柵が・・・めげずによじ登り、しばらく歩いていると、雨がぽつぽつ落ちてきます。さっき大喜びで写真を撮り合った時に姿を現していた大きな黒雲が、みるみる広がり、雷も聞こえてきました。狭い道も怖かったけど、広いところはもっと怖い。二人とも急に恐怖にかられ、帰ろうと意見が一致。さっきの道を通るのは憂鬱だけど、でもそれが一番安全。ということで、致し方なくまたしても柵をよじ登り、草原を突っ切り、ワイルドローズに別れを告げて、再び叢に閉ざされた道なき道、しかも今度は下り坂。顔も身体も、ビシバシと草や枝に叩かれながら、それでも何とか麓に到達できました。あゝ、ほんと恐かった。ネトルにやられたらしく、肘のあたりがピリピリしびれています。 

道なき道を上ぼりきると、広々と開けた草原、風に吹かれて私は凧~~思わず歓喜のポーズ!

クリックハウエル ドラゴンインで

雨に濡れながらクリックハウエルへ、身体も冷えてしまってまずは熱い紅茶を一杯。パラソル越しにテーブルマウンテンが見えます。あんな遠いところまで、私たち行ったんだね。但し途中までだけど(^^ゞ

昨日も食事をしたドラゴンインは私たちが泊まったベアースからもすぐ近く。見晴らしのいいガーデンがあって宿泊もできるみたい。日本にいる時よりずっと紅茶が美味しいのはやはり水が違うからかしら


ウェールズの旅

ウェールズ~4

テーブルマウンテンへ

バッチ博士の軌跡

エドワード・バッチは1928年9月、のちにバッチフラワーと呼ばれることになる植物のまずは3種類、インパチエンス、ミムラス、クレマチスを、アバガベニ―とクリックハウエルの間を流れるアスク川のほとりで見つけました。当時、バッチ博士は、すでにバッチの七大ノソードと呼ばれる経口ワクチンを発見、その効果は絶大で、彼の名はイギリス国内だけでなく、アメリカをはじめ海外にまで轟き、彼の研究所には世界中の医師から標本が送られていたようです。けれどバッチ博士は、七大バクテリアに代る野草を見つけたいと考えていました。ウェールズヘの旅は、人々の健康を願うバッチにとって、やむにやまれる思いに駆り立てられたものだったのです。

 

今回のウェールズの旅は、バッチゆかりのアスク川周辺を歩くこと、もちろんレメディの植物と出会いたい期待はあるものの、事前の準備も中途半端でちょっと衝動的でした。どこへ行こうかと、クリックハウエルのインフォメーションに入ると、案内の女性は興味津々で何人か?と聞いてきます。日本人だというと、急に目を輝かせてここに始めてきた日本人だと言われ(そんなはずはない、と思いながらも)記念にノートに日本語で名前を書いてきました。

 

その彼女のおすすめはテーブルマウンテン。ここなら軽装備でも大丈夫、道には植物がたくさんあってラブリーとのこと。バッチはこの周辺でヘザーとロックウォーターも見つけています。それはひょっとすると、テーブルマウンテン辺りだったかも!? と、その気になって、1ポンドで地図を買うと、勇ましく歩きはじめました。フットパスの道しるべ、清らかな流れ、牧場、あちこちの花を眺めながら最初は調子よかったのですが、草が覆い繁って道はなくなる、前が見えないほどの植物で、これ、本当に道?これで大丈夫?と不安になりながら、坂道を登ること1時間。やっと広々とした草原に出た時には、心底ほっとしました。汗びっしょり。ふ~こわかった・・・ 

振りむけば、眼下にはクリックハウエルの町。思わず歓声をあげました。吹き抜ける風が気持ちいい!!

アスク川へ降りていく道で見つけたクレマチス。「おじいさんのあごひげ」と呼ばれるとおり、花が終わった後に出てくる種子の綿毛部分

FOOTPATH TO TABLE MOUNTAIN と書かれた標識。この矢印に従って歩いたのですが・・・

右端の大きな木はワイルドローズ。沢山花をつけていました。こんな大きなワイルドローズの木は初めてです

ワイルドローズの木の脇に小さな石段があり、それを乗り越えると草原に出ます。さやさやと風に揺れる草、バターカップの黄色い花、秋の終わりには、アグリモニーやヘザーも咲くことでしょう。ところどころにある大きな木はオーク。

それにしても、もうヒルトップだと思っていたのに、テーブルマウンテンの頂上は、まだまだ先(涙)


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~3

アスク川周辺

クリックハウエル橋

ホテルに荷物を置いて、お店が立ち並ぶハイストリートを

抜けると道はなだらかに下りはじめ、

ブリッジストリートに入ると急坂になって橋に出ます。

クリックハウエル橋は、ウェールズで最も長い石橋なんだそうです。今はその上を車がびゅんびゅんは知っています。一方から見ると橋梁のアーチは13なのに、もう一方から見ると12しかない、というのが特徴らしい。

 

アスク川の水は茶色に濁っていますが、悠々と白鳥が一羽

川沿いの道はオークやウィロー、アスペンがのびやかに枝を伸ばしています。けれど、バッチが見つけたという、ミムラスやインパチエンスの姿は見当たりません。やはり、あの頃の清明な流れは失われたのでしょう。それでも川べりの草むらには、ワイルドローズやバターカップ、アンジェリカなどが咲き乱れていました。


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~2

クリックハウエルへ

アバガベニーからクリックハウエルへ

 

アバガベニー(Abergavenny)のタウンセンターのバスターミナルから、クリックハウエルにはバスを利用。

近くに教会の塔が見えます。ゆっくり過ぎてゆく時間。バスを待つ人の中には子ども連れもいますが断然、高齢者が多い。

この人たち、もう投票行ったかなあ。

どっち入れたと思う?(長女との会話)

絶対、離脱派だよね。ここはウェールズ

まわりはほぼ白人です。

 

数十分遅れでも、当たり前のように何の断りもなく、やっと来たバスに乗り込むと、アバガベニーのメインロードを抜けて美しい緑の中を走り抜けます。道はぐんぐん上ってクリックハウエルに到着。

 

なぜここに?

1928年、アバガベニーからクリックハウエルを流れるアスク川沿いで、エドワード・バッチは初めて後にレメディとなる植物を見つけたとか。

 

ホテルに荷物を預け、身軽になったら

さっそく川に向かいましょう。

 

今夜の宿はホテルベアー1432年創立というからかなり古い。実は次女が数年前、このホテルに宿泊。美味しかったよ、という言葉につられたというわけです。

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿です

ロンドンを出る時は大雨だったのに、よく晴れました。今夜の宿はホテルベアーです。

家並の間に、壁だけになった古城のタワーの一部が今も静かに建っています


ウェールズの旅 ・*・

ウェールズ~1

アバガベニーで出会った木々

ロンドンからアバガベニーへ

アバガベニー(Abergavenny)へ向かう朝は

夜中から稲妻に大雨、おりしもBrexitの投票日。

すでに大荒れの予感。

カナル沿いの道で、雨に濡れながら

「Remain」の貼紙をしている人がいました。

この地域は残留派が多いところです。

 

この雨では投票の足が鈍るかもね、

地下鉄エンジェルからキングスクロスで乗換え

パディントン駅へ。

 

ロンドンから西へ向かう鉄道はパディントンから。

昨年バッチセンターへ行った時も

その前年にデボンへ行った時も

パディントン駅を利用したことを思い出しました。

 

パディントンからニューポートまで約2時間

そこで乗り換えて約30分でアバガベニーへ。

 

いつからか、雨は止み、駅を降りると山が見えます。

イギリスでは山を見たことがなかったので、

やはりここはウェールズ!!

アバガベニーはBrecon Beacons 国立公園の

南東に位置し、ウェールズの山々への拠点の町

駅を背に、右の道からタウンへ歩きはじめると、

目の前に大きなセイヨウトチノキとオークが

並んで立っておりました。

思わず、オオッ!と叫んで近寄る私。

立派~でもこれはほんの序奏。

トチノキの木肌は日本トチノキと全然違う、というか

樹齢によるものなのかしら。

かつて、ロックウォーターの泉があったかもしれない

ホーリーウェル通りも歩いてみましたが、その気配なし。

残念... なかなか美しい家並みが続きます。

Sugar Loaf(596m)ブレコン・ビーコンズ国立公園
Sugar Loaf(596m)ブレコン・ビーコンズ国立公園
駅のすぐそばにこんな立派なオークの木
駅のすぐそばにこんな立派なオークの木

ウェールズの旅 ・*

秋のPTTコース開催

今年の愛知県でのBIEPコースは、年明けにPTT6回コース、3月に2日間コースを開催したきりになっており、お問い合わせをいただくたびに、身の縮む思いで、申し訳ないを繰り返していたのですが、9月から10月にかけて25期の開催を計画しました。受講生の募集を開始します。受講をお考えの方、ぜひご検討ください。PTTコースは定員が少ないのですが、バッチフラワーをじっくり学ぶには、PTTコースは最高です! 久々にクロイツで開催するPTTコース、深まる季節、どんな方とご一緒できるかしら、と今から楽しみにしています。

 

第25期 バッチ国際教育プログラムレベル1 PTTコース

水曜日午前クラス 10:15~12:15 (毎回2時間×6回)

実施日 9/14,21,28 10/12,19,26 

講師  中村かをる BFRP BIEPレベル1(愛知県担当)

受講料 38,000円(教材費、消費税込み)

定員  5名(3名から開催)

会場  クロイツ

 

詳細は愛知開催のバッチ国際プログラムのページでご案内

ウェブ用フライヤーはこちら

 

PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします
PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします

ありがとう!あいち子育てフェスタ

3年目の子育てフェスタ

BFRP東海 バッチフラワーの癒しの空間

今年で3年目となる子育てフェスタ。3年とも、いつもの会場のいつもの天井の高い大きな部屋が、私たちBFRP東海の場所です。入ってすぐの正面には、バッチフラワーレメディの棚を飾り、参考文献やリーフレットを並べます。そして色とりどりの元気なジニアが、訪れる人をお迎えしますが、実は毎年、この日のためにメンバーの家族が、畑で育ててくれているものです。年々花数が増えて立派になっています。向かって右側が15分間のミニレクチャーコーナー、その奥が20分間のミニコンサルコーナー、ここでは同時に4席をセッティング。そして最後に左側のボトリングのコーナーでマイボトルの出来上がり。改良に改良を重ねた予約システムのおかげで、混乱もなく2日間ともきれいに満員御礼。予定数を上回ってのご来場、ありがとうございました。

妖精がいそうね、と言っていただいた花いっぱいのバッチフラワーの会場
妖精がいそうね、と言っていただいた花いっぱいのバッチフラワーの会場

シュタイナー教育

あいち子育てフェスタの主催は、NPO法人ヴァルドルフうめの森こども園ですから、参加団体は基本的にシュタイナー教育関連の施設が中心です。うめの森こども園のほか、やまさと保育園、愛知シュタイナー学園小中学部、滋賀シュタイナー子ども園そら、あらはし館、名古屋シュタイナー土曜学校山里の森など、隣の画像は、山里の森の子どもたちのフィナーレでのコンサート、キンダーライアーのかそけき響きに、大勢の人が耳を傾けています。各団体のブースでは、シュタイナーらしい美しい作品の数々が大人気。あっという間に売り切れです。手作りの体験コーナーや、シュタイナー教育の体験授業、ライアーコンサートに人形劇、充実の食のマルシェでは、ヘルシーなお弁当に野菜や果物の実売も。


おつかれさまでした!

今年は心地よい風も通って、あまり暑くなかったのは幸いでした。

23日のスタッフは、レベル3受講生を含む14名、多少の入れ替わりがあって24日は13名でした。(2日間通しでのスタッフは、14名のBFRPと4名のレベル3受講生、合計18名)ここに至るまでの練習では、レベル1,2の受講生がクライアント役として参加協力。当日には、他のメンバーが家族や友人を連れて参加してくれたり、差し入れをもって応援に駆けつけてくれました。ボランティア料金のフェスタでは、物質的利益にはつながりませんが、この3年間の経験は最高の贈り物。みんなみんな、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。なんだかもう夏が終わったみたいな気分です。


帰りました!

揺れるイギリスを映すかのように

いつも以上に不安定で。ころころ変わるお天気、

EU残留か離脱を問う国民投票では

スコットランドの時のように

結局は「残留」だったね、のはずが、

期待は裏切られ、どよめくロンドン、

やり場のない気持ちも晴れると

楽しみにしていたユーロカップでは

まさかのアイスランドに敗退。

 

世界で最もお金持ちといわれるイングランドチームが

パートタイマー選手さえいる

アイスランドチームに負けたとあっては

ますますがっくり。

窓に貼られたREMAINの文字もイングランドの国旗も

ひっそり姿を消しました。

 

そんな歴史的瞬間も、今のところは対岸の火事で

今回はウェールズへ

そして前回行けなかったキューガーデンへ。

毎度のことながらの歩いて歩いての植物三昧の旅。

で、あっという間に帰国となりました。

帰国便はフランクフルト乗継ぎで、初のロンドンシティ空港から。

コンパクトでビジネス仕様。まだ工事中のところもありましたが

市内からも近く便利な空港です。

初めてって、ちょっとドキドキしますね。 


行ってきます!

 

EU離脱か残留かで、揺れるイギリスに、

ドンピシャ国民投票めがけて、行ってきます。

といっても、決して

狙ったわけではありませんが。

 

おりしも6月のバイオグラフィーワークでは

鉄の女、マーガレット・サッチャーの

人生を取り上げたばかり。

彼女が、欧州寄りではではなかったのはなぜ?

案外イギリス人にとっては、普通のことなのかもしれません。

東洋人には、理解不能なところがありますが。

歴史的瞬間に立ち会うか?

 

ともあれ、今年の旅の目玉はウェールズ

バッチ博士が初めてレメディに相応する植物を

見つけたアスク川流域を訪ねます。

 

またぼちぼちと、旅のご報告をいたします。

 


春の植物観察会その2

東山植物園

 数日風の強い寒い日が続きましたが、雨が上がると同時に、気温も急上昇。前回とは打って変わって20度以上。芽吹きが凄まじい勢いで始まって虫もぽとぽと落ちてくるので、帽子が手放せません。ハッと気づくと襟元を可愛い尺取虫がピコピコ動いていますが、今ではみんな慣れたもの。とにかく簡単にあいさつした後、2016年春の定点観察会の2回目。(実はこっそり5回目)いつものルートを歩きます。今回は初心者5人を含む14名。ほとんど変化のなかった冬芽がびっくりするほど成長しています。まずはオーク(ヨーロッパナラ)から。 


11月、まだ葉を落としていませんが、冬芽の準備が整っています。しぶとく落葉を拒否しながらも、12月~3月にはほぼ冬芽だけになっていきます。少し角張った水滴型の冬芽。そして芽吹きの季節到来。目が覚めるほど美しい緑。これは雄花を抱いた花芽、葉芽もあります。小さな冬芽の中にしっかりと折りたたまれていた葉っぱは開けばもう立派なオークの形。そして雌花、バッチ博士が、オークのレメディは雌花だけで作るように指示したとされる雌花は、先がほんのり赤く痛々しいほど小さくて息をのみます。オークのレメディが表している忍耐や義務への献身。女性性によって男性性を中和させるというところでしょうか。

東海の森のビーチ(ブナ)の芽吹きもずいぶん華やかになってきました。昨秋から見ている、私の冬芽はやっと、少し大きくなってきたところ、もうちょっと時間がかかりそうです。オークの冬芽に比べるとビーチは長細い水滴型です。日当たりのせいか、木による個体差か、倍くらいに長く伸びた冬芽は、もう少ししたら新芽が出てきます。蜘蛛の糸のような白い毛で包まれています。折り目がしっかりついた新芽も見えます。葉の表面には毛がいっぱいです。芽鱗がほどけて花のガクのよう。冬の間は明るかった森が、新緑とともに少しずつ暗くなっていきます。やがてここもビーチドームといわれるような他を寄せ付けない閉ざされた森になる日が来るのでしょうか。

トチノキも変化の激しい時期です。左は冬芽。水飴みたいなピカピカのねばねばに包まれています。十字対生の葉痕がはっきりと見えます。やがてふっくら膨らんで…ある時に、ばばっと開きはじめると、上を向いていた芽がちょうど羽を休めた鳥のように、葉先が下向きになります。とっても興味深いです。芽鱗はまるで脱ぎ捨てたスカートのよう。大きな掌状の葉っぱ7枚、5枚と対生に広がります。

日本のトチノキはバッチで使われているセイヨウトチノキ(ホワイトチェストナット)に比べるとやや小さめのようです。東山植物園のトチノキも花芽を一杯つけています。ちゃんと燭台のような形をしているのが、見えるでしょうか。花が咲く前から、そんな形に整っていることに感動を覚えます。考えてみるまでもなく、植物からしてみれば、芽吹きの季節、一緒に花芽を出し、開花期の準備をしているのは当たり前のことですが、それに気づいたときには、まるで大きな発見をしたかのように、飛び上がるほどうれしいものです。発見というのはちょっと大げさかもしれませんが、自然界はこんなにも、惜しげもなく私たちに秘密を開示してくれているのに、それにただ気が付かないでいただけだということ、そのものが、発見であるかのような気がしてきます。

まだ書きたいこと、覚えておきたいことがいっぱいありますが、また今度。

東海から関西へ

はじまりは夏のバッチセンター

2015年夏、イギリス観測史上初というほどの暑い一日、英国バッチセンターに日本各地からBFRPが集合しました。たまたま同じB&Bに泊まることになった東海と関西のメンバーたち。すっかり意気投合し、その秋のシンポジウムに続いて名古屋での植物観察会と、地域を越えた親しいお付き合いが始まりました。

2015年夏・英国バッチセンターでジュディ&ステファンを囲む日本のBFRPたち
2015年夏・英国バッチセンターでジュディ&ステファンを囲む日本のBFRPたち

前日に大阪入りをし、打ち合わせの後は、お好み焼きを食べ、会場の下見もかねて、造幣局の通り抜け、夜桜見物…生まれて初めてです。水の都大阪、水面に映る街の灯りに仄かに浮かび上がる、牡丹桜の白から濃いピンクの様々。旧桜の宮公会堂、泉布館、風雅な建造物を取り囲む美しい庭園を抜けて、源八橋たもとに来ると、そこにあるのが近畿中国森林管理組合の建物。その中のレストランが明日の会場です。なんて素敵な場所。窓に顔をくっつけて中を覗き込む私。

植物観察会

BFRP関西の植物観察会
旧桜の宮公会堂の裏手、林の中でのスケッチ

花曇りの穏やかな日。植物観察には最高のお天気です。慣れないうちは細かいことは言わず、とにかく、よく観ること。事実をしっかり、描くこと。技術はこの際、置いときます。そのあと、同じ植物を描いたグループに分かれてシェアすれば、一人では気づかなかったことが、見えてくるかもしれません。時折、桜の花びらが舞う下で、最後に全体で、スケッチを見せ合いながら本日の成果を報告。みんな、すごい、すごい!!さすが、いいセンスしてます。

まずは読書会

 そんなご縁から、東海に続いて、関西でも読書会や植物観察会を始めたい。ついては経験者の私にと声をかけてもらったのは自然な流れだったのかもしれません。その時は、たいしておおごととは思わず、東海の活動の延長で気楽に応じたのが、昨年末のころ。あっという間に30名になりました~と聞いて、うれしいような、困ったような…これは関西の底力ですねえ。 

 BFRP東海の読書会はこの4月でめでたく70回を迎えます。2009年夏から今に至るまで、とにかくしつこくバッチの遺産「なんじ自身を癒せ」を読んできましたが、メンバーは入れ替わりつつも一定して、だいたい15名内外、多くても20名を越えることはありません。さてさて初めての読書会、その大人数で、どうやる、わたし!? 

読書会ワールドカフェ、各テーブルのまとめの発表、神奈川PTT講師の京ヶ島さん
読書会ワールドカフェ、各テーブルのまとめの発表、神奈川PTT講師の京ヶ島さん

いやはや、なんとかなるものです。会場の「森の恵み~ジビエローストと里山野菜レストラン杣(ソーマ)」には、まるで誂えたかのようにぐるりと窓際に並んでいる4人席が8テーブル! ワールドカフェ方式にぴったりです。愛用の銅のベルをチリリ~ンと鳴らして時間と場をホールドしていきます。各テーブルごとに、とても活発な意見交換がなされました。会場と参加者の皆さんに助けられ、無事終了。


 

ところは変わっても読書会、植物観察会と、一日を振り返れば、やはり同じバッチの世界の住人達。ひとつの水脈を共有している力強さを感じます。関西の活動の担い手たちに、惜しみない拍手を送ります。この場に私をいさせてくれて光栄です。ありがとう。

 始めることと継続していくことは異なりますが、一人では難しいことも仲間がいれば大丈夫。個人の自己成長はいうまでもなく、こうして共同体形成をしていくときほど、バッチの『なんじ自身を癒せ』を自分は実践しているか、と突き付けられることはないでしょう。自分をさらなる高みへと導いていく理想や夢を忘れることなく、困難をものともせず、柔らかい心で、BFRP関西の面々はきっと越えていくことでしょう。

準備ができた?

この家に住みはじめてはや33年

庭の真ん中にある欅は2階の屋根をとっくに越えた。

見上げても届かない空の上で、今、芽吹きが始まっている。

毎日、毎日、

来る日も来る日も、私はその木を見てきたけれど、

その木も、ずっとそこに居て、

私を、家を、私の家族を見ていたのだ。

家族は、その木が大好きで

晴れた日にはその下で食事をし、子どもたちは遊んだ。

その周りで歌い、走り、落葉をかき集めて焚火もした。

 

欅は何を思っているのだろう。

 

今、ツリープロジェクトでその欅を観察している。

観察し、スケッチを重ねていると

見てきたつもりで、全然見ていなかったことに気づく。

そう、こんな風に観てはこなかったのだ。

 

スケッチブックの真っ白な一ページに

柔らかい黒鉛筆で、ていねいに欅の冬芽を描く。

どの冬芽の下にも必ず葉痕(葉の落ちた痕)がある。

つまり新しい芽は前年の葉の付け根(葉腋)に出来る。

 

スィートチェストナットやオークのように

冬芽が出てきても、なかなか葉が落ちない木もあるけど

普通、広葉樹は、

冬芽ができると安心したかのように葉が落ちる。

「準備ができたね、それでは行くよ」というように。

 

ふと思う。私達にも同じことが言えるのかも。

それに気が付いていないだけで。 

立派なハルニレの木(札幌で)
立派なハルニレの木(札幌で)

春の植物観察会その1

2016年3月2日、待ちに待ったBFRP東海、2016年の第1回、春の植物観察会です。なんちゃって、その前の週にも、実は下見と称して来ています。(私は風邪が治りきっておらず、鼻水ぐすぐす)フクジュソウ、マンサクやロウバイ、春にいち早く咲く花々はなぜ黄色いのかしら?下見の時は暖かだったけど、この日は冷えました。

短い花茎のフクジュソウ
短い花茎のフクジュソウ
チェストナットバッド 日が当たるとピカピカ光る
チェストナットバッド 日が当たるとピカピカ光る
ホーンビーム
イヌシデの芽吹き 青空にレースのよう

東山植物園

もう3月下旬なのに、アップするのを忘れていました。備忘録です。

次の植物観察会は4/14(木)スケッチしましょう!

この日は冷えました。でも風がなかったのでありがたかったです。東海の森にはいって、階段のところまで来ると、ビーチ林が目の前にひろがります。まだ細いビーチばかりだけれど、この場所は明るくて好き。私の観察しているビーチもここにあります。まだまだ秋に観察した時と、冬芽はほとんど変わっていません。もう少し、暖かくなるのを待たねばならないようです。 

ブナ Beech 惑星では土星
ブナ Beech 惑星では土星

 

この子が私が観察をしているビーチの冬芽。私がずっと見てますよ、って名札かけてあげたいな。

しわが寄ったような灰色の白っぽい木肌。ところどころにまるで目のようにみえるのは、葉痕?まだ若木なのに、おじいさんのように感じるのがビーチらしいところです。でも 若葉の頃はこもれびが美しい。今からその日を夢見ています。

これはおまけ。クロイツの庭のチコリの新しい株です。

まるでバラの花のよう。真ん中から茎が出て、あっという間に

背が高くなり、青紫の美しい花を初夏から秋まで次々と咲かせます。

君も待ち遠しいね。春が。


BIEPレベル1の復習会

スローな私にしては、2016年のBIEP愛知開催が、

はやくも2コース終了。なかなかのハイペースです。

2月にPTTコース、3月に2日間コースのレベル1終了。

そして5月には、レベル2の開催が決まっています。

 

レベル1修了から、レベル2受講までには

2か月おくという制限がありますし

地方開催は回数が限られているため、

タイミングが合わなくて、1年近く待たせてしまうこともあれば、

今期のようにすらすらと進める場合もあるのです。

バッチ国際教育プログラムで、もう少し学びたいと思われる方は、

ぜひ、レベル2へ進んでいただきたいな、と思います。

詳細はこちらへ

http://www.bachflower.gr.jp/biep/biep_top.html

2016年5月21.22日(土日)BIEPレベル2名古屋開催

レベル2受講前復習会

 

日時 4月18日(月)10:15~12:15

会場 日進日岩崎公民館 会議室2※駐車OK

内容 レベル1の復習と確認 Q&A

参加費 1,000円(満席になりました)

持物 BIEPレベル1の教材、ノートなど

 

準備の都合上ご希望の方はメールでお申し込みください。

クロイツでのPTTコースレベル1の受講風景
クロイツでのPTTコースレベル1の受講風景

受講生からのリクエストもあって、レベル2の開催に合わせて、

毎回、レベル1の復習会なるものを、事前に開いています。

 

レベル1が終わってから、時間が経ってしまった...

よくわからないレメディがある...

このままでは不安、自信がない...

 

とおっしゃる方は、ぜひご参加ください。

レベル1で学んだ知識を、より定着させて

安心してレベル2に臨みましょう。

もちろん、まだ受講を決めかねている方、

今回はパスだけど、いつかは受けたい、と

思っていらっしゃる方も、お気軽にどうぞ。


京都でも植物園に

バイオグラフィーワーカー・ジュピターの総会が今年は京都で開催。会場となる関西セミナーハウスへ向かう途中に植物園があることに気づき、少し早めに出かけることにしました。お正月の頃のような暖かさでないにしろ、風もなく穏やかで日差しもたっぷりの植物園日和。ありがたい、ありがたい。京都駅から地下鉄に乗換え、北山駅で降りると植物園に直結。スゴイスゴイ、こんなに簡単に来ちゃったよ。

200円の入園料は安いなぁ。入り口で地図をもらいまずは腹ごしらえ。園内の「森のカフェ」で軽くお昼を食べたら、さぁてどこへ行こう。名古屋の東山植物園に比べるとこじんまりしています。高低差がほとんどないので、広々と明るく、人も少なくて静かな園内。

スノードロップ
球根庭園のスノードロップが早くも開花

京都府立植物園

池の周りではカメラを抱えたたくさんの人。聞いてみるとカワセミがいるのだとか。レンズの方向を見定めると、おぉ!いるいる、アッ飛んだ! 宝石のように煌く青い翼を広げて水音と共に水中に..オレンジ色の腹もはっきりと見えました。カシャカシャカシャパシャパシャ、無数のシャッター音が響き渡ります。

ここでも年6回、自分の好きな気を定めて、定点観察会が開かれているようです。

あちらこちらの木に「私の好きな木」観察者の名前と共に札が掛けられていました。

よかったね、たくさん見てもらえて...と

思わず木肌をすりすり。

あゝ、名古屋のブナに会いたくなっちゃったよ。

 


立派なアキニレの巨木。横に張り出した枝がすごい。支柱がいっぱいです。長い年月を経た樹木の前に立つと、思わず知らず畏敬の念があふれてきます。この季節、大地の中は力で満たされているけれど、外はとても静か。若いオニグルミは葉痕がお猿さんの顔に見えるということで、今年の木!? 確かにちゃんと見えますね。歩いた後は小腹も空き、約束の今宮神社へお参りに。参道に向かい合わせにならんだ2件の炙り餅のお店。串に刺した小さなちぎり餅を炭火で焼き、黄粉と白みそのたれでいただきます。目の前で実演中。さあ、どっちへ入る?

最近のバッチ事情

愛知県でバッチ国際教育プログラム(BIEP)のレベル1を担当するようになって8年目。

このコースを入り口にバッチを学んだ方々から、数十人ものプラクティショナーが誕生し、

今や東海地方は、バッチ王国さながら、個性豊かなプラクティショナーたちが日々研鑽に努めつつ活躍しています。

 

毎年、何回かのコースを開催していますが

ここ数年、コースの問い合わせをいただく中で、

今までには、あまり聞かれなかった共通する質問があります。

 

「このコースは、直感やカードでレメディを選んだりしませんよね?」

「クライアントのセルフヘルプを支えるような学びができますか?」

 

というものです。

 

かつては「あやしい」と言われたフラワーエッセンスの世界、

(いや、今もまだ、そうでしょうけれど)

バッチフラワーが、明確なエビデンスを得られない分野だとしても

このような質問が、何を意味するか、を考えてみると

ここで求められているのは、あやしさのかけらもない、

他者の痛みに対して、全円的な視点からの、人間への信頼と謙虚な姿勢です。

こんな質問が出てくる背景には、バッチフラワーに限らず

ヒーリングの世界に携わる人々の、地道な積み重ねがあるのかもしれません。

 

バッチフラワーの真髄は、なんといっても「なんじ、自らを癒せ」で、

BIEPのレベル1からレベル3までこの考え方が貫いています。

時代や文化、環境や性別を超え、すべての人間がもつ感情の普遍性に取り組むことは、

誰もが、自分の人生を生きるために、等しく必要なことのように思われます。

 

バッチフラワーという比類なきツールを手に、自在に使いこなすスキルを磨くことは

魔女の世界のようでいて、実はとても現実的なことなんですよね。

 

BFRP東海*バイオグラフィーワーク&コミュニケーション講座

BFRP東海では、2014年から毎年1月~3月までのあいだにプラクティショナーのための勉強会を開いています。

1年目にはトエルブヒーラーズ、2年目でセブンヘルパーズとこれまでバッチフラワーレメディの理解を深めてきましたが

3年目となる2016年は、よりよいコンサルテーションのできるプラクティショナーとして、

自分の表現方法にどんな癖や思い込みがあるかをバイオグラフィーワークの手法を使いながら探っていきます。

 

 

 

BFRP東海

 

バイオグラフィーワーク&コミュニケーション講座

 

 

聴く力 話す力

 

幼い頃から、私たちはどんなふうに自分の気持ちを表してきたでしょう。 

知らず知らずのうちに身についた私の表現方法は? 

それは今、私の聴き方、話し方にどんな影響を与えているのでしょうか

私たちプラクティショナーにとって、大きな意味を持つ「聴く力・話す力」 

相談者と向き合う時、平穏な中心を保ちながら、どれほど心を開いていられるか、 

いかに早く相談者との間にラポールを築けるかは、コンサルテーションの質を大きく左右します。

 

2016年、木曜会は、よりよいコンサルテーションのできるプラクティショナーを目指して 

バッチフラワーと関係づけながら、「自らを知る」ことからスタートします。 

 

参加に当たって特別な経験や技術は必要ありません。どうぞお気軽にご参加ください。 

(プログラムにはアートワークとシェアリングが含まれますが、話したくない内容を強制することは一切ありません) 

 

日 時   2016//21、2/18,3/17(第3木曜日 全3回)10:00~13:00 

会 場   岩崎公民館 会議室2 

参加費   9,000円 (一回ごと分納可) 

対 象   BFRPBIEPレベル3受講生 (満席になりました )

ファシリテーター 中村かをる(BFRP、バイオグラフィーワーカー)

お問合せ・お申込みは BFRP東海 bach38tokai@yahoo.co.jp 

 

冬のPTTコース開催決定

 ある金曜日の朝のことです。今日はそらクリニックでコンサルテーションの予定なので、出かける前にPCのチェックすると、PTTコースの問い合わせメールが届いていました。バッチフラワーの伝え手として、お問い合わせをいただくのは、とてもうれしいことなのですが、2015年のBIEP愛知開催日程はすべて終了し、来年はまだ3月の2日間コースの予定しか組んでいません。それで詳細が決まったらご連絡をと返信を送って、出かけました。

 それから数時間後、コンサルテーションで2回目にお会いした方から、バッチを1回経験したら、その変化が余りに大きいので、学んでみたくなったと聞かされた私は、今日は朝からPTTコースの問い合わせもあったし、ふっとその気になり、PTTコースは3人集まれば開けますよと答えました。その途端、あれよあれよという間に催行可能人数となり、年末年始にかけて、鶴舞の「そらクリニックのにじフロアー」での開催が決定しました。「すべての条件が合った時の展開の早さに鳥肌が立ちました」とはその内の一人の言葉。そんなわけで、今年の年末年始は、いつもとは全然違った過ごし方になりそうな予感。お待たせしているレベル2の日程もそろそろ決まりそうです。

PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします
PTTコースでは6回のコース中に毎回レメディの体験をします

秋の植物観察会その2

2015年11月23日、今秋2回目の植物観察会は祝日。曇り空ながらも雨の気配はなし。今日は大阪から、そして普段はお仕事の人も参加で、これまた顔ぶれがちょっと違うだけで、雰囲気が変わるのも興味深く、刺激的な植物観察会です。園内はここ数日、急激に夜間、気温が下がったとのことで一気に紅葉が進みました。4日前に比べるとどこを見ても紅葉真っ盛り。今日は珍しく也有園内の茶室ではお茶席が出ています。いい感じ。

オリーブ
スペインから運ばれてきた樹齢80年のオリーブ

ビオトープの水辺にじっと佇むアオサギ。最初見た時、飾り物だと思っていたら動いてびっくり、本物でした。すぐそばに人がいても、知らんぷり。↓クラブアップルは、可愛い赤い実が残っています。

東山植物園

紅葉の中を歩く私たち。今回はいつものルートに、新たにクレマチスやゲンチアナ、東海の森だけではなく、もともとこの地にあった大きなビーチのある万葉の散歩道、ウィローを求めてビオトープなどのルートが加わりました。バッチフラワーのレメディ38種類中、近隣種を含めると、22種の植物がここで見ることができます。東山植物園はスゴイ!!探した私たちもエライ!!

草むらの中、立ち枯れに近い状態ですが、まさしくこれはリンドウ…ゲンチアナです。開かなかった蕾でしょうか。微かに紫を帯びたピンクが残っています。次の季節にはこの花が咲いているのを観たいものです。ゲンチアナに続いて、万葉の散歩道へ。若い東海の森のブナと異なり、ここのブナ(ビーチ)には風格があります。この大きさの木なら実を落としているかもしれない!?みんな大騒ぎをして探しましたが、それは果たせず。でも木の回りを取り囲み、みんなで歌いたい気分でした。

 


植物観察はただ観るだけではありません。各自、自分の植物を決めてじっくり観察、そしてスケッチをします。そのあと植物のグループごとにシェアをして、最後に全体でシェア。気づきの多い時間です。


今年のBFRP東海主催の植物観察会はこれでおしまい。今夜はライトアップもされるそうです。

充足感でいっぱいの一日を振り返りつつ、暮れなずむ植物園を後にしました。

シンポジウムのあとさき

メンデルの葡萄
小石川植物園 メンデルの葡萄

 

久し振りに訪れた東京は冷たい雨、シンポジウムの2日前のことです。名古屋の東山植物園にある「メンデルの葡萄」の本家本元の「メンデルの葡萄」を見るため、傘をさして小石川植物園に行ってきました。紅葉にはまだ早く、ひとけのない園内ではニュートンのリンゴ、精子発見のイチョウ、小石川養生所の井戸など、面積は東山植物園の半分ほどですが、さすが日本最古、300年の歴史を誇る植物園です。

次はおおあまな(スターオブベツレヘム)の咲く季節に訪れたいな。

 

さて日曜日、すっきりと晴れました。

詳細報告はBFRP東海のブログに任せますが

会場に次々と現れるBFRP東海の仲間たち!!!!!


そうか、、、グループの発表ですから、

発表者以外のメンバーにとっても、我がことです。

もちろん、仕事の都合、家庭の事情で、この場にいなくても

遠くから応援してくれている人がいっぱいいますけれど。

 

ひとり、またひとりと知った顔が増えていく度に

会場の雰囲気に東海色が混じりはじめます。

つまり、アウェーな感じが薄まっていくのです。

人の力って、本当に無限大∞~

 

今回のシンポジウムで、思わず あっ と

驚かされたのは、グリーンフラスコの林真一郎さんの

バッチフラワーを飲むのは

「口中になんらかのセンサーがあるのでは?」の個所でした。

 

ん、ん??

とても興味深い切り口です。

 

飲むということは喉、食道をとおり消化器官に入っていきます。

感情にストレートに働きかけるバッチフラワーが

なぜ飲むの?…薬みたいに、ということは

私にとって、かなり初期からの疑問でした。

コンサルテーションを受ける方の中には

二の足を踏まれる方もいらっしゃるのですが

もし、口中にセンサーがあるとしたら、

飲むという一連の行程が必要になります。

 

かといって、ダイレクトに胃に入っていく

胃ろうのような場合に、レメディは果たして効果を持つのか。

 

残念ながら、今のところ、何のエビデンスもありませんが

関心を持っていると、どこかから

ひゅ~と糸口がやってくるかもしれません。

 

これは面白いことになってきたぞ。


科学が発達しても

解けない謎はまだまだいっぱいあります。

もうしばらく解けないでいてほしいけど

バッチフラワーから目が離せません。


もうすぐシンポジウム!

クローマー英国教会


今年は秋が早かったせいか、

旅心がずっと誘われて、

あゝ、山に行きたいと思い続けてきましたが、

今のところ、実現できていません。

そのうちに寒くなってくると、

もう、いいや、

と、なるのは目に見えていますから、

なんだって、思い立ったが吉日、

タイミングって、そんなものです。

 

さて、10月になって、バッチのシンポジウムの準備も佳境に入ってきました。

BFRP東海ではコアメンバーの二人が発表を担当します。

これまで、ストーリーの骨格を決め、原稿を書き、スライドをつくり、

なんとかまとめた二人、、、先日の読書会の後、

時間の許す人には残ってもらって、プレゼンの練習を見てもらいました。

なかなかいい感じ!! 

今回のテーマ「身近な平和活動」の成果でしょうか、

ありがたいことに、ご家族の応援もあって、

貴重な経験を、楽しんでいるようです。

 

愛知でPTTコースが始まって7年目、

「BFRP東海」発足から丸3年が経ちました。

あらためて、そのプロセスを語られるのを聞くと

我知らず、感動します。(ま、手前味噌ですが)

PTT講師の私は、レベル1しか担当していないのに、

受講生がプラクティショナーに育っていく途上も、

BFRPとなった後も、ずっと一緒に学びあえるのですから、

講師冥利に尽きるというか、グループをつなぎ合わせてくれている、

大きな力の存在を感じずにはおれません。

 

本番まで、あと10日余り、

これまでの実りをたくさんの方々と共有する時間が

今から楽しみです。

バッチフラワーシンポジウム2015はこちら

 

クローマーの家

クローマー英国教会

イギリス10日目 クローマーその2

 

鉄道のクローマー駅を降りて東へ10分ほど歩いていくいうちに、この教会の塔が見えてきます。


今回のイギリス滞在は、日本の真夏並みの暑さの中を、来る日も来る日も歩け歩けで、なかなかサバイバルでしたが、この日、私にとって、最もチャレンジングだったのは、この教会の塔の上までの階段を上ったことです。


古い石組みの異様に高い石段が300段以上続きます。もし踏み外しでもしたら事故になるのは必至ですから、文字通り必死の形相でしがみつくようにして上り切りました。人ひとりがやっと通れるくらいの、鍵のかかった小さな扉をあけ、やっとの思いで塔の上に出た時の安堵感ったら!

遥々と広がる北海、クローマーの町、背景の豊かな緑、それはそれは息をのむ光景です。

こわいけど一見の価値あり!! 


教会の隣は、クローマーミュージアムです。小さなミュージアムですが、

マンモスの骨などと一緒にバッチ博士のことも、ちゃんとパネルで紹介されており、

先ほど見たバッチの「冬の家」と共に、山側にある「夏の家」の住所も

ちゃんと記されていました。それを頼りに、再び歩け!歩け!!

 

セントメアリーロードのその家の前には、

大きな大きなホワイトチェストナットの木がありましたが

バッチ博士が、ここに住んでいた時には、ホワイトチェストナットは

まだレメディとしては見つけられていなかったのです。そう思うとちょっと不思議ですね。


ドアが見えているのが、バッチ博士の夏の家、寿命の短い日本の家と違って、イギリスは200年、300年なんて家はざら。この家も新しく見えますが、バッチ博士が住んでいたのは80年以上も前です。みんなでドアの傍まで行き、代わる代わる覗きこみました。ごめんなさい。


それにしても、こんな暑いイギリスは初めて。


ところで、クローマーは蟹が有名です。海辺のピアでも、何人も釣り糸を垂らして蟹を釣っていました。以前この町を訪れた「マウントバーノンの風」の鈴木さんから、蟹を食べた話を聞いていたので、みんなその気でいたのですが、いざレストランに入ってみると、イギリスの名物、フィッシュ&チップスを食べていないということで、結局、このように大きなフィッシュ&チップスを食べることになりました。ビールを使ってカラリと揚げてあり、なかなか美味。

お腹いっぱいになりました。

レスキューレメディが生まれた海

ロンドン シティ街

イギリス10日目 クローマーへ

 

翌日には帰国、というタイトなスケジュールをものともせず

イギリス中東部の海辺の町、クローマーまで日帰り決行。

シティを抜けてリバプールストリート駅に着くと、

すでに名古屋チームは、構内のWASABIで

お弁当を買って待っててくれました。

総勢7名で、かのレスキューレメディが生まれた海、

クローマーを目指します。

 

7:30発 Nowich~乗換~Cromerで10:31到着。

片道3時間、£24.50 、約5,000円の列車の旅。

2時間あとの9:30発なら£13.00と、ほぼ半額??

 

これまでヨークへ行くために、北へ向かう列車に乗ったことは何度かありましたが、この路線は初めてです。

動きはじめてしばらくは、郊外の大学へ通う学生が乗り降りしますが、あっという間に車窓は緑豊かな風景に変っていきます。

緩やかに果てしなく続く丘、草を食む羊の群れ、ハッとさせられる水辺やボート、水鳥たち...。

絵のように可愛らしい村々。

ノーウィッチまで北上すること2時間、そこで電車を乗り換えて東へ。

遠く海が見え始めると気分は小躍り。どうです、この見事な青!!!!!!

バッチ博士は、最晩年に住んだマウントバーノンに移るまえ、この海辺の町が気に入り、年に数か月は住んでいたようです。ピンクの家から数えて4件目がバッチ博士の冬の家。今日のような穏やかな海ばかりではなかったでしょう。ある時、難破した船の漁夫を助けるために、ロックローズ、クレマチス、インパチエンスの3種類が使われました。現在、世界中で最もよく知られているレスキューレメディの元型です。この地では、アグリモニー、チコリー、バーベイン、セントーリー、セラトー、スクレランサスなど、初期のレメディも誕生しています。(続く

バッチフラワーが世界へ…

ネルソン社

イギリス9日目 ネルソン社にて

 

2日間のウォリングフォード滞在の後は、ロンドンに戻り、バッチフラワーレメディを世界中へ送り出している、ウィンブルドンのネルソン社訪問です。


バッチ博士が、このヒーリングシステムを完成させ、1936年に没して以降、残されたノラ・ウィークスらスタッフは、博士の遺志を継ぎ、レメディを作り続けていきました。やがて1960年代頃から、バッチフラワーが広がり始め、1980年代には、毎週8,000本を世界中に送り出すまでに...。

 

高まる需要に応えることができなくなっていったバッチセンターは、

1991年、バッチ博士が生前から縁があったネルソン社にボトリングを委託、

その後、販売権も委託して、レメディを販売するプレッシャーから解放されました。

今もバッチセンターの庭で、バッチ博士がそうしたようにレメディは作られていますが、

バッチセンターの役目は、レメディを販売することから、

バッチ博士の教えを守り、伝えることに定まっていきました。

 

ネルソン社

とはいえ、バッチ博士のセルフヘルプには、レメディは必須です。どんな工程で作られているのか、興味津々。私たちは工場の中に入り、写真もいっぱい撮らせていただきましたが、カメラはここまでにしておきましょう。

ネルソン社の入り口にはラベンダーの花が美しく咲いていました。中に入ると、プリンス・オブ・ウェールズ、すなわちチャールズ皇太子訪問時の写真や、大きな世界地図が飾られていました。地図にピンが打ってある国々にバッチフラワーレメディが届けられているわけです。

 

バッチセンター2015の2

バッチセンターへのお土産は、名古屋のレメディ植物の観察ノートです

イギリス8日目

 

バッチセンターのセミナー棟に集まった日本からのBFRP総勢20余名の憧れのまなざしを集めて、私たちの前に立っているのは、バッチセンター代表のジュディ・ハワードさんと運営を担っているステファン・ボールさん。バッチを学ぶ者には、よく知られた名前ですが、さまざまな質問に、さらりと、かつ心を込めて応えてくれます。その有り様は、カリスマティックではなく、まさしく自然体でバッチフラワーのごとく。

こうでなくっちゃね!!

 

ステファンさんが手に持っているのは、名古屋からのお土産(?)の、植物観察の資料です。

BFRP東海では、近隣の植物園などで、レメディーに使われている植物観察会を催していますが、

メンバーの一人が、定点観察などを繰り返して丁寧に作っています。

 

ところで、この日はイギリス観測史上、最も気温が高かったのだとか。

外を歩いていると、突き刺さる日差し、くらっと来る暑さは、

信じられないことに37.8度!!!

バッチセンターのあるソットウェル村から、ウォリングフォードへ向かうバス停を探し、

歩いた道のりの暑かったこと、遠かったこと。(本当に遠かったわけではないのですが)

サバイバルな一日を楽しんだのは言うまでもありません。

 


バッチセンター2015

バッチセンターのあるソットウェルはとても上品で閑静な村です。

イギリス7日目

 

時間の余裕を持って出たにもかかわらず、パディントン駅に着いたのは、約束の時間を過ぎており、合流するはずだった日本からのメンバーを乗せた電車は出た後でした。今回、お手伝い役の娘とふたり、20分あとの電車に乗ったのに、なんと数分遅れでディドコットパークウェイに到着。なんたる早業!これは奇跡か!?

 

駅について、タクシー乗り場へまっしぐら。あたふたとタクシーに乗り込んだ後、ふと駅舎のほうを見ると、何やら日本人の団体が! あれっ、ひょっとすると私たち、先に着いちゃうかも。

えへへ、やっぱり先に着いちゃった。一番乗りでしたぁ~

今回で4回目のバッチセンター訪問です。あれれ???

なんだかこれまでに比べると、花が少ないぞ~というか、なんか元気がない。

お天気が良すぎて水が足りない?いや、そんな...これはいったい、どういうこと...?

左側の画像は2011年のほぼ同じ季節の庭の池。右側は今年の池。今年はミムラスがいっぱい咲いていますね。なにも咲いていない池の前で、「ここにはミムラスとウォーターバイオレットがあります」と、説明してくれているのが、この庭を13年間守ってきたガーデナーのエマさん、今年も会えると密かに楽しみにしてきたのですが、な、なんと、私たちが来る1週間ほど前に退職し、ちょうど庭師が入れ替わったところだったのです。どおりで、今年の庭は、ハニーサックルとミムラスばかりが目立つのか...と、もちろんこれはこじつけですが、ちょっと同情してしまいました。そうか、そうか、お花さんたち、エマさんがいなくなってしまって淋しいね...不安だよね...

ガーデンツアーの案内人は、我らがステファンさんでした。

チェリープラムにまつわる、とっておきのエピソード、あゝ、みんなに早く言いたい。

夢か現実か…大英博物館

あの大英博物館に、バッチのレスキューレメディが展示されているらしいと小耳にはさみ、今日はバスに乗って、ブリティッシュミュージアムへ。最近のテロ事件の影響か、入場の際にバッグの中身を改めるとのこと。ずらっと道路まで行列が溢れていましたが、まあ難なく入場。

 

さて途方にくれそうなほど広いミュージアムの入館料が無料とは、大英帝国の懐の深さか、はたまた過去の略奪の罪滅ぼしか。とにかくありがたいことこの上なし。


バッチのレスキューレメディはどこにあるのかな。ありましたぁ~

展示室24 「Living and Dying」

 

長い長いガラスの展示台の上に、ずら~っと並べられているのは、薄い紗のような布に織り込まれたおびただしい数の薬14,000個、さまざまな色、形のカプセルや錠剤は、風邪薬や抗がん剤などなど。イギリス人が生涯を通して飲む平均的な薬の量だとか。そしてピンセットや包帯と並んで、我がバッチフラワーのレスキューレメディが!!